連舞 (集英社文庫)

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  • 集英社
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  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087464726

感想・レビュー・書評

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  • 有吉佐和子さんの作品は、文字を追うだけで楽しいような硬質な美文で、本当にハズレがない。
    今回も、題材の日本舞踊のことなんて全く知らないのに、ぐいぐい読まされてしまった。
    それほど長い作品ではないのに、大河ドラマを観たかのような満足感。

    あと、青春期までの瑞々しい繊細さを描ける作家は数あれど、酸いも甘いも経験して成熟した大人の女を、こんな見事に描ける作家はそうはいないと思う。
    全員単純にいい人でも悪い人でもなく、年を経て変わっていく人格として描かれているのも、人間ってそうだよねと思わされて、凄くいい。

    有吉佐和子さん、手当たり次第に読んでいこうかなあ。
    続編も楽しみ。

  • 人が抱く劣等意識。私も劣等感まみれ。
    他者との比較によって生じ、「できない」・「持っていない」自分が何とか人並みになるよう、補おうと意識的にも無意識にももがく。

    ある時はできない自分を責め、またある時はどうしても手に入れようと努力を重ねる。
    そしてまたある時は、欠けた部分の代替として、社会的に賞賛される肩書、立場や物質に手を伸ばし、自分の欠損意識を補う。

    否定しようのないこの人間ならではの「劣等意識」にまつわる性(さが)や業を有吉さんが昭和初期の日本舞踊の名門の家柄を舞台に描く。

    名門家元の妾として2人の娘を持ち、一門の傘の下で弟子を抱える師匠 寿々。芸妓であった彼女は名門の血に固執するばかり。

    本作の中心人物である長女秋子は、自分が妹に比べぞんざいに扱われ、母の視線の先に常に家元の血を引く妹の存在があることに気づいていく。なぜ私は? 私の舞が巧くないから? 彼女の苦悩が何層にも渡り淡々と綴られる。

    露骨な姉妹格差。母のもとに集う弟子たちもあからさまに妹に肩入れをし、まるで自分が透明な存在であるかのごとき扱いを受ける秋子。

    有吉さんはそんな秋子をちっとも「可哀想な娘」に描かない。彼女は被害者でもなければ、母親を「毒母」とも弾じない。乾いた筆致がたまらなく心地よい。

    私も母親に手を握られたり、おぶられた記憶もない。こういう母親はいつの世もいるのだと、救われる。

    一方の妹 千春は家元の血を引く天賦の存在を存分に発揮し、幼い頃から賞賛と注目の的。

    母 寿々は妹 千春に耽溺していく。次女を一流にし、名門直系として君臨させることで、育てた自分にも光が指すことを渇望する。

    ここで痺れるのが主人公である日陰の長女 秋子と常に中心で褒めそやされる次女 千春の関係。陳腐な姉妹の憎悪物語に終始せず、人間の感情、特に自らの「血」から離れられない性がさらりと呈される。

    登場人物たちと適度な距離を保ちつつ、ことの善悪を読み手に押し付けない有吉さんの潔さと剛に敬服。

    中盤からは怒涛の展開。
    ぐっと物語が動くが、人々の心の機微が丁寧に綴られ、人間の心の奥深さ、普段蓋をしている人間の心の蓋が開く瞬間の偶然や蓋然が浮き出てくる。

    主人公 秋子が周囲の人々に翻弄され、劣等感や愛情の欠損に苦悩しながらも、終盤自分の心をしっかり覗き、自分の人生の選択を自ら下した潔さに心酔。

    男に煮え湯を飲まされ、女性は「家制度」のために耐えるだけの存在だった時代。
    本文338ページより
    「人それぞれの幸不幸は、生得の心ばえや運命の如何で、誰もが抱えているものなのだ。それに惑う暇があったら、こうして踊っていればいい。」

