動物翻訳家 心の声をキャッチする、飼育員のリアルストーリー

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  • 集英社
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  • Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087716269

作品紹介・あらすじ

「最近、動物園が面白い」。動物たちの行動を理解した施設を造る裏側には、飼育員の絶え間ない努力があった。動物の世界と人間の世界をつなぐ、動物翻訳家たちの知られざる活躍を描いた動物園ルポ。

感想・レビュー・書評

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  • 動物園というと何を思い浮かべるだろうか。
    子供の頃の遠足だろうか。それとも家族で行った思い出だろうか。
    動物園が絶大な人気を誇ったのは、おそらく一時代前の昭和50年台前後、上野動物園にパンダが来園した頃だろう。珍しい動物を一目見ようと、人々は動物園にひしめき合った。
    だが、そこから娯楽の多様化、資金の不足、少子化など、多様な要因が相まって、動物園人気は徐々に下降していく。何よりも、檻に閉じ込められ、時には同じ箇所を行ったり来たりするなどの異常行動を示す動物たちが「かわいそう」という意識が、見る側に出てきたことが大きかった。
    野生動物を捕まえて、狭い場所で「見せ物」にする。それは正しいことなのか? 動物たちは幸せなのか?
    その疑問は、そのまま、動物園の存在意義自体に関わることだった。

    近年、動物園はその姿を大きく変えつつある。
    動物が生き生きとした姿を見せてくれるよう、野生と比べて単調な動物園の暮らしにちょっとした「冒険」や「刺激」を取り入れる園が増えてきているのだ。多くの動物園は予算もスペースも限られており、もちろん、自然のままの環境を動物たちに与えることはできない。しかし、飼育員の工夫やアイディアで動物たちに「充足感」を与えることは可能なのではないか。見晴台を作る。手作りの遊び道具を与える。ロープを張って移動できるようにする。そうした工夫は「環境エンリッチメント」と呼ばれる。それにより、動物たちのより自然に近い行動生態が見られるようになった。
    元祖ともいえるのが北海道の旭山動物園で、各地から多くの来園者を集めるようになった。
    この動きは全国に広まっている。人気を集める園は、例外なく、個々の飼育者が、創意工夫によって、動物たちの生き生きした姿を見せるよう務めている園である。
    本書はそんな飼育者と動物たちの濃密なエピソードを紹介する1冊である。

    登場動物は4種。
    ペンギン。チンパンジー。アフリカハゲコウ(*コウノトリの仲間。頭部の羽毛がない)。キリン。
    飼育員たちが取り組むミッションはさまざまだ。
    南米で見られるように、緑に覆われた丘に、ペンギン・コロニーを作ろう。
    3頭のチンパンジーに何匹かメスを受け入れ、群れを作ろう。
    大型のハゲコウのフリーフライトを公開しよう。
    物静かで繊細なキリンを繁殖させよう。新しい飼育施設に引っ越しさせよう。
    前例のないプロジェクトに飼育員たちは知恵を絞って取り組み、ときには失敗し、それでも何とか別の道がないかと模索する。
    根底にあるのは、動物たちにとって、よりよい、より幸せな環境を作り出そうという「思い」だ。

    実際、本当にそれが動物にとって「幸せ」なのかということはわからない。「幸せ」というのなら、野生にいた方が幸せだったのかもしれないのだ。けれど、動物園育ちで野生を知らない動物を直ちに野に放つこともまた幸せではないだろう。
    動物たちはそれぞれのコミュニケーション手段を持ち、それは往々にして、ヒトがヒト同士で行うものとは異なる。
    野生に近い動物は、ときとして、歯やくちばし、爪、俊敏な筋肉などの強靱な武器で、「部外者」であるヒトに思わぬ攻撃を仕掛けてくる。
    逡巡の中、手探りで、飼育員たちは精一杯の努力を続ける。
    そしてそこに、思いが通じた、と感じられる瞬間がある。

