蛇にピアス (集英社文庫)

著者 :
  • 集英社
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  • Amazon.co.jp ・本 (128ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087460483

作品紹介・あらすじ

「スプリットタンって知ってる?」そう言って、男は蛇のように二つに割れた舌を出した-。その男アマと同棲しながらサディストの彫り師シバとも関係をもつルイ。彼女は自らも舌にピアスを入れ、刺青を彫り、「身体改造」にはまっていく。痛みと快楽、暴力と死、激しい愛と絶望。今を生きる者たちの生の本質を鮮烈に描き、すばる文学賞と芥川賞を受賞した、金原ひとみの衝撃のデビュー作。

感想・レビュー・書評

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  • 『お姉ちゃん、おいで。舌見せて』と一人の男に言われた主人公。そんな主人公は『カウンターに近づいて舌をベロッと出』しました。

    さて、問題です。このシーンの先にはどのような物語が展開していくでしょうか?

    う〜ん、内臓に病気があると舌の色が悪くなるというから、見てもらっているのかなあ?とか、青いシロップのかき氷を食べたから、舌が真っ青になっているのを見せているのかなあ…などなど、私たちは二人のちょっとした会話のやりとりだけを読んでも、想像力によって幾らでもその先に続く物語を予想することができます。まさしく、人の数だけ物語があるというように、人の想像力もそんなさまざまな未来を予測することが可能です。しかし、そんな予測が当たらない場合があります。一つは全く想像だにしない展開がその先にある場合、これは当然に予測は不可能でしょう。そしてもう一つは、もしかして、と頭の片隅に可能性が思い浮かぶものの、それを言葉にする事を脳が拒否する場合です。もちろん、人によってその大小や事象は異なるでしょう。ホラー映画やバイオレンス映画が好きな人もいれば、断固として拒否する人がいる、人の嗜好もさまざまです。

    さて、なんとも回りくどい説明でここまで引っ張ってしまいましたが、それには理由があります。冒頭に記した二人の会話のシーン。実はその先に、人によっては本を閉じてしまいたくなるような戦慄のシーンが描かれた小説がここにあります。『スプリットタンって知ってる?』 という一文から始まるこの作品。それは、当時19歳だった金原ひとみさんがその瑞々しい感性で描いた物語。個々のシーンが目に浮かぶほどにとても読みやすい文体で描かれた物語。そしてそれは、そんなリズム感良く描かれた物語の先に『舌にピアス』という表現が生々しく飛び出す痛々しさの限りの世界が描かれた物語です。

    (注)『舌にピアス』という五文字だけで画面から目を逸らしてしまったそこのあなた。そんなあなたは次の行から始まる1ブロックはお読みにならないことをおすすめします。お読みになられて今夜悪夢にうなされても、さてさては一切の責任を持ちません…。

    『スプリットタンって知ってる?』 と訊くアマに、『何?それ。分かれた舌って事?』と逆質問するのは主人公のルイ。そんなルイに『そうそう。蛇とかトカゲみたいな舌。人間も、ああいう舌になれるんだよ』とアマは説明し、べろっと舌を出しました。『本当に蛇の舌のように、先が二つに割れていた』というアマの舌に見とれるルイ。そんなルイは『…すごい』と感じます。そんなルイに『君も、身体改造してみない?』と誘うアマ。ルイは『無意識のうちに首を縦に振ってい』ました。『主にマッドな奴らがやる』という『スプリットタン』は、『彼等の言葉で言えば身体改造』とされています。『舌にピアスをして、その穴をどんどん拡張していって… 最後にそこをメスやカミソリで切り離し』て完成させるという『スプリットタン』。『舌嚙み切ると死ぬんでしょ?』というルイの質問に『焼きゴテを当てて止血するんだよ』と淡々と答える『蛇男』のアマ。それを聞いて『腕に鳥肌が立った』というルイ。『そして数日後、私はその蛇男ことアマと二人で』、『繁華街の外れの地下に』あるDesireという店へと赴きました。入るなり『もろに女性器がアップの写真』、『タマにピアスが刺さっている写真』、そして『刺青の写真』が壁に貼ってあるそのお店。そこに『おー、アマ、久しぶり』と『二十四、五くらいのパンクな兄ちゃん』が声をかけてきました。『この人が店長のシバさん。あ、これ、俺の彼女っす』とルイのことを紹介するアマ。そんなアマは『こいつの舌、穴開けてもらおうと思って』と続けます。『お姉ちゃん、おいで。舌見せて』と言うシバに舌を見せるルイに、『まあまあ薄いからそんなに痛くないと思うよ』と続けるシバ。そんな『シバさんの顔は瞼、眉、唇、鼻、頰にピアスが刺さってい』ました。『ここって、スミもやってるんですか?』と訊くルイに『うん、俺も彫り師なんだよ』と答えるシバ。『刺青、やってみたいな』と言うルイに『いいね、絶対綺麗に入るよ』と勧めるシバ。そんなやりとりに『シバさん、ピアスが先っすよ』とアマが制しました。そして、シバは『ピアッサー』という『耳に穴を開けるのと同じような』道具を持ってきました。『舌出して。どの辺に開ける?』と訊くシバ、そして…という衝撃的なシーンが次々に描かれていく物語が始まりました。

