| ブログで紹介する» |
|
Check |
|
|
作品の紹介・あらすじ
頭で考えずに、もっと五感を使おう。するとイライラや不安が消えていく―
東大卒現役僧侶による休脳のすすめ
文庫版、電子書籍版も発売中。
この作品からのみんなの引用
みんなの感想・レビュー・書評
沈黙入門に比べて、より筆者が僧として経験を積んだのが感じられる…つまり、俗物の私には真似するのがやや難しいレベルに達しておられて、まさに「練習帳」。
巻末の農科学者の池谷裕二氏との対談は脳科学と精神の結び付きとして、とても興味深い。
刺激を求めて不必要なことを考えて、結果イライラする。目の前のことに集中して、思考のノイズを取り除けば、考えても仕方ないことで無駄な時間を過ごすことがない。■要旨はわかるけれど、それを実現するための手段がちょっと現実的でないというか。瞑想の域の話なんだけど、そこまでしないといけないかなぁ、そこまでしちゃうと考えないといけないことも考えられなくなってしまわないかなぁ、と。最後の対談には手段じゃなく目的が一番書かれていて、まずはここを読むべきかも。
考えない練習のタイトルに惹かれ手にとってみた作品。
この中で自分に当てはまることは
・twitter等のSNSに依存している
・必要のないものでも「いつか使うと思い捨てないでいる」
・安いものに目がいき、良い食材を使っていない
・人に優しくの意味を履き違えているのでは…?
・イライラしたときの対処法を知らない
この中でも「人に優しく」が今年のテーマだった僕には衝撃的
でした。ちょっとその意味と僕が目指すべきものを再考しなくちゃ
いけないな。
って、もう再考してノートに刻みこみました。
此処でいう「無知」とは自分の物事の捉え方、サイクル、五感、自身を考えすぎるがゆえに見失っている状態のことを指す。
苦悩やネガティブな出来事に正面から向かい合ってひたすら考えている状況は、自身と向き合っているんだと思っていた。
正確に言うと、思い込もうとしていた。
しかし考えても見つからない答えと、それどころか自分自身を見失っていくような感覚に少し違和感を感じ始めていた矢先に偶然気になったのがこの本でした。
"慢"の煩悩に関しては、特にニーチェと被ると思いました。
ネットや自分の世界だけに閉じこもるのではなく、五感で感じる生き方をしたいと思います。
平常心を保つために禁欲的な生活を心がけようと思い話題の本を読んでみました。渡米していた時に通った座禅道場のことを思い出しました。
ニーチェは仏教自体は宗教ではなく、精神衛生学であると
定義しているけど、この本を読むと腹に落ちる。
仏教的視点からより正しく生きる方法について
生活のシーン別に方法論(心のありよう)を述べる。
amazonのレビューでも書かれているとおり、特別新しい事や
革新的な事が書かれている訳ではないと思うが、内容が具体的で
「あー、こういうときにこうコントロールすればいいのか」て
感じで、気付きがある内容。
すべての考え方として共通するのが、
「集中して自己と距離をおいて事象を捉える」
という事だと思う。
怒り、不快、心地よさなどのすべての感情に対して、
客観的な態度をとり、自己を見つめる。
これにより、心の静寂を保つといったところだろうか。。
もう一度読み直してみる。
考えない練習とは、五感を意識して、刺激をしっかりひとつひとつ受けとめて、分解して理解すること。その練習の一部として、話す、聞く、見る、書く、食べる、捨てる、触れる、育てるということが提案されている。なかでも、痒みや暑いといった感覚を「痒いから嫌だ」として処理してしまうと不快感しか、残らないが「痒み」という情報だけで遮断し「嫌だ」に繋げず処理すると、しだいに身体は痒みに飽きて痒みは感じなくなるという... 続きを読む »
仏教的観点から思考がどうあるべきか説いた内容。
普段、自分のエゴとどう向き合うかを課題としてきたが、この本を読むことで、幾分か解決に繋がるものを得られた。
人の頭の中がつねに言葉に満ちているのはなぜなのか?というのが「言語」の謎を解くための大きなカギになるのではないか。
