みかづき

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著者 : 森絵都
  • 集英社 (2016年9月5日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (472ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087710052

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みかづきの感想・レビュー・書評

  • 昭和36年、千葉県習志野市にある小学校。
    そこの用務員である大島吾郎が児童の勉強を見てやっているところから物語は始まります。
    昭和から平成へ、塾を舞台にした三世代にわたる教育者たちの物語。

    終戦後、いち早く六・三・三制を取り入れた日本。
    めまぐるしく変わる国の政策と、それに振り回される教育現場。
    それでも理想を追い求める姿に、真の教育とは?と強く考えさせられました。

    最終章の#新月が良かった。
    不器用な人が、遠回りでも少しずつ前進して、いつか自分の生きる場所にたどり着く、そういう話が好き。

    学ぶことか…、
    塾に通って勉強していたころより、人生の折り返し地点を過ぎた今の方が、学ぶことへの欲が強いです。
    そういえば、勉強したくなくて遊んでばかりいると、よく父に言われました。
    「好きなだけ勉強ができるということが、どれほどありがたいことなのか、いつかわかる日が来る。
    その時になって後悔しても遅いんだから」と。
    しっかり後悔しました。はい。


    <常に何かが欠けている三日月
    欠けている自覚があればこそ、人は満ちよう、満ちようと研鑽を積むのかもしれない。>
    この言葉がとても心に残っています。

    表紙に茶々丸がいる。可愛い。

  • 厚みのある本はやっぱり面白い。

    そんな感じで吾郎と千明が夫婦になる!?って、突拍子もない始まり。

    憎まれ役の鉄の女千明は、あんな形でしか吾郎を自由にさせてあげれなかったのかと・・・でも酷。

    でも「嬉しくないわけないじゃない」の言葉にはウルッときました。やっぱり吾郎を必要としてたと。
    影の立役者は国分寺さんだと思いました。

    登場人物すべてがとても愛しい人たちでした。
    塾の歴史も綴られてるし。いい本でした。

  • 「学校教育が太陽だとしたら、塾は月のようなぞんざいになる…。」

    昭和36年。小学校の用務員の大島吾郎は、仕事場兼住居の用務員室で、
    一部の授業についていけないって言う子や、宿題が出来ない子に勉強を教えていた。
    吾郎さんに教わると良くわかると慕われ「大島教室」と呼ばれていた。
    教員免許はないが、抜群に教える「才」をもっていたのだ。
    勉強を教えていた一人の児童・蕗子の母親千明に誘われて、学習塾を立ち上げる。
    女手ひとつで娘を育てる千明と結婚し、家族となった吾郎。
    ベビーブームと経済成長を背景に、塾も順調に成長してゆくが、
    予期せぬ波乱がふたりを襲いーー。

    子供の学習能力を引き出すのに天才的な能力を持つ温厚な人柄の吾郎と、
    文部省の指導要領に激しく反発しながら、塾を発展させていく向上心の強い千明。
    対照的な夫婦の姿を描きながらその時代背景や夫婦の子供や孫を
    教育に関わらせるという描き方で、昭和三十年代から平成の現代まで
    一家族三世代にわたって、六十年間にわたる壮大な物語でした。
    壮大なのに飽きさせない、著者の筆力と思いの強さが素晴らしかった。

    敗戦後の日本の教育制度の迷走…塾って何?悪しきものかの様に言われていた時代。
    誰もが当たり前の様に通っている時代。少子化によって通う子が減ってる時代。
    また貧困化によって通えない子が多く存在する時代。
    時代によって、塾の在り方や真の教育とはと深く考えさせられました。
    私自身小学一年生から塾に通い、色んな習い事にも通わせてもらい。
    遊びの延長の様に過ごしていましたが、今思えば何と有難かった事なんだろう。
    もっと、もっと真剣に学んでおけば良かったって大人になって凄く感じてる。
    そして、大人になって資格取得の為に学ぶと凄く楽しい♪

    最終章の〝新月〟が良かった~何度も涙が零れました。
    吾郎と千明の孫の一郎。
    生まれながらにして不器用な性分。
    何事にも時間がかかるのんびり屋で、いつも人よりワンテンポ遅れる。
    ものを考える速度も遅く、急に言葉をふられてもすぐには応えられない。
    うわ~私みたいだって激しく共感した~( ˶´⚰︎`˵ )
    そんな彼が遠回りしながらも、葛藤しながらも自分の進む道を見付けて進んでゆく姿良かった。
    彼の優しさ、子供を想う心…本当に何度も何度も涙が零れた。

