吉祥天女(きっしょうてんにょ) (2) (小学館文庫 よA 7)

著者 :
  • 小学館 (1995年2月17日発売)
3.67
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  • Amazon.co.jp ・マンガ (365ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784091910073

作品紹介・あらすじ

天女の末裔?謎の少女をめぐる幻想ロマン!

小夜子に魅入られるように男たちは惑乱し、死んでゆく。遠野の家では、小夜子をその怪物性に恐れつつも愛した涼が、ひとり破局を押し止めようとしていた。しかし事態は悲劇的結末めがけて走り始める……。羽衣を奪われた天女・叶小夜子。傷ついた少女の魂の化身。いつの日にか魂を鎮め、吉祥天・愛の女神になれるだろうか。

感想・レビュー・書評

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  • 女尊男卑の家系 信大の医学部にいた人だから なかなかうがってるよ 何度妄想の中でわたしを犯したか… 夢枕 日和見そのもの 魑魅魍魎の集まり 叶家の分家筋さ 可愛さ余って憎さ百倍 飴玉を取られた餓鬼みたいだ! あなたったらまるで処女みたいね ヤジロベエの両端 相対する二つのもの… まさしく鳶に油揚げだだもんなあ 羊の群れに狼が忍び込んでるのに誰も何も気づかない 男の攻撃と女の攻撃は違う 養女 古い吉祥天 懸想けそう 世評が高いもの 構成の見事さと少女漫画の枠を超えたテーマ設定に感嘆した テーマを過不足なく描き切り 義兄ぎけい 政治的・社会的な文脈の中で読まれると、フェミニズム(ウーマンリブ)に直結する可能性を暗示している 男だけが持つY染色体に攻撃性の源があり、それ故に男は女より攻撃的であるとする説である。 名著 この説は染色体異常者を観察することによって、さらに補強される。 依拠いきょ 引揚者ひきあげしゃ 女性看守による性的虐待 よくりゅう抑留者 強姦をし得る性であるという女性差別思想の上にである 因習と迷信 陵辱 何らかの落ち度はある 巻中で最も印象的な大沢の墜落シーンはこれを象徴している 攻撃の虚しさの後に浄化がくるラストシーンは、物語りの当初から構想されていたものに違いない。「吉祥天女」という題名がそれを証明している。 呉智英くれともふさ 近代に対する根源的懐疑の立場から

  • 吉田秋生は天才である。吉祥天女は名作である。そんなことは語り尽くされているだろうから今更言う必要はないかもしれないが、あえて言うと、この作品は一貫して「犯される性の痛み」を描いてきた吉田秋生のある種の到達地点、マスターピースであるように思う。吉田秋生ほど「犯される性」について真剣に向き合っている作家は他にいない。24年組が架空の身体に仮託するよりももっとずっと、生々しい言語で女という問題について向き合い続けている。解説が本当に気の抜けてしまうような内容だったのですが、この物語はフェミニズムおよび、アカデミズム的フェミニズムからは少し離れた、戦後日本のサブカルチャーが内包してしまっている「フェミニズムのようなもの」として読む以外の読み筋は、はっきり言ってないでしょう。
    まず一巻冒頭、この物語のもう一面の主人公・由似子が生理になって憂鬱であるところから始まる。ここから既に、この物語は魔性の女の話ではなく、大人びた子供の話でもなく、女性性を巡る物語なのであるということが示唆されている。由似子は自らの女性性を受け入れられず、また幼い頃から「いたずら」という言葉で誤魔化しながら自分の心を少しずつ削ってきた男達を許すことができない。彼女は等身大の私たちの分身として物語を生きていく。生理ってなんだか憂鬱だな、女ばっかり損している気がする、男の子って乱暴だし馬鹿だし、人が傷つくことに鈍感で無自覚だから嫌い。そんな当たり前の感情を内包していくことで、この破滅的な物語はぐっと我々に身近なものになる。まったく解説するまでもなく見事な構成ぶりで驚く。
    そして真の主人公・小夜子は、6歳のときに既に自分が「犯される性」であることを自覚させられ、以来その呪いとともに生きている。その呪いに抗うためには、強くなければならなかった。自分が脳内で犯されることすら、許せなかった。「あの人たち、想像の中で何度もわたしを犯したわよ。それはきたなくないの?」それは男達には全く通じない言葉なのだった。「え、だって何もされてないんだから良かったじゃん」ということになるのである。しかし、小夜子の呪いはそれを許さない。だから、男をひとりずつ殺していくのである。自分を脳内であっても犯した男は、死ぬべきだとでもいうように。最も犯される性でありながら、最も犯されることを憎んでいるのは、まぎれもない小夜子なのである。
    その小夜子の潔癖さは、普通の通念からしたらありえないものかもしれない。だって、脳内で少しいやらしいことを想像しただけで実際に殺されるなんて、この現実世界ではフェアじゃないように見えるでしょう。でも、そこがこの物語の素晴らしいところだと私は思っている。「犯される性」はそれ自体で、相手の死に値するほどの屈辱なのであるということを執拗に証明し続ける小夜子。それに対して、小夜子の行いを知らないので、能天気に「彼女は凛としていて男にも負けなくて格好いい」という視線で憧れる由似子。一貫して、女性性についての批評になり続けている、そしてこれが私が吉田秋生を読み続ける理由なのである。どんなフェミニズム批評よりも鋭い女性の痛みが、ここまで内包された物語を描けるのはこの人しかいないから。

