こうふく あかの

著者 :
  • 小学館
3.17
  • (29)
  • (125)
  • (269)
  • (67)
  • (14)
本棚登録 : 1121
感想 : 170
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (178ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784093862097

作品紹介・あらすじ

お前は誰だ。俺の子ではない、お前は誰だ。39歳。男は、妻から妊娠を告げられた。それが、すべての始まりだった。30年の時間が流れた。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • ”サラリーマンは気楽な稼業と来たもんだ”、なんてよく言ってくれたものだと思います。そう思いませんか?みなさん!もちろんそれはサラリーマンだけには限りません。どんな仕事をしたって気苦労は絶えないものです。今日もお仕事お疲れ様です!

    と、まあなんだかんだと大変な中にも毎日は過ぎていきます。色々あっても私たちの日常は概ね『「平凡」という心地よい波の中を静かに進む』、そんな『安定感のある船に乗っているようなもの』そんな風に感じることができる日々。これはある意味『こうふく』なのかもしれません。でも生きていると時々思いもかけぬ出来事に、事件と言ってもいい位の出来事に出くわす可能性もあります。

    ある日のことでした。今日も一日大変だったなあと感じながら玄関の扉を開け、着替えて食卓のテーブルに座った貴方。そんな瞬間にいきなり奥さんがこんなことを告げたらどうでしょうか?
    『妊娠した』
    えっ、ほんとう?おめでとー!…と返せるのであればそれは『こうふく』という言葉を実感する瞬間です。でも、それが”身に覚えのない”ことだったとしたらどうでしょうか?『この三年ほど、俺たちはセックスをしていなかった』という状況だとしたらどうでしょうか?そんな時あなたは奥さんに、またはその事態にどのように対峙するでしょうか?

    大変な、それでいて『平凡』な、ある意味での『こうふく』の毎日に突如として突きつけられる『降って湧いた、この妊娠宣言』。この作品はまさかの人生の急転に遭遇した一人のサラリーマンの姿を通して『こうふく』とはなんなのかを見つめ直す物語です。

    『ある日、妻に、「妊娠した」と告げられた』、そして『俺は、腰を抜かすほど驚』き、『床に尻餅をつき、勢いテーブルに後頭部を強く打ちつけた』というのは主人公の靖男。『結婚して、十二年になる。俺は三十九歳、妻は三十四歳だ』という夫婦。会社では『順当に課長のポストをもらい、収入も今のところ安定している』という靖男は、『俺は「気さくな課長」「人格的にもリーダーに適している人間」として、常に安定した地位を保ってい』ると感じています。その『安定した性格は、家庭内でもそうだった』という靖男は、『何の記念日でも無い日に、小さなケーキや花を買って帰ったり』していることもあって、『私、大切にされている』と妻に思われているだろうと思っています。『彼女は典型的なお嬢さん的美人』という妻、『結婚して十二年、妻のことを心配したり、疑ったりすることは、一度も無かった』というこれまで。『「平凡」という心地よい波の中を静かに進む、小ぶり』の船に乗っているような毎日。そんな中で『唯一足りないもの、それがふたりの子供だった』という夫婦。しかし『この三年ほど、セックスはおろか、俺は妻に触れてもいない』という靖男。『結婚する前から、妻とのセックスは退屈だった』というその理由。『そこへ降って湧いた、この妊娠宣言』に驚愕する靖男。『相手は誰なんだ?』、『まさか、誰か分からない、と言うんじゃないだろうな』と問いただす靖男に『う〜ん…』と歯切れの悪い妻。『冷静な俺も、このときばかりは冷静ではいられな』いという靖男。『あの、あの、六月に行った、パリで…』と社員旅行のことを語り出す妻は、『あの、あの…、ごめんなさい』と頭を下げました。『よく言ってくれたね。辛かっただろう。もう二度とこんなことはしない、と約束してくれ、そして、残念だが、子供は堕胎しよう』と言う靖男。それに対して『え?私、産みます』と妻が言うのを聞いて『ひっくり返りそうにな』る靖男。『私、産みたいのですけど…』と泣きそうに言う妻。『俺の未来、会社での俺の未来、家庭での俺の未来、俺としての俺の未来』…と考える靖男。翌日、『そして、結論を出した』という靖男は『国子、産みなさい。そして、その子を、ふたりの子として育てよう』と告げました。そんな、夫婦の出産まで、そして運命の日、そして、さらに…という物語が描かれていきます。

    「こうふ あかの」というなんとも不思議な書名のこの作品は「こうふく みどりの」という作品と二部作として刊行されています。どちらから先に読んでも良いということだったので私は「みどりの」を先に読みましたが、一般的なイメージとしての二部作というような繋がりは両者にはなく、どちらを先に読んでもまったく問題ないと思いました。その一方で、この二作品は、『こうふく』というものを考えていく上で感覚的なふわっとした繋がりを見せてくれます。

