楊令伝〈15〉天穹の章 (集英社文庫)

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著者 : 北方謙三
  • 集英社 (2012年8月21日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (388ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087468656

楊令伝〈15〉天穹の章 (集英社文庫)の感想・レビュー・書評

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  •  全15巻まとめて。原作有りの「水滸伝」を離れたらもう少し展開が史実寄りになるのかと想像していたら、なかなかどうして、そう単純な歴史時代小説には落ち着かなかった。南宋や金(とその傀儡国)の他に、もう一つ国を割り込ませてしまうとは。
     「水滸伝」が国に叛く物語で、続くこちらは国を創る物語。痛快さはやや減じたが、勝ったゆえの苦悩、勝ち切れなかった苦渋は、これはこれで読みごたえがあった。…どう風呂敷たたむんだ、という疑問もちょっとあるけど。
     楊令をはじめ、花飛麟、呼延凌など梁山泊ネクストゼネレーションが主要人物として数多く登場するが、揃いもそろって先代に負けず劣らずの英雄豪傑になってしまうのが、不満というほどではないが苦笑したくなる部分はある。中には不肖の子がいたり敵方についたりしたのがいても面白かったと思うのだが(…一人有望なのがいたけど、すぐ退場してしまったし)。

  • どうしても、東日本大震災時の津波を想像してしまい、辛くなりました。

    宣賛と武松、せつない。

    楊令なんて、悲しすぎるー。最期まで、孤独で悲しい。
    岳飛に救って欲しかった・・・。

    やっぱり北方だなあーと思う。甘く、ない。
    あーあ。
    救えなかったことも踏まえ、の岳飛伝移行
    なのでしょう。
    とっても続きが気になる終わりかたは、さすが!
    ・・・でも収拾つかなかったね。

  • 北方「大水滸」シリーズ50巻中の34巻まで読了。

    いや,語り出したらどこまでも止まらない。
    「水滸伝は良かったけど,楊令伝はね…。」
    という意見もあるでしょう。
    いや,水滸伝という虚構を楊令→岳飛へと,
    リアルの方向にもっていこうとすること,これが凄い。
    禁断の,というか,そこに踏み込まなかったらどれだけ楽か。
    ただの時代小説から,歴史小説へ。(吹毛剣より)

    水滸伝という夢物語を終え,
    方臘戦という物語としての盛り上がりがあり,
    童貫を遂に討ち果たし。
    それが始まり。国とは何か,どのように理想の国家をつくるか。
    そこからが,面白いでしょ!
    童貫までだったら,水滸伝の焼き直し,回顧でしかない。
    それなら水滸伝を読み返した方が早いじゃん。

    国づくりは,そううまくはいかない。
    楊令だけでは,新しい国家はつくれないのか。
    うまくいきそうなところで,自然災害がやってくる。
    志半ばで楊令は散る。
    それが岳飛伝でどのように受け継がれていくのか。

    もちろん,水滸伝からのキャラクターたちがどのような死を遂げるか,
    どのような生を生きるか,それも非常に重要。
    15巻では,おそらく,もっと1つ1つを描いて16巻以降に伸ばすこともできただろうに,あえてそうしなかったのだろう。
    既に個人の死生じゃないところに物語が展開してるから。

