江戸川乱歩と横溝正史

著者 :
  • 集英社
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感想 : 9
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  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087816327

作品紹介・あらすじ

日本の推理小説の祖、江戸川乱歩と横溝正史。二人は片方が作家であったときには片方が編集者として支えるという、唯一無二の協調関係にあった。ミステリの巨匠たちの知られざる愛憎を描く対比評伝。

感想・レビュー・書評

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  • 学校の図書館に並んでいたポプラ社の江戸川乱歩シリーズの、半分ほどが他の作家の手によるリライトであり、リライトされた過程が詳しく書かれていたのが自分にとっては最大の収穫。

  • 乱歩と正史を軸に、探偵小説に関連した出版社の興亡史が楽しめ、また、探偵小説家のキーマンである乱歩の交遊を通して、その他数多の探偵小説家の活躍状況も垣間見られて、探偵小説史(探偵小説業界史とでも言えば良いか…)としても楽しめる一冊でした。
    二人がタイトルになっていますが、下手に想像を駆使したりしてエモーショナルな方へとは筆を進めず、手紙、随筆や日記、出版実績などデータとして読み取れるところからの話を淡々と整理されているのが良かったですね。

  • 正直言って乱歩に興味はなかったが、2018年の西日本豪雨で甚大な被害を受けた岡山の真備町が、かつて横溝の疎開先だったことを思い出し、そこだけ拾い読みしようと読み始めた。
    いまだにこの地域ではファンとの間で交流があり、支援の手も多数差し伸べられたという。
    第6章の「奇跡」というタイトルが付いた章で何度もこみ上げるものを感じ、結局すべて読んでしまった。
    読み終えてもう一度この章を読み返したが、感慨はより深まり、涙が止まらなくなった。
    しばらく会っていなかった二人の二度の再会のシーンは、とりわけ胸を熱くさせられた。

    正史は遠く離れた疎開先で、友人から乱歩は人が変わってしまったから注意しろと忠告を受ける。
    戦中・戦後と困窮の中でも東京の文壇でボス的な存在として幅広く活躍していた乱歩と、岡山の田舎で食にも困らずひとり創作に打ち込んだ正史とでは、すれ違いが生じても仕方がないほど経験に差ができていた。
    同時に正史は、その後の自身の人生だけでなく日本の探偵小説界に金字塔となる作品も世に問うたばかりで、乱歩にとっては友としての喜びとは別に、先を越されたという嫉妬にも似た複雑な感情が綯い交ぜになっている。

    その乱歩が疎開先の正史に会いに来たのが一度目の再会シーン。
    最初はお互いに警戒心があったのかもしれないが、そこは同好の士、言葉を交わすうちに話が止まらなくなり、気づいたら朝の5時まで語り合っていたという。
    「三晩泊って岡田を離れていったときには、やっぱり昔の乱歩さんでありました」という正史の感想が印象的だ。
    二度目の再会シーンは、乱歩が正史を東京に呼び寄せたときで、それは同時に岡田村の人々との別れでもあった。
    決して社交的ではなかったし、"奇人"と見られていた正史を多くの村人が見送り、駅まで行列ができたという。

    「こんなよい人をあとに残してなぜ自分は、東京みたいな殺風景なところへ帰らなければならないのだろうかと思うと、つい私も泣けてきて、滂沱として涙が溢れた」。
    東京に向かう汽車の中でも、「私は腹の底がつめたくなるようなかんじだった。なんの因果で、こんなところへかえらねばならなかったのかと、臍をかむ気持だった」と振り返る。
    そんな絶望的な気分の横溝を、成城の新居で待ち受けていたのが乱歩で、「地獄で仏にあった」と安堵する。

    ここまでくると、単なる同好の士を超えた友情を感じるが、そこは山あり谷ありで、諍いや確執ともとられる時期もあった。
    二人の関係性は"太陽と月"にも例えられ、乱歩が旺盛に書いていると正史は書かず、正史が旺盛に書いているとき乱歩は沈黙するという塩梅だ。
    また、作家とそれを助ける編集者・批評家という関係性もあり、お互いが相手を納得させる作品を書こうと切磋琢磨する。
    なので読者の誰よりもお互いの感想が一番こたえるらしく、「負けるもんか」と一人つぶやいていたりする。
    八歳差もあるので、横溝にとって乱歩は終生の兄なのだろう。

