ノヴァーリスの引用 (集英社文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087475814

感想・レビュー・書評

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  • 恩師の葬儀に集まった、かつて同じ大学で経済史の研究会に属していた4人が、10年ぶりの再会を機に思い出話をサカナに飲み始める。そのうち研究会に短期間属してはいたが異端の雰囲気を撒き散らし、なおかつ図書館の張り出し屋根から投身自殺をした、石塚の話になる。
    恩師の死に続いて、石塚(それは異文化の洗礼を受けた帰国子女だった)の死について話が深まっていく。彼の死に意味づけをし、彼の死を結論付けて、他の死者と同じく終わりにしてしまおうという意味合いがあった。
    ミステリ好みの松田が殺害説を出す。推理小説からの薀蓄を披露し、彼なりの根拠を話す。石塚は仲間の神経を逆撫でような行動をとった。学問に対する真摯な誠意と熱意を感じながらも、皆に理解されず時には殺意さえ抱かせるほどだった。少しずつ思い出されるのは石塚の卑屈と傲慢の間を揺れる心の裂け目だった。

    死は彼を永久に隔離し閉じ込めたが、残った仲間は彼が10数年経った回想の中で、大きな疑問とともに甦った。

    改めて約していた再会の場に集まって、少し肌寒い夜桜の下で飲み、場所を変えて学んだ校舎の研究室に移してから、石塚の論文のコピーを確認しながら話は続いた。
    彼の唐突な死は卒業論文に現れていたのではないか。
    石塚の論文は書き直すように教授から指導を受けていた、その型破りなアフォリズムで埋まった文字を読み返す。それはノヴァーリスの詩文からの引用だった。そして、その中から当時は認める努力もしなかった、真摯な思考を感じることが出来た。
    ノヴァーリスが亡くした恋人の墓の前で体験した神秘を、石塚もまた辿ってのではないか。議論は続き、私は悪酔いをして、静まった校舎のトイレで子供じみた恐怖を感じる。

    私はそこで窓に座った石塚が仲間から非難され追い詰められていく幻を見る。

    幻想だったのだろうか、覚醒した目で見渡せば仲間は碁盤の前で大戦を続けている。

    外からはシューマンの曲が聞こえ、「松田の仕業だな」などといい、「グールドが弾いているやつさ」
    「まぁこれが石塚へのレクイエムです、殺人事件だなどと随分遊んじゃいましたからね」ミステリ好みの松田が言った。

    死は一つの自己克服である。ノヴァーリスの言葉が浮かんで出た。

    シューマンのレクイエム聴きながらそれぞれの時間は幕を閉じる。


    当時彼らが研究会で話題にした、学説や論文は十分に理解は難しかったけれど、奥泉さんの硬質で語彙の豊富な作品は、いつも読書の豊かさを感じさせる。前に読んだ「瀧」の青年期に差し掛かる前の少年たちの重い出来事や、この「ノヴァーリス」の名を借りた、葬儀に参加した現実から、石塚の死をめぐる軽いミステリ、幻想体験など様々な要素が一つになって流れていく時間が、不思議な死生観とともに印象的だった。


    *ノヴァーリスについて覚書
    ルートヴィヒ・ティーク、アウグストとフリードリヒのシュレーゲル兄弟らと親交をもつ。詩文芸の無限な可能性を理論と実践において追求した。雑誌『アテネーウム』に参加し、評論などを書いた。
    ノヴァーリスの作品の特徴は、ゾフィーの死、いわゆる「ゾフィー体験」を中核にする神秘主義的傾向、とりわけ無限なものへの志向と、中世の共同体志向にある。

  • 出版当時以来の再読。
    まだギリギリ青春小説に踏みとどまっている模様。
    スキルだけではない、語彙だけではない、奥泉。

  • 2003-05-00

  • アカデミックな書籍が静的に書かれているとしたら、これはそれを動的に描いていると思う。過去の事件が幾つかの語りで再構築される。
    それは静的に書かれたものからの理解とはまた違った理解を読者にもたらす。
    小説にしては専門書みたいなテキストが続くけど
    そうではない動的な印象を受ける。

  • ミステリーにおいては、人が死んだ際
    他殺か自殺か事故かという切り口で展開されるが
    人の死というものを哲学的に思索しているような小説だった。

    著者の本はまだ多く読めていないので、著者の傾向が
    つかみきれていないが、不思議な読後感だった。

  • 【本の内容】
    十年前に起きた学友の不可解な死。

    深夜の大学図書館屋上からの墜落は事故か自殺か、それとも他殺だったのか?

    恩師の葬儀をきっかけに再会した当時の関係者たちの推理が、やがて不気味な謎を浮かび上がらせる。

    「犯人」はこの中にいるのか?

    死の真相をめぐり、物語ることによって歪み始める記憶の迷宮。

    第十五回野間文芸新人賞、瞠目反・文学賞をW受賞した傑作メタ・ミステリがついに復活。

    [ 目次 ]


    [ POP ]
    ハンディな新刊文庫の感触は、十年前の単行本がすっかり古びて黴臭く、近寄りがたい古典的風格さえ漂わせていたのとはずいぶん印象が違っていて、それは文庫版の『死霊』(埴谷雄高)がどこかしら冗談小説めいた趣を醸しだしていたのに似たところがある。

    解説の島田雅彦さんも指摘しているように、この作品は、友人・石塚の十年前の死の謎をめぐって四人の衒学的な男たちが安楽椅子探偵よろしく推論する、探偵小説(知性の物語)と幻想小説(想像力の物語)と恐怖小説(肉体の物語)の三態構成でできている。

    この斬新でいて古めかしい構成をもったメタ・フィクションを通じて、グノーシス思想(反現実主義、霊肉二元論)が蔓延する現代におけるイエス・石塚の「復活」が描かれる。

    ──ところで、ノヴァーリスの断章はじっさい奇蹟のように素晴らしいものなのだが、奥泉光がこの作品に刻み込んだ断章もまことに印象的だ。

    《祈るっていうのは想像することでしょう? いまとは違う現実に向かって、こことは違う場所に向かって、リアルに、いろいろに、想像を巡らせることでしょう?》

    《あなたたちが僕を理解しないで、僕があなたたちを理解しなかったのはたしかだと思います。しかし、本当は、僕らは理解しあうことなんかじゃなくて、もっと別のことをすべきなんじゃないでしょうか?》

    [ おすすめ度 ]

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    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
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    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 大学時代の同窓が久しぶりに集まり、当時自殺した石塚についていろいろと語り合う話。けっこうおもしろかった。

  • 何が現実で何が妄想なのか。
    世界はクライン壷のごとき抜け穴を持つ。

  • こういうペダンティックな雰囲気を湛えた小説が好きなので、それだけで
    読んでしまった。

  • うーん、こないだの「鳥類学者のファンタジア」にむっちゃドキドキしたから読んでみたんだけど、これはさほどピンと来なかったなー。と言うか、メタミステリというジャンルがどうも好きじゃない、と認識したばっかりのとこじゃないか!!
    なんだか普通に後半の、石塚くんの苦しみとかを吐露するところにぐわああっ、と引き込まれて、うーわー、切ねー石塚くうん><みたいな気分になりました。しかし全ては春の夜の夢・・・みたいな。

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著者プロフィール

作家、近畿大学教授

「2011年 『私と世界、世界の私』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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