- Amazon.co.jp ・本 (698ページ)
- / ISBN・EAN: 9784087610338
作品紹介・あらすじ
あの難解とされた名作はこんなにも面白かった! 鮮やかな丸谷流新解釈が冴える『ユリシーズ』へと繋がるジョイスの半自伝的小説。英文学者丸谷才一の研究・翻訳の集大成、読売文学賞受賞作、文庫化。
感想・レビュー・書評
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「ユリシーズ」寄り道中。
ユリシーズ主要人物のスティーブン・ディーダラスの幼少期から大学卒業までの、経歴や学歴と、心の動きを通して、スティーブンが「芸術家」としての生き方を決意するまで。
ディーダラス家は、父サイモン、母、子供は11人生まれたらしく(亡くなった子供もいる)、名前がわかっているのは長男がスティーブンで、他には弟モーリス、妹ディリー、ケイティ、ブーディ、マギーがいる。
スティーブンの経歴は作者ジェイムス・ジョイスとほぼ同じということ。この話はジョイスの心の動きでもあるのだろう。
スティーブン・ディーダラスという名前についても語られている。”スティーブン”はギリシア語では”ステパノス”で、冠、または花冠を表す。
”ディーダラス”とは、ギリシア語では”ダイダロス”になる。ギリシア神話で大工で発明家であり、ミノタウルスの迷宮を作り、幽閉されたときは翼を創り息子のイカロスとともに飛んで逃げた。
ユリシーズ 10挿話まではこちら。
https://booklog.jp/item/1/4087610047
「ユリシーズ」と「若い芸術家の肖像」では、政治や文化や宗教の議論が重ねられるので、そもそもこのときのアイルランドってどんな情勢かと検索してみた。
「アイルランド島は、1801年1月1日から1922年12月6日までグレートブリテン及びアイルランド連合王国の植民地だった」ということ。
ジェイムス・ジョイスが「ユリシーズ」連載を発表したのは1918年から、出版されたのは1922年というので、まさにイギリスから独立してアイルランド共和国になるその時期だった。現在アイルランドの作家と認識されているジェイムス・ジョイスは、このときは国籍はイギリス人だった。
すると「ユリシーズ」「若い…」で語られる国や宗教や議会や文化というものは、イギリスからの独立の機運が高まっていたり、アイルランド人としてのアイデンティティを見つめ直す必要があったうえで書かれたものなんだろうか。
1945年以降は飢饉が起こり、アイルランドから他国(イギリス、カナダ、オーストラリア、多くはアメリカ)への大量移民となったという。
「若い芸術家の肖像」の最後でスティーブンは外国(パリらしい)に行くことを決意する。
海外に移民する人も多かった時代に、スティーブンはアイルランド人としてのアイデンティティを持ったまま芸術家として生きる、アイルランド独自の文化を見つめ直すことを決意したってことでいいのかな。
Ⅰ 幼少期。
スティーブンは、両親や近所のお友達のもと、感受性を高めていっている。このころ家は裕福だったようで、クリスチャン名門校クロンゴーズ校の寮に入っている。
アイルランドの議会の話や、実際の政治の動きが書かれ、それに対してのディーダラス一家や周りの人達が意見を交わすのだが…このあたりは政治背景が理解できず(××)
学校では、意地悪なクラスメイトがいて幼心にショックを受けることがあったり、性への目覚めの最中の同級生がいたり、人の話を聞かずに一方的に罰を下す教師(神父)がいて戸惑うこともある。しかしその教師(神父)に不当な罰を与えられたスティーブンは、校長先生に直訴して認められたことにより、学友たちから一目置かれるようになった。
この幼少期の章は、最初は子供言葉だし、全体的に文体も簡単で感じや難しい言葉も使われていない。
Ⅱ 少年期から思春期ころ。
父の失業により(父は徴税署の収税史だったが、仕事が市営化されたことにより失業したっぽい)一家は困窮する。一家はダブリンに引っ越した。父サイモンの叔父のチャールズ老人は、スティーブンには良い話相手だった。またエマ・クラーリーという女の子のことが好きになって、色々考えたりお喋りしたり。
経済的理由でスティーブンは元の名門クロンゴーズ校へは戻れないが、弟のモーリスとともに、別のクリスチャン学校のベルヴェディア校に奨学金で行けることになる。
たぶんここの校長先生が「ユリシーズ」のコンミー神父です。
当初スティーブンが好きな詩人として当時は不道徳詩人とされていたバイロンを上げたため、いじめの対象になったらしい。
それを思い出したのは、入学して2年目くらいで、真面目で出来も良く評価も上がったころ。そのときは悪友ヘロンとともに後輩たちの監督のような立場になって、聖霊降臨祭の劇では主役(滑稽な学校教師役)に選ばれた。
家族とは、父親に付き添い一家の資産処理に同行する。そこで父との距離を感じる。
文才のあったスティーブンは、作文で賞を取り賞金をもらう。だがスティーブンはこの賞金を散財し、娼婦と関係も持つ(このとき15歳くらい?)。
Ⅲ 思春期。
前の賞から娼婦通いが続いている。しかし敬虔なクリスチャン家庭の元で育ったスティーブンは罪悪感を持ち続ける。そして神父への懺悔を行い、肉体的に自分を律する痛悔というものを自分に課す。
また学校では神父先生が神父が生徒たちに行う数日間に渡る説教を行う。
この説教は、哲学的思考的思想的宗教的にかなりの深いことが書かれているはずなんだが…ごめんなさい、ほぼ流し読みです(ーー;)
最初の幼少期の章では簡単な言葉を使っていましたが、徐々に難しくなってますーー。
Ⅳ 思春期
