桐島、部活やめるってよ

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著者 : 朝井リョウ
  • 集英社 (2010年2月5日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087713350

桐島、部活やめるってよの感想・レビュー・書評

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  • 朝井リョウさん、直木賞おめでとうございます!
    わずか数年前は、雨の中、水を吸い尽くしたバスローブ姿で仲間と公道を行進し
    青函トンネルを一般車両もすいすい通れると思っていたあなたが直木賞を受賞するなんて
    おかあさんは。。。おかあさんじゃないけど、親戚でもないけど、うれしい♪

    というわけで、予約したはいいものの、なかなか届かない『何者』は後回しで
    お弁当の中の甘い卵焼き(大好物)を最後まで残しておくかのように
    読まずに取っておいた、『桐島、部活やめるってよ』を読んでみました。

    う~ん、みずみずしい!
    制服の中を吹き抜ける風、自分の不甲斐なさに気づかない振りをする痛さ、
    片想いの相手が不意に近づいてきた時に、全身の細胞が一気に目覚める感じ。。。
    高校時代を振り返ろうとすると(かなり)遠い目をしなくてはならない私でも
    当時の皮膚感覚や切なさ、苦さを思い出してしまうほどの臨場感。

    デビュー作だけあって、後に書かれた『少女は卒業しない』などの
    煌めくように美しい比喩に比べると、表現がかなり素直というか、直接的だけれど
    そこもまた、若さが迸るようで、微笑ましくて。

    校内ヒエラルキーの頂点にいたらしい桐島くんが男子バレー部をやめたことで
    部内のバランスが狂って大きく影響を受けた子、噂話をするくらいの距離感の子、
    トップが崩れようがどうしようがほとんど影響を受けない「底辺」と言われる子。
    チャットモンチーやaikoの歌詞、映画『ジョゼと虎と魚たち』の台詞と
    登場人物のその場その場の気持ちを絶妙にリンクさせて描くセンスが素敵♪

    こういうテーマを選ぶと、「底辺」にいる子たちの苦しみを描くことに終始しがちだけれど
    容姿にも恵まれ、たいして苦労もせず何事もそつなくこなしてしまう「上」の子の目に
    全身全霊で打ち込める、大好きなものを持っている「底辺」の子を
    「まぶしいひかり」として映し出すところに、朝井さんのやさしい視線を感じます。

    それぞれの場所に必死に喰らいついてもがく5人の高校生の
    けなげでいとおしい毎日の向こうに、爽やかな笑顔でトップに君臨していたはずの
    桐島くんの苦しさや、地道な努力もちらちらと垣間見えるのが心憎い、
    まさに「取っておいてよかった卵焼き♪」のような作品でした。

  • 「桐島、部活やめるってよ」という本のタイトルを知ったとき、そのセンスの素晴らしさに驚いた。
    だから、逆に反発心が起きた。
    なんでこんなセンスのいいタイトルをつけられるんだ!! という単なる妬みである。
    へっ、カッコ良すぎる! こやつ若いのに生意気な! と思ったわけですな。
    いい年こいて、ジジイの僻みだ。情けない。
    それゆえ、この本を敢えて読みたくなかった。
    おかげで読むのにこんなに時が経ってしまった。無駄な時間の浪費。
    変なところで対抗心など持つべきではないですな。いいオトナなんだから(笑)。

    さて朝井リョウ君の鮮烈なるデビュー作。新鮮である。そして強烈である。
    現在の高校生のリアルな心情、葛藤。
    スポーツ系男子はイカシている、文科系男子はくすんでいる、という高校生独特の不思議なヒエラルキー。
    その男子を取り巻く、意識過剰なオトナ感覚の女子たち。
    高校生たちの声に出さない気持、言葉にならない思い。
    忸怩たる思いを抱きながら、みんないろんなことを考えている、悩んでいる。
    優越感と疎外感を複雑に交差させながら、彼らの関係性をあぶりだしていく。
    焼け付くような痛みをも伴って読者の側に伝わってくる。
    ヒリヒリしている、でもキラキラしている彼らの日常。
    現代高校生の日常の爽やかさと、苦さと、痛さと、混沌をすべて閉じ込めたような作品。
    まさに、朝井リョウの真骨頂だ。
    その心理描写や情景描写が、しなやかな比喩や言葉を用いて表現されている。されまくっている。

