反人生

  • 集英社
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  • Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087716221

作品紹介・あらすじ

男と女、親と子、先輩と後輩、夫と妻……無意識に人々のイメージに染み付いている「役割」や常識を超えて、新しくゆるやかな人間の連帯のかたちを見つける、全4編の小説集。

感想・レビュー・書評

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  • 表題作よりも、最後の「社会に出ない」がとても好きだった。

    P.158
    スマートフォンで住所を調べよう、ということを言いださないのと同じように、私たち全員が心の中で思いながら、何年も誰も言わないことがある。
    それは、山崎くんがおそらく、働いていないだろう、ということだった。
    大学にいるとき、山崎君は就職活動を一切していなかった。大学を出たらバンド活動をする、と言っていた。卒業後にライブが三回あって、私は三回とも聴きにいった。
    しかし、そのバンドは一年ほど経つと、メンバーのひとりに子どもができて、その人が就活のために音楽をやめると言い出した、という理由で、解散してしまったらしい。その後の山崎くんの足取りを、私たちは知らない。ただ、もしも何かしらの形で音楽を続けているとしたら、連絡をくれるような気がする。だから、今は音楽活動をしていないのではないか。そして、あの山崎くんのことなので、アルバイトはもちろん、金を得るような活動はしていないのではないか。音楽活動、あるいは金を得る活動をしていない。そのせいで、私たちに会いたくなくなってしまったのではないだろうか。(略)
    「山崎は、僕らからも、プレッシャーを感じるのかね」
    杜屋くんが話を戻した。
    「俺らは、山崎に会いたいだけなのにな。俺らは山崎に対して、どうあって欲しいとか、こうなっていて欲しいとか、そういうのはなんにもないのにな」
    面長が言う。
    「そうだ」
    私は、ふいに気がついた。山崎くんには自信をもって自分たちに会って欲しいと思っているのに、私自身ができていない。
    「ん?」
    面長がこっちを見る。
    「私、この前、赤ちゃんができたの。わあ、やったあ、と思ってたんだけど、しばらくしたら流産って診断されて、手術しなくちゃならなくなって…」
    私は話した。
    「稽留流産?」
    杜屋くんが、特に驚いたふうもなく聞く。
    「よく知ってるね、そんな言葉」
    私は言った。
    「まあ…。うちの姉にもその経験があって」
    杜屋くんは言う。
    「え?俺、よくわかんない。手術したってことは、おろしたってこと?」
    面長はきょとんとして尋ねる。
    「いや、赤ちゃんが欲しくて作って、妊娠できてすごく喜んでいたら、とても悲しいことに途中までしか育たなかった、ということ、かな?」
    私は説明をしながら、面長の言葉に少し傷ついていた。稽留流産の手術は、中絶と同じような作業だ。そのことが妙に辛く感じられていた。しかし、ここまで混同されて相手に伝わるものだということは初めて知った。それでも、伝えたことに対する後悔は湧いてこなかった。よく考えたら、意思によって生まれなくなることと、生物学的な理由で生まれなくなることに、線引きの必要はない。線を引きたがっていた私はあさましかった。
    「ふうん。俺にはよく理解できないけど…。それは、辛かったね」
    面長は言った。
    「うん。ありがとう」
    私は笑った。
    「それで?」
    面長が言う。
    「いや、あのさ、今回、杜屋くんから恒例の飲み会のお誘いメールをもらったとき、『みんなに会いたくないな』って、ちょっと思ったんだよね」
    私は続けた。
    「ふうん」
    杜屋くんは、街路樹の葉っぱを手で弄んだ。
    「あと、こういう話はしちゃいけないだろうし、顔にも出したらいけないだろうから、会うとしても頑張らないと会えないな、とか」
    私は坂をとんとんと下りていく。
    「なんで?それって、人に話しちゃいけないことなの?」
    面長が私の隣を歩きながら尋ねる。
    「うーん、『気を遣わせる』から、かな?」
    私は顎に手をやった。
    「まあ、気ぐらい遣わせてよ。いいんじゃねえの。みんなで生きているんだし」
    面長が言う。
    「うん、うん」
    杜屋くんが頷く。
    「亡くなった人の話をさ、『暗い話は、もう止めときましょうか』って切り上げることあるけどさ、亡くなった人の話を、もっと普通にしたい、っていう気持ち、俺あるよ」
    面長は言った。
    「次の赤ちゃんができてから、『実は、前に流産してしまったことがあって』と、告白する人は結構いるよね。うちの姉の話も、僕は、姪っ子が生まれたあとに、昔話として聞いたんだよ。ただ、僕は姉とかなり仲良いからさ、そのときに聞かせてもらっても、こちらとしては良かったのに、っていうかさ…。いや、本人が話したくないことなんだったら、もちろん話さないのがいいに決まっているんだけど、たんに僕を気遣って、とか、雰囲気を暗くしないように、とかっていう理由でそういう順序で話したんだとしたら…」
    坂を下り切り、左に曲がろうとしながら、杜屋くんが言う。
    私は、電柱柱の住所表記を指さした。
    「僕さ、一度転職してるでしょ?最初の会社がしんどくて辞めたんだよ。ブラックで、辛くてさ。それで、休職中の時、嫌で辞めたからさ。それも、そのときは、『本当は、もうちょっと頑張れた。我慢が足りなかった』『残してきた同僚に悪い』とかくよくよ考えていたし」
    表記を確認して頷いてから、杜屋くんが喋る。
    「そういえば、一年くらい、飲み会が開催されなかった時期、あったな」
    顎を掻きながら面長が呟く。
    「あ、あったかも。じゃあ、杜屋くん、一年ほど、働いていない期間があったんだ?」
    私は言った。
    「そうなんだよ。再就職が決まって、今の会社でなんとかやれるようになってから、やっと、『みんなに会いたい』って思えたからね。だからさ、まあ、僕もなんだよ…」
    杜屋くんは頷く。
    「友だちのはずなのに、いつの間にか、社会になっちゃっていたんだね」
    面長が、今度は耳を掻きながら、言った。



