壺中の回廊

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著者 : 松井今朝子
  • 集英社 (2013年6月26日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (360ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087715125

壺中の回廊の感想・レビュー・書評

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  • 一気読み!!
    素晴らしかった。
    登場人物も、ストーリー展開、
    謎解き、そして、
    生き方、人としてのあり方、ものの見方、
    それが見事に芝居という芸術に絡められていて。

    読後、深い溜め息。
    満足感たっぷり!

  • 昭和初頭、時代の不穏な空気の中、歌舞伎の大劇場に脅迫状が届き、人気役者が不審な死を遂げる。歌舞伎界を舞台とし、時代の風俗も織り込んだミステリ。

    昭和5年、亀鶴興業が運営する木挽座に「掌中の珠を砕く」と脅迫状が届いた。
    狂言作家であり大学講師でもある桜木は、木挽座の役者たちとも親しい。歌舞伎界は特殊な世界だ。外部のものには伺えないその壺中の入り組んだ回廊も知る立場にある桜木は、知り合いの警部に頼まれ、素人探偵の真似事をする羽目に陥る。

    きれいごとばかりではない芸の世界をしたたかに生き抜いてきた一癖も二癖もある老獪な大看板たち。階級の違いに憤りを感じ、歌舞伎界にも改革が必要だと訴える若手役者。安月給で、おそらく一生、日の目を見ることがない、「その他大勢」の下っ端役者たち。
    歌舞伎界のねっとりとした因習に、労働争議でざわめく時代の空気が混ざり込む。
    そんな中、「忠臣蔵」の上演中に、事件が起こる。現場は舞台の裏。わずかの隙を突き、大勢の目をかいくぐって犯行を成功させた犯人とは何者か。

    え、おもしろい。おもしろくないはずがない。
    のだが。
    正直なところ、個人的には、残念ながら開演の期待が終幕までは保たない物語だったといわざるをえない。

    読み終わって考えてみると、プロットはよくできている。
    特高やデモの光景も時代の空気をよく掬い取っているし、桜木の姪が小劇場で役を得る劇も非常に象徴的な内容だ。
    何よりも役者1人1人にもモデルがいるという、木挽座の描写が秀逸である。
    時代背景をきっちりと調べ込んでいるのだろうというのもとても感じる。
    だが、読者に「後で考えたら、プロットはよくできている」と言わせるというのは、娯楽小説としてはどうなのよ?というところなのである。

    ミステリとして今ひとつ乗れなかった。その理由はおそらく2つ。
    1つは、視点が主に探偵役の桜木のものであり、犯人の心情や事情に多分に桜木の推測が混じっていること。それが説明的に示されても、「ふぅん、そうかもしれないけどね・・・?」「え? それ、桜木先生だけ知っていて、ずるくない・・・?」と感じてしまう。
    もう1つは、著者が歌舞伎界について突出して詳しいこと。いや、それ自体はもちろん、素晴らしいことだ。楽屋裏や役者の心情、芸道の「修羅」が非常に説得力を持って書かれ、冒頭の吸引力は特筆に値する。だがしかし、そこに加わるミステリとしてのプロットが、今ひとつ「取って付けた」感がぬぐえない、のである。
    著者は歌舞伎の企画制作・脚色・演出にも携わった人である。長年、歌舞伎に慣れ親しんだ著者が熟知している歌舞伎の世界に比べて、いくら背景を調べ込んだとはいっても、物語の鍵を握る財閥のお屋敷や、捜査に当たる警察の場面は、どうしても見劣りがしてしまう。致命的なのは、歌舞伎界の外のとある重要人物の描かれ方が、歌舞伎役者の十分の一にも満たないと感じる点だ。そういう意味で、バランスが悪い、と思う。

    こうなると何も、ミステリでなくてもよいような気がしてくるのだ。変死事件や謎解きを織り込まなくても、歌舞伎という壺中には、怖ろしい反面、魅力も持つ、「魔」が巣くうている、のだろう。
    いっそ、著者のこの冴えた筆で、ノンフィクションでもフィクション仕立てでも、この時代の役者の一代記や歌舞伎座クロニクルを存分に描き出してほしい。
    読み終わっていささか消化不良な気分の中で、そんな思いも涌いている。


