河童 (集英社文庫 あ 22-2)

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  • Amazon.co.jp ・本 (308ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087520279

作品紹介・あらすじ

その患者23号の語る河童社会は醜悪な制度と奇怪な価値観に満ちていた-。精神を病んだ芥川が痛切な自虐で描い人間社会の戯曲「河童」。半透明な歯車の群れにおびやかされる不安幻想「歯車」。早熟な知性を持ち35歳で死を選んだ芥川の晩年の作品には不思議な美しさが漂っている。遺書「或旧友へ送る手記」を含め6編を収録。

感想・レビュー・書評

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  • 芥川晩年の作品、短編集
    印象的だった作品のみ抜粋

    ■桃太郎
    設定が面白い

    まず最初に出てくる「桃の木」
    「桃の木」は古事記と絡める設定で以下と描写されている
    ~上は桃の枝は雲の上まで広がる
    下は大地の底の黄泉の国に及ぶ
    一万年に一度花が開き、一万年に一度実がなる
    その実に赤児が一人ずつ孕む
    そして実は千年の間、地へ落ちない~

    ところが八咫烏が実をついばんで落とした
    (八咫烏がそんなことするのかいと突っ込みたくなるが…)
    そこから生まれたのが桃太郎
    「おじいさんたちみたいに山だの川だのに出かけて仕事をしたくない
    だから鬼ヶ島へ行って一獲千金を狙うんだ!」
    あちゃーブラック桃太郎だぁ
    (おじいさんとおばあさんまでやんちゃな桃太郎に手こずってとっとと追い出したいという…設定)
    桃太郎は犬、猿、雉らを家来にするためにキビタンゴをあげるがなんせ計算高くケチなため半分しかやらない(笑)
    この物語の人間界における登場人物たちは悪しき者たちなので、彼らも欲深い上、三者?とも不仲だ

    さて一方の鬼ヶ島
    こちらは美しく、平和に暮らしている
    人間ってやつは、「嘘は言う、欲深い、殺し合う、手のつけようのないケダモノ」となっている
    (あながち間違っていないぞ)

    さて桃太郎軍団は鬼ヶ島であらゆる罪悪を行う(なかなかえげつない)

    鬼の曾長が恐る恐る
    「わたくしどもはあなた様にどんな無礼なことをしたのでしょうか?」
    下手に出て聞くも
    「鬼ヶ島を征伐したいと志した故だ」と威張り散らす(理不尽この上ない)

    さて結末は…

    結末を読むと、これは「桃太郎前日譚」ではなかろうかと思ってしまう
    この話の後に現代の桃太郎がくっついてもおかしくない
    面白い設定とブラックユーモアと社会批判と教訓と…
    そして最高に説得力のある作品であった


    ■河童

    ある精神病患者の妄想の世界
    それは河童の世界
    上高地の河童橋あたりで河童世界に迷い込む(笑)
    今の観光地化が進み、人がごった返した上高地じゃあ風情ないけど、
    当時の霧深い人気のない時代なら本当にあり得そうでちょっとざわっとする

    最初は、な~んだ河童の世界も人間界とさして変わらないじゃないの
    まぁサイズが小さいからちょっと子供部屋にでもいるような気分
    なかなか近代的な上、芸術だって盛ん、法律もきちんとある

    が、だんだん知れば知るほど河童のダークでわれわれ人間社会とは相反する世界が広がっていく
    生まれるときに胎児に「生まれたいか否か」確認し、嫌なら即中絶が行われる
    雌の河童が雄の河童を追い掛け回す
    機械化の進んだ資本主義下では職人が解雇されるものの、問題ないという
    なぜならガスで安楽死させられた河童の肉を食用にするからだと言い、サンドイッチを差し出す
    (はい、サンドイッチの中身はあなたの想像通りです)
    河童たちは「人間より我々の方が進化しており、不幸だ」と感じている

