原稿零枚日記 (集英社文庫)

著者 :
  • 集英社
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  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087451023

作品紹介・あらすじ

原稿が遅々として進まない作家の“私"は、取材で訪れた料亭で苔を食べ、アートの祭典で神隠しを目撃する──。夢と現(うつつ)の狭間で小さな声に耳を傾けた日記には何が隠されているのか。小川小説の真骨頂。

感想・レビュー・書評

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  • 数年前の年の暮れ、運転中にFM放送で小川洋子さんのブックレビューを聞いていたことがある。川上弘美さんのエッセイで炬燵の中で原稿を書き始めるのだが、1枚も書けないという記述に「とても共感します」と話されていた。
    そんな雰囲気を予想していたのだが、安閑、のんびりした話では全くなかった。主人公の作家は小川さんとは違う作家だろうな。小川さんの処に市役所から生活改善指導の職員(?)が来るわけないもの。

    奔放で不気味な幻想を読んでいると、聞いちゃいけない話を聞かされたような共犯意識とでも云うのだろうか、冷や冷やする感触を味わう。さほど厚くない本がなかなか読み進まない。
    子供や赤ん坊、乳房や母乳に対する執着。母性本能ってこんな怖いものなの。

    誰もが去って行き、いつも独りぼっちになる。小川さんの小説は皆そんな物語だとも思う。深海魚の記述はそんな孤独を感じる意識すら消え失せていくことを願っているようで、深い底に沈んでいくような静けさ。

    追記
    ピンバッジのスカンクが肛門腺を解放せんとするようという記述に、小川さんってチョッと変な人だなと認識を改めた。

  • 奇妙な日々を綴る日記。
    不気味さにぞわぞわする。

  • タイトルから、エッセイなのかと最初思った。
    (違うこれは小説だ、ということを分かった上で読み始めた)

    作家の“私”はなかなか思うように執筆がはかどらない。小説の取材で、宇宙線研究所や盆栽フェスティバルなど、様々な地を訪れる“私”だったが、いつも知らず知らずのうちに不思議な世界へと迷い込んでしまう。
    苔料理を出す料亭、海に繋がる大浴場、神隠しのように人が消えてゆくアートの祭典。これは果たして現実なのか。幻と現の狭間で、作家は日々の出来事を綴り続ける。

    日記形式で書かれている不思議な短編集。
    遅々として原稿が進まない作家の日常は、お世辞にも立派とは言えない。派手さもなく心が浮き立つようなこともないけれど、少しの抑揚や楽しみを見つけながら生きている。と、いう風情。
    それなのに日々起こることが不可解すぎて、まさに“夢か現か”状態。
    よくある日常とおかしな世界が地続きでゆるやかに繋がっていて、普通の日記を読んでいたはずなのに、いつの間にかファンタジーの世界に引き込まれているような。
    小川洋子ワールドすぎるなぁ、と思いながら読んだ。

    読み進めていくと、ある1日の出来事とだいぶ先のまたある1日に繋がりを見つけたりする。
    まったく繋がっていないような部分で繋がっている。そういうところも、読んでいて不思議な気分になる所以。
    うっすら気づいて「あぁ…」と淡く呟いてしまうような感覚。

    「あらすじ教室」と「健康スパランド」「子泣き相撲」の章がとくに印象に残った。
    小川作品に漂ういつも通りの静謐さ、そして少しの哀しさは、すべての章に共通していた。

    1日の日記の終わりに(原稿●枚)という記述がある。その日書き進んだ原稿の数。
    “零”の日が一番多いのは、言うまでもない。

  • 最初は小川洋子さん自身の日記なのかと思いながら読みました。途中で違うって気が付きました。タイトルから想像していたより哀しい話でした。いや、作家さんにとっては、このタイトルはとても哀しいのかな。私の夫に本のタイトルを見せたら、「一冊分の原稿が書けてるじゃん」と言われてしまいました。運動会や赤ちゃんのお相撲や新生児室に行く話は何だか本当にありそうだなあ。って感じました。

  • エッセイかと思って読み始めたのですが、苔料理が出てきたあたりから、あ、違うかも、と気付いた次第。果たしてこれは全くのフィクションなのか、それとも実は・・・。曖昧な境界線に立たされる読者の心を見事に翻弄しますね。なかなか書き進まないある女性作家の日常なのですが、白昼夢の中で迷わされ、独特の濃密で不穏な世界の底に沈んでいくような不思議な感覚を覚えました。様々な「荒らし」を行う彼女の隠された背景に、ぞくっとした震えを感じるのに、もっと覗いていたいという欲求にかられる空気は小川さんならではという感じです。

  • 日記風の小説ですが面白かったです。
    作家の「私」の奇妙な日々と、ひたすら原稿が進まないのがかわいいです。
    再読なのですが、今回は、好きなエピソードの、現代アートの祭典を見に行くお話が、西岡兄妹さんの作品のように脳内再生されて、更に好きになりました。ガイドさんのしわしわぶりが千晶さんの独特な老人で表れた、と思うとそのまま、あの世界に。楽しかったです。
    眠れない夜に図鑑を写すお話も好きです。「光の射さない深海で、少しずつ自分を失ってゆくのはどんな気分だろうかと考える。」

  • 日常からいろんな世界に入り込んでいく。変な世界だけど、キレイに整理されていて、すっと入ってくると、いつも思う。不思議な心地。

    「苔料理専門店」「ドウケツエビ」「あらすじ教室」「カワウソの肉球」「盆栽フェスティバルの桂チャボ」「子泣き相撲」「イトトンボの付け爪美女」どの話も魅力的。

  • どこからが現実で、どこからが夢なのか。はたまた、小川さんの眼前に広がる世界そのものなのかも。
    少し不穏で甘く、少し浮いてるようで沈んでいる。
    見た目の差は少なくとも、隔たりが大きい。
    水族館の水槽ガラスみたい。

  • 作家である「私」が創作活動の合間に起こる出来事や過去の回想を徒然なるままに綴る日記形式の物語。不思議なことが次々と起こる小川作品が凝縮したような作品。

    山の中の温泉旅館のさらに奥、ひっそりと佇む苔料理専門店やただ物語のあらすじを話すだけの公民館のあらすじ教室。参加者がひとりずつ消えてしまっても集合時間を優先する現代アート展ツアー。

    確かにおかしい何かが当然のように存在するので、むしろおかしいのはこちらなのではないかという錯覚さえ覚える。

    さらには文体が日記であるという点と病院、母親、市役所、取材など現実のような単語が出てくるので事実と勘違いしてしまい、まるで明晰夢をみているようだった。

    ある有名な作家とバスに同乗したという話が好きだ。極端に人物の抽象性が高まったため一つのおとぎ話のような印象になっている。

    いままで読んだ小川作品の中で一番ぶっ飛んでるので初めて著者に触れる人にはオススメはしない。

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/682295

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著者プロフィール

1962年、岡山市生まれ。88年、「揚羽蝶が壊れる時」により海燕新人文学賞、91年、「妊娠カレンダー」により芥川賞を受賞。『博士の愛した数式』で読売文学賞及び本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。その他の小説作品に『猫を抱いて象と泳ぐ』『琥珀のまたたき』『約束された移動』などがある。

「2023年 『川端康成の話をしようじゃないか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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