太陽のパスタ、豆のスープ

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著者 : 宮下奈都
  • 集英社 (2010年1月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (250ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087713329

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太陽のパスタ、豆のスープの感想・レビュー・書評

  • 2歳の娘が台所で鍋に耳をかたむけている。
    「おとうちゃん、なんかぷつぷつ言いようよぉ」
    研いだ米が水を吸う音を聞いているのだ。

    この音に最初に気がついたのは妻だ。
    それから僕と娘を台所に呼んで音を聞かせてくれた。
    娘はこれが気に入ったらしく、米を研ぐたびに「ぷつぷつ」をせがむようになった。

    冬の寒い時期は、春夏よりも米の吸水に時間がかかる。
    聞き比べたわけではないが、ゆっくりしっかり吸い上げるので微かに音が聞こえるのかもしれない。些細なことだが待っている時間も楽しい。

    いかに自分が日常の些細なことではあるが大切なことを疎かにしているかに気づかされる。
    悪気はないのに知らぬ間に他人を傷つけている。
    日々の小さな齟齬が降り積もって、いつの間にか取り返しのつかないことになっている。
    毎日を丁寧に暮らすということは、人の心の機微にも繋がることなのだろう。
    主人公のあすわにもそういう部分はあったのかもしれない。
    なんて、男の立場から『譲さん』にも同情してみる。

    それにしても、婚約破棄された後でも元恋人を「彼」でも呼び捨てでもなく『譲さん』と呼ぶ、あすわの心根の優しさ。
    そして登場人物全員がチャーミング。
    それは例えば、ある種のキーワードで一括りにしてしまいがちな『京ちゃん』という人物を一人の人格として普通に描く、作者宮下奈都さんの世界を見る目の温かさ、まっとうさによるものだろう。

    いわゆる「キャラ」と呼ばれる画一的なものではなく、みんながいろんな面を持って生きている。
    『郁ちゃん』の「豆」
    『市さん』の「レース編み」
    『お母さん』の「イタリア語」
    『お兄ちゃん』の「ワイン」
    サルヴァトーレの桜井さんだって、しゅっとした美人の見た目だけど同い年で失恋もたくさん経験している。
    なんとなく『暮しの手帖』や『クウネル』の読者層を勝手にイメージしていた『ロッカさん』がまさかのアレだし。
    お父さんだって会社の上司や同僚だって、読者の僕らだって「キャラ」なんてものはなく、たくさんの側面を持って生きている。

    宮下奈都さんの小説を読むと元気が出てくる。
    それはけっして右腕に力こぶをつくる類いの元気ではない。
    すべての生命を育む太陽のごとくやわらかであたたかく、小さくても滋養に富む豆のように体の内側から活力を湧かせる。
    きちんと生きようと思う。

    (しかし『太陽のパスタ』は予想外だったなぁ。)

  • いいなあ!!
    と、思わず声に出して言ってしまうほど、この本の主人公あすわは
    たとえ挙式直前にあっけなく婚約破棄されようが、
    それを補って余りあるような素晴らしい家族や友人に愛されている。

    娘に「明日羽」と希望に満ちた名前をつける両親を始めとして
    やつれた妹に、唯一の得意料理の甘くないホットケーキを大量に焼いてくれる兄や
    男性として生まれながらも女性としてしなやかに生きている幼なじみの京、
    食糧危機に目を向けて豆料理を浸透させようと
    ささやかにがんばっている、会社の同僚の郁ちゃん。

    殊に、人の話を聞いているのか聞いていないのかわからなくて
    伸びきったゴムのようなスパゲティを
    「太陽のパスタ」と言い切って食べさせようとするくせに
    家族よりも早くあすわのただならぬ様子に気づき
    毎日ご飯時にご飯をたかりに来た風情で、
    あすわを気遣い、外へと連れ出し、おおらかに見守る叔母のロッカさん♪

    ロッカさん愛読のジャンプを毎週買って、毎晩おいしいご飯を用意して待ってるから
    ぜひ私ともお近づきになって!と言いたいくらい素敵な人だ。

    辛い時には「ドリフターズ・リスト」
    (漂流する者たちの指針となるリスト)を書いてごらん、と
    ロッカさんに言われたあすわが
    広告の裏に書きつけた「やりたいこと」に挑戦し、修正しながら
    「こうありたいと願うことこそが私をつくっていく」と思えるようになり
    「そこにあると思うだけで力をくれる、一切れのパン」が
    いつも自分のまわりにいてくれた人たちであると気付くまでの
    あたたかくて、おいしくて、やさしい物語。