    宙ぶらりんな今の私にとっても刺さる文章。私も、みんなが山崎を思うように、友達に対しては「ただ会いたいだけなのに」と思うのに、自分は一区切りついてから、とか思ってしまっている。
    私たちはみんな社会の中に生きているんだなぁ。

  • わかるような、わからないような。いつもナオコーラさんの作品を読むと、曖昧な感情を持て余す。でも、妙に余韻を引きずるんだよなぁ。何とも不思議な読後感なのだ。
    表題作の「反人生」が本書の半分ほどを占めるが、バイト先の年下の女性・早蕨に憧れを抱く未亡人の萩子になかなか共感できず、近未来設定もピンと来なくて、ムムム…であった。ありゃ、ナオコーラさんの作風を受け付けなくなってきたのかなと思ったのだが、最終話の短編「社会に出ない」が個人的にすごくツボであった。学生時代の仲間との再会を綴った他愛もない話ではあるのだが、ほどよくゆるやかな距離の取り方が丁度よかった。流産をした主人公が、気を遣わせるから皆には会いたくないと思ったと話したときの、男友達・面長の「まあ、気ぐらい遣わせてよ。いいんじゃねえの。みんなで生きてるんだし」とのセリフがすごく好きだなぁ。こんなことをさらりと言ってみたいものだと思った。タイトルの「社会に出ない」って何だ、ニートの話なのかと思った自分が安直すぎて恥ずかしい。ああ、こういう意味がタイトルに込められていたのかと最後にわかり、時間を重ねて変わっていくことってそういうことだよなと実感した。ほどよくユーモラスな描写にも和めました。「天ぷらーざ」とか(笑)

  • 性別や年齢、その時の自分の立ち位置などで、人間関係は変化していく。

    表題作『反人生』では、50代の女性が20代の女性に恋をして、一緒にバイトしたり遊びに行ったりする。
    『越境と逸脱』の視点人物の女性は、男友達と過ごすことを楽しんでいたが、就職や結婚で彼らのことを面白くないように感じ始めて関係が終わる。
    大学卒業から十数年経った友人たちの関係を描いた『社会に出ない』に出てくる三十代半ばの男女は共有する思い出を懐かしみながら、気を遣われたくない、と無意識に思っている。

    山崎ナオコーラさんの意見をどっしりと感じることのできる話たちだった。
    友人や家族、恋人たちとの人間関係は、社会であり、世界なのかな。そんなふうにカテゴライズされると息をしにくくなってしまうような気もするけど、たしかに人間関係は気を遣い合い、時には場を取り持つために演技をする必要もある。
    良好な関係を保つにはたしかに社交性が求められる。

    性別、年齢、立場、(この本には登場しないけど)人種。
    色んな視点の人がいる。多種多様な人のなかで、”自分らしく生きる”というふうに考え出すと、人生がとても難解なものに思えてくる。
    呼吸とか瞬きを意識してしまうと調子がおかしくなる。でも普段は無意識に行えている。そういった感じで、無意識に社会のなかで自分らしく振舞えればいいなあ、と思う。
    (そういうことを考えている時点で、無意識ではないのだけれど)

  • 山崎ナオコーラの小説には必ず作家自身のアバターが登場する。もちろんどんな小説にだって多かれ少なかれ作家自身が投影された登場人物は描かれると思うし、作家が登場人物に自身の言葉を語らせることはあるとは思う。ただ、山崎ナオコーラの場合、投影と呼ぶのが慎ましやか過ぎると思う程にそこに山崎ナオコーラ自身の価値観を放つ人物がいるのだ。

    もちろん山崎ナオコーラの何を知っているのかと問われれば何も知らないと答えるしかない。それでも文藝でのデビュー以来、小説もエッセイも順々に読み次いで来て見えているものが、この登場人物は山崎ナオコーラだと告げる。そう思ってしまうと読んでいるのが小説だとしてもほとんどエッセイを読んでいるのと同じような読書となってしまう。そして、ああやっぱり山崎ナオコーラだなと思う。