    この河童の世界は我々の近未来なのか⁉
    とさえ感じる鋭い社会批判の風刺作品だ
    ブラックユーモアがピリっと効いており、淡々と河童世界が描かれ、重々しい雰囲気はない
    (だって「河童語」とか真面目に出てくるんだから!このギャップ)
    逆にそんなところがなかなかうすら寒く怖い…

    この世界にしばらくいた主人公である精神病患者は最後どうなるのか…
    実に考えさせられる

    「桃太郎」といい、この作品といい、人間社会を痛烈に批判しているのだろう
    時代背景とかわかるともう少し作者の主張がわかるはず
    さらに「精神病患者」ということに対する芥川の強い思いと葛藤、自分の境遇、彼の母のこと…が見え隠れする

    ちょっと余談…
    村上春樹もこれに影響受けてないかなぁ…
    この作品を読むと村上春樹を思い出して仕方がない
    しかも複数の作品が走馬灯のように駆け巡った



    ■歯車
    芥川、死の直前の作品
    精神的不調や睡眠薬の服用などは公言していたようだ
    特に内容はないものの、自身の行動とその時の感情が独白されている
    不安から落ち着きがなく、あちこちフラフラと彷徨ってばかりいる
    (鬱々してうんざりしているワリに人に会うところがちょっと不思議なんだけど)
    幻覚が見え、悪いものにばかりに精神引っ張られ、一つの不幸がすべてに繋がり数珠繋ぎに展開していく様がうかがえる
    負の海に引きずりこまれ、層になったミルフィーユのように負の精神が積み重なっていく…
    これねぇ、健全な精神で読んでも結構もっていかれるのよ
    その世界へ引っ張られる
    勢いはないのにじっとりと這うように迫る引力で
    作品としてみれば不謹慎ながら怖いもの見たさもあるし、鬱蒼とした状況なのになかなか美しい
    おまけにどこに行って誰と会って何が起こるのか、どんな気持ちの変化が起こるのか…次の展開が気になって…
    しっかり読者の心をつかんでくる
    この内容で!(ある意味内容なんてないんだから)
    やっぱりすごいわこの人
    筆力の凄さを感じる作品だ
    が、感情移入して読む方にはちとヤバいかも…


    最後の3作品について
    「歯車」→「或阿呆の一生」→「或旧友へ送る手記」
    右へいくほどリアルな遺書に近づいていく
    「歯車」はまだ精神が不安定は夢遊病的な作品
    「或阿呆の一生」は自分を「彼」と表記し、冷静に自分を分析しようと試みたのか…
    第三者的に、努めて冷静に綴っている
    「或旧友へ送る手記」…ここにくると完全にリアルに死に向かい合っている

    個人的には「歯車」が最高だと思っているが、いずれもあらゆる意味で貴重な作品だろう
    不思議なもので「死」にまつわるものでも、「生」から離れたものというのは芸術性が増すと感じるのは不謹慎な感想だろうか
    作家であり、こういう作品を残した芥川はそういう評価も厭わない気がしてならない


    これで芥川作品は計4冊読んだことになる
    4冊とはいえ、短編なので作品数にすれば結構ある
    初期、中期、晩年…作品の変化が面白いものの、正直し好き嫌いが結構ハッキリした
    ちなみに好きな作品は以下
    「偸盗」「藪の中」「地獄変」「好色」「袈裟と盛遠」「桃太郎」「河童」「歯車」
    とにかくシビれるし、ほとんどの作品に泥臭い格好良さとキラリと光るセンスがある

    好きじゃないものは………
    何かと差しさわりがありそうなのでやめておく(笑)



    • ハイジさん
      アテナイエさん こんばんは
      コメントありがとうございます!

      「藪の中」大好きですよ〜
      洒落てますし、騙されそうにもなるし…(笑)

      そうで...
      アテナイエさん こんばんは
      コメントありがとうございます!