    読み終えたら、黄色いル・クルーゼのお鍋で
    色とりどりの豆をコトコト煮たくなること請け合いです♪

  • 結婚2ヶ月前にふられてしまった若い女性がしだいに立ち直り、成長する様子をナチュラルに描いた話。

    あすわ(明日羽)は、ベビー服の会社の事務をしている。
    婚約者の譲さんに「僕たち合わないみたいだね」と言われてしまう。
    いつ頃から別れを考えていたのかと苦しむことに。
    10歳年上の叔母ロッカ(六花)さんは変わり者で、ひょうひょうとしているが、何かと気に掛けてくれる。
    ロッカさんの前でわんわん泣いてしまった後、何をやりたいかを全部書き出すドリフターズ・ノートを作るように勧められる。
    「食べたいものを好きなだけ、食べる、髪を切る、ひっこし、おみこし」などと最初は書く。
    お祭りが好きらしい。

    髪をベリーショートにしたら、会社では誰も触れない。それほど痛々しいのか。
    引っ越しはすぐしようとロッカさんにリードされ、近くの1DKに越す。良く一緒に食事するようになる。
    ロッカさんの作った「太陽のパスタ」はトマトが入っていて、アイデアは良いが、伸びきったまずい物だったというのが、面白い。
    ジュリーのコンサートに行ったロッカさんは「がんばれなくても、ええんちゃう」とジュリーの真似をしてくれる。

    鍋を買う、毎日使う、などとリストは増えていく。
    ル・クルーゼの鍋を買うのだ。料理の本に載っているものをすべて作ろうとしたのは挫折するが。
    エステに行く、と書いて、リンパドレナージュ初体験。

    会社で一番仲の良い女の子・郁ちゃん(渡邊郁未)とも微妙な距離感がある。
    週に一度、金曜日には二人だけでランチに行くことにしていた。
    楚々として可愛らしい郁ちゃん。
    叔母に誘われて出かけた青空市場で、郁ちゃんが豆の店を出しているのに驚く。とても美味しい豆スープ。
    郁ちゃんはどうやって豆を見つけたのだろう。自分にとっての豆はあるのだろうか。

    学生時代からの大事な友達・京は美容師で忙しく、気軽には呼び出せない。
    本名は京介だがスカートをはいて生きている。
    とても綺麗で何でも出来るのだが、家族とは上手くいっていない様子。

    一人暮らしに慣れ、料理のレパートリーが増えていったり。
    家に戻ったときに有り難みを実感したり。
    仕事に新鮮さを感じたり。
    あらすじだけでは何ということもなくなってしまうが、ちょっとしたユーモアをまじえていく具体的なエピソードのつなげ方がうまくて、細部のリアリティがよく出ているのね。
    いじいじしたり、駄目さを再認識したり、内心はそう明るくはいられないけれども。
    そうそう…生きていく感覚ってこうなんだよね…と納得。
    応援したくなります。

    初出2008年「青春と読書」
    2010年1月単行本発行。
    著者は1967年福井県生まれ。2004年デビュー。

  • 確か、深海にすむ『アンコウ』だったと記憶しているのだが…。

    オスが
    「このメスにしよう…」と、生涯の伴侶を決めると、
    メスの体にピッタリとくっつき、
    方時も離れず、
    やがてメスの体の一部として同化に至ってしまう…。

    と、言う恐ろしい魚は。

    本書を読んで感じたのは
    すでにメスの体の一部となりかけていたオスが
    何を思ったか、突然!
    メリメリッと離れて行き、
    メスの体には大きな穴がぽっかりと空いてしまった状態・・・。

    この恐ろしい程、醜くて鋭い痛み。
    有りえない痛み。
    決して経験したくない痛み。

    じわじわと涙を浮かべるメスのあんこう。
    (物語の主人公は普通の女性です。)

    その傷口はいつか塞がるの?
    すっかりオスの形にえぐられてしまった、その傷口は…。
    あー、
    つらすぎて
    つらすぎて
    見ちゃいられない。

    でも、
    「致命傷じゃないよ。」

    そんな風に思ってくれる人達が次々にオロナインを
    塗ってくれる。(←あくまでイメージ。)

