みかづき

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著者 : 森絵都
  • 集英社 (2016年9月5日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (472ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087710052

みかづきの感想・レビュー・書評

  • 2017年5月28日読了。テーマは教育だったんですが、戦後すぐから現代まで駆け上がって作品になってました。怒涛の話だったなと思いました。その時代時代の「教育」への在り方は考えさせられることばかりで、人間もそれぞれ変わってきたと思えば、それは教育も変わっていくことで。ただいつも教育は子どもの頭脳と心と体の成長のためにあるものでなければならない、それを必死で大人たちは考えてました、どの時代も。子どものことを社会が守るのはいつの時代も同じなのですね。あと、大島家の家族模様も素晴らしかった。千明がやはり一番強烈キャラでしたね。最初この話の終着点が見えなかった。でも終わってみれば素晴らしい教育論と教育の形があって、そして家族があって、昭和から平成に向けて駆け抜けた人たちの「生き抜く力」を感じました。

  • 日本の教育の在り方、学習塾の遍歴、義務教育の歴史など
    学校教育と学習塾を対比しながら様々な方面から書かれていて
    とてもよく分かりました。

    それと並行して女系家族を主軸とした家族の物語、
    塾の経営者としての奮闘が絡み合い家族と教育に対しての
    テーマが踏ふんだん盛り込まれた作品だと思いました。

    特に塾の創設にあたった千明は教育ということに関して、
    人生をかけたといっても過言ではない行動には度肝を抜かれます。
    教育ということに関しては誰にも負けず、
    誰よりも優れていたのは本当に素晴らしいことだと思います。
    けれどこれに振り回されてしまった娘たちは可哀想な気もしましたが、
    後々のことを見てみると子供は親の背中を見て育つとは
    よく言ったものでそれぞれの個性を持ちながら
    立派に大人になっていったので良かったなと思います。

    人生の節目などを太陽と月のなぞえられて、
    そして月の満ち欠けに例えたりしてロマンチックだと思えたり、
    その一方ではとても深い意味だったりしてこの本のタイトルに
    まさに相応しいと思いました。

    常に何かが欠けている三日月。
    教育も自分と同様、そのようなものでもあるのかもしれない。
    欠けている自覚があればこそ、人は満ちよう、
    満ちようと研鑽を積むのかもしれない

    この言葉がとても印象的で
    これでこの作品の全てを語っているかと思いました。

    理想の教育を志していた作品ですが、格差社会、
    シングルマザーから生まれる貧困問題などと現代の日本が
    大きく抱えている社会問題にも切り込んでいたので
    考えさせられることもありました。
    教育を通して社会全体の在り方も問われているようでした。

    教育をテーマにした作品なので初めは硬い印象がありましたが、
    読み進めていくうちに登場人物がとても生き生きとしていて
    時にはくすりと笑える一コマがあり、人間味がとてもあるので
    テンポよく読めて読みがいのある作品だと思います。

    教育に携わる方には多く読まれたら良いなと思います。

  • 「朝ドラにして欲しい」というレビューを見て、かなり期待していました。
    全編に渡って教育について語り、議論され、問われ続けられる。
    本当にたくさんの、いろんな立場の人が登場してきたけれど、それぞれに、それぞれの思いで共感できる。
    こんな作品、めったにないんじゃないかな、と思いました。
    2017/5/5読了 2017年の25冊目

  • 主に3人の視点から見たその時代時代の教育が描かれていた。その時々の流行がちょいちょい出てきて、あーあの頃か〜とわかりやすかった。
    時代毎にいろんな問題を抱えているが、特にここ最近の問題が深刻で複雑だと思う。400ページ超えは、なかなかの読み応えだった。

  • 本屋大賞2位になった作品。蜜蜂と遠雷がなければ、確実に1位となっていただろうに、そういう意味では運が悪い。
    戦後から現代にかけて、塾を作り、塾を大きくしていく主人公とその一族の物語。戦後の混乱期、高度成長期、バブル期などの時代の荒波の中で必死に戦う様子を描く壮大なストーリー。ざっくりいうと、日本版「ゴッドファーザ」だ。(ただ、マフィアの話ではない)
    読み始めは正直あまり面白くないが、章を重ねるごとに面白くなり、やめることができなくなってくる。特に、3章の後半から5章にかけては最高!後、キャラクター的には、蘭が好きですね!
    主に舞台は、千葉県の八千代や習志野を舞台にしていて、千葉県民であればまた違う楽しみができるんじゃないでしょうか。

