残酷な神が支配する (10) (小学館文庫 はA 40)

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  • 小学館
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  • Amazon.co.jp ・本 (360ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784091916204

作品紹介・あらすじ

復学したジェルミが突然ハムステッドのイアンの元へ戻ってきた。それは、あの自動車事故からちょうど一年がたった日だった。追憶の中に現れる、グレッグ、サンドラ、そしてジェルミとイアンの真の姿と愛は?完結!!

感想・レビュー・書評

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  • 2011年以来の再読だから十年ぶり。
    初読の際はこう書いた。
    (以下引用)
    ・義父からの性的暴力的虐待。
    ・無垢なるものは犯され続けるしかないのだよ。
    ・救いも癒しもなく延々続くセラピー的会話。
    ・彼らはセックスや肌でわかりあうなどというイージーな終着点には収まらない。
    ・とことん会話によって愛と支配について考える。
    ・周囲に変奏曲的な人物たちも配置される。
    ・果たして母は……という懊悩が一番のポイントに。
    ・サクリファイスという概念。
    ・「漂流」という発想の勝利。
    ・母との対峙のシーンの凄まじさ。
    (引用以上)

    今回、私的萩尾望都月間を行っているのは、この作品を再読する勢いをつけるためでもあったので、ほぼラストに持ってきた。
    もう二度と読みたく・見たくないというほどのめり込んだり感情的に振り回されたりするほうではないが、珍しく、本作とミヒャエル・ハネケ「ファニーゲーム」は遠ざけておきたかった、それくらい強烈だった。
    十年ぶりというには鮮明に色々憶えていた。
    これは記憶力の問題ではなくて萩尾望都の筆力によるのだろう。

    交通事故のように出会って打ちのめされてしまった前回と、今回大きく違うのは萩尾望都自身のインタビューで「憎いはずのグレッグを描くのが楽しくなってきた」と言っていたということ。
    確かに確かに、作中で最も多彩な表情を見せるのがグレッグなのではないか。
    愉悦・ひきつり・狂騒・怒り・何かしらへの恐れ……。
    あー萩尾先生楽しんでるなー、と考えると、切り貼りしてグレッグ表情コレクションをしたくなるくらい、こちらもリラックスできた。
    また「文藝別冊」で「家庭内総合幻想」という、萩尾望都自身が発明していた言葉を念頭に置くことで、グレッグやサンドラやイアンのあれこれが「悪ではない」と思えたのもよかった。

    さて萩尾望都の博学には毎度驚かされるが、精神分析や深層心理学を中心に、ケアワーク、ソーシャルワークと幅広く展開する知識?の確かな手ごたえが感じられた。
    ごく個別の経験と、二者体験と、外部からの介入・外部へ出ようとする心性。(個人幻想・対幻想・共同幻想、と岸田秀や吉本隆明に敷衍できそうだが、私の手には余るので見送り)
    読みながら浮かんだフレーズをつらつら書くと……

    親子関係。原風景。罪悪感。紐帯の切断。母子カプセル。
    欺瞞、嘘、緘黙、記憶の改竄、否認、見ないふり。背負いこむ。
    アンコントローラブルな他者と、自分自身の他者性。束縛、愛の幻想。自己処罰。ファミリーファンタジー。無垢の捕手(キャッチャー・イン・ザライ)。
    抑圧、繰り返し(傷のついたレコードのように、と8巻183ページでリンドンが言っている)。別の形で回帰する。回想と語り。
    被虐と嗜虐。権力。肉化した仮面。所有と支配。バラバラ=寸断された身体。
    幻臭。わかって欲しいとはねつけたい。わかってくれ、と、わかられてたまるか(中上健次)。怒りと悲しみと寂しさ。
    時間(漫画の長さ)による回復。束縛。距離を取れ、と再三言うリンドン(ドン引きな顔)。
    素人による乱暴な精神分析セッション。転移と逆転移。その果てに得られた、ささやかで平凡な自己洞察。時間の経過と、癒えるということ。

