でんでら国

  • 82人登録
  • 3.97評価
    • (9)
    • (13)
    • (8)
    • (1)
    • (0)
  • 11レビュー
著者 : 平谷美樹
  • 小学館 (2015年1月14日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (391ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784093863995

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

でんでら国の感想・レビュー・書評

  •  『でんでら国』平谷美樹    小学館



    今度こそ、姥捨の話…?(笑)と思うのですがまたまた驚く様な物語設定に一気読み。



    時は幕末。士農工商といえども、厳しい年貢米の取り立てで、飢饉になれば飢え死にしたり、間引きが絶えない農民達の暮らし。ところが陸奥の国の、八戸藩と、南部藩に挟まれた小国、戸館藩の「大平村」だけはそれがない。その為、この村では食い扶持減らしの姥捨、「棄老」をしているとの噂が立ち、「大平村」は周囲の村から忌み嫌われている。



    ある時、南部藩から御用金の調達を命じられた戸館藩は、五千両の御用金を捻出する為に、大飢饉の際損耗届けを出さずに年貢を納めた大平村に隠田がある事を疑い、役人を村に寄越して調べさせることに。今で言えば、マルサのお役人である。死罪に当たる隠田の重罪と、姥捨の疑いに、村人達はどう対処するのか…?



    始まりは、しんみりと時代小説独特の書き出し。時代物を読むのは久しぶり…と読み進めるうちに、話はどんどんトンデモナイ方向に。いや、面白い事に。(笑)幕末、痛快、老人エンターテイメント!武士 VS 百姓のバトルファンタジー?時代劇コメディー映画を観るよう。何だ何だこれは、と夢中で読み進めるうちに、不思議と元気が出てくる、年取る事が怖くなくなる自分。長生きしたら、「でんでら国」、行ってみたい。

  • いい!私のツボガッツリ押すタイプ( ´艸`)
    私も年をとったら、でんでら国に入国したい

  • 幕末老人エンタテインメントとある
    深刻な問題をはらんでいるのに痛快で楽しめた
    老人たちの桃源郷
    厳しい現実を闘いつつ
    ≪ 百姓の 気概をみせて 姥捨ての ≫

  • 2015年8月西宮図書館

  • 姥捨て、隠田、飢饉、老人介護等、暗い題材を扱いながら、痛快老人エンターテイメイントになっていて、一気に読んでしまいました。

    老人だけの「でんでら国」では、呆けたからといって疎ましく扱われる事なく、また明らかに失敗しそうな作戦に固執する老人に、苦笑しながら「そこまで言うなら、好きにすればいい」「好きにするさ」と大らかな世界が印象的でした。
    ちょっと、老人に体力がありすぎる気がしますが、エンターテイメントなのでまぁ良いかな。

    最後まで、侍は自分勝手に書かれています。「でんでら国」(百姓)には、もっと完全勝利を手にして欲しかった。

    山に住む猟師の一団、「野狗手(ぬくて)」の狼使いの少女、鰍(かじか)と、人も獣も殺すことを何とも思わない、やり手の狼獲(おおかみとり)小五郎のやりとりに考えさせられました(P-351)

    (鰍)
    「狼が減れば、鹿、青鹿、狐狸の類が増える。それらが増えれば、今度は田畑を荒らすようになる」「狼獲は、狼を獲れば銭がもらえる。民百姓どもも同じだ。そのために狼は際限なく狩られ続けている。人が食うために獣を狩るのはよい。肉を腐らせるほどには獲らぬからだ。だが、農作物を守るという名目で獣を狩れば、狼狩りと同様に際限がなくなる。猟師ばかりでなく民百姓まで、銭のために獣を取り尽くす。政を司る者ならば、そのあたりの人の欲というものをよく考えよ。」

