白土三平伝-カムイ伝の真実

  • 37人登録
  • 4.00評価
    • (1)
    • (9)
    • (1)
    • (0)
    • (0)
  • 12レビュー
著者 : 毛利甚八
  • 小学館 (2011年7月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (228ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784093881937

白土三平伝-カムイ伝の真実の感想・レビュー・書評

  •  白土三平は、間違いなくぼくの中で手塚治虫と並ぶ巨匠漫画家の一人だ。今は、ぼくはコミックを全然読まなくなったのだが、なぜか活字本を読むのは問題ないのに、漫画を読むのは面倒くさいと感じるようになったみたいだ。

     一つには現代漫画の絵が好きじゃないんだと思う。ぼくの好きな漫画家は、白土・手塚の他、石森章太郎、永島慎司といったところで、すべて画風が好きだった。よく真似をして教科書中漫画だらけになって親や教師に怒られ、ぼくは漫画家になるんだと言ってさらに怒られた。

     友達の姉の家に行くと、白土三平やちばてつやなどの少年マガジンの表紙絵をとてもきれいに真似をして書くことのできる漫画のうまいお姉さんがいて、水彩で色までつけてみせてくれた。漫画の上手い人はぼくには尊敬の的であった。

     白土三平の世界は、何と言っても忍術がただの謎めいた魔法ではなく、科学的にその仕掛けを説明されるべき実際可能なものであって、それより何より殺し合うための残酷な手段であるということがとても印象的だった。

     首や四肢がばらばらになって空から降ってきたり、風車手裏剣で胴体が真っ二つに切り裂かれたりするシーンが漫画として、とても動きのある絵で活写されているのが、少年漫画なのにいいのだろうかと不安になるくらいだった。

     そして大人になるにつれ、『COM』から『ガロ』へと読書対象は移動する。白土三平が発刊した漫画雑誌『ガロ』は、とても子供には難しかったのだ。また手塚治虫の発刊していた『COM』は虫プロのアニメでの失敗による倒産とともに廃刊となりすごくがっかりしたけれど、ぼくも夢見る子供時代から大人の漫画の世界へと移行しなくてはならなかった。

     『ガロ』と言えばなんといっても『カムイ伝』である。『カムイ伝』は一部二部ともに外伝含めてすべて読んだという長期にわたるぼくは白土読者である。日本の古来からのヒエラルキーとそこにすら含まれぬ非人の世界を大河ドラマを軽く超えるくらいの長大さで書き綴った一大叙事詩だった。すべてが一揆や自然災害の渦に巻き込まれてゆく大団円はとてもショックだったし、漫画としてやってみせた志の高さに圧倒された。

     その白土三平の人生を振り返りつつ、なぜ彼が書いたものが『カムイ伝』であったのか、彼の漫画人生とはなんだったのかを、あまり肩の凝らないマイルドなエッセイ形式で紐解いてくれたのが本書である。伝記を読むことなどほとんどないのだが、白土三平の過去と現在についての今となれば貴重な情報媒体として、あの『カムイ伝』読者としては手を出さざるを得ない。

     そんな偉そうなことを言っても買ってから優に3年は経ってからこれを読んだ。急ぐ必要も感じなかったし、どうせ白土三平という漫画家は自分の人生にすっごく影響を与えた人なので、どの時点で読んでもやっぱり内容は興味深かった。

     父親が特高に狙われ拷問をくらった画家であったとか、戦時教育の中で息子の白土三平も画家を目指していたとか、疎開の田舎暮らしを通じて森や自然に触れ合い、後世は房総の海岸に住まいを設け釣り三昧の日々を送っているとか、正直あまり知らなかった白土三平の物語である。彼の作品以上に面白いとは言い難いが、今はもう彼の作品が読めない以上、少しの媒体であってもこの鬼才漫画家に触れることができてぼくはとても嬉しく、なおかつ作者と白土三平という人の交流を通しても温かなものを感じた。かつての同世代で白土ファンである人ならば、是非手に取ってみてはどうだろう。

  • <閲覧スタッフより>
    重厚な歴史劇画としてマンガ史に燦然と輝く白土三平の『カムイ伝』。作者白土氏の生い立ち、仕事、生きざまをインタビューをもとに丹念に辿った伝記です。

    --------------------------------------
    所在記号:726.1||シラ
    資料番号:10209034
    --------------------------------------

  • 丹念に取材された伝記で、著者の白土三平に対する敬意が随所に感じられます。
    白土三平の幼年から青年にいたる生い立ちや画家であり政治活動家であった父親の影響が、作品形成に欠かせない要素であったことがよく伝わってきます。
    伝記という制限もあったとは思いますが、作品自体に対する分析や言及がもっとあってもよかったのでは、もっと読みたかったなあと思いました。

