科学と宗教と死 (集英社新書)

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  • Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087206241

感想・レビュー・書評

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  • 小説家で精神科医でもある著者の自伝的エッセー。生と死についてに主眼を置いて書いておられる。戦時中にあった命を軽視しているとも取れる教育を受けてきた少年時代、心理学と精神医学の研究に没頭した青年時代と、過去を振り返りながら、科学の限界と無力さ、そして宗教を信じることの意味など、老境に達しておられる著者ならではの示唆に富んでいて、色々と学ぶところも多かった。

  • 生々しい「死」の感覚、それは著者にとっては、「死は鴻毛より軽い」と教えられた軍国主義の時代での死生観がまずありながら、戦時中の空襲での黒焦げの死体、戦後まもない頃の新宿駅などでの、復員兵などの餓死した死体などを見て形成された意識で、現在のように、ドラマや小説や映画などでありふれた「にせものの死」で濁されてしまう「死」の感覚とはまったく違う、そういうふうに著者は書いていたと思います。それが震災によって、人々はそれまでのウソの「死」から生々しい「死」を感じ直すことになった。それで、そういう「死」を目前にした今、祈りや宗教が大事なんじゃないかと主張しているわけです。

  • 戦争、精神科医として、阪神と東日本の大震災、妻の死と、多くの死に直面してきた著者の、信仰と死についてのエッセイ。
    不幸な国の幸福論でも感じたが、この方の意見の述べ方の立ち位置がとてもいい。
    意見を押し付けることなく分かりやすい文章で書いてくれているので、意図を受け取り自分の中で租借する余裕を読者に与えてくれている。

    第4章が、この本の核となっているが、1章から順番に読むことをオススメ。
    新書の場合は速読するようにしている私ですが、2章の途中から精読に変更。時間がかかってしまったのは誤算でしたが、しっかり読む価値がありました。
    キリスト教について神父さんをご夫婦で質問攻めにしたくだりは面白かった(笑)
    そして、突然質問がなにもなくなり、気持ちが軽くなったと。
    魂が信仰の領域に入っていったのではないかと思います。
    そんな体験してみたいかも。

    東日本大震災からの復興についての、頑張ることと祈ることについての考察も興味深い。
    ゴスペルのイベントのお手伝いをすると、実際に手配をしたり行動することと、祈ることのバランスについて考える機会が多く、いつも難しいところだなと感じる。
    科学の範囲である心理学を追及した著者が、ひとの心は心理だけでは分からない部分があると書いていることが、とても心に刺さった。

  • 前半は著者の体験談から来る話。第4章以降がこの本のメインのような気がします。「祈り」という行為を尊重していて、著者の人柄が出ていました。

  • 戦争体験と拘置所医務技官の体験から作者独特の死生観、宗教観を述べている。個人的には共感する部分が多い。終盤、科学者の態度として謙虚であるべきとの考えを展開する延長で原子力に言及している。謙虚であることに異論はないが、未知の領域を探究するのが科学者ならば、障壁を作るのではなくて克服して行くべきで、この点は生殖医療等の倫理的に議論のある問題と明確に区別するべきと思う。

  • 精神科医で作家でキリスト教徒である著者が、死を見つめて宗教のことや科学のことについて思うところを述べた軽い読み物。死刑囚との接触やキリスト教改宗、第二次世界大戦の記憶なんかから、東日本大震災後の日本に宗教は大事なんじゃないかと。祈りの気持ちや宗教的感動を思い出させてくれた。

  • 内容的には過去の作品の内容と同じ物が多い。
    3.11以降の日本について書かれている、よく戦後と似ているという話を聞くが、戦争を体験した人が語るのはまた重みが違う。