    今回、このレビューを書くにあたって自身の「みどりの」のレビューを振り返りましたが、「みどりの」では、圧倒的なまでの大阪弁の洪水に驚き、そして魅せられた私自身がいたことがよくわかります。それに比べて「あかの」は、圧倒的なまでの東京弁がインパクトを持って読者に迫ります。東京弁でインパクト?とはどういう意味か。それを『私自身、しゃべる言葉が大阪弁なので』とおっしゃる西加奈子さんがこんな風に説明します。『「今、君はそう言ったが」とか、普通、言わないじゃないですか。自然に書こうとしても無理なんで、徹底的に、翻訳小説のようにちょっと不自然な「東京弁」にしてみました』と、わざと『ぎくしゃくした感じ』で書かれたというその文体。それは、特に主人公・靖男の語りに顕著になって現れます。ありえない妊娠を妻に問い詰める場面、そんな場面で『よく言ってくれたね。辛かっただろう』と言う靖男。東京に住んでいる人でも、絶対夫婦でこんな話し方はしない!と思われる強烈な違和感が襲います。西さんの説明を知らないで読んだ方は違和感抱きまくりになること必至だと思うこの文体。そう、それを分かった上で読むと、この文体がある種の演劇を見ているかのようにも思えてきて、逆に独特な世界観が形作られていきます。大阪弁にこだわった「みどりの」、そして『不自然な「東京弁」』にこだわった「あかの」。物語的な繋がりは薄い一方で、全く正反対な文体にこだわった二部作、そんな繋がりで両者が不思議と結びついたようにも感じました。

    そして、この「あかの」には時空を超える仕掛けが用意されています。この作品の舞台、上記した靖男と妻の物語は「二〇〇七年八月」から出産までの期間が描かれます。そこに、あらすじにもある通り『二〇三九年、小さなプロレス団体に所属する無敵の王者、アムンゼン・スコットの闘いの物語』が唐突に登場します。『二〇三九年』とはなんとも微妙な年代設定。物語の結末へと向かう中でその絶妙な年代設定の妙にも感心することになりますが、それ以上に私が魅かれたのはこの未来の世界のありようをこんな風に設定した西さんの想像力です。『二〇三九年、世界ではふたつの国が崩壊し、新たな国がひとつ生まれた。人口はすべてコンピュータで管理され、二〇二〇年以降に生まれた子らには皆、背中にICチップが埋め込まれている』というその設定。この作品が書かれたのは二〇〇八年です。それから十二年後の現代には『背中にICチップが…』という時代にはまだなっていなかったのが現実ですが、近未来小説としてありえそうな空想ではあります。その一方で『二〇三九年を迎えた今、日本では、プロレスという競技そのものが縮小傾向にある。大きな団体は軒並み潰れ、NWプロレスのように、小さな団体が虫の息で地方を巡業している』とプロレスの未来の姿も描かれていきます。SF小説多々あれど、プロレスのこんなリアルな未来を対比させるかのように描く西さん。『物語の最後、全くの新人レスラーの挑戦を受ける』と書くあらすじの先に見るその結末は、なんだか遠い未来が少し身近に感じられる、そんな上手さを感じました。

    『降って湧いた、この妊娠宣言』に『腰を抜かすほど驚いた』という主人公・靖男の胸中と行動が巧みに描かれていくこの作品。誰だって、”身に覚えのない”子を妻が妊娠したと聞けば同じように驚くことは間違いないと思います。もし自分の身に降りかかったらなんて想像もしたくないことですが、そうなった時に人はどういう風になるのだろう、ゲスの極みのような考え方ではありますが、この作品にはそんな男の一つの姿を見ることができました。『俺の未来、会社での俺の未来、家庭での俺の未来、俺としての俺の未来』と呆れるほど自分勝手に考えていく靖男。しかし、社会に生きるひとりの人間として、もし自分だったとしてもやはりこのようなことを考えるのではないか、とも思います。しかし、『国子、産みなさい』などと果たして言えるのかどうか、このあたり価値観は分かれるところかと思います。そしてこの判断の先の靖男の胸中の描写は靖男という男の弱さを露わにしていきます。『妻を見ていると、やはり過ちの相手のことを思い出させられ、苦々しい気持ちにも、自暴自棄な気持ちにもなる』という靖男。『俺は結局妻を寝取られた男であり、それはつまり、敗北者なのである』と考えていく靖男は『妻が他の男と同衾したということは、妻は一瞬でもその男に惹かれた』という事実に拘りを感じていきます。その一方で『俺は「寝取られた」のではない。俺たちに足りないものを、別の手段で妻に作らせたまでだ』とこれは何とも強がりとも言える考え方もしてみせる靖男。このあたりの逡巡する気持ちが絶妙な表現で描かれていきますが、そんな中でふと感じたのが、西さんがこだわった『不自然な「東京弁」』でした。常に他人の目を意識し、安定した『普通』の人生を歩むことを第一に考える靖男。しかし、その外面からは見えない、どこか不器用な小心者である靖男。そんな靖男の生き方がこの西さんの文体が故に絶妙に浮かび上がってくる、そんな風に感じました。

