- Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
- / ISBN・EAN: 9784087455144
作品紹介・あらすじ
自らの性に疑問を抱く里帆、女であることに固執する椿、生身の男性と接しても実感を持てない千佳子。三人の交差する性はどこへ向かうのか。第155回芥川賞受賞者による渾身の長編小説。(解説/市川真人)
感想・レビュー・書評
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三人の女性達の女性という不確実な性別への懐疑的な思いをのせたハコブネ。
19歳の里帆は、女性である事に自信がない、あるいは懐疑的。今一度、自分の性別について考えようとする。31歳の椿は、女性としての自分磨きを怠らない。同じ31歳の友人の知佳子は、性の対象が宇宙的。彼女らは、有料自習室で出会い、お互いの性に関する認識とその対応を模索する。
ヒトが生きていく上で、性別という区分が必要か否かというところが主題なのかなと思う。肉体と精神の不一致を考えるとしても、性別のどちらかに統一するのではなく、全て自由で良いのではと前向きに終結する感じ。
男女という性別に悩むのは、ヒトのみなのかな。動物の雄雌という範疇から外れる事で、自由な生き方を得る?それは自由そうだけど、滅亡しそうかなぁ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
村田沙耶香の中長編の第5作目の作品。
『コンビニ人間』『消滅世界』、そして処女作の『授乳』から上梓順に読みすすめて本作は僕にとっては7作目となる村田沙耶香作品。
本作は、自分の「女性」という性別に疑問をもってしまったフリーター19歳の里帆、自分を地球という惑星の一部であると認識している31歳会社員の知佳子、そして知佳子の幼なじみで同級生のごく普通の大人の女性である会社員の椿の3人が主人公。
本書は里帆と知佳子の視点からの描写が交互に繰り返される型式である文章構成。
3人が有料自習室という特別な空間で出会い、お互いの意見の相違を戦わせながらも友情を育んでいくというストーリーだ。
女性の「セックス」をメインテーマにした前作『星が吸う水』と同じように本書も『性』をテーマとしているが、『星が吸う水』が男女の『セックス』をテーマとしているとしたら本書は『性別』そのものをテーマとしていると言っていいだろう。
本書の主人公の一人である里帆は、女性であるが、好きな男性とのセックスが辛くてたまらない。それは自分が本当はLGBTであるからではないのかと思い悩み、男装をし、女性とのセックスにもトライするが、それもまた違うと感じてしまう。
また、知佳子に至っては、男性とのセックスに全く意味を見いだせず、結局「地球」とセックスをするということが自分のとっての『セックス』であるという回答に至る。
もう、はっきり言って訳が分からない。知佳子の域まで達してしまうともう「LGBTなんて普通じゃん」と簡単に言ってしまえるかもしれない(笑)。
しかしながら、本作は非常に読みやすいし、分かりやすい。
読了感が非常にポジティブなのだ。
『人間なんて十人十色なのだからなんでもいいじゃん、好きなようにすれば』
と決してなげやりではなく、非常に良い意味でこの言葉が読後に思い浮かぶ。
ただ、自分としては、知佳子に同情してしまうというか「なんかもったいないな~」と思ってしまう。
知佳子という女性は、非常に不思議な雰囲気を持った『不思議ちゃん』なのだが、対人スキルがないとか、そういうことは全く無い。逆に、対人スキルが高く、人から好かれるタイプだろう。
なのに「私、やっぱり地球が恋人だから」って、おいおい、ちょっと待って。それ言われた男はどうすりゃいいのよ(涙)。本当にそう言われたら、男として再起不能でしょ・・・。まあ「そっか~、相手が『地球』じゃかなわないや~」って笑ってごまかすしかないよね。とほほ。