      「藪の中」大好きですよ〜
      洒落てますし、騙されそうにもなるし…(笑)

      そうですねぇ
      村上春樹は大昔に読んでいたので記憶があやしいですが…

      短編のいくつかの作品がボンヤリ浮かんできたのです
      カエルくんが出てくる作品やおばさんが背中に乗っちゃう話しや、違う次元に行っちゃう話しも沢山ありますよね
      その辺りです…
      たぶんきちんと探せば相当量の作品数になると思います

      ああ、あんなに読んだのにぜんぜん思い出せません…
      せっかくコメントくださったのにごめんなさい…



      2023/03/06
    • アテナイエさん
      ハイジさん、こんにちは。

      いや~おもしろいですね。カエルくんですか~(笑)
      村上春樹の短編はうろ覚えですけど、たしかに言われてみると...
      ハイジさん、こんにちは。

      いや~おもしろいですね。カエルくんですか~(笑)
      村上春樹の短編はうろ覚えですけど、たしかに言われてみると、どれもこれも妖しいですものね。その感じは『今昔物語集』を好んだ芥川とも似ている気がします。村上春樹の長編を読んでいると、『雨月物語』あたりも連想させます。こうやって本どうしが洋の東西、時代を超えて繋がるのは楽しいですね~!
      2023/03/07
    • ハイジさん
      アテナイエさん こんにちは

      そうですね
      村上春樹も基本夢うつつのような世界観ですもよね
      能の世界観でしたね!

      雨月物語はまったく触れたこ...
      アテナイエさん こんにちは

      そうですね
      村上春樹も基本夢うつつのような世界観ですもよね
      能の世界観でしたね!

      雨月物語はまったく触れたことがないので気になります…

      古典も少しずつ広げていきたいです♪
      またいろいろ教えてくださいm(_ _)m
      2023/03/07
  • 途中途中他の物語に浮気していたのを言い訳に、一人一人のカッパをあまり覚えきれずに読み切ってしまったので、また改めて再読したい所存。ラストまで突っ走った後に冒頭へと戻ると「フンムムム…(hmm...!)!!」となりました。芥川龍之介〜〜!!!


  • やっぱり表題作の「河童」が一番面白かった。
    「どうか Kappa と発音して下さい。」って副題なんや。
    別に河童という言葉って芥川が作った造語じゃないよな?なのにこの言葉はちょっとふしぎ。
    そこまで河童という存在の知名度がなかった?

    短編集やったけど他の話はわりとふわふわしてるというか抽象的な感じで、唯一この話と「桃太郎」が話の筋がはっきりしてて分かりやすかったかな。

    それにしてもどちらもメルヘンな世界観かと思いきやけっこう内容はブラックな感じでその辺はいかにも芥川龍之介ってかんじなのかも。

    河童の世界に迷い込んでそこで暮らした彼は元の世界に戻っても人間にはもはや馴染めなくなってたわけやけど…そもそも河童自体が精神病になってた主人公の妄想?
    それともほんまに河童の世界に行ってたけどそれを周りに話したら頭がおかしくなったと思われて入院させられてた?
    その辺は読者の想像におまかせなんかな。

    私としてはほんとうに彼は河童の世界で生きてたけどそれを人間世界で受け入れてもらえず「早発性痴呆症」と名前をつけられてしまった、に一票!
    何となくその方がファンタジーで面白い。
    けど、もしかしてこの話全てが精神病患者による妄想?と思わせる節も残してるのもまた面白いところかな。

  • 読んでよかったし、また読みたい。
    人生について考えている時に読むと、共感できるかもしれない。
    精神が安定してる時は読まない方がいいかも?