    例えば──。
    P58:私はどきどきしている。昨日、グラウンドに置きっぱなしだった心が、一瞬で私の小さな胸に戻ってきて、ばくばくと激しく脈を打ちながら体温を上げていく。
    P59:ピンクが似合う女の子って、きっと勝っている。すでに、何かに。
    P63:私の中の神様は、きっともう小さく萎んでしまっている。
    P93:今まで起きたうれしかったことや楽しかったことを大声で叫んだとして、その全部を吸い込んでくれそうな空。この空の分だけ大地がある。世界はこんなに広いのに、僕らはこんなに狭い場所で何に怯えているのだろう。
    P113:空は全体的に光の線が編み込まれた橙色をしていて、雲は白だったり薄いオレンジだったり真っ赤だったり、部分部分で色を変えている。この街に生きるすべての人の、今日一日に起きた楽しかったこと、辛かったこと、幸せだったこと、悲しかったこと、何もかも全部を吸い込んだらきっとこういう色になるんだろう、と僕は思った。

    輝くような言葉を駆使し、混沌と葛藤を繰り返しながら物語は核心に迫っていく。

    目の前のことに正直に悩んだ奴は、苦しんだ分だけ、もうその悩みに距離を置くことなく、真っ直ぐに立ち向かっていける。
    だから──桐島、部活やめるなんて言うなよ──
    と、最後に思うのだ。

    私もこうだったろうか、と遥か昔の高校生活に思いを馳せる。
    どんなに記憶を掘り起こしても、これほど毎日がドキドキ感の連続だった覚えがない。
    やはり違うんだな。同じ教室に、同じ学校に、女の子がいるのといないのでは。
    これを読んで、高校が男子校だったというのは、いまさらながら悲劇だったなと思った。
    女生徒の姿も見えない高校生活を送ったせいで、人としてこの時期に必要な考え方や危うい心情を経験せずに通り過ぎてしまった気がする。
    ある意味、それは大切な落し物をしてきた、そしてそれは時が経ってからは決して探し出せない何かではないかと、そんな気がしてしまうのだ。
    どうしたって時計の針を巻き戻すことはできない、という悲しい事実に直面するのみだ。
    ナイモノネダリか……。

    彼の作品を読むのはこれが三作目で順番が逆になったが、高校生の痛みも爽やかさも合わせ持ったこの素晴らしい作品がデビュー作というのは綿矢りさ「インストール」以来の衝撃感だ。
    映画もかなり評判が高いようなので、DVDで早速見てみたい。

  • 川沿いの大手予備校の向かい側に、打ち立ての讃岐うどんを食べさせる店がある。
    久しぶりの一人の日曜日、昼食はそこでとろうと自転車を走らせた。
    一時を少し回った頃だったが、十人掛けの長テーブル三列はそこそこ埋まるくらいの繁盛ぶりだった。
    かき揚げのトッピングを選び会計を済ませ、向かい合わせに座る男子高校生二人組のそば、椅子を一つはさんで隣に席を取った。
    さあ食べようとしたその時、女子高校生がひとり僕の隣に座る。
    満席というわけではない店内で、この年頃の女の子が男性客に囲まれるように席を取るのは珍しい。その子がセルフサービスの水を汲みに席を立ったとき、男子二人組の片方が
    「もっといい席があろうに」
    そうつぶやくのが聞こえた。
    向こう側のテーブルでは四人組の女子がたのしそうにおしゃべりしていて、その側にはグループ客が帰ったばかりか、ぽっかりとスペースが空いている。AKBの練習生くらいには華があるその四人組がちらちらとこちらを気にしている。
    僕の隣の、おとなしめのちょっと垢抜けない女の子は、テーブルのかたわらの携帯電話から片時も目を離さない。それが自分を守る護符かなにかのようにじっとみつめて、ただただうどんを啜っている。
    なんだか居たたまれない気持ちになった。

    高校時代、学園ヒエラルキーの中ではクラスの「一軍」に憧れながらも、たまに代打要員としてベンチ入りする程度のポジションだった僕は、特にトラブルもなくそれなりに楽しく学生生活を過ごせた方だと思う。しかし振り返ってみれば、そこには自分がまるでバラエティー番組のひな壇にいるかのような狂騒と軽い緊張感があったことも確かだ。