    早く治りますように、
    肌をさすり、柔らかい包帯を巻いて。

    こんな風に
    こんな風に

    人は立ち直っていけるんだ。

    少しずつ、元気になっていける物語。

    主人公の名前が好き。

    明日へ羽ばたく『明日羽』あすわちゃん。

    昨日が再び戻ってくる事はないし、
    今日もいつかは終わってしまうもの。

    視線が明日を向いていれば、
    腹の傷口見る事もそのうち忘れちゃうよ、と仕向ける周りの人達のキャラも好き。

  • 早く家に帰って続きが読みたい!!と思う本に久々に出会えた。
    やりたいことに向かって前を向いてキラキラしてる人、ストイックに努力してる人、そういう人と自分を比べては落ち込んで、でも心機一転弾みをつけて全く別の方に新たな一歩を踏み出そうとするけど結局自分に合わず躓いて…。
    明日羽のそういうぐらぐらした気持ちにすごく共感できて、今このタイミングでこの作品に出会えて良かったと思った。
    自分を支えてくれる土台は、見栄じゃなくて毎日のこつこつした積み重ね。そして自分が選んだもののひとつひとつが、こうありたいと願う自分へ繋がるのかも。
    落ち込む日もしんどい日もあるけど、明日羽と一緒に自分にとっての「豆」を見つけていって、少しずつ前に進みたい。

  • いろんな評価があるみたいですが、私は好きな小説。
    最近のイチオシです。

    他の作品もこの作者さん、読みたくなりました。

    肌合いがいい感じのする文章です。

    あの本の空気に浸りたいなって思ったら
    読み返すようなおはなし。

    身体をぽかぽかと温めてくれそうなタイトルに惹かれ、
    主人公「あすわ」の置かれた状態に、ちょうど人と別れて
    がっくりきていた私が共感して読む気になりました。

    婚約を突然破棄されたあすわ。
    風変わりな叔母のロッカさんに促され
    「実現したいことのリスト」を作って
    一人暮らしを始めます。

    好きだった人が永遠に去っていく。
    それだけでも結構キツイ事です。

    あすわは自分が、結婚という状況を求めていただけだって
    感じたかもしれませんが、私からは、何だかんだでやっぱり
    好きだったように見えました。

    だから青天の霹靂だったんでしょうね。
    呆然とした彼女の顔が見えるようでした。

    アテにしていた未来って、どんな未来なのか。
    自分が創った未来じゃないと、担保はないのですけど
    普段はみんなそんなこと忘れてるんですよね。

    あすわ本人は途方に暮れてますし悲しいはずだけど、

    あすわを取り巻く人たちは
    とてもゆるるか。

    あすわの叔母、ロッカさんも、友達の京や、郁ちゃんも。
    両親も、お兄さんも。

    起きてしまったことは消せないけど、
    ゆっくり回復していくしかありません。

    責めたり騒いだりしない様子が、じわりと沁みて
    読者の心にもふうっと息をつかせてくれます。

    どこかとぼけた語り口ですが、一人の時間と
    誰かとつながる時間をゆっくり往復することで
    悲しみは穏やかに痛みを静めていくよう。

    ドリフターズ・リストを作ったって、どうにもならないよぅ。

    と言いたいようなことは、私にも時折やってきます。

    苦しい時は、静かに苦しんで、ちょっとずつ心地いい方に
    そうっと動くのがいいんだなあって、この本を読むと
    すとんと納得がいきます。

    太陽のパスタも、豆のスープも美味しそうな言葉ですが
    そんな時は日常のことを一個ずつ、ちょっとずつやって
    おなかの温まる綺麗な彩りのものを、ゆっくり食べるのがいい。

    そんな当たり前のことが、丹念に綴られています。

    答えの出ないことをいじり回すより、したいようにしながら
    普段のことをちゃんとこなすのがいいんですよね。

    自分を回復するきっかけがリストなのであって
    それまでの自分に何が欠けてて、何が余分だったか
    じっくり聴いてあげるためのものとして、リストがあって。