でも男としたら『じゃあ、次行ってみようか~』ってなるまで2年くらいかかるんじゃないかな。女性不信になってさ(笑)。
あ、里帆はね。まだ若いから、いっぱい悩みなさい。
椿さんはたぶん美人で強い人だからなんの問題もないと思う。
それにしても知佳子さ~ん。あなたが一番心配だ。
本当に最終的には即身仏になって地球と同化してしまうんじゃなのだろうか。
まあ、自分が人間ではなくて地球の一部であると本当に考えているならそれもありなのか・・・。
人にはそれぞれ「幸せ」の定義があって、全く違うのだろうけど、知佳子さんの「幸せ」ってなんなんだろうな。それだけをずっと考えてしまうよ、僕はね・・・。
はい。余計なお世話でしたね。失礼しました。
と言う訳で『クレイジー沙耶香』にしては、本書はすごくさわやかで素直な気持ちになれる1冊でした。 -
ジェンダーの問題は、性自認のカテゴライズを細分化すればするほど本質が見えづらくなるという構造的な矛盾があることを作者は本能的に知っているし、それを言葉にして強く発信する力も持っている。本書は希望だと思う。
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3人のうちの2人の女性についてのお話でした
それぞれに性についての思いや悩みがありながら
生きてる女性の物語でした
著者独特の世界観で性についてのお話が展開していった
その世界になぜかよく引き込まれます -
最初、里帆に感情移入して読んでたけれど、だんだんアレ?違うぞ?ってなった。
逆に知佳子になんだこの人は?って読んでたけれど、なんだかわかるになった。
第二次性徴のやり直し、なんだか響きが良いというか、誇らしい何かに思えたけれど、そんなもんじゃなかった。
もっとぐちゃぐちゃでわけのわからない感情。
でも、よくある感情。
若い頃の何かになりたくて、その何かがわからないあの感情を思い出した。
ソルという言葉に驚いたけれど、その生き方の美しさが素敵だった。
私がよく通る道やよく行く建物と重ねながら読み進めていたけれど、その見方が一気に変わって、なんだかつやつやしたものに見えた。
不思議な感覚。
セックスってなんだったっけ?
と立ち止まってしまう作品だった。
結局答えはよくわからない、それが答えなのだと思う。 -
三者三様の性の捉え方。いやもう性ですらない千佳子のターンが好み。読んできた作品の中では穏やかな方に分類されるでしょうか。
何がノーマルで何がアブノーマルなのかの境界線が、そろそろ怪しくなってきた...、なんてことはありません(笑) -
この本を手に取ったきっかけは、村田さんの作品が好きで、ハコブネは読んだことがなかったので、読んでみたいなと思ったのと、村田さんがジェンダーに関してどう書くのだろうと気になったのがキッカケ。
ないものねだりだが、子供の頃から女性という性で生きて、それを全うしてきた椿視点のエピソードも読んでみたいなと思った。
性の対象が大きすぎるといろんな苦しみや悩みがちっぽけに感じるのかな〜とか、ハコブネからはジェンダーに関して色んなことを考えるきっかけを与えてくた。 -
それぞれに性の悩みを抱える10代の里帆と、30代の椿、知佳子。たまたま申し込んだ有料の自習室で会い、交流を重ねるが。
芥川賞受賞前の作品。さすがです。ぶっ飛んでていいですね。巨大な「おままごと」の世界。みんなで「やーめた」と言いましょう。
村田ワールドがいかんなく発揮された作品。常識?ふつう?〜らしさ?そんなものはすべて幻想。
この物語は全編、性を語っているが、それは単に読者に伝わりやすいからだと思う。本質的には「生」の話です。椿の話はもう少し読みたかったなぁ。 -
ジェンダーと多様性と東洋的思想の融合みたいな。
何者かであろうとして藻掻き苦しむ十九才。
一方、恋に落ちて何者でもないことを辞めようとする三十一歳。
救いを求める箱舟は、しかしその実、何処にも行けず誰にも乗れない。
変な女じゃなくて、妙好人。
これこそまさに無為自然。