    この物語に『桐島』は登場しない。
    男子バレー部のキャプテンで、スタープレイヤーの桐島の栄光と挫折を描いた一冊の本がきっとどこかに存在して、この物語はそのスピンオフだ。
    でもいまの高校生達にとって、いやかつて高校生であった人達にとって、この「外伝」の方が圧倒的にリアルだ。

    「外伝」の主人公達の「物語」は、まだ始まってすらもいない。
    それぞれのラストに物語の萌芽が見えるだけだ。
    それがいい。その萌芽に胸が熱くなる。

  • 朝井リョウさん、直木賞おめでとうございますヽ(^o^)丿

    「学生時代にやらなくていい20のこと」を先に読んでいたので、
    受賞した時には「うそー!」と失礼ながら、言ってしまいました。

    だって、数年前には自分の学部とは違う学部を受けていて、それを試験の日まで気付かなかった人が!!


    そして早速、「何者」を読もうとしたけれどもちろん、予約でいっぱい。
    変わりにと言っては何だが、この本を選択。

    この選択は間違っていませんでした。

    高校生独特の「序列」
    頭のいいやつではなく、スポーツ・勉強ができない奴らがつける格付け。

    うんうん、と、学生ならではの感覚がリアリティで共感できる部分が沢山ありよかったですヽ(^o^)丿

    映画化もされて、人気出て、何となく内容は知っていたものの、やはり題名の「桐島」が出てこなかったのが驚き。。


    また、何年後かに読んでみると、違う視点で読めるのかもしれないなあ。。

  •  この作品は、朝井さんが20歳のときの発表した作品だというから驚きだ。20歳でこのボキャブラリーの多さには、舌を巻いてしまう。
     しかも、タイトルにばーんと出ている「桐島」くんが一度も登場しないままに物語が展開していくのも、斬新だった。アレっ、桐島、出てこんの!?みたいな。

     高校という、狭く小さな世界に生きる高校生たち。誰に教わったわけでもないのに、その世界にはいった瞬間から、彼らは「上」と「下」にランク付けされる。「上」の彼らは、制服をかっこよく着ていいし、髪の毛だって凝っていいし、大きな声で話していいし、行事でも騒いでいい。
     女子も男子も、「上」は上同士、「下」は下同士、固まって生きる。この決まりから逃れられる高校生は、いない。

     けれど、「上」にいるからといって、彼らが満たされているわけではない。「上」に所属する菊池宏樹は、自分のしたいことが分からずもがく。何をやってもそこそこできるがゆえに、本気でやって失敗することを恐れる。そして、やりたいことを本気で取り組んでいる「下」の前田涼也に光を見出す。

     この世界で、日本で、本当に思っていることを思ったように口にしている人なんて、きっと、いない。大人も子供も、きっと、いない。
     桐島は、きっと、いつか、バレー部に戻ってくるんだろう。そしてまた部活に精を出す。
     きっと大丈夫。思ったことは口に出せなくても、彼らは受けた傷をすぐに治す力を持っているのだから。
     
     だから、これからも手探りでいいから進んでいけばいい。そうして、大人になっていけばいい。

  • 朝井さんのデビュー作。
    朝井さんの作品を初めて読んだのは「星やどりの声」
    表現の瑞々しさと、全体の透明感に感動し、朝井さんの作品を追っかけた。
    この作品は、やっぱりデビュー作だなぁと思えるような初々しさを感じた。
    でも、わずか数年でこんなにも変わるの??と逆に驚いた。

    「桐島」がでてこないまま、話が進む。
    意外だった。最後には出てくるのかな・・と思った。
    高校生のリアルな現実が描かれていて、時代は変わっても悩んでることとか、そんなに変わらないんだな・・と実感した。

  • バレー部のキャプテン・桐島の突然の退部が、5人の高校生達に波紋を起こしていく。部活という共通点から浮かび上がる17歳の青春群像小説。

    著者は早稲田大学在籍中の2009年にこの作品でデビューしており、私の年齢に比較的近い。年が離れた作家が書いた青春小説は、年代のギャップを感じながらも仕方ないと思って読み進めるものである。しかしこの物語では違和感なく、すっと物語の世界に溶け込める。部活に打ち込む熱心さ、友人との微妙な距離、将来への期待と不安、どれもが高校時代のそれで、まるで私自身の学生時代に戻ったかのように近しく感じることができた。