    やはり精神分析で見聞きした言葉でしか、この作品に立ち向かえない。
    丸腰では読めない作品。
    高校の頃に読んだ、フロイトやメラニー・クラインやラカンやの(理論だけでなく)症例の記憶と、高校生当時の自分自身の実感が、本作の理解の援けになる、というか、単に記憶が混入する、というか……。
    精神分析のセッションというのは、話すこと・言葉そのものを積み重ねる経験を通じて得られる変容のこと。
    人生という終わりがないものに対して、いわば無理矢理に、介入とか解釈とか短時間セッションとかセッション終了とか言うことで、分析医はとりあえずの終わりを宣告する。
    しかし症例の「その後」の証言が残っている通り(分析医と患者は結構愛人関係になり、元患者が分析医として出世したりして)、終わりというものはない。
    人と人の関わりは終わらないから。
    (月並みなことを書いてしまうが)人が人と関わることを続ける限り、分かるかもしれないという希望と、分からないという落胆を、繰り返す。
    寄せる。返す。そのうち波は濁る。生き続ければどうあっても、濁る。
    日常の毒、生活で溜まる毒、老いが齎す毒(と、時間によって不思議に癒えるということ)。
    これはもはや精神分析の本とは関係なく自分の実感をモロにチラ裏するが、人が人を援助するには、家族になって共に堕ちるか、契約に基づいて割り切るか、この二方向しかない。
    他の関わりは全て中途半端な自己満足。
    イアンはジェルミに対面するという選択を決意したことで、人生が変わった・歪められた・方向づけられた……しかし共に堕ちなければ得られない二人だけの経験を得たのだ、と。

    「一度きりの大泉の話」が出版された今、連想するのはなかなかに気が引けるが、竹宮惠子「風と木の詩」では、濁り切る前に、悲惨になる直前に、死んだ。
    だからジルベールの背中には天使の羽が見えた。
    対して本作では、鳥が空を横切るカットはあっても、ジェルミが天使に擬されることはない。
    ジェルミとイアンはつかず離れず、悲劇的な死に回収されることもなく、ただ別々の命で別々の場所で行き、年に一度「冬の祭典」を重ねることで、自分の内から、そして相手の反応から、癒えるきっかけやヒントを探している……この忍耐強さが(作品の勁さであり、萩尾望都の強さであり)読者に分け与えられることに、本作の意義はある。

    ところで仮に作家自身が参照や影響を否定していても、やはり本作は竹宮惠子「風と木の詩」、山岸凉子「日出処の天子」、吉田秋生「BANANA FISH バナナフィッシュ」と共鳴していると感じた。
    個々の意識においては違う、とそれでもいうなら、少女漫画、いや漫画全般、いや創作そのもの、というか他者と関わることでしか存在できない人の命、と拡大した舞台の上で、響き合っている。
    対話に終わりはないということだ。
    単純にいつまでもいつまでもベッドの上で繰り返される痴話喧嘩という題材で木尾士目「五年生」も連想したが、意外とこれも二者関係と三者関係の狭間の人と人を描いているという点で、的外れな連想ではなさそう。

    他、
    ・マージョリーの「自殺好き」で、高橋弘希「日曜日の人々(サンデー・ピープル)」を連想。
    ・リンドンって、というかリンドンだけが、安心できるブイ(浮標)のよう。イアンにとっては、「冷静な分身」のような彼がいて、よかった。
    ・エリックとバレンタインの双子。→「半神」

    また、本作を思い出すとき必ず脳裏に再現された美しくも不可解なシーンについて、萩尾望都がインタビューで答えていた記事を見つけた。
    (以下引用)
    ――『残酷な神が支配する』のラスト近くに、ジェルミが墓地に行って、サンドラに殺人を告白すると、サンドラの亡霊がジェルミを抱きしめてキスをする、というシーンがあります。その後ジェルミはイアンに「殺人者でも人を愛することを試みてもいいのだろうか」と言います。そのサンドラの亡霊との邂逅は、ジェルミにとって、自分は愛されていたという証になっていたのでしょうか?
    萩尾 あれは、お別れのキスなんです。お母さんに告白するというのは、お母さんに別れを告げるということと一緒。見えない何かでお母さんに支配されていた状態から抜け出すんです。
    お母さんがお墓から出てきてキスするんですけど、実は私にもどうして出てくるのかわからないんですよ。でも、イメージの中ではどうしても出てきてしまう。これは、サンドラがジェルミに許しを求めているのか、告白しても許さないわよと言っているのかどっちだろうと思いながら描いていました。未だに実は分からないんです。どっちなんでしょう。両方かもしれない。
    ――そのシーンでサンドラは微笑んでいますよね
    萩尾 そうでしょう。怖いでしょう私も描きながら怖いな…と。私にも、サンドラが何を考えているのかはよくわからなくて。
    (引用以上)
    萩尾望都自身ですらわからないというのだから、読者としてはわかろうとしたりわかったと思ったりわからないと投げ出したり、再読以前と変わらず考え続けるんだろう。

  • イアンとジェルミ、堂々巡りの思考が繰り返されます。
    ジェルミの心に平穏を取り戻してくれるはずの、頼みの綱のカウンセラーの、心理的弱さが浮き彫りにされるシーン。
    ジェルミがつらい告白をすればするほど、面談の終わる時間を気にしたり、早く紅茶を飲みたいと思ったり、完全にクライアントの心から離れています。
    結局のところ、苦しむ人間の罪も闇も全て受け止められるのは、聖人でもカウンセラーでもなく、家族という繋がりを持つ関係だけなのでしょうか。
    そして、頼るべき家族に裏切られていた場合、人は気持ちをどこに向ければいいのでしょう?