その話をある女性にしたら、頭の中が言葉だらけの人ばかりではないと反論され、ショックを受けた。
その人は歌手なので、「考える」人と「感じる」人の2とおりのタイプがあるのではないかと思うようになった。
ラジオ番組「学問のすすめ」で、この本の作者が冥想について話していた。
冥想こそ人が言葉の呪縛から解き放された状態ではないだろうか。
まだ読みはじめたばかり。
読後感はまた後ほど。
仏教の観点からの内容が多くすぐ適応できるかは疑問。後、対談の記載は不要かも。
五感を研ぎ澄ませるというくだりは実用的なので実践してみようと思う。
日本人にとってて仏教が身近なせいかもしれないけれど、静かな落ち着いた語り口で、すんなりとありがたく読ませてもらいました。著者は印象よりもずっと若いのに大層な精神修行と研鑽をしてきたのだと思います。心構え次第でグッと大人の立ち振る舞いができるようになることを再認識しました。勉強になりました。
なんとなく
自分のルーツは仏教なのだと
認識させられた。
あたしのこの回りくどさや物事に対する姿勢など。
自分の理想の行く末に面白味のなさを感じるのと同様に
彼の理想とする生き方は楽しいのだろうかと疑問に感じてしまう。
そこがまだ悟りの境地に至っていない自分の未熟さなのだろう。
40歳も半ばを過ぎれば、頭が忙しくなってきます。
処理速度が低下しているっから!? いえいえ、きっとやるべきことが増えてきたからです(きっと)。
脳科学者の池谷さんとの対談も含まれています。
この本を読んでから、習慣化している自分の行動が気になり出しました。
たとえば、食事。
口に入れて、咬んで、飲み込む。そして、おいしければ「おいしい」と思う。
という、深く考えることなくやっていたことを、「しっかり感じながら食べなきゃ」と思うようになりました。
タイトルの『考えない練習』の「考えない」とは、ぼーっとしていなさいという意味ではありません。
脳は、色々なノイズは発するので、それに惑わされるな、という意味です。
僕らが本来持っている感覚を大切にせよ、という本でした。
仏教の教えから考えないことの大切さを説いてくれる本。
正直、なるほどな~、わかる気がする、自分も人によかれとしていることが、
自分の気持ちにも嘘をつき、相手にも気を使わせることになることも
あるんだなぁと思えるところが多々あった。
参考に、人との付き合い方、ものの言い方、考え方(考えないようにすること)を改めようと思えた本。
とても説得力がありました。
自分の感情に対して、一歩ひいて観察してみるってのは面白い。
無駄なことを考えないようにするために、あれこれ考える本。
やはり訓練は必要か。
繰り返し読みたい本。
「欲」「怒り」「迷い」が心の三つの毒。
“自分”が勝手に頭で作り出した無駄な考え/概念をなくそう。
自分は流れに乗らない/止める/じゃまをする人がどうもダメみたいだ。
考えないことは難しいけど、考えない練習をしてみよう。
(ちょこっと感想)
日ごろ、相手を思いやらずに発言や行動を行っていたなぁと、本書を読んで気づかさせられました。
(お気に入りフレーズ)
★謝罪のときは、「すみません」よりも、「もう繰り返さないようにします」。→誠意が感じられますね。
★メールの書き出しで、「お返事が遅れてすいません」よりも、「満月の晩に、失礼いたします」→なんとオシャレ☆
★「あんな店、潰れれば良いのに!」よりも、「あんな店、潰れれば良いのに、と思って私はイライラした」と書く→気持ちが落ち着かせなきゃね。
(ここがオススメ)
小池さんの優しい語り口が、癒し感を与てくれます。相手を思って行動することぐらい、分かっていたようで、新たな気づきが沢山ありました。ビジネスでも、ネットでの発言にでもヒントを得ることができると思います。
今迄、こういう関係の本は避けてました。
ヨガや、カウンセリングの考え方と共通点があり、読んでみたら、バイブル化しました。
奥が深い。。。
こういう生き方、感じ方があるのかと、大きなショック。

すんなり理解できるやさしい語り口だけど、