    「常に何かが欠けている三日月。
    教育も自分と同様、そのようなものであるのかもしれない。
    欠けている時間があればこそ、人は満ちよう、満ちようと研鑽を積むものかもしれない」
    とっても素晴らしくって素敵な言葉です。心に染み入りました。
    人間生きている間ずっと学んでいるのだと思う。

  • とてもいいお話。
    昭和の頃、用務員室で授業についていけない子の勉強を見てあげる21才の吾郎。この不思議な魅力のある青年が「教育」に嵌まっていく人生。
    吾郎の教える才能を見抜いて強引に伴侶した千明。
    ふたりが塾を立ち上げた頃、まだ日本では私塾に対する風は厳しかった。

    「教育は、子どもをコントロールするためにあるんじゃない。」
    「すべての子どもに等しく勉強を教えられない現実に、絶えずある種の鬱屈を抱いている」

    貧しくて塾に通えない、勉強についていけない子どもが吾郎の孫の一郎が立ち上げたボランティア勉強会で受験に望むエピソードには涙腺が緩みました。
    感動です。
    そして終わり方がまた良かった。

  • 主に3人の視点から見たその時代時代の教育が描かれていた。その時々の流行がちょいちょい出てきて、あーあの頃か〜とわかりやすかった。
    時代毎にいろんな問題を抱えているが、特にここ最近の問題が深刻で複雑だと思う。400ページ超えは、なかなかの読み応えだった。

  • 学校と塾を太陽と月に、教育そのもの、人の心を月に喩え、満ちることのない月を描いています。
    教育現場の移り変わりを、現実を丁寧に追いながら書いているので、創作部分まで真実の様な気がしてしまいました。
    尖るにしても三日月の様に美しく鋭く尖れればいいのでしょうね。

  • なんと爽やかな読後感!!ページを繰る手が止まりませんでした。
    途中、千明さんの話のところは息苦しい感じがしたのだけれど、だからこその爽快感です。

    一郎の感覚は自分と共通するところが大いにあって、学校教育への反発とかってなんなのかな?よくわかんない…だったのですが、始まりが吾郎と千明の話だったため、最後のあたりに一郎と阿里の会話で「はっ…そうかそれが今までの自分の感覚だった」と気づかされました。今の自分の感覚を完全に忘れさせる筆力……すごすぎる。
    本に入り込むという感覚を久しぶりに覚えました。本当に最高だった。

    千明がさくらに言った言葉。「私が守ってみせるわ」に無上の愛を感じました。泣けた。
    ずっと欠けているからこそ満ちよう満ちようと研鑽を積むのだと言った吾郎に胸が震えました。
    様々なことを乗り越えて強く生きている大島家の皆様に、勇気を貰いました。
    本当に最高の一冊。

  • 戦後の日本における塾の歴史と、教育界に身を投じ続けた一家の物語。
    最初から最後まで引き込まれる。ボリュームはあるが、一気読み。
    選んだ道は違っても、それぞれがもつ教育への思いは熱く、読んでいてぐっとくる。後半は、じーんときた。
    塾業界の変遷、文部省に振り回される教育界についても、読み応えがある。

  • またもや、一気読みしてしまった。。
    森絵都のものがたりはジェットコースターさながら読者をものすごいスピードであらゆる方向へひっぱっていく。
    で、ゴールで我に帰るというか、落語のようにピタッオチがキマり、読み手は我にかえる。

    戦後の日本、教育、格差の問題を1つの家族の歴史を丹念に追いながら描いていく。
    どの世代に共感するかは読み手次第だけれど、私にはこういうファミリーヒストリー的なものが響く

  • 【ザッと内容】
    主人公は大島一家三世代。この一家が私塾を創立し、その発展を通して教育界にどっぷり浸かっていく。そんな彼らの人生追いながら50年に渡る日本教育の葛藤とその移り変わりを見事に描写した一冊。

    【こんな人にオススメ!】
    ・教育界にいる人
    ・教育に興味のある人
    ・何かに一生懸命取り組んでいる女性

    【感想】
    面白かった!久しぶりの一気読み小説。特に登場人物の個性が非常に上手く描かれていて、愛着が湧いてしまう。どの登場人物も強みと弱みが激しく出ていた(レーダーチャートの凸凹が激しいイメージ)のがポイントだったように思う。弱みが原因ですれ違いがあり、そこに悩んでる姿はついつい自分と置き換えてしまう。
    又、教育に関しても非常に著者は勉強された形跡が作中にいくつも見られる。噛み砕いた言葉で教育の移り変わりが解説され、それが当時の作中で登場人物にどんな影響があるのかまで描かれているため頭にスッと入りやすい。