    5人の高校生がそれぞれの視点から自身の高校生活を語っていくのだが、題名にもなっている“桐島”は語り手とならない。噂話といった登場人物たちの会話には登場するのだが、直接姿を現す描写は一切ない。桐島はバレー部のキャプテンでありエースで、賑やかな友達も彼女もいて、学生生活を満喫している生徒のようであるが、そのような華やかな生徒が学生生活の中心人物、主役であるのではなく、すべての学生が各々の学生生活の主役であるということを示しているように思った。

    5人の高校生はそれぞれタイプが異なるが、特に前田涼也と菊池宏樹はまったく正反対である。映画部の前田涼也はクラスでも目立たないおとなしいタイプである。教室内の“階層”に敏感で常に劣等感を感じている。しかし大好きな映画のことになると活き活きとして、専ら映画部の仲間と映画を撮ることに熱中している。菊池宏樹は学生服を自己流に着崩し、クラスでも賑やかな仲間とつるむタイプ。一応野球部ではあるが練習には全く顔を出さない。日々楽しければそれでいい、というような人物である。涼也が劣等感を抱いている対象はまさに宏樹のような人間である。涼也は、自分は“階層が下”の人間であり目立たないようにしなければならない、とクラスの中のポジションを過剰に気にしている節がある。一方宏樹は毎日派手に楽しく過ごしているように見えるが、本人は打ち込めるものがない虚無感を感じている。そんな宏樹が映画の撮影をしていた涼也を偶然見かけた時、宏樹は涼也にひかりを感じる。夢中になれるものを持っている人間だけが放つことができるひかりを。涼也にとって宏樹は“上”の人間であるが、宏樹にとっては涼也が、自分にないものを持つまぶしい存在だったのだ。人の価値はひとつの側面だけでははかることができないのだ、と感じた。同時に、もしかすると自分が知らない自分の価値を他人が知っていることもあるのかもしれない、と思った。

  • よかった。すごくよかった。
    映画より小説のほうが何倍もいい。
    高校生だった頃を思い出して落ち込んだ。
    この小説をよくわからなかったと言っている人は、クラスカーストで苦しんだことのない人なんだろうな。

    一番地味扱いの前田くんが、一番キラキラしてたのが印象的だった。

  •  図書館より。
     同じ高校を舞台に、5人それぞれの視点から学校生活を切り取った連作小説。

     前半は普通の青春小説だな、と思ってしまったのですが「前田涼也」の章でその考えが一変しました。

     よく本や歌で「ここに書かれているのは自分のことだと思った」という感想が聞かれます。自分自身はそこまでつよくそういう感情を持ったことはないのですが、前田涼也はそれに近いものを感じました。

     彼の章で描かれるのは、文化部と運動部やいわゆるスクールカースト間の越えられない壁です。みんななんとなく自分のやってはいけないことを理解している、という記述には大いにうなずいてしまいました。そして体育のサッカーの描写もすごかったです。切なくて、残酷で、自分にも身に覚えがあってある意味泣けてきました(苦笑)。

     大学生になってから、自分の趣味を肯定的にとらえる機会が多くなったような気がしますが、なぜか小・中・高校時代は本好きということは一つ下に見られているような気がして恥ずかしかった覚えがあります。あの劣等感はどこからやってきたのか本当に不思議でなりません。自分が運動得意だったらまた違ったのでしょうけど。

     前田涼也に話を戻すと、決してクラスで目立つわけでもない彼がそれでもうらやましいと感じました。彼には映画という光があるからです。自分自身は彼と同じ時代にそこまで打ち込んでるものがなかったので、そういう光を持っている彼がとてもうらやましく思いました。終わりかたもいい感じ。彼の最後の決断が実行されたのかどうなのか、想像してしまいます。

     前田涼也以降の二人の章も、高校生のモヤモヤを非常に巧く表現してくれていたと思います。「宮部実果」の章は彼女の家庭事情が特殊でこの本の中で少し浮くんじゃないか、と読み始めは思ったのですが、その設定を学校生活にしっかりと落とし込みつつ、しっかりと家族の物語にも一つの区切りをつけてくれているあたりが良いなあ、と思いました。