    2003年に刊行され”第130回芥川龍之介賞”を受賞したこの作品。以前から興味はあったものの、その内容以前にこの世で”蛇”が最も苦手、この字を見ることさえ嫌という私にはこの作品を手にすること自体にずっと抵抗がありました。しかし、“女性作家さんの小説を全て読み切ってブクログを卒業する”ことを目標としている(笑)私にとっていつかはチャレンジしなければならない作家さんだということもあり、今回思い切って手にとりました。そんなページをめくって私の目に飛び込んできたのが冒頭のよく分からない一文でした。『スプリットタンって知ってる?』というその一文。正直なところ全く知識がなかった私は”意味不明?”となりましたが、そんな読者を見据えてか、その言葉を説明する衝撃的な文章が続きます。それが、先程の一文に『何?それ。分かれた舌って事?』と逆質問をする主人公・ルイ。それに『そうそう。蛇とかトカゲみたいな舌。人間も、ああいう舌になれるんだよ』というルイの恋人?となるアマの説明でした。前記の通り、この作品を書かれた金原ひとみさんは、”第130回芥川龍之介賞”を受賞されましたが、その際同時受賞されたのが綿矢りささんです。そんな綿矢さんの受賞作が「蹴りたい背中」です。その冒頭の一文は、今までに500冊近い小説ばかりを読んできた私が唯一何を見なくても暗唱できるものです。『さびしさは鳴る』というその一文。「蹴りたい背中」のレビューでも散々書きましたが、私はこの一文にすっかり心を持っていかれ、綿矢さんの作品を完読すると決めました(実際、ゴール一歩手前です) 。芥川賞とは、”芸術性を踏まえた一片の短編あるいは中編に与えられる文学賞”とされています。これらベクトルの全く異なると思われる二つの作品を同時に受賞させるいう選考委員の皆様の感性の鋭さを改めて感じる一方で、確かに両作とも冒頭から一気に私の心を締めつけるという点で、ある意味での共通点を感じました。