スティーブンは成績優秀品行方正(娼婦通いはバレてない?懺悔したから良いのか?)だったため、校長先生(「ユリシーズ」のコンミー神父ですよね)からはイエズス会の神父になるように誘われる。
神父になるからには、人品卑しからず成績優秀信仰を貫き自分が神父でいることを迷ってはいけない。その信念を持つものとしてスティーブンに声がかけられたのだ。なお、ここで素晴らしき先人として例に挙げられたのが、日本にも布教に来たフランシスコ・ザビエル(バスク地方出身)だった。
スティーブンも、いままで神父として生きる気持ちがなかったわけではない。しかしそれなら自分からその道に進んでいただろう。そうはならなかったのは、自分が芸術家でありたいという気持ちがあるからだ。
迷うスティーブンは(迷ってる時点で神父への道はないはずなんだが)、学友が自分の名前をギリシア発音で「よお!ステパノス・ダイダロス!」とからかわれたことをむしろ何かの予言のように聴いた。そして浜辺でスカートを尻までたくし上げて水に入る(この頃の女性の水浴びはくるぶしくらいまでしか出さないのでかなり扇情的)少女の美しさを見る。ギリシア神話のダイダロスが翼で天を目指す姿、その息子の失墜。世俗の美しいもの。スティーブンは、俗世間で美しいものに触れて芸術家として生きたいという気持ちの強さを自覚する。
Ⅴ 青年期
スティーブンは、ユニヴァーシティ・コレッジ・ダブリン大学で芸術を学んでいる。学友と議論の日々。社会主義者のマッキャン、民族主義者のデイヴィン、学監とは言語の議論を交わし、リンチとは芸術論、クランリーとは宗教についてなど。
この頃のアイルランド社会議題に「禁酒法と女性参政権」が出ている時期らしい。
そして思いを寄せるエマ・クラーリーも大学に行っているらしく、道ですれ違って話をする程度の関係が続いている。ある朝目覚めたスティーブンは、エマ・クラーリーとの10年くらいの出来事を思い出しながら詩を作る。
芸術とは、自分が信じる神とは、アイルランドとは。考えを深めていったスティーブンは、アイルランドを出ることを決意する。
(この後ユリシーズまでの間に、パリに行き⇒母の死の知らせが届き⇒アイルランドに戻り⇒とりあえず大学で教えている、ということらしい)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
詳しい注釈が付いているが、よほどの根気が必要、途中で注釈は飛ばすことにしてやっと読み終わる。そうして読んでみると、わたしの知識の無さなのか、なんだごく普通の成長記だなあと思ってしまった。
印象深かったのは、主人公が娼婦通いにはまり、罪の意識に苦しめられ、カトリック教会で神父の説教を聴くところがすごい。罪が永遠に許されなくて永劫苦しむ「地獄での永遠の罪」という脅しの描写が圧巻! -
大学で英文学を専攻し、出会えた作品の中で最大の財産。当時はペーパーバックの英文原書に四苦八苦し、丸谷才一訳の新潮文庫に大変お世話になった。
木造の古い教室に、秋の穏やかな夕日が差し込み、スティーブン・ディーダラスの心象風景に陶酔した時間を鮮明に思い出す。卒論もジョイスを選び、英文で論を展開しようとしてできず、泣きながら逃げるように提出した苦い思い出(笑)
20才の時は、ジョイスと映画「いまを生きる」に熱中し、ワインを飲みながら詩を詠み合う恥ずかしいグループを作って、これぞ大学生活だ‼️と勘違いしていた。 -
4.1/128
内容(「BOOK」データベースより)
『アイルランド中流階級の長男として生まれた主人公スティーヴン・ディーダラス。藝術家に憧れた彼の幼年時代からアイルランドを離れるまでの魂の軌跡を、彼の言語意識に沿って描いたモダニズムの代表的傑作。1、イエズス会系学校での寄宿生活。2、一家の没落、転学、娼婦…。3、犯した罪の意識と懺悔。4、贖罪、聖職を選ぶ葛藤。5、藝術家として飛翔の決意。』
原書名:『A Portrait of the Artist as a Young Man』
著者:ジェイムズ・ジョイス(James Joyce)
訳者:丸谷 才一
出版社 : 集英社
文庫 : 698ページ
メモ:
・20世紀の小説ベスト100(Modern Library )『100 Best Novels - Modern Library』
・死ぬまでに読むべき小説1000冊(The Guardian)「Guardian's 1000 novels everyone must read」
・西洋文学この百冊 -
1人の若い藝術家の意識の流れを追った作品
未熟ゆえの迷走だったり時代や社会の見えざる圧力を受けて価値観や使う言葉がアップデートされていく様が面白い。
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評価の難しい本。わからないことは大体注釈があるのは親切。タイトルそのままの若い芸術家の肖像。魂の軌跡ということになると思う。様式こそアイルランドであったりカトリックであったり違うけれど、なんらかに囲まれて生きている人の肖像としては共感できたりもする。祖国、宗教、愛、友、そして芸術への眼差し染みわたる共感のようなものがあったと思う。スティーヴン・ディーダラスか!って感じ。
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ふしぎなことに、本作を読みながら、本作で語られるエピソードを、まるで自分の記憶のように思い出すという奇妙な経験をした。
本作はスティーヴン・ディーダラスが、自我に目覚め、アイルランドを出て芸術を志すまでの話。サリンジャーのライ麦畑同様、十代の頃に読んでおくべきだった。