    動き出し始めたら、好きな場所にでも
    そっと置いて日向ぼっこさせてあげればいいのかも。

    温かいスープの香りや、そばにある好きなことを
    思い出したくなったら、また読み返したいような。

    仲のいい誰かの声が聞きたくなるような。
    そんな気持ちになる一冊。

    懐かしい感じの小説でした。

    表紙が文庫本の方が作品に合ってると思うので
    購入するならそっちにしようっと。

  • 珍しく若手作家さんの作品を読んでみました。
    この本が出たころ、皆さんの評判が良かったので記憶に残っていて、今回なんとなく手に取りました。
    何しろ食べ物が出てくるお話には目がないのです。
    まあ一口で言うと、結婚が決まり式場の手配も新居の準備も決まっていながら一方的にすべてを破棄されてしまった女の子が、どん底から(ちょっとオーバーかな)這い上がり、また力強く生きていくすべを見つける。というお話です。
    そして彼女をどん底から救ってくれたのが、毎日のご飯を作ること、でありました。
    やはり人間食べなくちゃ始まりませんよ、お料理もボケ防止には一番いいっていうし、自分の食べたいものを自分で作って食べる・・・こんな最高なことってありませんよね。
    またこの作品、強烈な脇役がいっぱい出てきて、すぐにでもドラマにできそうなくらいです。
    先にちょこっと出てきておしまいの元婚約者はだれがいいかなとか、あの個性的な叔母さん役はあの人しかいないなとか、読みながらキャストを考えてる。
    なかなかの1冊でありました。

  • 突然の婚約破棄に呆然とする主人公が、家族や同僚、友人、そして自分自身に助けられながら前を向いてゆく、みずみずしい爽やかな物語。

    これまで読んだ宮下さんの作品は、どこか物悲しい印象があったんだけれど、この作品は悲しいのに明るかった。

    叔母の助言で、やりたいことのリストを日々書きたし、実行し、消してゆく主人公。
    エステに行ったり、鍋を買ったり、映画をみたり。
    仕事で毎日忙しいながらも、欠かさずに鍋を使って料理をする場面が心に残る。
    毎日のごはんがあなたを助ける、という主人公の母親の言葉がじわじわ染みる。

    リストを実行することが助けになるわけではなく、大事なことは自分の内側から引き出されるもの。

    毎日を丁寧にすごしたいな、と思える明るい物語。

  • 主人公は28歳のあすわ。2年間交際した彼と結婚間近だったが、本当に間近で(式場の予約もしてたのに)婚約破棄されてしまう。失意の彼女のもとに訪れたのは叔母のロッカさん。

    「やりたいことや、楽しそうなこと、ほしいもの、全部書き出してごらん」

    ロッカさんがあすわに命じたのは「ドリフターズ・リスト」を書く、ということだった。ロッカさんの指示通りリストに書きだしたものを実行していくあすわ。その過程で破局する前には気づかなかったこと、考えなかったことに気づいたり、考えたりするようになり、彼女が再生していく様を読者は見守ることができる。

    なんだかコメディタッチな文章で(それはおそらくロッカさんという人物のキャラが活きているからだと思うが)、ニマニマしながら読んでしまう箇所が多かった。また、タイトル『太陽のパスタ、豆のスープ』とあるように、本作にはごはんを作るシーン、ごはんを食べるシーンが多いと僕は思うのだが、読んでいるとなんか無性にごはん(白米ということではない)が食べたくなった。「ごはんに関係する本ありませんか?」という問い合わせを受けたら一番に薦めたくなる作品だ。落ち込んでいる人が読むと元気が出ると思う。だってこの作品、ごはんのようにあったかいから・・・。(どやあ

  • 結婚目前にして婚約を破棄されたあすわ。
    叔母から勧められ、やりたいことリストを書き出し、立ち直っていくお話。

    そう、食べることにはパワーがいる分、パワーをもらえるんだよ。

    私もほんとに疲れて落ち込むと、無心できんぴらごぼうを作りたくなる。ただただごぼうを細くきってにんじんを同じようにきって、じゃーっといためる。そして白いごはんと一緒に食べる。
    それだけで生き返る気持ちになる。
    だから、あすわがまずル・クルーゼを買って毎日何かを作ることを始めたきもちがなんだかわかる。

    目標を持って生きている周りが羨ましくなって自分に自信がなくなって、とにかく何かやらなきゃってじたばたして。
    きんぴらごぼうだけじゃなく、まさしく、ル・クルーゼで煮込むおいしいものを私も作りたくなるから、なんだか、自分と重ねながら読みました。