    人って誰でも自分一人が世の中から浮いていると感じつつ、強い言葉で言えば迎合して生きているものじゃないかなと思う。サラリーマンなら酔って新橋のレンガ通り辺りで管を巻く時だけ自分自身に戻れた気になるなんていうのは極々普通のこと。でもその些細な違和感を普通の生活の中では誰も気にも止めない。そんな日常を過ごしている中で山崎ナオコーラを読むと、はっとする。彼女の些細な違和感への拘泥は誰しもが見て見ぬふりをするか無意識の内に見過ごしているもの、敢えて感じないように蓋をしているものを覗き込む行為。もちろん作家の表現する言葉を全て真っ直ぐに受け止める程にナィーブでもないし、登場人物が主張していることを肯定出来るものでもない。それでも、やはり、はっとしてしまうのだ。

    明日のことは気になるし、明日がくる前提で準備もして置かなくちゃならない。でも今を、いや今自分の感じていることを蔑ろには出来ない。そのジレンマは陳腐なようで実はどこまでも堕ちていく暗い穴の淵に立つ行為。あるいは、現実を、実在するものの積み重ねであると捉えるか、はたまた全ては頭の中のことだと捉えるか。自分自身と呼ぶ存在をアンカーするものは何なのか。頭の中にあるもの以外の存在に自分がどのように見えているかばかりを気にして忘れそうになる自分自身。そんなことを山崎ナオコーラは、何なの躊躇もなく描き出す。少しだけ勇気をもらう。

  • 彼女の作品はまだ2作くらいしか読んでないけど、これ1冊でなんとなく山崎ナオコーラ的哲学なり世界がわかるような気がしました。
    この本は短編集ですが、反人生は、上品な55歳になった女性が「人生作り」には興味ないといいつつ、色々毒づいているのがおもしろい。
    けっこうこういう感じの年上の女性に何度か会ったことあるかも。割といないようでよくいるタイプの人かもしれない。というか実は皆こんなようなこと考えているのかもしれないね。なんとなくシュールな感じがよかった。

  • 2015/10/14

    「反人生」
    「T感覚」
    「越境と逸脱」
    「社会に出ない」

    良かった本ってなんだろう。
    一気読みしてしまう本?泣いてしまう本?考えさせられる本?後から何度も思い返す本?

    山崎ナオコーラの本はわたしにとって「後から何度も思い返す本」
    気を遣わせたくないから辛いことは話さない。情けない自分を見せたくないから友達に会えない。そんな「社会に出ない」にグゥっときた。

  • 『反人生』お金のためでなく働くなんて優雅。気に入ったお店で気に入った女の子と話ができる、それが萩子さんの幸せなのね。
    『T感覚』10〜4月まで湯たんぽ使用。かなりの冷え症ね。冷たいつま先があたたまる感覚ですか。
    『越境と逸脱』自分でもできそうなんだけど、実現するのが難しそうなこと(この場合、海外ひとり旅)、それを男友達の経験を聞くことで満たす。あぁ、そんな手もアリか。そんな友だち関係だったのに、付き合いが面倒になる時期がやってくるのね。
    『社会に出ない』友人に気にかけてもらえる存在か〜。どんな人だったんだろう?
    すべてをさらけ出さず、謎の部分があることが魅力?
    自宅が見つからなかったのも良かったな。これで会えてしまったらおもしろくないもんね。

  • 山崎ナオコーラさんの作品って、良い意味で後味が悪くてクセになります。スッキリしないのに、また読んじゃうんだよなぁ

  • 割と好きな世界観。

    表題作では、主人公が淡々としているからかえって感情移入しやすかった。少し先の未来が描かれていて、こんな感じになってるのかなぁと想像できて面白い。主人公が普通に同性愛の概念を持っていて好感を持った。
    サンリオはまだあるんだな。丁寧に「マイメロ」について説明されて、何か笑った。

    最後の「社会に出ない」の、本気で会おうとは思っていないけど、大学のサークル仲間の家を探す感じとか、なんかリアルだなぁと思った。

  • 「ゆるいつながり」をテーマに据えた短編集。
    ゆるくあろうと思っても、崩れてしまう関係もあれば、
    気づくと続いている関係もある。

    人と人との糸は、とても複雑だ。

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著者プロフィール

1978年生まれ。「人のセックスを笑うな」で2004年にデビュー。著書に『カツラ美容室別室』(河出書房新社)、『論理と感性は相反しない』(講談社)、『長い終わりが始まる』(講談社)、『この世は二人組ではできあがらない』(新潮社)、『昼田とハッコウ』(講談社)などがある。

「2019年 『ベランダ園芸で考えたこと』 で使われていた紹介文から引用しています。」

山崎ナオコーラの作品

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