    そんな綿矢さんの「蹴りたい背中」は、”人が生きていく上で避けられない運命を嫌が上にも感じ始める高校時代。そんな世界に容易に溶け込めない息苦しい女子高生の内面を丁寧に描いたこの作品 ー さてさて氏レビューより抜粋”という主人公・ハツの”10代の青春が感じる孤独”が独特なリズム感と鋭い感性の発露の中に描かれていました。それに対して金原さんの描くこの作品は、『ゆっくり歩く私の足に、子供がぶつかった。私の顔を見て、素知らぬ顔をするその子の母親』という表現でわかるように、路地裏の光の当たらない世界に19歳の青春を生きる主人公・ルイの姿。そして、その内面を窺うことの難しいルイの心の奥深くに眠る感情が極めて読みやすい文体の中に落ち着いたリズム感で描かれていくのが特徴だと思います。前記した通り、この作品は冒頭から『スプリットタンって知ってる?』という一文の先に続く、人によっては目を背けたくなるような強烈な文章で満たされています。正直なところ、吐き気を催すような強烈極まりない表現、文字を読んでいるにもかかわらず痛覚が刺激されるというなんともリアルな痛々しい場面の表現、そして光の当たらないダークな世界に自分も引き込まれてしまわないか怖くなるような戦慄の表現が息つく間もなく次から次へと登場するこの作品。それは間違いなく読む人を選ぶと思います。そして、それが極めて読みやすい、スラスラと頭に入ってくるような落ち着いたリズム感で描かれていることが余計に読者の心をとらえていきます。それは今までに経験したことのない読書の時間でもあり、”怖い表現がまた出たらどうしよう。早く読み終えたい”、でも、”何故か読み飛ばせない。どんどん心が囚われていく”、そんな今まで経験したことのない読書の時間を味わいました。たった文庫128ページにすぎないこの作品。しかし、私にとってはその二倍も三倍もページ数があるように感じました。そして、読み終えてホッとしている自分、そんな私にとってこの作品は128ページが限界容量だと感じました。

    そんなこの作品は、前記した通りレビューに文字で記すのも悍ましい表現に満ち溢れています。しかし、この作品は決してそれだけの物語でないのも事実です。それが、上記もした”路地裏の光の当たらない世界に19歳の青春を生きる主人公・ルイ”の内面の感情を表す表現の数々でした。『私は一瞬にしてあの舌に魅了された』と『スプリットタン』に囚われていくルイ。少なくとも私にはそのような悍ましいものに興味は一切沸きませんし、見たくもありません。しかし、ルイもその感覚の理由がわかっているわけではありません。『彼の二手に分かれる細い舌に魅せられ』る一方で、どうして『強く引きつけられたのか、未だ分からない』と思うルイ。そんなルイは『スプリットタン』のことを『意味のない身体改造』に『一体何を見出そうとしているんだろう』と感じてもいます。普通であれば、そんな訳の分からない、理解できないものに一生消えない代償を差し出すような真似はしないはずです。しかし、ルイは『どうしてこんなに血が騒ぐのか、その理由を知りたくて今スプリットタンに向かってひた走っているような気がする』と、決して後戻りなどせずに突き進んでいきます。綿矢さんの作品を読んで私はそこに”青春もの”の匂いを感じました。そして、このある意味おどろおどろしい金原さんの作品にも”青春もの”の匂いを感じました。『刺青が完成して、スプリットタンが完成したら、私はその時何を思うだろう』と考えるルイ。『私はずっと何も持たず何も気にせず何も咎めずに生きてきた』とそれまでの人生を振り返るルイは、こうも思います。『きっと、私の未来にも、刺青にも、スプリットタンにも、意味なんてない』と全てを分かった上で、それでも歩みを止めないで『スプリットタン』の完成へと突き進むルイの生き方。一般に思い浮かべる輝く青春の光とは正反対に位置する光の当たらない、でも確かに、それでも19歳の青春を生きるルイ。いつまでも心が本の中に囚われたままとなるその読後に、そんな遠い世界の存在であったルイの姿がふっと浮かび上がるのを感じました。

    『何も信じられない。何も感じられない。私が生きている事を実感出来るのは、痛みを感じている時だけだ』。朝の光景が描かれていても、昼の光景が描かれていても、そこに浮かび上がるのは光の当たらない薄暗く汚れた部屋の情景。そんなイメージが最初から最後まで一貫して続くおどろおどろしいこの作品。主人公・ルイは、そんな光の当たらない世界の中にそれでも必死に生きていました。『スプリットタン』というその映像を想像するだけで心の穏やかさが失われるこの作品。金原さんが描く生き生きとした19歳の主人公ルイの確かな存在感が故に心がすっかり囚われてしまう、そんな風に心に深く焼き付けられた作品でした。