    個人的には,戴宗や李英の死に様に救われた。
    鮑旭や王定六の死に様に心を揺さぶられた。

    とはいえ,読み込みが足りないために李英の動きを追いかけられなかったり,欧元の伏線も見抜けなかった。
    まだまだ,読み足りない。

    しばらく離れられない。
    岳飛伝はハードカバーで読んでしまうことうけあいです。笑

  • 最終巻である。今巻ほどページをめくるのが辛かった本は無い。「楊令伝」の最後には主人公である楊令が死ぬことは定められている。それだけは定められているが、他の人物の死は定められてはいない。しかし、一つの物語が閉じるのだから、主要登場人物が死ぬのは、ある意味当然だろう。まさかこの人が、という人が次々と死んでゆく。思えば、「水滸伝」以来の人物は20人しか残っていなかったのだ。それがこの巻だけで9人も亡くなるのだ。もちろん彼らは十分に生きた。しかし、この「楊令伝」では彼らに必ずしも「水滸伝」の様な「滅びの美学」という舞台は与えられない。前作は戦って華々しく散るのがテーマだったからそれで良かった。しかし、「楊令伝」は国家建設の物語である。どの様な事情があろうとも、途中で退場は、その建設に棹さすことなのである。私は最終巻に梁山泊に大洪水が襲うと聞いていた。だから、この洪水が楊令の命と共に国そのものを押し流すのだろうかと思っていた。しかし、そんな単純なことではなかったのである。

    敵役では遂に李富が死んだ。思いもかけず、呉用がトドメを刺した。「水滸伝」「楊令伝」通して最大の敵役だった。物事の順番を「国の秩序」に置き、その為にありとあらゆる権謀術数を使った。しかし、決して自らの利益の為に動かなかった。自らの子供を皇子にしたが、それも自らの為ではなかっただろう。いや、単なる金のためではなかったが、もしかしたら「国を自らのものにする」という魔物に取り憑かれたのかもしれない。その事の答えは次の「岳飛伝」で明らかになろう。その李富の最期は実に呆気なかった。

    「なるほど。わしは、ここで死ぬのか」
    李富はかすかに笑っていた。(192p)

    この長い物語は最大の敵役が死んでもそれで終わりでは無い。そんな単純なことではなかったのである。

    「死なぬと言え、公孫勝」
    「いや、死ぬ。死なぬふりをしているのも、ここまでだろう」
    「死を選んだのか?」
    「見たくないのだ、呉用殿。夢が、実現していくのを、私は見たくない。見るべきでもない」
    「心の中に、見果てぬ夢を抱いたまま、死んでいった同志が、多くいすぎるのだな」
    「林冲など、いつまで経っても、どこにも行かん」
    「おまえは、私の心の中に居座ろうというのか?」
    「あんたが、死のうというのは、虫が良すぎる。もっと、苦しむんだな」
    公孫勝が、低い声で笑った。(195p)

    「楊令伝」では、宋江の様に楊令は次の頭領にバトンは渡さない(渡すことが出来なかった)。その代わり、公孫勝が呉用にこういう形でバトンを渡したのではないか。

    もっと苦しめ。

    長い物語の最終巻で、こんなにもカルタシスが無い終わり方というのも珍しい。光が見えない。あゝ良かった。という様な物語ではないのか。河の流れはいったい何処へ辿り着くというのか?そんな単純なことではないのか。

    頁を変えて別の機会に、この「大水滸伝」構想に関しては語って置きたい。とりあえず、次の「岳飛伝」の文庫化が始まるまでの約4年間、またもや雌伏の秋を過ごさねばならない。
    2012年9月15日読了

  • 楊令の死で夢は潰えたのか、いやまた次代へと風のように靡いていくのでしょう。前シリーズの水滸伝よりは儚さ、哀しさが滲む物語でした。覚悟して死を隣りに日々生き切る漢達の姿は忘れません。次シリーズ岳飛伝の文庫化までまだ何年もかかるでしょうが、じっと待つ楽しみにしたいと思います。