    *亀鶴興業に木挽座に。それこそ忠臣蔵の塩冶判官や大星由良助のような、「いや、それ、丸わかりですからっ」的ネーミングです(^^;)。

    *いろいろ文句をつけておいて何ですが。調べ物のすごさにもちょっと圧倒されました。小劇場で演じられる設定のイプセンの『幽霊』(『人形の家』の続編にあたる作品)がなかなかの問題作でびっくりしたり。ちょっとこれ、読んでみようかなぁ?
    いやぁ、ほんと、なかなかのプロットだと後で思うんですけどねぇ・・・。

    *松井今朝子さんはこれが5作目、かな・・・?『吉原手引草』『大江戸亀奉行日記』『仲蔵狂乱』『吉原十二月』ときて、本作。好き嫌いでいえば、『吉原手引草』が一番よかった。著者もカメ好きと聞いて読んでみた『大江戸・・・』がいまいちだったのが残念でした。意外に自分にとっては当たり外れがある著者さんなのかもしれません。

  • 昭和初期の木挽座(歌舞伎座がモデル)で起こった殺人事件を追うミステリー。
    ミステリーの部分はあまり真剣に読まなかったのでなんとも言えない(結局動機は何だっけ?とかは読み直さないと忘れちゃった)。それに、例えば「密室」みたいな目玉となる謎やらトリックがあるわけでもなく、探偵役が特別魅力的ということもなかったし、その方面で引き込まれる感じはあまりなかった。
    が、時代の雰囲気や、歌舞伎役者の様子の描写が面白くて、勉強になった。探偵役の主人公も、「江戸時代に鳴らした狂言作者の末裔で、今は脚本を書くことはないけど舞台監督的な仕事を代々していて劇界では一目置かれて『先生』扱い」という設定(河竹登志夫さんがモデルだとか)。それだけでも「へ~」って感じ。
    不景気で、政財界のお偉方は戦争したがっていて、貧富の差が広がっていて、思想の自由を認めない雰囲気が蔓延していて・・・という時代の閉塞感も、現代にも重なるようで、見過ごせない。

    以下、歌舞伎に関して印象に残ったこと。

    旧態依然とした封建的な制度が残る旧劇(=歌舞伎)界。幹部級の名家の大御所やその子息たちは、生まれながらにして良い役を与えられることが約束されている。脇役役者は一生脇役役者。・・・これって現代でも大まか同じような状況なんだろうな?
    これ読んでから、歌舞伎役者の「○○家」ってなんなんだろう、とか、馬の脚とか腰元Aとか町人Bとかの役者さんってどういう気持ちでやってるんだろう、暮らしはどうなんだろう、歌舞伎以外の仕事もするんだろうか、とか、そもそも歌舞伎興行を独占している松竹ってなんなんだろう、とか、いろいろ知りたくなった。
    また、やっぱり歌舞伎は「ブルジョアの愉しみ」だっていうことになっていて、それは他の作品を読んでいてもそうで(細雪とか)、実際にチケット高いいし割引制度もまあないし、少なくとも昭和以降は金持ちのための娯楽であると言える気がする。にも関わらず、歌舞伎役者とかがエッセイで口をそろえて言うのは、「歌舞伎は江戸時代の庶民のための娯楽で、ちっとも敷居は高くない」という文句。このかい離・矛盾・欺瞞(?!)はなんなんですかね。そのへんも突き詰めたいところ。

  • 実力も人気も一流の歌舞伎役者・神埼蘭五郎が毒殺される。
    故人と親しかった大学講師・桜木治郎は事件解決に乗り出す(と言うか、担ぎ出される)。
    物語は真実をなかなか探り出せない治郎目線で語られるため、私も最後の最後まで犯人や動機の想像がつかず、うーん、ちょっとつまらなかったなぁ。
    もうちょっとヒントがあれば面白く読めたのに。
    それはそうと(笑)、時代は、昭和の初め、太平洋戦争前の不景気な日本。
    資本家の有産階級と労働者の無産階級の不合理を声高に主張すると特高に逮捕され人生をめちゃくちゃにされる時代。
    「社会にも各自にも割り当てられる役どころがあるのかもしれない。役どころは生まれ育ちで定まるのは排せても、持って生まれた天分によって定まることは否定できない。社会にも時代に応じたいい役どころとそれに適した天分があって、つまりそこには階級、階級による対立が生じてしまう。人類は延々と続くこの虚しい回廊廻りから一向に抜け出せないようだ」という治郎のモノローグが印象的だった。
    んだんだ。