    実を言うと、このユーモラスな表紙の本に、こんなに泣かされるとは思っていなかった。
    丘に作った巣にペンギンたちが移動していき、やがて卵がうまれたとき。
    穏やかな気質のチンパンジーのボスを、飼育員さんが「懐が深くて寛容な人」と呼ぶとき。
    秋吉台の動物園から脱走してしまったハゲコウが何と和歌山で、怪我なく発見されたとき。
    キリンの飼育に奮闘する飼育員さんに、訪れた女の子が「キリンさんがね、お姉さんのこと、だーい好きって言ってたよ!」と告げるとき。
    移動中のバスの中で読んでいて、怪しい人と思われそうなほど泣けた。
    本当のところはわからない。けれどやはり、そこには心の通い合いがあったのではないか。そう思えたからだ。

    タイトルの「動物翻訳家」はストレートな題とは言えないだろう。副題の方が本書の内容に即している。だが、翻訳というものは、1つの言葉をもう1つの言葉に置き換えるということだ。そう考えると、飼育員という人々は、動物たちの言葉を、翻訳者として読み取り、来園者が理解できる言葉に変換するという作業をし続けているのかもしれない。
    翻訳には100%の完璧はない。同じ手触りを伝えようとしても、まったく同じとは言えないもどかしさがいつも伴う。
    そういう意味ではこのタイトルは言い得て妙なのかもしれない。このタイトルを選んだ著者の片野さんもまた、飼育員たちの思いを読者に伝えようとしている「動物翻訳家」翻訳家とも言えるのだろう。

    動物園はこれから変遷を続けるだろう。行動生態の紹介、小動物とのふれあい、そして絶滅危惧種の保存を担う動物園もあるだろう。動物の幸せとは何かを考えながら、動物園は舵取りをしていく。
    それはまた、ヒトと動物の関わり方そのものを考えることにほかならない。
    よりよい水先案内人であろうと、各地の動物園は、飼育員たちは奮闘を続けている。

  • 「動物に生き生きと暮らしてもらうこと」(客にも楽しんでもらうこと)を目指して働く動物園の現場の飼育員たちの話。4つのエピソードから成っている。

    ぼくは動物が好きなので、動物園も好きだと思い込もうとしていたが、行ってみると居心地が悪い。特に象やキリンがコンクリの飼育場を行ったり来たりしていたり、ライオンやトラが寝転がって、ぼーっと檻の外を眺めているのを見るのがダメだった。うしろめたいんだ、と気づいてから、行けなくなった。最近は「ダーウィンが来た!」ばっかり見ている。
    動物たちが楽しく暮らしている動物園があれば、またぼくも動物園に行くことがあるのかもしれない。そこで暮らさざるを得ない動物たちにとっても、喜んでいる動物が見たい客にとっても、たぶんぼくよりももっと動物が好きだろうと思われる動物園のスタッフたちにとっても、それはいいことに違いない。

    理想論は理想論として、現場に与えられる選択肢は多くない。その中でなんとかやりくりしてがんばる飼育員(と動物たち)の話は迫力があって面白かった。そのへんを勝手?に飛んでいるアフリカハゲコウの話はちょっとびっくりした。ちょっと見たいなと思った。

    これからの動物園はどうなっていくのだろう? 野生動物が見たければこちらから出向くのが礼儀とは思いつつも、セレンゲティは遠い。リアルには及ばないとしても、VRの技術を使って遊びに行けないかな。タンガニーガ湖のリアルタイム水中VRがあったら、潜りっぱなしになりそうな気がする。

    内容と関係ないが、著者は高野秀行の奥さんみたい。あとがきで「マド」という犬を飼っている、という話が出てきて気づいた。

  • 動物園で生きる動物について迫ったノンフィクションです。もともと興味のある動物もいれば、全然知らなかった動物もいましたが、最終的には、どの動物たちにも魅力的なドラマがあり、惹きつけられました。

  • 寄藤文平さんの装丁がかわいすぎて手にとった。環境エンリッチメントに取り組む動物園を追ったルポタージュ。
    登場する飼育員の創意工夫と熱意がすごい。ここまで動物に寄り添って仕事をしているのかと感動する。キリンやペンギンと意思疎通!なかでもいちばん見たいと思ったのは、アフリカハゲコウ。写真もキュート。旋空する姿を見にいきたい。
    この本でエンリッチメント大賞の存在を知った。サイトを見ると、魅力的な動物園や水族館の展示が全国にたくさんある。旅の目的に動物園や水族館を加えるのもいいかも。