    前向きな気持ちになれるお話。

  • 当たり前の毎日を積み重ねていく事
    生きていく事は食べる事
    暮らしを積み重ねていく事で自分の気持ちも回りだす
    そして少し強くなれる

    2010年 集英社

  • 結婚直前に破談になったあすわの、完璧ではないけれど、立ち直り、前を向いて歩いていくまでのストーリー。

    支えてくれる人たちが、温かく、さりげなくて、あすわは幸せだなと思った。

    日々、きちんと暮らしていくことが、自分を大切にすることだと、改めて気付かされる。

    『毎日のごはんがあなたを助ける』
    『「毎日」が一番えらい』
    『私が選ぶもので私は作られる』
    印象深いフレーズ。

  • 結婚直前に婚約破棄された、明日羽(あすわ)。
    呆然とする彼女に叔母であるロッカさんは
    ドリフターズリストを作るように言う。
    それは漂流する者のための、明日へのリスト。

    婚約破棄されたあすわが立ち直っていく
    日々を描いているのですが、すごいドラマが
    あるのではなく、淡々と過ぎていく日々にも
    意味はあるよ、という静かで温かな話。

    確かに「豆を煮る」っていうのはきちんと
    毎日を丁寧に生きる、というのに
    似ている気がしますね。
    自分の手の中にあるものに感謝する、というのも
    良いです。前半がただまったりとすぎるので
    後半、急に急ぎ足でいい話になって
    終わっちゃった感じもしますが…

  • 宮下さんの作品は読みやすいし、普通の日常の中の「感じたり、思っていること」を文章で表現してくれている気がする。
    言葉に出してはいないけれど、日常の些細なことや生活の中で見出していく。

  • 生きることは何か。私という人間は何か。
    単純でありながら、実は日々ちゃんと目を向けていなかったりする。
    目の前の依代に全てを委ねて、そのことだけで生きていたりする。

    だからいざ依代が目の前から急に消えてしまった時…この作品では、2年付き合った婚約相手に婚約破棄されるわけだけど…

    すっぽり空いた穴という穴。
    自分という人間の存在。
    連なっていく時間。過去、現在、そして未来。この先に何を自分は見出していくのか。そもそも今現在の自分の価値は何なのか。

    がんばんない叔母・ロッカさんに勧められドリフターズ・リスト(藁をもつかむ思いで手を伸ばした漂流者を辛うじて浮き上がらせるためのやりたいことリスト)を作り始めて、『私』はどんどん自分に問いかけ始める。
    そして、理想の自分を思い描き始めるも、盛り上がって突拍子もないこうでありたい自分を思い浮かべては、実際の自分の足元に立ち戻り、それはなんか違う、そんなこときっと私はしないだろうし、事実やれてない、と自分を卑下する。なんて自分は空っぽで何もない人間なのだろう、と。
    でも、そうやってリストを書いては消し、を繰り返すうちに自分自身の物差しの大きさが分かり始め、自分の歩幅で、一歩ずつ進めればいいじゃない、と自分に無理をさせないで、大切にする方法を知っていく。


    このお話は、タイトルからも分かるとおり、食べることがちょっとしたテーマともなっている。当たり前にしている、毎日の食べること。それがいかに偉く尊いものであるか。食べるという行動だけでなく、食べるために日々、料理をしていること、些細な当たり前の大切さに感謝しなくてはいけない。そして、食べるための行いは、どんなかたちであっても、自分自身を構築するものである、ということ。これは栄養学的な観点からではなく、日々のルーティンワークの中での、自分の一部であるということ。

    太陽のパスタは、眩しくハツラツとして、私を光が指す方へと導いてくれるし、豆のスープはやさしく包み込んで、私の知らなかった世界を見せてくれる。

    私は幸せで、おなかがいっぱい。言うことなし!

  • きれいな作品。
    きれいに終わりすぎた作品。
    でもこれはこれでいいと思う。
    息のつまらないゆるゆるした気持ちで
    読み終えることができたから。



    リスト魔の私は今日もせっせと項目を増やしていく。
    仕事だって遊びだってくりかえす毎日だって
    終わらないと次が始まらない。
    そのために私はリストに明日(または遠い未来)への
    夢と希望と現実をだらだらと書き連ねていくのです。笑

  • 今まで読んだ宮下さんの本はは好きだったんだけど、これは最後まで読めませんでした。
    ロッカさんの遠慮のなさもフィアンセのせいにしている主人公だめでした。。。