  • 昭和5年という時代を、歌舞伎・演劇を通して描かれているのが興味深かった。
    主人公の狂言作者の末裔で、大学講師の家の様子の部分は、『小さいおうち』を思い起こさせた。
    殺人事件が起き、犯人探しなのだが、推理小説としては特に感慨もわかなかったので、『歌舞伎』のカテゴリに入れた。
    梨園というのは限られた世界なので、こういうネタはつきないだろうと思う。
    なので、推理小説風で描くのではなく、ドキュメンタリーのほうが面白いと思う。なにせ、『事実は小説より奇なり』を地でいくような世界だと想像しているので。

  • 予想を上回る大満足の一冊!これほどの筆力と才能になぜ今日(こんにち)まで出会えなかったのか不思議…よくある五角形のレーダーチャートに例えるなら最大値の奇麗な五角形。文体・文学性・ミステリの要素と質・オリジナリティー・楽しみパーフェクト作品♪

  •  素晴らしく巧緻な組み立ての明治の芝居小説。
     

  • うーん。これなーちょっと。。
    松井さん、こういう芸道に絡む人間模様とてもうまく描く方という印象なんだけど、×ミステリーになっちゃうとなぁ。
    起こった事件もあまり、なぜ?どうやって?だれが?という喰いつきもできなかったし、すごくドラマティックなんだろうけど、身近じゃなさすぎて、遠い位置のまま読んだという印象。
    だからすごい時間かかっちゃった。真犯人の理屈もぜんぜん腑に落ちなくて、なんだろうー消化不良。
    登場人物も散らかってるしなぁ。澪子メインだったらもうちょっと喰いつけたかもしんないな。
    私には合わなかった、すんません。オススメはしない。

  • 昭和の初め、歌舞伎や演劇
    なじみのない環境・世界ですが
    作中に出る人の言葉で
    わかりやすく、読みやすい
    そして、驚く結末
    面白かったです

  • 他者に出会うことこそ人生
    時は昭和の初め。
    関東大震災を経て復興した東京。
    その木挽座で、名優と名高い蘭五郎が死亡しているのが発見される。
    先祖に狂言作者を持つ大学講師の桜木が素人探偵となって死の真相に迫る......。

    歌舞伎というと敷居が高く感じられ、私なぞは一度も見たことがない。
    何を言っているのかわからないし、一見さんお断り、といわれているようで.....。
    そんな不安を持って読んだがこれがよい意味で裏切られる。
    舞台は(文字通りの意味でも)歌舞伎であるが、そこにいる人々に焦点が当てられているので時代小説という古めかしさもないし、難しい言葉が延々と羅列されているわけでもない。
    著者の技量の賜物というべきであろう。
    男女の愛憎、資本主義に進みながら思想の弾圧が強くなっていった時代の背景、先進的な考えを持つ若者と保守的な高齢層。
    相対するものとして描かれながらいたずらにその対立を煽った文章でなく、葛藤する自らの心の中を中心としているので、誰に対しても感情移入しやすく胸の内を慮ることができる。

    誰が犯人かは最後まで読み解けず、ミステリとしての面白さも満点だ。
    沢之丞が最後に語る言葉は「親」としての心がよくでている。

    「若い頃の自分はいかにきれい事で生きてたかってのをねえ。
    人間がみんな平等だなんてのは嘘っぱちだって(中略)思い知らされるでしょうよ。
    けどまあ、若い者は皆あいつのようでなくちゃいけないよ。
    若いうちから自分さえよけりゃいいなんて考えるやつは、ろくな死に方をしやしないさ」

    また、苦い終わりかたの中での希望が示される。
    「いつの時代も、人間が短い一生のうちにできるのは、ただ他の人間に出会うことだけなのだ」

    イプセンの劇がとても象徴的であり、それが解決のヒントになっている。
    あのときああすればよかった、これがなければ、などと人間は思いがちだが、それを乗り越えて人はどう生きていくかが大切だ。
    いや、そんなことはわかっている、だからこそそうなれない自分に幻滅してしまうのだが。

    芝居、映画、そんな文化を通して見る人生。
    自分の役を全うして花道を飾りたいものだ。

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壺中の回廊の作品紹介

昭和五年。歌舞伎の大劇場・木挽座に「掌中の珠を砕く」と脅迫状が届き、人気役者が舞台中に殺される。江戸歌舞伎最後の大作者、桜木治助の末裔・治郎が謎解きに挑む長編バックステージ・ミステリー!

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