狗賓(ぐひん)童子の島

  • 182人登録
  • 3.71評価
    • (16)
    • (19)
    • (23)
    • (4)
    • (1)
  • 30レビュー
著者 : 飯嶋和一
  • 小学館 (2015年1月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (555ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784093863445

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

狗賓(ぐひん)童子の島の感想・レビュー・書評

  •  傑作『出星前夜』から6年。稀代の寡作家、飯嶋和一さんの新刊がついに読める。前作はこれまた傑作の『黄金旅風』から4年だったので、大いに気を揉んだ。今回は隠岐が舞台。日本史の教科書にはほとんど登場しない離島で、何が起きていたのか。

     弘化三年(1846)、隠岐「島後」に大坂から1人の少年が流されてきた。西村常太郎、15歳。彼は、大塩平八郎の乱に父の履三郎が加担したため、6歳から親類に預けられ、15歳になるのを待って、流刑に処されたのだった。

     翌年、常太郎は狗賓が宿るという「御山」に足を踏み入れる。そこは聖地であるのに、なぜ流人の自分を。しかし、『狗賓童子の島』というタイトルを感じさせるのは序盤だけ。残りの大部分で描かれるのは、人間たちの業。そこにもはや信仰などない。

     江戸幕府が開国を迫られる動乱期、長年松江藩の支配下にあった島後にも、否応なく変化の波が訪れる。海運で栄える港と、窮する一方の山村。藩と民の間に立つ庄屋衆への不満も募る。積年の憤懣は爆発寸前。小さな島が二分されていく。

     最も冷静に、俯瞰して見ていたのは常太郎かもしれない。彼は医師として島後に根を下ろしたが、薬種を入手してくれる庄屋衆の協力がなければ、何もできない。庄屋衆が私利私欲で動いてなどいないことを、常太郎はわかっている。だが民は…。

     過去にも、幕府側を厳しく描いてきた飯嶋さんだが、今回ほど憎らしく描いたことはないのではないか。批判は幕府だけでなく新政府にも及んでいることに注目したい。御一新に一縷の望みを託す若衆たち。しかし、島後が搾取される構造は何ら変わらない。そんな絶望さえも容赦なく描く。これだ。これぞ飯嶋流時代小説だ。

     帯にはでかでかと「全島、蜂起!」の文字。かなりの血が流れることを覚悟した。ところが、前作に描かれたように、蜂起衆が暴徒と化すようなことはない。これが離島で育まれた、自らを律する精神か。そんな高潔な島民たちに、業を煮やした松江藩は…。

     薩長など新政府主流派の思惑も絡み、翻弄される島後。一部若衆の勇み足は否定できないものの、父履三郎がやむにやまれず蜂起したことを、常太郎も知る。指弾されるべき松江藩は、全力で生き残りを図る。滑稽なまでの保身は、ある意味逞しい。そんな中でも、流人の身を嘆かず、医師としての務めに邁進する常太郎に救いを見る。

     現代の日本に、狗賓は宿るか。常太郎はいるか。本作が突きつけているのは、自分の身は自分で守れという真理ではないか。そう思われてならない。

  • 2016.1.28.隠岐島に流された15歳の少年、西村常太郎。大塩平八郎に与した大坂河内の庄屋西村履三郎の遺児。六歳で捕らえられた常太郎は十五歳になるのを待って遠島の刑に処せられる。存外、あたたかく迎えられた常太郎は島の医師に預けられ、医師として成長していく。全く知らなかった隠岐島の幕末事情。農業や海運業の詳細、常太郎の島民への治療の詳細、松江藩による圧政に苦しめられる島民の蜂起など詳しく描かれ、大変面白かった。敬意を込めて星5つ。

  • 飯嶋和一の新作は買わないわけにいきません。

    飯嶋和一は、現代日本のウディ・ガスリーだと思う。

  •  飯嶋和一6年ぶりの新作、といえば期待しないわけにはいかない。この人の本はたぶん全部読んでるけどほんとにはずれがない。毎回感動しまくり。本書も期待にたがわぬ力作だ。舞台は幕末の隠岐の島。大塩平八郎の乱に父親が連座したというだけの罪で数え年15歳になって流人の島隠岐の島後へ流されてきた西村常太郎が主人公。島民に思いがけず温かく迎えられ医術を学ぶ機会を得る。それからの常太郎の医師としての活躍はそれは感動的ではあるけれど、流人という立場もあって物語全体の大きな歴史のうねりの中では存在感が薄い。それが読後感に熱いといよりはむしろ静かな印象を与えている。これはこういうものとして完成された作品ではあるが、魂を揺さぶられるような感動までには至らないのが少し残念。タイトルにあるようにこれは一個人というよりは島が主役の物語なのだ。隠岐は昔島前までは行ったことがある。海が荒れて中ノ島に閉じ込められ島後へは渡れなかった。今度は島後へ行ってみたいと思った。