    他者への共感や同情に過剰な価値を置かれているように感じる今日この頃。もちろん立場の違う他者への想像力がとても重要なのは大前提としても。
    「善い人」がもてはやされる風潮に違和感。

    有吉作品では、人の弱さ、脆さ、醜さも混在する人間をさらりと描く。
    嫉妬、羨望、落胆、偏愛、気後れと幾多の感情と同時に、人が持つたおやかさ、狡猾さ、人それぞれのレジリエンスも配合よく混ぜられ、「善い人」などいない。

    古典芸能への有吉さんの博識ぶりには脱帽。ここがわかればもっと深く読めたのに残念。でも充分愉しめる一冊でした。
    続編『乱舞』も読もうっと。

  • コンプレックスの塊のような主人公の立身出世物語に目が離せませんでした。劣等感と苦労と孤独の連続でしたが。面白かった。

  • 最初は母や姉妹など、他者と比較して一喜一憂していた主人公が、やがて自分自身を深く理解することで、独自の世界を獲得するまでの物語。
    改めて読むと、結局自分を救うのは自分自身、あるいは自分の努力の時間ということなのかな、と思う。

  • 芸事の世界に生まれて自分がその才能が無いと知るというのはどんだけ苦しいことやろうと思った。
    それでも秋子は優しくて折れずに生きてて普通に応援しながら読んだ。
    秋子の、母親の愛情を受けたい気持ちを大人になってもずっとコンプレックスとして持ち続けてるのしんどかった。その一点のために生きてるんちゃうかっていう執着ぶり。

  • 母との関係、妹へのコンプレックス、舞うことの悩み…色々抱えながら、それが徐々に剥がれ落ちていく様に引き込まれた。秋子の闘い、見事でした。

  • 昭和初期。日本舞踊の梶川流の師匠を母に持つ秋子は、しかしその才がないと捨て置かれ、母の愛は家元の血を受けた異父妹の千春に集中した。
    身の程をわきまえ慎ましく生きることを選んだ秋子だが、戦争を境に秋子の運命は大きく変わっていく。
    母の愛への渇望、妹への嫉妬、踊りの家に生まれたことへの屈託を抱え、常に隅に控えるように生きてきた秋子が、やがて怖いくらいの強さをもって母親と相対するときがくる。そこに至るまでの痛ましさがあればあるだけ凄みが増して圧巻だった。

  • 有吉佐和子の古典芸能の世界を舞台にした作品。まるで昼ドラをみるようなストーリー展開ではあるが、内容、人物表現等は発表された当時と比較しても古くささを感じさせない。
    著者は史実を元にした小説、社会派小説、また古典芸能や花柳界等を題材にした小説と多彩な作品を残している。そしてどの作品もエンターテイメント性にあふれ、読みやすく読者を引きつけてやまないものばかりである。また発表されてかなりの年月が経ているにも関わらず、内容や表現方法など色あせていない。53歳で亡くなって30余年にもなるが、才能豊かな作家の早世を残念に思わずにいられない。

  • 昭和初期の日本舞踊の名門梶川流の師匠を母とする秋子は、異父姉妹であり家元の血を享け踊りに天賦の才を見せる妹の千春の陰で身を慎んで生きてきた。
    しかし、戦後の混乱期、二人の人生は思いがけない方向へ進んで行く。
    というものの、やはり伝統と因襲の世界で、妹ほどの才能のない秋子に幸せは訪れない。
    辛い小説だった。
    (図書館)

  • なんのために生きるんだろう。
    女である意味ってどこにあるんだろう。
    人は誰でも独りで生まれ、孤独に生きるんだろう。

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著者プロフィール

昭和6年、和歌山市生まれ。東京女子短期大学英文科卒。昭和31年『地唄』で芥川賞候補となり、文壇デビュー。以降、『紀ノ川』『華岡青洲の妻』『恍惚の人』『複合汚染』など話題作を発表し続けた。昭和59年没。

「2023年 『挿絵の女 単行本未収録作品集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

有吉佐和子の作品

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