  • 前作からずっと追い続けてきた人物の物語が終った。

     『水滸伝』はまさに叛逆と破壊の物語であり、志のもとに集った並みいる英雄たちが、強大な権力に挑み、壮絶な戦いを繰り広げていた。克明に描かれる漢たちの強さ、弱さ、絆、愛、怒りと悲しみに幾度も胸を熱くさせ、また熾烈な策謀や戦闘のシーンでは、敵味方問わず夢中になった。
     前作に対し、『楊令伝』はその緊迫感や爽快感をやや欠いた。
     四散していた梁山泊の同志たちが、北の大地に消えた楊令を見つけ出し、新たな頭領を得るところから、宗教という要素を持ち出し、人間存在や戦とは何かを徹底的に追求した方臘戦、それを乗り越え究極の戦人となった童貫将軍との最終決戦まで、すなわち本作の前半部分は、いわば単純に『水滸伝』の「続き」であり、闘争の精神が息づき、全てが戦を中心にまわっていた。
     しかしひとたび梁山泊が「国」となってからは、帝を持たぬ新たな国の姿として、民からの搾取ではなく交易による富で国を豊かにするための奮闘に、物語の力点が置かれる。梁山泊、金、斉、南宋と、複数の国家が並び立つも、いずれも体制が不安定であるがゆえに、戦も謀略も複雑な駆け引きを必要とし、緻密で緊張感はあるが地味で勢いが削がれた印象がある。破壊のあとの創造、国作りの物語を極めて現実的に描いているのだから、仕方の無いことではあるが。
     登場人物の価値観もますます多様化し、前作で重視された「志」を真の意味で抱き続けた(つまりただ「志」を持つのではなく考え抜き深化させ実行に移した)のは、楊令ただひとりであった。これは意図的な演出で、楊令は最後までリーダーの孤独を一身に背負っていた。彼の苦悩をみるのは、彼を愛する多くの読者にとっても辛かったのではないか。また人物も増え、それぞれが個々の思惑で動くため、魅力が出るキャラもいる一方で、印象の薄いままあっけなく消えてしまう者もいて、不完全燃焼な部分もいくらかあった。
     ただ、この作品で何より印象的だったのは、「誰しもがそれぞれの戦場を持っている」ということである。前線に立ち敵を倒すことだけが戦ではない。商人が物を仕入れ運び売ることも、馬飼が馬を育て鍛えることも、飛脚が情報網を巡らせ文を届けることも、役人が法を整え政を行うことも、それに本気で立ち向かう者にとっては全ての営みが戦なのだ。
     私が『三国志』や『水滸伝』、あるいは60年代の学生運動の雰囲気などに惹かれるのは、理不尽な権力に対する反抗、新しい国家体制の夢想というテーマとともに、何よりも見果てぬ夢のため命がけで戦う、ということに強い憧れを持っているからである。戦争は人を傷つけ命を奪う行為であるという事実からは逃れられないが、私の心の奥にはそういう理性を超えて、ただ思うさま暴れてみたいという荒々しい欲求が眠っているのだ。決して満たされることはないだろうと思っていたが、この作品を読んで、何も剣を手に取る必要はないのだとわかった。私には私の武器があり、戦場がある。望む戦場に立つことが許されるかどうかも実力のうちであるし、出陣するなり討ち取られたりせぬよう、鍛錬を積まねばなるまい。

    さて、物語は『岳飛伝』へと引き継がれる。正直なところ、岳飛は頑固でイジイジしたところがあって、迷う余裕も無かったがゆえに決断力に溢れていた(そうならざるを得なかった)楊令に比べると、少し苦手である。しかし岳飛は、超人的であった楊令よりもさらに民に近い存在として、人間の営みの混沌のなかで、国の姿を考え続けている。それゆえに、真の意味での「民主」の姿が描かれるのではないかと、期待している。

  • 水滸伝と同じく泣けた

  • 月に1冊、15ヶ月で読了。同時進行で水滸伝、楊家将、血涙を再読。前作群に比べるとやや迷走気味か。

  • たしかに、あれだけ強い主人公だから、こういう終わらせ方しかできないだろうなあ。

    しかし、疲れた。
    後半の内容は、マンネリ気味。

    「岳飛伝」に続くのだが、読むかどうかはわからない。

  • 「弟だ、と言っていた犬が一匹、うちにいたが」
    「兄上」

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