    やはり、ジェルミのトラウマの根は、グレッグの向こうの母サンドラにありました。
    ようやくジェルミは、母親の墓参りをし、彼女に向き合うことを果たせます。

    人間は、自分達が救われるために神を創造しましたが、子どもにとっての実際の神は親であるという話になります。
    なんと、この『残酷な神が支配する』というタイトルは、そういう意味だったんですね。
    「非情な運命」という意味かと思っていましたが、「残酷な親が(子供を)支配する」ということと知って、震えました。
    親は子供を生贄とし、自分の人生の供養をさせるのだそうです。
    その犠牲者となったジェルミ、そしてイアン。

    ただ、もしかすると、そういった目にあわせたグレッグも、同じ目にあってきたのかもしれない、と思わせる回想シーンもありました。
    誰もが被害者であり、加害者になりうる存在。
    人間の原罪とは、かくも恐ろしいものなのでしょうか。

    心と肉体を完全に切り離し、愛を信じられなくなったジェルミ。
    彼とどう向き合えばいいのかわからないながらも、心を解かし、愛を伝えようと、時に優しく、時に暴力的に、常に必死に寄りそおうとするイアン。
    先の見えない絶望的な状態でしたが、ジェルミが亡き母に対面できたことで、ようやく暗闇の中に光がさし、立ちすくむ二人の前に道が開けていきそうです。

    「人殺しは人を愛する資格がない」と心を閉ざすジェルミですが、母を許し、時の流れにゆっくりと癒されることで、イアンという、すべてを受け止めてくれるかけがえのない存在に、愛をもって接することができそうな、そんな修復と再生へのかすかな希望を抱かせる終幕です。

    親と子。愛と憎しみ。神と生贄。自分のためと相手のため。
    難しい、重いテーマの長編作品に、読書中も、読了後も、深く考えさせられました。

  • とにかく細かく描写を延々と綴ります。
    私たちの日常でありがちな、主語の無い会話のイライラ
    「やめる?」「何を?」「旅行を?」「二人の関係を?」「何を?」
    早く言えといった、一瞬の不信や迷いや怒りを入れ込んで行きます。
    そこにただの絵物語ではない、実はよくある悲劇なのだと感じさせます。


    萩尾望都の世界は、そこに実在していない人物が普通に現れ、
    少女漫画を読みなれていない人には、
    「これ何?」「この人誰?」「何でこの人、急に葉っぱが生えてるの?」と、
    ストーリーや登場人物の迷子になるかもしれないけど、
    これが物凄くパニックしている精神状態に迫力を加えます。
    じれったいくらいに現実を知らなかったイアンが、現実を知るシーン
    「さあ、代償を払え」
    主人公のジェルミに義兄のイアンが殺人の告白を迫るシーン
    とにかく台詞がかぶります。
    会話と口には出していない思考や雑念が同時に、
    しかも、この順番でこれは同時に読め。と指図もされた様なコマ割りの緊迫シーンは迫力です。

    わあー。萩尾さんやってのけた。


    親自身が抱えているトラウマをそっくり子供は押し付けられる。
    生物として未熟で親に依存して育つしか選択のない子供は、
    親の感情に引きずられ、支配され、呪いをかけられるようなもの。
    親はそうして自分の人生の供養を子供にさせる。


    この漫画の登場人物は、カウンセラーを含め、実は誰も正論を言っていない。

    私もそう言う。私でもそうすると共感します。
    しょうもないカウンセラーの言うしょうもないカウンセリングシーンは、
    実際にネットやメディアでよく見る感じでリアルなダメさのえぐり出しに、
    萩尾さんのアンテナが冴えます。
    インターネットで正論を持って糾弾が大好きになってしまった想像力のない人達にも読んで貰いたい。

  • 文庫で全10巻。
    最初、10巻大人買いする勇気がなくて、4巻しか買いませんでした。そうしたら、一番苦しいところまででぷっつり途切れてしまって、苦しくて苦しくてとても後悔して、もう続きも買わないし、持っている4冊も売ってしまおうと思った。でも、最後まで買って本当ーーーーに、良かったです。