  • 面白かった、、、久々にわーっと読みました。いやほんま、飯島本にハズレないですねぇ。先日諏訪で雷電像を拝見したときに、『雷電本紀』を思い出して再読したいなぁ、とアマゾってたらこちらが出てきました。主人公は大塩平八郎の挙兵に連座した父・西村履三郎の長男で、当時6歳だった常太郎は以後9年間親類宅でいわゆる自宅禁固後、15歳で単身隠岐へ遠流。思想的一揆的な物語になるかと思いきや、実は江戸末期医療ドラマ。常太郎が隠岐で大切にされ、地元の人々と良いコミュニケーションをし信頼関係を築きながら医師となって、最後は明治維新の新政府恩赦で河内に向かう(島を出る)ところまで。特に島(密室)でのコレラや麻疹(赤もがさ・はしか)アウトブレイク、それに天然痘の予防接種牛痘の啓発事業などの医療ドラマ部分がものすごく面白い。が、残念なことに全てのエピソードが完結せずに中途半端なところで場面が変わって行くのがちょっとモヤモヤした。大変な歴史の動いた時期で隠岐でも色々と興味深いことがたくさんあったのだろうが、全部並列的に書き込まれているところがもったいないところ。そこらへん差っ引いてもものすごく面白かったです。できたら河内で弟と母と再開し、最後死ぬところまで描き切ってほしかったです。どうもスッキリ感が少ない。

  • 幕末期の隠岐島。そこに暮らす人々は、島の風土を大切に生きている。しかし人々が時代の流れにのみこまれて変化していく姿がすごい。

    全く知らない事ばかりだったのでとても勉強になった。またいつかじっくりと再読したい。

  • 2016.8 いや長かった。でも幕末はこんな腐敗した奴らばかりだったんだろうか。大塩平八郎の乱は言葉しか知らなかったけれど見直してしまいまさした。芯のある小説でした。

  • 常太郎が6歳のときに父が大塩平八郎の乱に加担したため、15歳になるのをまって島に流刑にされるところから話が始まる。

    江戸時代の終わりの民の生活が力強く書かれていて、中盤まで一気読み。流刑者である常太郎と島の人たちの関わりがとても心地よかった。ここまでなら★5?
    途中までは主人公は常太郎だと思い読んでいたが。。。

    途中から誰が主人公かわからなくなってきたくらいからが長かった。歴史に裏づけされた松江藩と島の人たちの混乱のところが、登場人物が多いし、ちょっとしんどかったです。
    動乱の時期を島民目線でかかれているので、この時代のことが違った目線でみることができ,
    そういったところは、さすがだなと思いました。

    最後は、あっけなく。
    勝手な想像で最後は狗賓童子が現れるのかと思ったりしていたので・・・。

  • この人の作品は、力がある。「生きる」と言うことを真剣に考えている登場人物に心動かされているうちに読み終わった。
    江戸の姿を借りているが、現代でも同じことは言えると思う。生きることを考えたい。

  • 一人の流罪になった青年(流罪になったときは十五歳と少年である)が医術を学び信頼を集めて、その間維新が起きて云々~というお話。
    農業の描写とか医術の描写とかすごく調べたんだろうなあと尊敬したけど物語としては特にそこまで好きではなかったかも。
    お初の生き様は好きでした。
    文字を頑なに拒む女性。

  • 常太郎は豪農の庄屋の家に生まれますが、6歳のとき父が大塩平八郎の乱に加担したことで、15歳まで待って隠岐に流刑されます。赦免されるまでの22年間わたる隠岐での幕末の様子を緻密かつ丹念に書き込まれています。大塩平八郎の乱のディテールがわかって興味深いのと、漢方医になってコレラと戦うまでは熱かったですね。地方から見る幕末というのは「夜明け前」を思い出しました。550頁余りの大作ですが、エンターテイメントではないので、心して当たるべき作品です。

