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この作品からのみんなの引用
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僕らは、破裂した。もう炸裂したかのように笑った。顎が外れるほどに笑った。転げ回り、のたうち回って笑った。だってあんなもの。そんなに喰えないよわははははははははは。って、通学途中にどうして大福をほほほほほほほほほほほ。(81p)
― 81ページ -
いや、でも。
オモシロいものはオモシロい。
それは捨てられないって。
― 246ページ -
理想を持たん奴は愚かだとは思う。でも。理想の形にならんからといって現実を全否定しちゃうような奴は、やっぱり愚かの仲間なのだ。理想は、スタートではなく、ゴールなのである。近づけば近づいただけ喜べばいいし、離れたら離れた分がっかりすればいいのだ。がっかりして、またのろのろ近づけばいいだけのことなのである。
― 163ページ
みんなの感想・レビュー・書評
全力で大真面目にふざける京極さんも好きです。
感触としては、「ぼくだけが知っている」(吉野朔美)を読んだ時と同じような愉しさ。
京極夏彦「虚言少年」まったく何てことはないネタでこれだけの小説がかけるのは何とも凄い。筆者はネタに困ることはないのだろうと感心する。筆者とほぼ同世代なので、同時代性を感じた。
オヤジみたいな喋りのおバカな小学生のとってもくだらないお話。何も考えず読めて面白かった。最後の屁の話は破壊力抜群!
笑いが好きな昭和の小学生3人の話。
小学生のくせにこの蘊蓄と煙に巻く技術は、こりゃ京極さんの分身の術に違いあるない…。
最後は屁。そういえば水木御大も屁の話お好きでしたよね。。
小学生男子のお馬鹿さがなんとも愉しいです。
たぶん、オジいサンと対なんでしょうかね…田中電機。
ギャグ小説。でぶとか南極とか読んで、なんだか私には京極さんのギャグって合わなさそうだなぁって思っていたのだけれど、これはオモシロかった。こんな小学生、いたらイヤだなぁと思いつつ、にやにやしながら読んでしまった。とってもくだらない話なんだけど、面白い。
オジいサンの小学生版というか、ヤマなしオチありイミなしというか。
好き嫌いは別れるかもしれませんが、私は京極先生のギャグセンスが大好きです。
一番ツボにハマったのはラスト。馬鹿馬鹿しいwと笑うのが一番ですね。京野がなんというか、京極先生?京極?の子供時代に近いんじゃないかと思うのは自分だけじゃないはず。
一話目はいつもの京極節で長かったけれど、二話目からはスラスラ。少年達の内輪ウケ的話がこんなに面白く読めるとは思いませんでした。始めクスクス、最終的には爆笑。
おっさんかこの小学生!と、まるでフレッシュ感のない少年が
主人公なのですが、とにかく理屈っぽい。
馬鹿な事が大好きで、それについてを馬鹿仲間とやらかして語り合い、
密かに楽しむ。
それだけなら、ああ…小学生の頃ってそういうの好きだったよね。
と懐かしみつつ納得出来てしまうのですが、いかんせん、理屈っぽい。
語彙が少ないなどと文中にありましたが、とんでもない。
今日日、大人ですら使わないような言葉を巧に使いこなし、
大層な馬鹿話をごく真面目に語るのです。理屈っぽく。
子供が大人ぶって無理やり理屈っぽく喋っているというよりは、
大人が子供に混じって真面目(?)に小学生をやっている。そんな感じ。
学校に通い、友達と遊び、馬鹿な話をして馬鹿やって。
子供の日常を大人の口調で理屈っぽく語る。
そんな口調で喋る小学生おるか!!と。
そこのギャップが面白い訳ですが。
鋭いタイトルと装丁から、京極先生らしい前衛的先鋭的実験的な作品なんだろうなと、少なからず構えて表紙をめくりました。 どのくらい構えてたかっつーと、カテゴリ「SF」に入れちゃってたくらい。 『ル=ガルー』的な小説だろーと勝手に予測してたんだな。 が、実際読んでみると。 僕らは、破裂した。もう炸裂したかのように笑った。顎が外れるほどに笑った。転げ回り、のたうち回って笑った。だってあんなもの... 続きを読む »
青春とは単に、愚かで無知で恥知らずな時期を指しているに違いないのだ。
青春とは馬鹿な時代なのだ。そして、馬鹿は治らないのだ。
冒頭から10頁以上かけて、そんなことを語られ、妙に納得させられてから始まるこの物語。なんてことない小学生のなんてことない日常を書いた「オジいさん」的な小説。
いやぁ、くだらなかったー。小説を読んで声をあげて笑っちゃうなんて初めてです。
ケンゴ、ホマレ、京野という何をおいてもオモシロさを大事にする3人組。その計算されたものではない笑いがたまりませんでした。ちょっと懐しかったりもする(笑)
しばらくは、耳元でボソッと、藤山寛美、だとか、三万メートル、だとか、ヤジマタネ、なんて言われたら笑っちゃうでしょう。きっと。
こんな小学生いたらほんとやだよねっていう内容。
まさにないようはないようなんじゃないかと・・・おやじギャグを飛ばしたくなるわけですが・・・
馬鹿を笑う馬鹿っていう、正直この設定は某掲示板で割と見る主張なのですが、同じことを”自称”小学生にやられると違和感半端なかったww
でもそういうちぐはぐを含めて楽しむという計算なんだろうなあという感じがします。
くどくどしたお話が京極らしいだけど、題材が題材なので、気負わずに読める話です。後味とかいう問題ではありません。だってくだらないばかな日常を笑うもんなんだから。
小学生 内本健吾・矢島誉・京野の三人の何てことはない話
小学生らしくない会話で小学生らしい行動をする
主人公は内本健吾だが、京野の小憎たらしい(チビ京極堂的)様子が幅を利かせている
小学生の笑いのツボについてよく考察されている
馬鹿馬鹿しい!
小学生は本当に馬鹿に全力の時の団結ぷりと、すごい早さで捨てていったりが笑えて笑えて。
良い娯楽小説でした。
ああ。読んじゃった。そんな感じ
うーん、京極さん風3バカトリオ?
でも、なんか言ってることは妙に説得力が
ああ、まあ、面白かったです。
つい、笑っちゃったし。
くだくだ、くだまきまくっている所が、まさに京極。
意味はないけど、オチはある。
そして、くつくつ笑いが止まらない。
ゆるーく、馬鹿三昧。
いっそ、あの冗長っぷりが愛しいぞ(笑)
面倒くさい子供たちだな、と思いながら読んでいて、終盤のひょっこりさんで急にツボにはまった。あはははは。
不謹慎な馬鹿馬鹿しさってどツボに入るよねって話。
おもしろいかおもしろくないかって確かに大切な価値基準なんだよな。
時にそれは善悪を凌ぐほどに。
そしてそうやって生きていけたらいいな〜とか思っちゃったりしちゃったり。

これも何も考えず楽しく読めた。
こんな小学生いないよ!ってずっと突っ込んでたけど。
出てくる話題はすべてリアルタイムではないんですが、ネタがわからなくとも斜めからの観察眼、無駄な裏読み、全て爆笑で...