    80歳過ぎの人が未だに色々と考えているのには勇気づけられるし、戦後すぐの物の少ないじだいでのモーパッサンのエロさについての述懐はなんだか嬉しい。

  • 精神医学者であり作家の加賀乙彦先生の死についての随筆。
    著者は人生を通して死に多く触れてきた人物。少年期は第二次大戦期を生き抜き、精神医学者となって以後殺人など重犯罪者を対象とした犯罪学研究に尽力。留学先フランスでの落下事故、奥様の死、自らの臨死体験。それだけに著者は死に対して考えつくされた不抜の理念を持った方なんだなという印象をもった。
    タイトルについて。「科学」は医療と原発があげられる。医学の究極の目標は不老不死なのか。されば死なない人間は幸福か。医療とは治すことだが、本書を読んで直すことなんだなと感じた。つまり寿命を全うするという本来の人間の生き方へ戻してやるということである。また、原発については断固反対の立場であった。その理由も少し書いてあったがせっかくこの時期に出された本ということでもうすこし考えを詳細に聞きたかった(そこまでいくとテーマから離れてしまいますが・・・)。
    「宗教」はキリスト教、仏教を通して日本人がもつべき宗教観、それらと死の繋がりについて述べられている。
    まとめると、先生の人生の一部を見させていただいたようなそんな本。すごく練られたというか至言のつまった本でした。ただ私にはそれをおぼろげにしか感じ取る事ができなかった気がします。死を目の当たりにした経験もない上、強烈に揺さぶられた体験も少ないからでしょうか。全体的に先生の謙虚さが伝わってくる文章でそれはそれで良かったのですが逆にインパクトがなかったのかな・・・。

  • ① 今回の厄災が、集団の不幸という戦争中の不幸に似通った面をもつ

    ② 義は山岳より重く、死は鴻毛より軽し

    ③ 人間は生きている限り、何かに興味を持つことによって救われると思う。何かに熱中すること、何かを好むこと、何か人と違ったものに向かうこと、それが人間に幸福をもたらします。

    ④ 死を遠ざけたことによって、逆に生をも遠ざけてしまったと言えるでしょう

    ⑤ ところが日本人は宗教を忘れてしまいました。宗教の力がないところに、科学の力だけがのさばっている。ここに私は危険を感じるのです。科学や技術を学んだとしても、それをどう生かしていくのか、どのように人間の幸福や豊かさにつなげていくのか。そこには倫理、道徳、思想が必要です。P140

  • 「死は鴻毛より軽し」
    という話から始まり死を見つめ、精神科医として犯罪者を多く見た著者の話で印象に残ったのは死刑囚と無期懲役囚の精神状態の違い。無期懲役の方が緊張が無く抜け殻のようになるのだろうか?

    親しかった死刑囚がキリスト教徒になり、著者も後にキリスト教徒になる。著者はその時目から鱗が落ちたような気分になったらしいが、いかんせん話を読むだけではどのようにその瞬間を感じられるのかがわからないのが少し残念。これは著者の文章に問題があるのではなく、自分自身がその気になって神父から話を聞かねばわからないことだろう。

    さて、戦争を経験した著者にとって先の震災は重なるものがあったらしい。それは大勢の人が無残に無くなった情景ももちろんだが、政府の対応に関しても。戦時中の政府は正しい情報を流さずにいた。今回の震災でも政府の発表は後手後手に回っている印象だ。また、広島長崎を思い出させる原発事故。
    恐らく戦争を経験された方の中には同じように思われた方が多くおられるのだろう。

著者プロフィール

1929年生れ。東大医学部卒。日本ペンクラブ名誉会員、文藝家協会・日本近代文学館理事。カトリック作家。犯罪心理学・精神医学の権威でもある。著書に『フランドルの冬』、『帰らざる夏』(谷崎潤一郎賞)、『宣告』(日本文学大賞)、『湿原』(大佛次郎賞)、『錨のない船』など多数。『永遠の都』で芸術選奨文部大臣賞を受賞、続編である『雲の都』で毎日出版文化賞特別賞を受賞した。

「2020年 『遠藤周作 神に問いかけつづける旅』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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