闇の左大臣―石上朝臣麻呂 (集英社文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (480ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087460988

作品紹介・あらすじ

天智天皇、天武天皇の時代を通じ、物部連麻呂は最下級役人だった。壬申の乱では大友皇子の側に立ったこともあり出世は望めなかった。しかし天武の没後、石上の氏族名に変わり、持統天皇、元明天皇の時代には徐々に位は上がっていった。和銅元年(西暦七〇八年)には、臣下の最高位である正二位左大臣にまで上りつめた。なぜ麻呂はそこまで出世できたのか。闇の部分に迫る古代史長編小説。著者絶筆。

感想・レビュー・書評

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  • 7世紀中葉から8世紀前半まで生きた、石上朝臣麻呂の伝記小説です。

    爽やかな表現をすれば、一人の男のサクセスストーリーかな。
    でもタイトルにも闇とある通り、男にはいつも翳が付き纏う……それが物部連麻呂こと後の石上朝臣麻呂の血に染み付いた宿命だったのかも知れません。

    支族とは言え、当時「敗者」「負け組」と言う不名誉な言われ方・扱いをされていた物部氏に生まれた麻呂は、負い目を感じて成長します。
    物部氏の祖・邇芸速日命の伝承もあいまいって、たびたび自分の内側の暗い血を意識して苦しみます。
    その鬱積は屈折となり、麻呂の性格に影を落としていましたが、積み重なった屈辱は次第に反骨の糧となり、いつか麻呂の胸の中で燃え上がるようになった。
    麻呂の出世欲に、火が点いたのです。

    しかし、物凄い反骨精神ですね。
    挫折、成功、また挫折の繰り返し。
    しかも麻呂には、「裏切り者」「卑怯者」と言う白い目がまとわりつく。
    普通なら卑屈になって身動きもとれなくなりそうですが、麻呂は転んでもただじゃ起きない性格でした。
    まさに、鋼の肉体&心臓ですね゚д゚;

    苦労しながらもコツコツと働き、官位を上げ、なんと最終的には臣下の最高位・左大臣まで上りつめるんです。
    平の公務員から始めて、総理大臣になったようなものです。

    とんでもない、叩き上げ人生!
    立派としか言いようがないです。
    しかも、苦労ばかりだったはずなのに、78歳まで生きて大往生してるし。
    当時は40歳で死を意識したらしいですから、倍ぐらい生きてます。
    ただ生きてるだけじゃなく、バリバリ政治も執って、妻を何人も持って子供も作ってたようだし…。パワフルだ。

    しかし、臣の頂点まで上りつめた時の麻呂の胸中は……。
    複雑。ものわかりの良い爺さまになった麻呂、いっきに小さくなった感じがしました。
    詠了後は、本当にお疲れ様!ってつぶやいてしまいました。

    実は(他の作品の影響や、やっぱ疑惑が多くて)物部麻呂はあんまり好きじゃなかったし、タイトルを見た時に、暗黒面のパワーで「おぬしも悪よのう」的に汚く且つセコくのし上がって行く過程を想像していたのですが、いい意味で裏切られました。
    完全な史実ではないにしろ、その生きざまに、すっかり納得させられてしまいました。
    本当に面白かったです。

    ちなみに、この作品は黒岩重吾氏の遺作です。
    人間を人間らしく描くって、当たり前のようでいて結構難しいと思うのですが、歴史物…しかも古代ものでそれをやってのける黒岩氏って本当に凄いと思います。
    絶筆の作品に相応しい、スケールの大きい歴史人間ドラマでした。

  • 4-08-746098-3 479p 2006・11・25 1刷

  • 700年ごろ。天智天皇,大友皇子,天武天皇,持統天皇,文武天皇,元明天皇に仕えた物部朝臣麻呂の話。
    麻呂は石上物部に生まれ,蘇我・物部戦争では中立の立場を守ったがゆえに生きながら得ることが出来た。
    蘇我氏に敗れた物部氏は政界から遠ざかり,物部の民は奴婢として貴族らに仕えることを余儀なくされ,麻呂も冠位は最下位近くだった。
    武術や情報収集の才に恵まれ,常に先の時代の流れを読むことが出来た麻呂は,天智に才を見出され,大友皇子の武術師範に抜擢されたが,時代の流れは天武側に流れていた。麻呂はそんな流れを掴み,天武の舎人の一人で物部系の朴井連雄君にそれとなく自分を売り込んでおいた。大友皇子の最期を看取り,首級を天武に差し出したのは麻呂であり,天武は性格的には好まないほうであるが,その才を買い遣新羅使に抜擢し,あらためて情報収集や分析力の高さをかう。天武の妻の持統天皇の代では,巧みに藤原不比等に近づき,自分を売り込み貴族階級にまで昇っていく。不比等は天智の子供とも噂され,持統や草壁皇子に愛されたが,政治手腕に長け,年も取ってきた麻呂は次第に時代に取り残されていく。最後は,人臣最高位の左大臣にまでのぼりつめた麻呂だが,不比等の傀儡のようになってしまっていた。平城京への遷都に反対の麻呂だったが,左大臣の名誉と引き換えに了解する形となったようだが,結局最後は麻呂も不比等の言うままになるのにこらえられず,藤原京の留守司で残ることで一矢報いた感じである。
    以上のようなあらすじだと,出世欲にかられ昇進はしたものの,晩年は不比等に操られるような惨めな感がし,好ましい人物に思えないかもしれないが,最下級の時代や,物部の没落時代を眼に見,肌で感じてきており,奴婢や農民に優しい目を向けていたようである。平城遷都の反対についても,藤原京遷都から10数年しかたっておらず,動員される農民のことを思って反対していたようである。不比等の大宝律令についても,農民の負担が重過ぎると反対のようだった。

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著者プロフィール

1924-2003年。大阪市生まれ。同志社大学法学部卒。在学中に学徒動員で満洲に出征、ソ満国境で敗戦を迎える。日本へ帰国後、様々な職業を転々としたあと、59年に「近代説話」の同人となる。60年に『背徳のメス』で直木賞を受賞、金や権力に捉われた人間を描く社会派作家として活躍する。また古代史への関心も深く、80年には歴史小説の『天の川の太陽』で吉川英治文学賞を受賞する。84年からは直木賞の選考委員も務めた。91年紫綬褒章受章、92年菊池寛賞受賞。他の著書に『飛田ホテル』(ちくま文庫)。

「2018年 『西成山王ホテル』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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