    ・登場人物の女性について
    登場人物に女性が多く、彼女たちが非常に力強く描かれているという点でも印象的な一冊だった。一方で男性は気弱or傲慢かどちらである笑。今、何かに一生懸命取り組んでいたり、抗っている女性は力をもらえる作品になってると思う。

    ・その他
    文庫本で三巻くらいでやったらもっと読みやすい。
    文章全体が柔らか過ぎるくらい分かりやすい。もう少し堅い言葉を使ってる方が個人的には好き。
    朝ドラになりそう、、、

  • 図書館で5ヶ月待ちで借りたもの。

    戦後から平成の時代、教育(塾)に奮闘した大島家三代に渡っての物語。
    物語の舞台がいま住んでいるところの近くで、知ってる地名が出てくるので親近感がわいた。

    『常に何がが欠けている三日月。欠けている自覚があればこそ、人は満ちようと研鑽を積むのかもしれない。』
    という言葉が印象的だった。
    すごくすごく面白くてぐんぐん読み進み、ところどころ泣いた。
    あんなふうに打ち込めることがあるって、すごくかっこいい。

  • ひさしぶりの森絵都作品。
    まだ「塾」という言葉が浸透していなかった時代に、学校の勉強について行けない子供たちのために塾を構え、高度経済成長に合わせどんどん規模を拡大して、一見成功しているように見える大島吾郎と千明の夫婦。
    しかし時代に合わせて塾を進学塾のように変えていこうとする千明とあくまでも補習のための塾を理想とする吾郎の間に徐々に亀裂が入り、それは家族にも悪影響を与え、大島家は崩壊に向かってしまう。
    塾を舞台に三世代に渡って教育に関わり続けた家族の物語。文部省も目の敵していた母を反面教師として、公教育の現場に身を置くことにした長女の蕗子。塾を手伝うようになり経営者としては優秀かもしれないが教育者には向いてない蘭。時代ごとに教育の抱える問題は移り変わっていき、そのために奔走する大島家。吾郎と千明の孫にあたる一郎は現代社会の抱える貧しい子供たちの教育問題に向き合う。
    それぞれの登場人物のキャラがたっており、それぞれが理想とする教育の形があり、その熱意にひきこまれる。時代が変化するごとに振り回されてきた教育の問題について、塾という視点から丁寧に描いた物語。どのような世代の人が読んでも楽しめるものとなっているだろう。

  • 良かった。
    八千代台の昔の話とか出てきて、懐かしかった。白鷺も確かにいましたね。小学校の校舎から田んぼに舞い降りる大きな雄姿を見ることができました。津田沼や船橋も出てきて、本を読みながら想いがグルグルして読み進まなかった本でもあります。
    千葉県の塾の設立にまつわる人々の生き様が描かれていますが、教育とはという深いテーマについても書かれています。
    現在の二極化する学力の状況を見て、どうすれば良いのか...考えさせてくれる本でもあります。
    長いお話でしたが、途中かなり時間が飛んでいるところがちらほら。きっとこの間の話も書けば書けたのにあえて書かないという選択をしたんだと思います。この間どうしていたんだろう...と想像するのも楽しいです。

  • 本屋大賞2位になった作品。蜜蜂と遠雷がなければ、確実に1位となっていただろうに、そういう意味では運が悪い。
    戦後から現代にかけて、塾を作り、塾を大きくしていく主人公とその一族の物語。戦後の混乱期、高度成長期、バブル期などの時代の荒波の中で必死に戦う様子を描く壮大なストーリー。ざっくりいうと、日本版「ゴッドファーザ」だ。(ただ、マフィアの話ではない)
    読み始めは正直あまり面白くないが、章を重ねるごとに面白くなり、やめることができなくなってくる。特に、3章の後半から5章にかけては最高!後、キャラクター的には、蘭が好きですね!
    主に舞台は、千葉県の八千代や習志野を舞台にしていて、千葉県民であればまた違う楽しみができるんじゃないでしょうか。

  • 親子三代、塾という舞台で教育に人生を捧げた一族の壮絶な物語。

    「一滴一滴血をたらしつづけ、その血を他人に飲ませて、そのため自分が痩せ衰えるのを知りつつなおかつ愉快であった」ーー魯迅は、教育の本質について語った。

    見た目が美しい三日月。だが、太陽でなく月であること。

    満月でなく、欠けた月であること。その自覚こそ、人が研鑽を積み続ける原動力と。
    教えるという行為の中に潜む、魔性のようなものとの戦いをくぐり抜ける中に、本物の人間教育があるのだろうか。