  • 懐かしくてつい手に取ってました。確か芥川賞受賞作。
    大変センセーショナルな作品です。当時、時代のせいかも知れませんが、読んでいても何となく当たり前の様な感覚で読み進めたのを覚えています。作中の若者たちと同年代だったからでしょうか。しかし、今読んだらまー大変。こんなにも狂気で卑猥な感じでしたっけ??
    強く印象に残り、忘れないストーリーです。内容は薄いですけど。でも、好きなんですよ。こういうのも。

  • 20代後半に読んだ小説。
    私にとっては小説が映画化されたとき、映画を見る前に小説を読みたいと思うきっかけになった作品でした。
    当時何歳だったのだろう、とっても若い作家が書かれた作品と思いながら20代の私も読んだので、とても衝撃的でした。(今は、私40代ですが、もう一度読んでみようかな。)

  • 毒気のある本。
    鮮烈だけれども、凄くのめり込めた。
    今年最後の本にして良かったと思う。

  • 鮮烈に描かれる無情な絶望感。生の希望や愛が痛々しい。

  • 耳たぶに一つの穴すら開けたことのない私にはファンタジーの世界だった ぼんやり死がちらつくような無気力は私が知っているのとは違くて、希死念慮といったら一括りになってしまうけどそこで生きている人たちのそこで生まれる感情と初めて対峙したような気持ち 

  • ルイの感情は誰にもわからない。ルイにしかわからない。人間の感情を全て言語化することなんてできない。愛に溺れ、痛みに溺れ、今この時を生きていた人間にとって、死という概念に遭遇した時、どんな感情になるかなんて言葉にできない。それでも人間は生きていく。

  • 池袋新宿渋谷にいる10代ー20代前半の男女って、同年代なはずなのに生きる世界線が違うとずっと感じていた。
    個人的には私はそういう自分と違う世界線、価値観で生きてる人が面白くてそして憧れもあって形から入る経験を幾度かしてきた。渋ハロにも行ったことあるし平成から令和に変わるあの瞬間だって渋谷スクランブル交差点で騒ぐ若者の1ピースになってみたりした。イベントが好きってのもあるけれどそう言う人たちの一部となることが根がインキャで考えしいな私が陽キャになれる手段だった。そして同時に私は間違いなくデフォルトで陽キャとして生きる側の人間じゃないことを確認した。その証拠に今だって仕事に支障が出るのを恐れて明日の遊びの誘いを断ってしまったばかりだ。

    ルイたちに出逢いながら私は渋ハロや池袋東口の繁華街、西口のホテル街、新宿は歌舞伎町一番街を目にした時の記憶を浮かべていた。欲望に素直になり、感情のままに生きたら今頃お酒と男とセックスのことを考えて生きていたのかもしれない、タトゥーだって腕か腰にでもあったかもしれない。けれど事実私は今、コーヒーを片手にスーツを着て東京のオフィス街をひとり生きている。ルイ達のほうがハメを外すことができない私よりずっと強くてたくましく人間として格上にしか思えず何よりのうのうと日々ものを食べる食欲があることが恥ずかしくなった。気づけば太ももの付け根にまで鳥肌が立つほど肌寒かったのに上着を着るのを2時間も我慢していた。

  • 映画のファンなんだけど余裕で小説の方がおもろかった、でも映画も見てくれ井浦新さんがどエロくて最高なんだァ。結末がぐちゃぐちゃぐちゃっとされて闇に葬られるのが好きで、後引く気持ち悪さがクセになる。現実世界も白黒はっきりつかないモヤモヤとしたものの連鎖でここまで繋がってきたものだし。シバとアマとルイの一人ひとりのキャラが確立してて愛おしく思えるの、文字だけなのに十二分に表現されてて、こりや作者が天才だと思いましたわ。読書って文字の並びから想像させてくれる映像や音や匂いのパターンが無限大だから大好きだわ、、、と改めて思ったね。

  • 久しぶりに読んだ。ルイは今どうしているんだろうかと懐かしくなりました。

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著者プロフィール

1983年東京都生まれ。2004年にデビュー作『蛇にピアス』で芥川賞を受賞。著書に『AMEBIC』『マザーズ』『アンソーシャルディスタンス』『ミーツ・ザ・ワールド』『デクリネゾン』等。

「2023年 『腹を空かせた勇者ども』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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