  • 語り手である「僕」が、ある日河童の世界へと紛れ込み生活を共にしながら、河童の習性をおもしろおかしく描く……
    ような生易しいファンタジー小説ではまったくない。厭世観を持ち、時代の移り変わりに順応できずに精神を病んでいた著者が書くだけに、社会への(一方的な)失望と人間生活の生き辛さが語られている。
    すさまじく「鬱」、だ。

    河童の世界も人間の世界と文明や技術といった面では大差なく、文化的な生活を送っている。
    ただひとつ決定的に異なるのは、価値観が180度異なるということ。人間が尊ぶ「正義」も河童からすれば蔑みの対象でしかない。
    「僕」がどんなに人間世界の論理を持ち込もうとも、河童の世界では通用しない。
    架空の存在とされている河童に人間が笑われる。いかにも皮肉である。
    写し鏡のような河童社会での「僕」の生活体験に、この世の不条理さを感じさせられる。

    狂気じみた「歯車」は、まさに命を削って書かれる鬼気迫るものとなっている。
    死の代替として手に入れた破滅の美しさが、読み手を侵食しながら押し寄せる。
    花がもっとも美しいのは散り際か…。

    なかなかにヘヴィな内容なのだが、余韻として残るものは悪くない。

  • 逃避。そして死。
    ぼんやりした不安からの逃避。それが死だったのか。
    何もかもが暗く、濁っている。

    私はもう彼より年上です。
    ここまで生きてしまった。

  • 改めて芥川天才やなー。
    ただし、生きる気力的なものに雲がかかることは本人の結末からも避けられないと予想できるだろうからカタルシス以外の目的では有用になり得ない。

  • 全8編。

    私がこの本を買ったのは『或旧友へ送る手紙』を読みたかったから。この中で芥川は自殺の理由について「将来に対するぼんやりとした不安」と語っている。

    この描写を読んだときビビっときた。こういってはおこがましいけれど、芥川という文豪にシンパシーを感じたし、とても身近に感じた。

    人が自殺すると、周りの人は「○○が原因だ」って、なにかしら理由を欲しがるけど、実際はこれって理由はないんだと思う。色んな悩みが降り積もって、それがいつも頭の中を悶々としてて、最後に何かちょっとした引き金になることが起こって人は死を選ぶんじゃないかな。

    芥川龍之介って、すごく感受性が豊かで、ある意味で純粋で、純粋すぎて不純なものばかりの人世に耐えられずに、最終的に死を選ばざるを得なかったんじゃないかなぁ?彼は死ぬことより生きることの方がつらかったのかもね。

    『桃太郎』『河童』なんか読むと、厭世的っていうか、人間の汚さにたいする嫌悪感が読み取れる。

    『歯車』『或阿保の一生』読むと、精神をどんどん蝕まれてくる様子が手に取るようにわかる。不眠症。幻聴。幻覚。生きることに無気力になっていく。

    こんな文豪がなぜ夭逝せねばならなかったのかと嘆きたくもなるけれど、これほどまでに精神をやられてしまうほど、神経質であり、純粋であったからこそ、素晴らしい作品が残せたわけで・・・考え出すと堂堂巡り。

  • 始まり
    これは或精神病院の患者、ー第二十三号が誰にもしゃべる話である。

    終わり
    僕はS博士さえ承知してくれれば、見舞いに行ってやりたいのですがね…。



    歯車

    始まり
    ぼくは或知り人の結婚披露式に連なる為に鞄を一つ下げたまま、東海道の或停車場へその奥の避暑地から自動車を飛ばした。

    終わり
    誰か僕の眠っているうちにそっと絞め殺してくれるものはないか?

  • 河童

    集英社文庫 ザ・スタンダード

    1992年9月25日 第1刷
    著者:芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ)
    発行所:株式会社集英社







    978-4-08-752027-9  C0193 ¥343E.

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著者プロフィール

1892年(明治25)3月1日東京生れ。日本の小説家。東京帝大大学中から創作を始める。作品の多くは短編小説である。『芋粥』『藪の中』『地獄変』など古典から題材を取ったものが多い。また、『蜘蛛の糸』『杜子春』など児童向け作品も書いている。1927年(昭和2)7月24日没。

「2021年 『芥川龍之介大活字本シリーズ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

芥川龍之介の作品

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