    ストーリーもだらだら同じことが書いてあるように感じて、進まないし本の表紙の絵も怖いです。。。

  • *私が選ぶもので私はつくられる。好んで選んだものも、ちょっと無理をして選んだものも、選ぼうとしなくても無意識のうちに選び取っていたものも。それらは私の一部になる。私の身体の、私の心の、私の人生の。

    ただなんとなく生きていたあすわちゃんが、婚約者に突然婚約破棄をされ、そこから自分を見つめ直して行く話。
    前向きになれる話だった。

    豆のスープが美味しそう。乾燥豆を買って、一晩水に漬けて、コトコト煮たくなった。

  • 美味しいスープが飲みたくなります。
    美しいってなんだろう、やりたいことって本当はなんだろね、そんなことをじんわり考えさせられる作品。

  • 今さらだけど…この作家さんは合わないかも。私は小説には夢とか楽しさを求めたいからこのテのは読むと疲れる…ような気がする。現実的でいいんだけど。

  • 婚約破棄された女の子が立ち直っていく話。
    失恋後の寂しい空気も良いし、優しくて適当な所もある周りの人も良いし、毎日ご飯を作って、仕事をして立ち直っていく様子が良い。「毎日」ご飯を作るには食べてくれる人が大事っていうのも、皆が制作の仕事をしなくても良いっていうのも良い。

    ただ一つだけ、私だったら「良い人だよ」とは本当にそう思ってる時しか言わないです。取り柄が無い人の時は「良い人だよ」とは言いません。

  • きっと時期的に、ぴったりだったんだと思う。

    「合わないことなんかはじめからわかっていたはずだ。合わない二人がなんとかうまくやっていくのが創意工夫の見せどころなんじゃないのか。」

    「ぜったい、きれいになってやる。」

    「私は決して強くないのだから、あちこちに打ち込んでおいた楔をつかんで離さず、一日一日を乗り越えていくしかなかったのだと思う。」

    「このままじゃ、私は見上げていることしかできない。見上げる首が疲れて、見続けることもできないかもしれない。」

    「でも、ごめん、罰なら今度にして。今は私、忙しいから。」

    「がんばると書いたからがんばるのではなく、がんばるからがんばると書くのか。」

    「私の選ぶもので私はつくられる。好んで選んだものも、ちょっと無理をして選んだものも、選ぼうとしなくても無意識のうちに選びとっていたものも。…それらは私の一部になる。私の身体の、私の心の、私の人生の。」
    「それだけじゃない。選ばなくてもあるもの、選びたくても選べないもの。私は私なのだ。…いろいろなことが起きたり、起きなかったり。」

  • 結婚式と新居の予約までした婚約者に振られた主人公。
    30代独身の不思議ちゃんな叔母さんに、
    「やりたいことリスト」を作れと言われ、
    それを実行するなかで、人生の意義を問い直してまた歩き出すまでのお話。

    ありがちなテーマながら、優しくて、何より前向きすぎないのがいい。
    失った恋にうじうじしてしまう描写がおしまいのほうに出てくるのも切なさが増す。

    脇役が意外に出張らなくて物足りなかったのと、主人公の独白が少しくどいのがもったいないなと思ったけれど。

    食べ物や料理の場面が多くてあたたかな気分になる。
    ほのかなハッピーエンドを予感させる終わり方も好き。
    お豆を食べたい。煮込む。

  • 婚約者から一方的に結婚解消を告げられた妙齢の女性が、家族や友人とのつながりをよりどころに再生していく姿を描く。「ドリフターズ・リスト」が全編で登場するが、それが再生のキイになっているわけではないところに好感が持てる。淡々としたストーリーはいいが、個人的には登場人物のだれも魅力的に見えず、読んでいて楽しくはなかった。

  • 再生の物語。

    あすわの状況が、(婚約破棄されたワケではないが)まるで今の自分と重なっちゃって
    読書中の感情移入が半端なく、休み休みでないと読めない(苦笑

    自分と、ひいては現実と向き合うということは、こんなにしんどいんだよね。
    まだ自分には前向きになる時間が必要だということか。
    自分らしいとは、どういうことか。私も今はまだ見えていない。

    それでもあすわのように、いつかまた前を向いて歩けるようになればいい。

    自分が前を向くための、教科書になりそうでもあるな。
    文庫版が出たら、買い求めるかもしれない。

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