  • 著者の新作を読める時代に生まれていて本当に幸せだと思う。しかし、本書は発売と同時に購入したものの、この休みまで読むことができなかった。著者の作品は片手間では読むことができない。それほど詳細かつ重厚だからだ。
    著者の作品の殆どは圧政に立ち向かう人々の姿を描いているが、本書はその中でも特に完成度が高いと思う。デモクラシーとは衆愚政治と直訳するそうだが、為政者が最もの望んでいるのが衆愚であると本書は訴える。言いえて妙だと思う。

  • 幕末の隠岐の島を舞台に,流人と島民,何より庄屋達の生き様を描いて重い.

  • 江戸時代の人達って、こんな風に生きていたんだろうなぁ、と納得してしまう描写の力は相変わらず。巻末の参考文献、あれだけでこんなに書けてしまうのは凄いとしか言いようがないです。最後、へっ?って位呆気ないですが。

  • 父親が大塩平八郎の乱に加わったため、15歳になるのを待って遠島になった常太郎。
    常太郎の目を通して隠岐の島後を見つめる。
    松江藩の暗愚な支配、飢饉、庄屋と村人の確執、流行り病、維新。
    主人公は島。

  • 大塩平八郎は歴史上の人物ということしか知らず、ましてや松江藩と隠岐との関係などまったく知るよしも無かった。今でこそ松江は観光都市としてあこがれの町だが、この当時の松江藩たるや情けないの一言に尽きるありさま。それに比べて鳥取の境や米子の商人たちの開放的な人柄。現在は当然隠岐は島根県だが、鳥取県に鞍替えしたらどうだろうと思ってしまう。
    それはさておき、とにかく隠岐の地名が頻繁に出てくるので、グーグルマップのストリートビューで現在の風景をみながらの読書となった。これがまた楽しい。この道を主人公の常太郎が通ったんだな、などと想像を膨らませながら読ませてもらった。
    作品の面白さに関しては何も言うことはない。
    そりゃそうだ。飯島さんの作品はどれをとってもすばらしい。

  • 大塩平八郎の乱に連座した西村覆三郎の子、西村常太郎が隠岐の島に遠島になった後の話。
    民衆と幕府の対立、流刑の島の生活、感染症の流行等、細かに書かれています。
    ゆえに、重い。楽しめる読み物では無く、読むのに時間がかかる時代小説。
    タイトルの「狗賓(ぐひん)」は天狗の事。それが大事なキーワードかと思ったら、殆ど出てこなくて、あれ?という感じ。
    そして終わり方が突然で。えっ、その後は? となりました。

  • 父西村履三郎が大塩平八郎の乱に連座したがため、その息子というだけで隠岐へ遠島となった常太郎の物語かと思わせながら、搾取され、支配者に翻弄される庶民や島の物語へと、視点がぐぐっと拡がっていく。
    遠島の地といえば、あれ荒んだ場所のように思ってしまっていたけれど、当然ながらそこには元々住まう人たちがいて、日常があったのだ。政治犯や冤罪も含めて、罪を問われた人たちを迎えねばならなかっただけでなく、重税や場当たりでしかない執政に苦しめられる、その憤懣を思うとやりきれない。
    幕府から明治政府へ変わっても、結局何も変わらない失望感は、今の私たちにもリアルだ。

  • 所々、面白いところもあったが、飯嶋和一にしたら、今ひとつかな。少し残念。

  • 私は基本的に長い小説は好きだが、これはその中でも読んでいる途中に、長いなあ、と感じてしまった。
    スケールの大きな世界観に引っ張られ読み応え自体はあるし、また筆運びも確かなことは間違いないのだが、物語の骨子に必要のない固有名詞が大量に出てくることによるとっつき難さが若干あり、ストーリーのメリハリも効かされてはいないから、平坦な印象を受ける。
    ある意味、雑誌連載物の典型、と言える面があるかもしれない。
    タイトルにもなっている"狗賓童子"というギミックが後で活かされるのかと思いつつ読み進めたが、それもなく、全体構成においてはちょっともったいないことをしている、とも感じた。
    期待が高かっただけに、評価も厳しめになってしまったか。