    三代に渡る尊い苦悩と聖業の美しくて激しい物語。

  • 昭和36年、用務員の大島吾郎が放課後に勉強が解らない子達に勝手に勉強を教えていたのだが生徒達には好評、ある日勉強ができる赤坂蕗子もやって来て、蕗子の母親と会う事になり塾経営の話に。そして大島吾郎は蕗子の母親の千明と結婚し塾経営をしていくのだが…3世代に渡る塾経営や教育の話で、2代目あたりまでが面白かったかな。他塾に負けないよう塾経営を大きくしていく千明の野心家ぶりや吾郎の浮気など家庭内問題も絡みながらも、教育を真摯に考え生きていく千明達。3世代の話なので途中世間で流行った話題も出てくるし懐かしさも蘇る。

  • 家族の壮大な物語。飽きる事無く、最後まで一気読み。読み応えがあった。題名の意味を知り、ジワリときた。

  • 素晴らしかった。
    最初から最後まで熱量がすごかった。
    昭和から現代までの「教育」が大島家とともに書かれていて、自分より前の世代のことがわかったし自分が過ごした世代のこともわかって興味深かった。
    吾郎さんがスピーチで話した、千明さんのお話に胸を打たれました。

    週休2日制にしても何にしても小・中学生だった私には決定事項として従うしかなかった。いろんな議論や政治的な動きがあったんだな。あの時もっと新聞読んだりニュース見たりしておけばよかったなぁ。

  • ストーリーとして面白かった!教育業界で働く者として、そして自分もまさに塾で受験勉強を経験しただけに考えさせる事がたくさんあった。教育って本当に大切だとは感じているけれど、色々な視点からの教育があり、そしてそれを受けるにも家庭環境も重要だったり、本当に一筋縄ではいかないものです…。実感として、1番あるのは、私もまだまだ考え方がぬるく守られていて、ぬるい甘ちゃん人間だなということでした。だからこそもっと色々勉強して頑張らねばとも思うのでした。2016/12/8完読

  • 長くて、途中、めげそうになったことも・・・
    でも、後半盛り返しました!
    結果として、読み応えのある一冊でした。
    タイトルの意味もいい感じです!

  • 学習塾という言葉すらなかった時代に、真の教育を掲げ立ち上がった夫婦。
    時代の波にのまれながらも懸命に、時に大きな犠牲を払いながら突き進む姿は圧巻。
    戦後間もない昭和から平成にかけて、親子3代に渡る歴史。決して短くない物語、一気に読ませるのが凄い。
    2016年に読んだ中でも、最大級の収穫だ。

  • ○教員としての私が共感した部分
    ①「会議、出張、研修、報告書。教室以外でやらなきゃならない仕事が多すぎて、近ごろじゃ授業の準備どころか、子どもたちとじっくりむきあう時間すらなかなか作れない。(中略)おまけに、永田町で誰かが威勢のいい教育改革の狼煙をあげるたび、公立校はてんやわんやの火事場になる。どうせまたすぐ変わる施策のために、これまで積み上げてきたノウハウがふりだしに戻るの。(中略)むなしいのは、これだけ改革、改革とふりまわされてきながら、いっこうに成果が見えてこないことです。あいかわらず教室には勉強についていけない子がいるし、不登校児童の数もへらない。校内暴力が落ち着いたかと思えば、今度は陰湿ないじめ。なにもかも学校のせい、無能な教員のせいだって叩かれて…(中略)でもね、お母さん、だからこそ…だからこそ、私はこれからも公立学校の一教員でありたいと思っています。そこに真の教育がなかったとしても、公立校には、子どもたちがいる。誰も彼もが私立に通えるわけじゃないんですから。(中略)学びの場を選べない子どもたちによりそって、ともに学びあう。定められた条件の中で、精一杯、自分にできることをする。それが、私の本望です」(p220-p221)
    ②「教育は子どもをコントロールするためにあるんじゃない。不条理に抗う力、たやすくコントロールされないための力を授けるためにあるんだ」(p457)
    ③「常に何かが欠けている三日月。教育も自分と同様、そのようなものであるのかもしれない。欠けている自覚があればこそ、人は満ちよう、満ちようと研鑽を積むのかもしれない」(p464)