  •  読み終わった時の一番の感想は「長かった」でした。
    著者の教育に対する熱い思いや歴史を、さまざまな世代を通して書きつづっているからそうなったと思いますが、教育の問題は解決していないので、重いから長く感じてしまいました。
     でも、最後に吾郎のパーティーでの謝辞の中で、この本の題名の由来である「常に何かが欠けている三日月。教育も自分と同様、そのようなものであるかもしれない。欠けている自覚があればこそ、人は満ちよう、満ちようと研鑽を積むのかもしれない」という言葉には重みがありました。
     自分に満足してしまえが、人間は横柄になり、成長しようという気持ちを忘れてしまいます。
    私自身も「みかづき」であるという事を忘れずに生きて行けれたら素晴らしいし、そうありたいと思います。
    長さで疲れて、☆3になりましたが、最後は☆5に近い感想でした。

  • S. Goro and K. Ichiro from a tag-team would go on fighting against B. Taro and K. Jiro around the world.

  • 戦後の混乱期からバブル崩壊後まで、学習塾を経営するひとつの家族の変遷をリアルに描いている。

    自分自身が、ほぼ同じ時期を過ごしてきたリアルな体験と重なる部分も多く、また舞台も東京近郊であり、のめりこむようにして一気に読了。
    登場人物ひとりひとりが目の前に浮かび上がってきて、きちんと描かれており、非常に面白かった。

  • 長い。
    登場人物の一方的とも思える暑苦しい振る舞いに、読むのを止めようと何度も思ったが、もしかして最後まで読んだらなにかあるかも、と思い頑張って読んだ。
    その、もしかして、が当たりだった。

    満ちることのない月。
    満月たりえない途上の月。

    エンディングも、なかなか面白かった。

  • 昭和36年。
    小学校用務員の大島吾郎は、勉強を教えていた児童の母親、赤坂千明に誘われ、ともに学習塾を立ち上げる。
    女手ひとつで娘を育てる千明と結婚し、家族になった吾郎。ベビーブームと経済成長を背景に
    塾も順調に成長してゆくが、予期せぬ波瀾がふたりを襲い――。
    孫の一郎編まで含めると、三代掛けて、二転三転する文部省の学校教育指導と様々な側面から向き合ってきた『先生物作品』の永遠不滅の感動作!



    以上、そんな内容です。
    塾の先生という立場から携わる教育という事で、
    これの前のレビュー『ガーディアン』と少しスタンスは変わるものの、今作品の方が圧倒的に素晴らしい『先生物』であり、
    何度涙が零れたのか分からない位、感動の嵐に包まれる神作品でしたO(≧∇≦)o


    まず、文部省が下してきた様々な矛盾や弊害という教育問題を真正面から描き・提示し・奮闘し・暗黒に迷いながらも、
    最終的には見事、『新しい月』という希望をしっかりと書いた点が素晴らしく、

    その上で、夫婦愛や親子愛という家族の在り方についても考えさせられる点が素晴らしいし、
    語り手が、主人公→奥さん→孫と変わっていく構成も見事!

    一郎の『ものを考える速度も遅く、急に言葉をふられてもすぐには応えられない』性分は、
    (昔に比べれば改善されたものの)僕も同じ性分を抱えているので、物凄く親近感を感じた分、感動も凄まじいものとなりました!

    LUNA SEA好きとして、月になぞらえた表現たちも大好きでしたし(^^)


    実は去年の後半からずっと、名作や神作品に出会う事が多く、
    弊害として以前なら感動出来たり面白く感じたレベルでも物足りなさを覚える事が最近増えていた矢先、
    今作品は久しぶりの永遠不滅の神作品であり、全ての方にオススメしたい本です(*^-゜)⌒☆

  • 昭和36年、小学校で用務員をしていた大島吾郎を塾講師と伴侶としてヘッドハンティングした千明。その後の教育と塾と家族の織り成す物語。読了感は爽やかだった。

  • 2017年5月10日、図書館から借りて読了。順番待ちで長く待たされたのもわかる力作だった。作者が集めた資料から沸き立つ思いが強く伝わってくるが、同時に溢れる思いがうまく消化しきれないまま生硬にストーリーとして文章にされているところも感じる。そこが魅力といえばそうなんだが、もう少し時間が経過したところで冷静に手を入れて欲しい気もする。