    『本を読むときいつも、誰かと「つながっている」と感じる』と語る西さん。主人公の設定や時代背景も全く異なる「みどりの」と「あかの」という二つの物語。女性の力強さをストレートに感じる「みどりの」に対して、男性の目線を通して実は女性の力強さを描いていると感じる「あかの」という二つの物語。この世に『こうふく』を求めない人などいません。しかし、人によって『こうふく』という言葉に思い描くものは多種多様です。これら二つの物語で描かれた主人公たちそれぞれが考える『こうふく』が描かれた物語。

    『こうふく』とはなんだろう、人として生きていく中で、そんな根源的な問いかけを改めて意識する機会を与えてくれた、そんな作品でした。

  • 2つの話が書かれているが一つしか読まなかった。
    いたって普通のサラリーマンの主人公とその妻
    仕事を軸とした物語

  • はるさん推薦

    バリで不倫した妻は妊娠をする。
    夫はそれを聞き、戸惑いながら、仕事をしたり飲んだり旅に行ったりする話。


    30年後の世界も同時に描かれている本。
    好みは分かれそう。


    夫はそりゃ混乱するよね、とも思う。

  • ザーサイと、サバ缶。

  • 主人公の男性の真面目さ?人からよくみられるようにする為にしていることが裏目にでているような内容が興味深かった

  • 「こうふく みどりの」に引き続いてのこちら。

    ふたつは全くの別物語です。上下巻でもなく、シリーズものでもなく、それぞれ個別で完結してるので両方読むもの良いし、片方だけ読むもの良いし、続けて読むもの良いし、はたまた忘れた頃に2冊目を読むのも良いし…といった感じでしょうか。

    39歳のサラリーマンやすお、周りに自分を良く見せる事に全力を注いで、さらに周りを常に見下して生きているちょっと痛い奴。自分の妻でさえ心の中でバカにして優越感に浸っている始末。
    ところが結婚して12年、ここ何年かは触れた事もなかった妻からの突然の妊娠報告。
    人から笑われたり憐れまれたり同情されたりするのを何より恐れるやすおは一体どうなることやら…。

    会社でも近所でも必死に体裁を繕うやすおに笑えましたが、ストーリー的には個人的に「みどりの」の方が好みでした。

    「あかの」の方もテーマはやはり繫がり。「みどりの」と共通する部分は話の中に出てくるプロレスですかね。

    私自身プロレスは全く興味が無いのであれなんですが(イマイチ共感できる部分が無かった…)、登場人物たちはこのプロレスに自分自身の人生を重ね心の拠り所にしてます。

    プロレスを中心に過去や未来、人との繫がりが描かれていて、西さんが感じた「繫がり」というものは充分伝わってきました。

  •  人生をうまくいかせようとしている男に降りかかる火の粉……というか自業自得な人生のお話。
     「こうふくあか」のとどこか繋がっている作品でもある。

     彼視点なのに彼の思考回路が面白いと思わせてくれる。
     妻こえー(笑)

     あとがきが「こうふくあかの」と同じなのががっかり。
     違うの読んでみたかった!

  • クリスマスが近いという事で(嘘)

    西加奈子の「こうふくみどりの」と「こうふくあかの」の2冊を一気読みw

    赤と緑の装丁がクリスマスカラーぽく(内容はクリスマスは全然関係ないけどw)、また村上春樹の「ノルウェイの森」の装丁ソックリ(笑)

    これ絶対パクリじゃろw

    みどりのは中学生の女の子の変わった家庭環境と切ない恋心に関西弁丸出しの文面w

    あかのは仕事も人間関係もそつにこなす旦那の箱入り娘の阿呆な奥さんが……!!!⁡

    それからの旦那はw

    全く違う内容の話じゃが、何故かアントニオ猪木が共通項に成ってて、ちょっぴりリンクする所もあったりして。

    西加奈子の織り成す人間模様が何とも言えず♪

  • 主人公の、他人を見下して生きている様子の描写がたまに自分と重なる。好かれたくて自分を押し殺して他人の為に尽くしてるつもりでも、他人の気持ちまでは操作できない虚しさが付き纏っていて苦しくなる。

    主人公から見たら何を考えているか分からなかった奥さんが気持ちを溢れさせて正直に告白するところは切なくて泣いてしまう。

    テーマは重いけれど、読んでいてそれは感じず、主人公の嫌な感じも少しコミカルに思った。所々に挟まれた小説を読んだら点と点が繋がり、頭の中はビックリマークになって二部作である「こうふく みどりの」を早く読みたくなった。

  • しばらくしてない妻から妊娠の報告を聞いた男と、30年後のボクシングの試合のシーンが交互に繰り返される。

    部下に嫌われたくない、イケてると思われたい課長が言動を計算してるのがリアルだった、発言が痛かったけど…笑。

全170件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1977年イラン・テヘラン生まれ。2004年『あおい』で、デビュー。07年『通天閣』で「織田作之助賞」、13年『ふくわらい』で「河合隼雄賞」を、15年『サラバ!』で「直木賞」を受賞した。その他著書に、『さくら』『漁港の肉子ちゃん』『舞台』『まく子』『i』などがある。23年に刊行した初のノンフィクション『くもをさがす』が話題となった。

西加奈子の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×