  • 時代が変わっても、変わらない島の人々の奮闘が描かれている。主人公は病気、島の人々は支配制度と闘うのは読み応えがあったが、いろいろ描いた分、やや散漫になった印象もある。描写が細かすぎてよくわからないところもあったが、ここまで書けるのは素晴らしい。

  • 本土と隔絶した遠流の島、千年杉から舞い下りる狗賓、その警告を受け島の治安を守る選ばれし童子たち。タイトル通りの物語でも充分魅力的だったろうが、著者の視点はずっと大きく、幕末・維新期に起こったいわゆる「隠岐騒動」の顛末を虚実交えて語り尽くす。読者が最初に気づくのは、この頃の島民の置かれた状況が今日のわれわれといかに酷似しているかだろう。黒船来航だ、攘夷だ開国だと言っても、所詮は本島のことと安穏とは構えさせてくれない。島民たちは、猛威を振るう新たな疾病や突如現れる外国船に右往左往し、厳しくなる貢納に辛苦する。

    耐え抜いた末に立ち上がる義民を描かせたらまさに並ぶ者なし。始まったら止まらない蜂起や擾乱のスピード感も圧巻の一語。さらに大きな賞の期待も高まるだけに悔やまれるのが、本作の繰り返しの多さ。島を席巻しそうな病禍の存在に気づき主人公が大庄屋の家で切々と危険性を訴えたと思ったら、集めた村役の面々にも再度同じ話を繰り返す。他にも島民の結びつきの強さなど、何度か同じ説明の繰り返しが見られ、本作のボリュームをいたずらに大きくしている。

  • 遠い河内の母と弟妹、九年間育ててくれた伯父塚口源右衛門と伯母えい、もはや二度と会うこともない家族や親戚の人たちの顔が浮かんだ。父履三郎と、連座して獄中に果てた伯父松浦寛輔と伯母こと、父の蜂起参加から半年後に逝った祖母十枝、自分を愛してくれた誰もが、その生死とはかかわりなくすぐ側にいるのを感じた。

  • 大塩平八郎の乱に連座し、蜂起した庄屋 西村七右衛門の長男常太郎は、15歳の年に隠岐に流される。
    流人とはいえ、自らが罪を犯したわけではなく、しかも父の罪も徳川幕府の圧政に苦しむ農民を救うために起こしたもの。隠岐の民は常太郎を静かに受け入れる。
    やがて医師となり隠岐の人々を助けることになる常太郎の二十二年間を通し、当時の徳川幕府の下にある松江藩の役人の放蕩、島の暮らし、そして攘夷、倒幕の動きなどを淡々と克明に描いた大作。
    流人である定めを負って生きる常太郎の、淡々とした強さを感じた。

  • この作品もそうなのだが、長編で内容も濃く面白い作品が多いが、魅力的な登場人物の掘り下げが浅く、何となく不完全燃焼感が有る。

全30件中 1 - 25件を表示

狗賓(ぐひん)童子の島を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

狗賓(ぐひん)童子の島を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

狗賓(ぐひん)童子の島の作品紹介

歴史小説の巨人、6年ぶりの新刊!!

弘化三年(1846)日本海に浮かぶ隠岐「島後」に、はるばる大坂から流された一人の少年がいた。西村常太郎、十五歳。大塩平八郎の挙兵に連座した父・履三郎の罪により、六つの年から九年に及ぶ親類預けの果ての「処罰」だった。
ところが案に相違して、島の人々は常太郎を温かく迎えた。大塩の乱に連座した父の名を、島の人々が敬意を込めて呼ぶのを常太郎は聞いた。
翌年、十六歳になった常太郎は、狗賓が宿るという「御山」の千年杉へ初穂を捧げる役を、島の人々から命じられる。下界から見える大満寺山の先に「御山」はあったが、そこは狗賓に許された者しか踏み入ることができない聖域だった。
やがて常太郎は医術を学び、島に医師として深く根を下ろすが、徐々に島の外から重く暗い雲が忍び寄っていた。

『神無き月十番目の夜』『雷電本紀』『始祖鳥記』『黄金旅風』『出星前夜』と、いずれも歴史小説の金字塔となり得る傑作ばかりを書き続けてきた作家・飯嶋和一。
いつの頃からか、書評家や書店員のあいだで、「飯嶋和一にハズレなし」と語られるようになった作家の6年ぶりの新刊です。
今回も超弩級の大作です。存分にお楽しみください!

ツイートする