  • 1巻の伏線から考えても、思った以上に人がバタバタ死んでいった……。
    それでも小夜子はなんだか憑き物が落ちたようにスッキリとしている。
    そして小川もまた、小夜子に魅せられた男の一人か……。

    女の生きづらさ、みたいなテーマは最近ちょっとブームだけど、20年以上前にそのテーマを描いた吉田秋生が、今『海街diary』を描いている(た)ことが信じられん。
    海街~も奥が深いけど、これに比べれば大分マイルド。
    だから一般受けして大ヒットになったとも言えるけど。

  • 後編。

    女性なら誰もが溜飲を下げたり、どこか心が開放される話ではないだろうか。ほとんどの女性が(ここまででない場合も含め)経験のあることだろうから。
    そして男性ならみな、恐怖に震えるだろう。心に冷や汗をかくだろう。女性の根底にある恨みや憎しみを、がなりたてるのではなく淡々と表情すら変えること描かれてゆく様子に。

    女性が共通して保つ恐怖や憎しみを理解する僅かな男性のみが、小夜子様の奥底を覗けたのかもしれない。

    それが涼であり由似子の兄であったと。

    過激な言い方をすれば、叶小夜子、彼女は読者(女性)にとってまさに吉を告げ、希望を与える天女であったのだ。

  • 「女であるということが時どきどれほどの屈辱をもたらすか…あなたたち男にはわからないでしょう」(204p)
    悲しい話、だけど最後でふんわりと、持ち上がるような。そんな終わり方。凄くフェミニズムとかそんな考えと結びつきそうなお話。女、という生物について考えさせられる…

  • 1995

    怖い

  • <KISSHOH TENNYO>
      
    カバー写真/中田昭
    小面制作/岩井彩
    カバー・デザイン/末沢瑛一

  • 強い女をまえにしてなすすべもなく自滅していく男たち。その姿を当然の摂理としてしか受け止められない自分は、本作を(よくも悪くも)ホラーとして読めない。発表当時におけるフェミニズムの文脈が一般化し、より強いものが勝ち残るというシンプルなゲームの枠組みだけが残った。最後の由似子のセリフに象徴的な、エンパワメントされた者の祝福に集約されるべき傑作。

  • サスペンス仕立てのお話だったけど、美人過ぎるお嬢さまが無垢だった頃から世の男性たちの劣情になぶられ続け、本来一番美しく気高くかつ無垢に咲き誇る年頃であろう高校時代に、すでにああいった魔性の女性になってしまっていた…ってお話でした。

    彼女に劣情を抱いて、悪いことをした男らがヒドイめにあうのは当然だと思うし、死んでも全然かまわないんだけど、彼女を理解できるはずだった好青年もその巻き添えになるラストはちょっと…。

    まぁ、この青年の死をきっかけに彼女の復讐は終わり、聖女のように見えても精神のダークサイドでもがき苦しんでいた悪女から、心も体も穏やかな境地の吉祥天女へと変わって行くんだろうけれど…。

    時代的にもまだ男性が優位な頃のお話だろうし、いろいろ考えさせられるお話でした。

    できればあと1巻増やして、お嬢さまと彼女に従う元医大生との関係とか、おばあちゃんと彼女の関係とか、伏線にしていた部分をがっつり回収しておいてほしかったです。

  • 吉田秋生の作品では、性暴力により何かしらの心の傷を描いた人間が登場することが多い。例えば、「BANANA FISH」の主人公アッシュは同じ男性から、「ラヴァーズ・キス」に登場する川奈里伽子は小学校の教師から、それぞれ幼少期に性的暴力を受けている。そして、この2作では、様々なストーリーの中でその傷をどう癒していくかが重要な作品のテーマとしている点で共通している。

    一方、本作「吉祥天女」の主人公、叶小夜子も同じような性暴力に巻き込まれかけるが、本作では他の作品とは異なり、無慈悲なまでの復讐により、暴力を振るおうとする男性がことごとく死を迎える。その死に様や暴力の描写は「BANANA FISH」以上に生々しい。

    こうした生々しく悲劇的な流れの中で、タイトルにもなっている「吉祥天女」が唯一の救いとして機能する。

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著者プロフィール

同姓同名あり。

1. 吉田秋生 (よしだ あきみ)
1956年、東京都渋谷区生まれの女性漫画家。武蔵野美術大学卒業。1977年「ちょっと不思議な下宿人」でデビュー。1983年、「河よりも長くゆるやかに」及び「吉祥天女」で第29回小学館漫画賞を、2001年に「YASHA-夜叉-」で第47回小学館漫画賞をそれぞれ受賞。その他代表作に、「BANANA FISH」。
代表作のメディア化が多く、「吉祥天女」は2006年TVドラマ化、2007年に映画化された。「海街diary」は2015年に映画化されている。2018年には「BANANA FISH」がTVアニメ化された。

2.吉田 秋生(よしだ あきお)
1951年生まれのテレビドラマ演出家。学習院大学法学部卒業。

吉田秋生の作品

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