     「菊池弘樹」では何をしたらいいのか、もしくは何かしていても「本当にこれでいいのか」と思ってしまうそんなだれでも一度は感じたことのある焦燥感がとても伝わってきました。これも自分に近いものを感じてしまいました。

     こういう学生時代の感情って世代によって違うものなのでしょうか? ぜひいろんな世代の人に手にとってもらって自分の学生時代と比べてほしい、そう思いました。

     第22回小説すばる新人賞

  • 有名な話だけど、桐島は出てこない。
    もっと言ってしまえば、桐島は部活を辞めるらしいけど、それも物語の本筋ではない。

    章立ては6章
    菊池宏樹
    小泉風太
    沢島亜矢
    前田涼也
    宮部実果
    菊池宏樹

    桐島に見えて、あるいは映画の影響で前田に見えて、菊池がメインなんだろうなぁ、一応。

    同じ高校に通う高校生が、関わり合い、あるいは関わらないままで、それぞれが主人公で進んで行く物語。

    届かない思いとか、形のないもやもやとか、押しつぶされそうな羞恥心とか、焦りとか、リアル。
    様々なカラーの登場人物が代わる代わる登場して、多彩だし、視点が変わるとはっとすることもある。

    個人的には前田の回が好き。
    中学まではうまくやれてたのに、とか、いつの間にか「ダサい」側に馴染んで、ぐっと黙ってしまう自分、とか。
    でも大好きなことをしているとき、世界はぐっと輝きを増して。
    かすみにも、伝えられるような気がする。そんな気持ちにさせてくれるものをちゃんと持ってる。
    私の高校生時代は、どちらかと言えば前田タイプだったなー。

    実果の話が唐突で、全体の中でがっつり浮いてる感じがする。
    話としては好きだけど。

    そして、恐らくメインの菊池。
    「上」のグループにいながら、なんかいまひとつ納得できなくて。
    いつも一緒にいる友人の軽薄な言葉にカチンときたり、彼女の価値観にちょっと引いたり、でも結局、自分もそうなんだって、わかってしまってる。
    これが、高校生の間だけなんだとも、知ってしまってる。
    ちょっと早熟で、感じやすくて、考えすぎちゃう男子校生。
    うん、こういう子いるよなぁ。
    斜に構えたイケメンだけかと思いきや、「青春小説」といえばまさにコレ!という王道を一手に引き受けてくれる子。傷つきやすく自分を持て余してる感じ。
    たぶん、作者自身の姿を投影してるんだろうなぁ、なんて深読みしつつ。

    最後まで読んでみると、桐島が出てこないことも、全く違和感がない。
    結局高校生の頃って、友達が部活辞めるとか辞めないとかって、その程度の話題な気がする。
    その子がどんなに真剣に取り組んでたとしても、「辞めるんだってさ」「まじかー」みたいな。
    話題への返答として驚いてみせるけど、だからといって自分の生活に大きく何か影響するわけでもない。
    だから別に、「桐島」に顔があろうとなかろうと関係ない。
    作中に名前が出てる子たちもたまたま出てるだけで、本質的には特に変わらない。「自分」と、「今目の前にいる相手」と、「その他大勢」の世界。

    ラストが、よくある希望を胸に前へ進もう!って感じじゃなくて、あくまで等身大な感じで終わるのがいい。

    若い作者にしか書けない、リアルな作品だったと思います。
    だからか、創作小説というよりは、自伝とかブログを読んでいるような気分で読めました。
    読み物としてめっちゃ面白いかと言われると首を捻らざるを得ないけど、だからこそその分、斬新な作品だと思う。
    高校生の頃の気持ちを思い出したいときとか、さっくり活字を読みたいときとか、いつもとちょっと違う毛色の作品を読んでみたいときにオススメです。

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朝井リョウの作品

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桐島、部活やめるってよの作品紹介

バレー部の頼れるキャプテン「桐島」が突然部活をやめた。
それがきっかけで、田舎の県立高校に通う5人の生活に小さな波紋が広がっていく。
物語をなぞるうち、いつしか「あの頃」の自分が踏み出した一歩に思い当たる…。
小説すばる新人賞を受賞した朝井リョウが描く、世代を越えて胸に迫る、青春オムニバス小説。
2012年夏、神木隆之介 主演、吉田大八 監督により映画化された。

桐島、部活やめるってよの文庫

桐島、部活やめるってよのKindle版

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