  • 平成29年5月9日読み始める

  • 大島家三代の物語ではあるけれど、塾の物語と言うのはどうかな?本当に言いたいことと、出版社の宣伝(帯)がずれてます。

  • 長い話だったが、出だしからラストまですべて濃厚。

    40年近く昔、高校の非常勤講師をしながら、地元の塾でもアルバイトをしたことがある。
    結局塾長の考えと合わずに退職したのだが、最後に言われた『教育を冒涜するのか』という言葉について、高校の同僚に話したところ『塾こそ教育への冒涜なのに』と言われたことを思い出した。
    まさに千明の時代である。

    中で一番印象に残ったのが、「ゆとり教育創設」に対する文部省の本音である。
    これが今の格差社会につながっていないとは言い切れない。

    この本を読んだことで、自民党が今国会で提出を目指している『家庭教育支援法案』に対し、見過ごせない気持ちになった。

  • 72)明治5年以前、日本人は厳格な身分制度のもとに暮らしていた。男は父親の仕事を継ぎ、女は父親と同じ職の男に嫁いだ。学制は、そのくびきからの解放であった。
    179)スホムリンスキー→シュタイナー
    248)学級崩壊。いじめ。不登校。今日日とりざたされている教育病理は、戦後核家族化や共働きの増加によって子供に手をかけられなくなった家庭が学校を頼りきり、人間形成も勉強もよろず教員に負わせてきたことによる歪みとも言える。
    255)何故、高校新設を急がないのか。「どのみちエリートのポストは限られているのだから、皆が皆高校に進学する事はない。列強との経済戦争に勝ち抜いていくには、エリート同様最低限の義務教育を受けた賢明な労働者もまた必要だ」それが役員の本音。ごく一部のエリートとその他大勢の庶民。国民を二分し、各々に相応しい教育を施すことで日本の国際競争力を高める。
    257)勉強ができる事と妻子を世の荒波から守る事は別の問題。家事の手伝いもした事がない名家の子息など、子育てが始まれば単なる木偶の坊に他ならない。
    368)斎藤貴男ゆとりについて
    できん者はできんままで結構。戦後50年、落ちこぼれの底辺を上げることにばかり注いできた労力を、できる者を限りなく伸ばすことに振り向ける。限りなくできない非才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいい。
    369)国が国民を守るってのも、もはや昭和の幻想。これからは自分で自分を守らなきゃならない時代になる。

  • 《テストでいい点を取るためでなく、将来の糧となる真の学力》 《自分で考える力》 を子どもに身につけてほしいのなら、各家庭の生活の余裕に拠ることのない公教育で奮闘すべきに思え、物語の根本(塾設立)に疑問。
    https://blogs.yahoo.co.jp/rrqnn187/14845935.html

  • 常に理想と現実と向き合う中での葛藤と、家族の縁を強く感じる長編。人は常に何かが欠けている三日月

  • 結局 世の中はピラミッドじゃないとダメなんだなぁ と改めて思わせられました。上の方にいる人は 下の方にいる大多数の労働と税金に支えられる。下克上は叶わず夢のまた夢。皆んなが下克上出来ても ピラミッドは無くならない。

  • 資料番号 : 00013638
    請求記号 : 913.6||MOR
    配架場所 : 上階書架
    NCID : BB21986935

  • 森作品初読み、満足の読後感。温かなで切れ味抜群の文章、ユーモラスを超えた大胆な比喩表現に心は踊り始める。学習塾経営という視座を通じ理想の教育を問いながら、交差する人たちの絆を絶品の筆致で描く。夫婦の確執、親子の断絶、肉親の死別、家族の崩壊、涙の再会、試練を乗り越えて再び一つになろうとする家族の姿を、月の満ち欠けに例えながら熱く熱く語りかける。千明が満ちた満月になれなかった、みかづきでもその胸中に思いを馳せるときエールを送りたくなるのは自分だけだろうか。最後の場面には思わず感激、四代目の遺伝子は?