  • 動物園の動物自身が快適に、健康に暮らすこと。
    飼育員の安全も確保すること。
    また、来園する一般の人々が楽しめる場所であること。
    そういった意味で、言葉を離さない動物たちの心を“翻訳”しているのは、動物たちと日々向き合っている飼育員さんたちだ。

    ここで紹介されているのは、市民ZOOネットワ-クが毎年発表している「エンリッチメント大賞」を受賞した動物園。
    ペンギン
    チンパンジー
    アフリカハゲコウ
    キリン

    野生の環境で過ごすことが一番の幸せのだろうけれど、柵で囲われた動物園の中でいかに幸せにくらせるか。
    飼育員さんたちの工夫と努力と、動物たちと信頼関係を築くことに成功しているのには脱帽。
    それぞれが是非見に行ってみたい!と思わせてくれる。

  • 「環境エンリッチメント」という言葉が全編を通してキーワードになっている。私は初めて聞く単語だったが「動物達が幸福に過ごす為の工夫」といった意味らしい。この本ではそんな「環境エンリッチメント」を追求していく飼育員の姿が描かれている。
    飼育環境を動物の本来の生育環境に近づけるため海を越えて生息地まで視察に行ったり、限られた飼育スペース内で退屈せずに過ごせるよう遊びを取り入れたりと、飼育員達は様々な方法で動物達に快適に過ごしてもらおうと努力している。その姿勢と発想力には思わず感心してしまった。
    だから、もし、動物園で飼育されている動物を「可哀想」だと思っているなら、この本を読んでほしい。確かに野生動物の様な自由はないが、彼らは彼らなりの幸福を飼育環境の中で感じているのが伝わってくると思う。そして、その幸福のために必死で考え、行動する飼育員の姿に心が動かされるはずだ。

  • 動物ものってどうも苦手だ。安易な擬人化がされていたり、予定調和的に感動方面に持って行ったり、勘弁してよ~っていうのが多いように思う。しかし、これはそういうものではなかった。動物園の飼育員に密着した、まさに「リアルストーリー」で、面白さに一気読み。

    動物園って矛盾や葛藤に満ちた存在だ。飼育員さんが、少しでもその動物本来の生息環境に近づけ、動物のストレスを減らしたいと願うのも自然な成り行きだろう。現実には公立・民間問わず、予算をはじめとする制約は大きい。その中で奮闘する四例がとりあげられている。きれいごとで終わらず、厳しい現実がきっちり書き込まれているところが良かった。これは片野ゆかさんの著作に共通する美点で、シビアに現実を直視しつつ、おおらかさ、あたたかさを失わない姿勢がいいなあと思う。

    出てくるのは、ペンギン・チンパンジー・アフリカハゲコウ・キリン。それぞれに味わい深い話がいろいろある。自分が見たことがあるのは京都市動物園のキリンだけだが、あの新施設への引っ越しにこんな苦労があったとは知らなかった。是非また行って、今度は飼育員さんたちの苦闘に思いをはせながらじっくり見てこようと思う。

    しかしまあ、同じ動物とは言え、犬や猫のペットと野生動物ではまるきり違うのだなあとつくづく思い知らされる。あるベテラン飼育員さんの「深い愛情を感じているし、信頼関係も築けていると思うけど、フェンスもないところでは絶対に背中を向けません」という言葉が紹介されていた。簡単に理解とか交流とか言えるものではないのだなあと感じた。

  • 鳥(名前を忘れた アフリカなんちゃら)の飛ぶところみてみたいなぁ。

  • 動物一体一体の個性を考える、みたいなの
    当たり前のことなんだけど、確かに盲点だったかもしれないなあ

  • ペンギン、チンパンジー、アフリカハゲコウ、キリンのそれぞれについて、「環境エンリッチメント」の観点から飼育に取り組んでいた動物園、飼育員さんたちのノンフィクション。
    以前、オカピを見に行ったときに柵をしきりに舐めていて、どうしたんだろう?と思っていたのですが、そうか、あれも常同行動だったんだな…。
    動物園、好きだし、子どもと一緒に行くとやはり色々発見はあるし楽しいので、公的民間問わず、なるべくなら存続してほしいのだけど、でも、どこも経営厳しいんだな…。せめてもの応援の意も込めて、可能な範囲でにはなるけど定期的に通おう、と思った。

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