    (小五郎)
    「生きるための殺生は許される。ならば、人が生きるために行っていることの結果、狼が我らに撃ち殺される事は、許されよう。狼が減ってほかの獣が増え、田畑を荒らすならば、その獣も撃てばよい。それも許されるはずだ。そして、獣の生き方が異なるのと同様に、人もまた獣と違う生き方をする。美味い物を食いたい。今より少しは楽な暮らしがしたい。そのために森が伐られ、山が削られるのだ。そして、いずれ狼はいなくなる。野狗手は消える。狼獲もまた姿を消す。それは人が生きていくために行ってきたことの結果だ。許されることであろう。それに、百姓は猟師のことを慮ることはない。職人は百姓のことを慮ることはない。商人、侍も同様だ。己に降りかかる不幸以外は、他人事なのだ。だから狼は滅びる。そして野狗手、狼獲も滅びる。お前がさっき申したように、狼が滅びたことが遠因で己に不幸が降りかかって、初めて人は慌てる。そういうものだ」

  • 2015年1月刊。書き下ろし。始まりからぐいぐいとひきこまれました。楽しく面白いお話です。小松左京賞受賞は伊達では無いです。

  • 陸奥の国、八戸藩と南部に囲まれた2万石の小国外館藩大平(おおだいら)村では60歳になるとでんでら国へと旅だって行く。
    老人たちの生き生きした姿、共同体としてのあり方、山伏や野狗手とのつきあい方、百姓の地に着いたたくましさ。欲を出す老人も居てご愛敬ですが、幕末の東北を舞台に、老後を考えさせつつも、なにより痛快な物語が展開します。
    視覚的にも面白いです。現代に通じるテーマなので、是非映画にしてほしい!

  • ここまで上手く行くだろうか ってところは端々にあるけどそれは杞憂に近いことなのかもしれず、一度死んだと心構えした人達のある種の諦めを見越しての敢えての仙郷なのかもしれない。
    隠田と武士と農民よりも、狼をめぐってのやり取りのほうが現代に通じる対話だった。

    人間誰しも老いるのだなあ。

  • 読んでいて気持ちのいいこと!痛快でした。

  • この話を読むと
    60歳の方が
    ほんの若造に思える。
    大活躍。
    棄老の噂のある村と
    棄老しただけでは
    飢饉の年に税を満額納める額には
    ならないと気づいた侍たちとの
    知恵比べ。
    二転三転どこまで転がるか
    おもしろい。
    かたづの!の舞台のおとなり。

  • お年寄りだからこそ、役に立つこともあるのだ。

全11件中 1 - 11件を表示

でんでら国に関連する談話室の質問

でんでら国を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

でんでら国を本棚に「積読」で登録しているひと

でんでら国の作品紹介

姥捨山のその奥に老人達の桃源郷があった

時は幕末、陸奥国の八戸藩と南部藩に挟まれた二万石の小さな国、外館藩西根通大平村が舞台。大平村には、60才になると全ての役割を解かれ、御山参りをする習わしがあった。御山参りと言えば聞こえはいいが、それは大平村へ戻れない片道の旅。食い扶持を減らす為の村の掟であったのだ。
ある日、代官所は、そんな大平村が、飢饉の年でも年貢をきちんと納めることを怪しく思う。姥捨山に老人を捨てているからだという噂もあるが、それでも老人を減らすだけで、重い年貢を納めることができるものかといぶかしむ。そこで代官所がたどり着いた答えは、「大平村は隠田を開墾しているのではないか」という疑惑だった。隠田を持っていることは、死罪にあたる時代、果たして真相やいかに・・・?代官と農民の知恵比べ。幕末老人痛快エンタテインメント!

【編集担当からのおすすめ情報】
原稿を最初読んだとき、あまりの面白さにページをめくる手が止まりませんでした。今、まさに見直したい「老人力」。老人達の知恵と勇気が詰まった、この小説を読むと、年を重ねる楽しさが伝わってきます。高齢化社会に突入した日本へ、たくさんのヒントが詰まった物語です。

ツイートする