    二人を通して日本出版界の興亡を描くとあるとおり、そのドラマは実に劇的だ。
    当時は「発表のあてもなく小説を書く」なんてありえない時代で、二人もまず掲載誌から依頼を受け、その雑誌の読者の傾向に合わせて小説の味付けを変えていた。
    『八つ墓村』の伝奇性も、必ずしも作品に不可欠な要素というわけではなかったが、マニアではない読者を退屈させないようにと一話ごとに山場を設けていた結果生まれた要素で、その伝奇ロマンが後に横溝ブームを生むキッカケになるのだから、世の中なにが幸いするかわからない。

    ちょっと危うさを感じるのが二人の少年愛趣味で、ある少年を追って二人で旅行まで出かけるほどの熱を入れようだった。

  • 実は乱歩も横溝正史もあまり読んでいないのだけれど、それでも出版史も絡んでいて、日本の探偵小説史としてもおもしろかった。

  • 図書館で借りましたが、買う!

  • 「松田聖子と中森明菜」「阿久悠と松本隆」そして本書「江戸川乱歩と横溝正史」、著者は二項対立による文化セクター勃興史というアプローチにますます磨きをかけているようです。今回のセクターは探偵小説。松本清張が登場し探偵小説が推理小説に変わっていくまでの乱歩と正史「ふたりでひとつ」の物語です。いや推理小説時代においてもポプラ社の少年探偵団シリーズや角川映画の金田一シリーズなどのように時代を超えたコンテンツになり得ていることがこのふたりの巨人の凄さです。だけど「明智小五郎と金田一耕助」のお話しで終わってはいません。「ふたりでひとつ」の物語とは、横溝が「新青年」編集者として乱歩の『パノラマ島綺譚』と『陰獣』を書かせ、乱歩編集長の「宝石」が『本陣殺人事件』『悪魔の手毬唄』を送り出していくという「ふたりの作家」の関係ではなく、「編集者と作家」という関係のことです。お互いの才能をお互い認め合って刺激しあって意識し合って批判し合って語り合っての、日本探偵小説史。それが日本出版社興亡史にダイレクトに繋がっているのも面白かったです。文化セクターの勃興ってオタクのコミュニティの顕在化だとすると探偵小説に魅入られたふたりのオタクの物語の愛の物語でした。ふたりで美少年見に行ってたりしてるし…びっくり!

  • 130頁:「阿部鞠哉」というふざけたような筆名
    ・「鞠」を音で読んでしまったため,はじめ,どこが「ふざけ」ているのか理解できず,しばらく時間がかかった。
    299頁:敬意を評しています。
    ・「評」に「ママ」がついていないのは,これを許容しているのか,それとも単なる入力のあやまりなのか。

  • 江戸川乱歩と横溝正史という日本探偵小説の二大巨人が単純な作家として先輩後輩というだけでなく、ともに編集者や翻訳家の経験があって仕事上の関わり方がさまざまに変化していくのを豊富なデータの裏付けとともに描いていく。
    共に作家として旺盛な活動をしていた時期というのがごく短いというのが面白い。

    また出版社の出自や経営陣の交代推移が細かく描かれ、それが彼ら作家たちと互いにどういう影響を与えたか立体的に描かれているのも興味深いところ。
    一種の年表としての読み方もできるだろう。

    さらに海外の推理小説の影響も横糸として随所に描かれ、また推理作家には詩人出身の人がかなり多いというのも面白い。

    一連の少年もの読み物は乱歩の作品で一番読まれたはずなのにエアポケットのように入手も難しければ論じられることもないという指摘に、そういえばそうだなと思う。

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著者プロフィール

1960年生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。「カメラジャーナル」「クラシックジャーナル」を創刊し、同誌のほか、ドイツ、アメリカ等の出版社と提携して音楽家や文学者の評伝や写真集などを編集・出版。クラシック音楽、歌舞伎、映画、漫画などの分野で執筆活動を行っている。

「2019年 『阪神タイガース1985-2003』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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