  • 親子三代、塾という舞台で教育に人生を捧げた一族の壮絶な物語。

    「一滴一滴血をたらしつづけ、その血を他人に飲ませて、そのため自分が痩せ衰えるのを知りつつなおかつ愉快であった」ーー魯迅は、教育の本質について語った。

    見た目が美しい三日月。だが、太陽でなく月であること。

    満月でなく、欠けた月であること。その自覚こそ、人が研鑽を積み続ける原動力と。
    教えるという行為の中に潜む、魔性のようなものとの戦いをくぐり抜ける中に、本物の人間教育があるのだろうか。

    三代に渡る尊い苦悩と聖業の美しくて激しい物語。

  • 昭和36年、千葉県習志野市立野瀬小学校で用務員をして3年めの大島吾郎は勉強についていけない子に放課後勉強を教えていた。1年生の赤坂蕗子は勉強がわからないわけでないのに来ていた。蕗子の母千明が見学にきて、吾郎に千明が開く塾に来て欲しいと言うー

    ◆私が生まれるより前から現在までの教育現場の話。団塊の世代のベビーブームで教室には子供がミッチリ、の時代に大人はこんなこと考えてたんだなぁ。私は塾にはいい思い出ないけど勉強って一度遅れるとついてけなくなる恐怖は高校編入で味わったなぁ…とかしみじみ。

    しかも私事ながら舞台が習志野、八千代、船橋なんてピンポイントに祖父母の思い出にリンクするもんだから、なんか感傷的なって読み進むのが遅かった。

    明治6年軍事訓練施設ができて順天堂大学も千葉工大も元はそれ、というのを5分豆知識で知ろうとは(笑)
    私がひいじいちゃんに抱っこされて連れてってもらった写真がある谷津遊園は大正末期に開園して、もとは一面塩田だったのか!…おじいちゃんが生まれた頃だな…とか。

    教育への情熱がもはや執念ともいえる猪突猛進な千明にゲンナリしたり、温厚ながらも浮気性な吾郎にガックリきたり…まぁ品行方正な人だけじゃなくて人間くさいドラマとも言えるけど、本当に塾乱立の抗争時代はあったんだろうな-…そして今は塾に通わない子のが少ないのねぇ…。

    一部のエリートを育てるためのそれ以外、という切り分け…格差も生まれるわけだ。とまれ吾郎と千明を見て育った蕗子、蘭、菜々美それぞれの自立、孫世代一郎の奮闘も面白かった。

    「(前略)どの時代のどんな書き手も、当世の教育事情を一様に悲観しているということだ。(中略)読んでも読んでも否定的な声しか聞かれないのに最初は辟易したけれど、次第に、それはそれでいいのかもしれないと妻は考えはじめたそうです。常に何かが欠けている三日月。教育も自分と同様、そのようなものであるかもしれない。欠けている自覚があればこそ、人は満ちよう、満ちようと研鑽を積むのかもしれない、と」何度も出てきたタイトルの妙。

    満月たりえない途上の月。

  • 昭和30年代、塾の設立、歴史、その背景にある教育の歴史を3代の家族が歩む物語。つねに「自分で考える」という信念のもと個性的な登場人物が塾という教育方法で教育界に挑んでいく。
    最初は塾設立の初代である吾郎の物語でゆっくりとした進み方だったが妻の千明が中心に変わると急に話が加速しだして面白さを感じた。その後の独特な娘たち、そして孫、教育とは、学ぶとは、色々な試行錯誤の中で教育の歴史そして未来を知ることができ楽しく読めた。考えてみるとこの本も一種の「学び」なのかもしれない。

  • 子どもに何かを教えるということ。
    例えば教育勅語を子どもに暗記させ愛国精神を育てること。
    よりよい人生を送れるようにと、少しでもテストで良い点数をとれるよう知識を詰め込むこと。
    何が良くて何がいけないのか、誰にも決めることなんてできない。
    世の中は変わり、文部省が変わり、親だって変わっていく。
    それより何より教育を受ける子どもひとりひとりが皆個性の違う人間なのだ。
    100人の子どもがいれば、100通りの教育方法が必要になるのだから。
    この本の主人公たちは、そんな形のない教育というものに手探りで挑んでいく。
    何が変わっても、一番大切なのは
    『自分の頭でで考え不条理に抗う力、
    他者からコントロールされないための力を養うこと』
    この物語は、その理想に少しでも近づくために
    決して聖人君子ではない主人公たちが流した涙と費やしてきた膨大な時間の物語です。
    これからどんなに教育の迷走が続こうと
    この教育の真髄が見失われないことを
    心から祈ります。

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