    ○こういう流れは今現在もたしかに進行しているなと感じた部分
    「学力低下は予測し得る不安と言うか、覚悟しながら教課審をやっとりました。いや、逆に平均学力が下がらないようでは、これからの日本はどうにもならんということです。つまり、できん者はできんままで結構。戦後50年、落ちこぼれの底辺を上げることばかりに注いできた労力を、できる者を限りなく伸ばすことに振り向ける。百人に一人でいい、やがて彼らが日本を引っ張っていきます。限りなくできない非才・無才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいいんです。(中略)それが“ゆとり教育”の本当の目的。エリート教育とは言いにくい時代だから、回りくどく言っただけの話だ」(p368-p369)

    ○子ども会活動に教員として携わっている私が共感した部分
    ①「クレセントは学校ではない。子どもたちは自由意思で勉強会に集っている。通うのもやめるのも彼らの自由だ。」(p445)
    ②「未熟な自分のせいで欠け落ちてしまった少年。たとえここにいる全員が少なからず学習理解を深めていたとしても、たった一人でも置き去りにしてしまったら、自分は教える側として失格なのではないか」(p449)
    ③「新しい教育の動きはそれに留まりません。私事ながら、私の孫とその仲間たちは今、経済的に不利をこうむっている子どもたちを対象とした勉強会を続けています。その話を聞いたとき、私は、自分がどうしても手をのばすことのできなかった社会の暗部に、代わって彼らが手をさしのべてくれた思いがしたものでした。と同時に、ごく一部の子どもたちが人目を忍んで通塾していた46年前と、塾へ通わない子どもの方が少数派となった今と、その教育環境の劇的変化を突きつけられた思いもいたしました」(p462)

  • 森絵都の本を愛読していたが、この本は読むのに苦労した。いつも、一気に読んでいたが、この本は登場人物に寄り添うことができなかった。たぶん主人公が好きになれなかったからだと思う。

  • 時代によってまったく違うものを求められる教育現場。その変化に振り回されつつも一貫してそこにあるのは「子どもたちのため」というその一点。けれどそこに教える者の傲慢さがあってはならない。だれも満ちた月ではない。欠けたところがあるという自覚こそ、教育者に必要不可欠なものなのだ。

  • 戦後、塾というものがほとんどなかった時代に、塾を作ったひとたちの、親子3代にわたる、「教育とはなにか」を問いかける大作。
    と同時に、家族の物語でもある。

    そもそも、いまの公教育ができあがったころには、塾はなかった。おちこぼれがいない、という前提。
    それが、戦後のベビーブームで一気に子供の数が増え、一教室60人なんて時代があり、教師の目が行き届かなくなったことで、授業についてこれないこどもが出始める。
    そこで、戦後家が貧しく、高校を中退し、小学校の用務員になって3年目の、青年が、用務員室でこどもの勉強を見始めることになる。やがて「用務員室の守り神」として「教える」才能を発揮。そこを、大学で教員免許をとったものの、戦中「国民学校」で徹底的に少国民としての教育をうけ、戦後てのひらをかえして正反対のことをいいだす教師に疑問をもち、「塾」という思想をもちだした苛烈な女性・・・そして、シングルマザーである、千明に目をつけられる。
    まずもってして、その目のつけ方がすごい。
    なにしろ、偵察として実の娘である蕗子を用務員室に送り込むのだから。
    この子は塾なんて必要がない、聡明な子だったにもかかわらず・・・。

    そして、これに加えて、また別の策略をもって、千明は吾郎を「塾」に引き入れることに成功する。
    物語はそこから始まる。

    やがてこのふたりは夫婦となり、「塾」は次第に大きくなる。
    同時期に、のっぱらだった千葉、八千代台は、住宅地として大きくなり、比例して子供の数が一気に増える。
    塾は熾烈な生存競争を生き残り、飛躍する。
    夫婦の間には、さらに娘が二人生まれる。

    しかし、用務員室の守り神は、同時に「助平吾郎」でもあった。そのことが、夫婦の間に亀裂をうむ。

    ・・・・・と、ざっと概略を書きましたが、重要なところは詳しく書いてません。
    ぜひとも続きと詳細はこの本を読んで、笑いつつも、教育について考えてほしい。

    教育世界をすこーしだけ、かじったことのある人間は思います。
    そう、確かに、教えるということはくせになる。
    教育、とは教える育てる、ということと同時に、「教えられ育てられる」ということ。
    「わかった」と子どもが喜ぶと、うれしくなる。
    その機会を奪われているこどもがいるということは、本当に危機感を覚えます。

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みかづきの作品紹介

昭和36年、学校教育に不信を抱く千明から学習塾の立ち上げに誘われ、吾郎の波瀾の教育者人生が幕を開ける。昭和〜平成の塾業界を舞台に、三世代にわたり奮闘する大島家を描いた、著者渾身の大長編!


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