    義父に性的虐待を受けていたこと、義父を殺そうと仕掛けた事故により誤って母親を死なせてしまったことがきっかけで、深く苦しんでいるジェルミ。ジェルミは黒髪で、巻き毛で、まゆげがキリリと長く、まつげも長くて、濡れたような美しい目をしています。

    愛が信じられなくなってしまったジェルミを必死に抱きしめる義兄のイアン。イアンもまた、ジェルミとどう向き合えばいいのかわからず、利己的な気持ちも抑えられず、苦しい。

    お気に入りは、マージョリーです。自殺未遂を繰り返している設定なのだけど、作中ではたしか、1回しかしない。そしてそうでないときはいつも、ころころ気分がかわって、どこにでも行っちゃう、わがままで、頭の回転のはやい、とっても可愛い女の子。
    性格が会社の同期にそっくりで、かわいくてたまりませんでした(笑)。こういう女の子にふりまわされるの、けっこう楽しいですよね。作中ではお友達が明るくて、ほっとします。

    トラウマがあるすべての人に。

  •  …終わった…
     でもジェルミがこれで本当に救われたわけではない。過去に向き合えた、というだけで、これを背負って生きていくことに変わりはないし、その辛さにも変わりはない。ただ、生きる上で、隣にそれをすべて受け止めるという意志をもったイアンという人間がいること、彼を信じてみようと思えていることが変わったこと。そしてそのために、ふたりでずっと闘ってきたんだ。
     親子関係、近親相姦、愛憎、同性愛、心理学…本当にいろいろなテーマが混ざり合っていました。これは傑作長編。

  • 続きが読みたくて続きが読みたくて電車を途中で降りて買いに走ったことがあります。簡単には救われなくて苦しくて苦しいこのお話が大好きです。何度も読んでしまう。そのたびに消耗します。

  • すごいなと思うのは性被害者が自分の価値がわからず、健康な関係がわからず、性交渉しかわからず、自分を蔑ろにし、側から見たらめちゃくちゃな行動を取るということまで描いてくれたこと。

    • りまのさん
      ひたすらジェルミが、痛ましかった。読むのが、辛かった。この作品以降、萩尾望都様から、ポーの一族が再開するまで、離れることとなった。
      ひたすらジェルミが、痛ましかった。読むのが、辛かった。この作品以降、萩尾望都様から、ポーの一族が再開するまで、離れることとなった。
      2021/02/07
    • パン食べ隊さん
      分かります。リアルすぎて辛い。
      私もいつもフラッシュバック覚悟で読んでます。
      分かります。リアルすぎて辛い。
      私もいつもフラッシュバック覚悟で読んでます。
      2021/02/07
    • りまのさん
      全巻持っているけど、読み返せなかったです。でも、萩尾先生は、凄い覚悟で、この作品を、描いたのでしょうね。凄い方です。
      全巻持っているけど、読み返せなかったです。でも、萩尾先生は、凄い覚悟で、この作品を、描いたのでしょうね。凄い方です。
      2021/02/07
  • あれ!?
    おお……びっくりした…わりとハッピーエンドじゃないか……おかしいな、昔読んだ曖昧な記憶によるとバッドエンドだった気がしたのに……。昔の自分はこれをバッドエンドだと解していたのだろうか……。

  • はぁ・・・終わった・・・。

    解決という解決はしていないし、誰しも癒しきれない傷を抱えたまま生きていくことには変わりない。
    それでも、ジェルミはサンドラ、イアンはグレッグと向き合えたことは大きいです。

    愛する人がいてるから、
    受けとめてくれる人がいてるから、
    自分を捧げる人は親から他人へと変わっていく。

    感じ方は人それぞれですが、これほどまでに精神を揺さぶられる漫画を読んだことがありません。
    この作品を世に出し書ききってくださった、先生に感謝。

  • 終わったのか??
    ここまできたら、どこかで終わらせないと、終わらないから、
    終わらせた感があります。
    「子供は親の神への供物であり 親の人生の供養として存在するんだ」
    「親の親のそのまた親も 誰かの子供であり生贄だったんだ」
    親を選んで生まれてくる子ども
    その親を選んだ子も、その子に選ばれた親も現世での修行でしょうか

    とにかく、長編読破した!!満足!!!

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著者プロフィール

漫画家。1976年『ポーの一族』『11人いる!』で小学館漫画賞、2006年『バルバラ異界』で日本SF大賞、2012年に少女漫画家として初の紫綬褒章、2017年朝日賞など受賞歴多数。

「2022年 『百億の昼と千億の夜 完全版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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