  • 白土三平は1932年、東京生まれ。
    プロレタリア芸術運動の組織者である画家・岡本唐貴を父に持ち、
    国家的な思想弾圧を幼年期から体験する。
    戦後間もなく紙芝居作家となり、紙芝居の衰退とともに貸本漫画の作家となる。

    カムイ伝映画化。松山ケンイチ主演 

  • 漫画家・白土三平氏の評伝になります。僕は白土氏の人生の軌跡をこの本ではじめて知ることになりましたが、父親の影響が非常に強いということと、後半部では房総の人たちとの交流が胸を打ちます。ぜひ一読を。

    僕が白土三平の『カムイ伝』を本格的に読んでいたのはちょうど2009年の半ばのことで、あまり詳しくはかけませんけれど、そのころ置かれていた自分の環境とオーバーラップして読んでいたことを昨日のように思い出します。この本は『サスケ』『忍者武芸帳』などを生み出した、白土三平氏の本格的な評伝となります。

    僕はこの本を読むことで初めて白土三平がたどってきた人生の歩みを知ることが出来ました。彼はファシズムと闘う左翼画家・岡本唐貴の子として生まれ、戦時中を権力から身を隠すようにしてすごし、疎開された土地で『アカ』の子として差別を受けるという原体験が後の膨大な作品群を生み続けたのかと思い、感慨深かったことを覚えています。

    戦後のモノ不足の中で飢えに苦しみながらも『画家になりたい』という一心で生き続ける白土先生の姿は強く僕の心を打ちました。やがて、売れっ子漫画家の一人に白土先生も名を連ねるのですが、そのときに文字通り『命を削る』ような仕事をしたために、体を壊し、房総で療養につとめる姿、そこで知り合った漁師たちとの交流は作品を描く上でも新たな豊穣になったという事実は「フィールド・ノート」の2作品を先に読んでいたので、リアルに想像できましたが、『カムイ伝』の中にも魚の捌き方や、登場人物たちの何気ない会話の中に忍ばされているという文章を読んだときに『あぁ、あそこがそうだったのか!』と僕はひざを打ちました。

    僕が白土作品に惹かれるのはそういうことが事細かに書き込まれているからだということを確認できたという意味で、貴重な記録だと思っています。現在も白土先生は房総に自分の住まい兼アトリエにて創作活動に打ち込む傍ら、漁や現地の人たちとの交流を続けているのだそうです。ファンにとってはもちろん。白土作品をはじめて読む世代にも読んでいただければと思っています。

  •  漫画家で伝記を読んでみたくなるのは白土三平くらいだ。漁師に弟子入りしたのか。「スガルの島(カムイ外伝)」のリアリティにも納得がいく。田中優子センセイの『カムイ伝講義』はだいぶ前に買ったけどまだ読んでない。四方田犬彦氏の『白土三平論』も読みたくなった。

  • カムイ、影丸、サスケなど。白土三平の描いた漫画に、ずいぶん影響を受けた。
    そのわりに、白土三平その人をあまり知らなかったことに、この本を見つけた瞬間に、ふと気づいた。

    あのリアリティはそういうことだったのか。
    あの複雑で壮大なプロットはそういうことだったのか。
    白土三平という人を知って、その作品についてあらためて理解が進んだ。
    とてもいい本だった。

    白土三平、かっこいい。

  • 四方犬彦氏の「白土三平論」が白土三平評伝の決定版だと思っていたのであるが、これはあくまで作品論であった。今年さらにその上を行く決定的に面白い本が出た。

    毛利甚八氏は「家裁の人」で知られるマンガ原作者であるが、千葉の白土家へ何度も足をを運び、白土氏から直接白土の人生を聞き、そしてなおかつ白土の住んでいた土地を調べて尋ねる、というドキュメンタリー作家の王道の調査を行った。実に面白い伝記評論だった。

    いくつか興味深かった点をメモする。

    戦前、プロレタリア画家の父・岡本唐貴は東京、大阪を転々としていたが、一時期大阪の鶴橋の近くにある朝鮮人部落にすんでいた。苦労して毛利氏はその地を突き止める。ここで幼い白土は高さんという人と仲良くなる。この辺りに、カムイ伝の被差別部落の原風景がありそうだと、毛利氏は考える。特に苔丸や竜之進が非人部落に逃げ込み、被差別の暮らしを身をもって体験し、自分の常識を高めていくというモチーフはここら辺りにあるだろうと。

    少年のころ、白土氏は「水中世界」という魚と漁をする人との葛藤の話を描いていたと言うのを聞いて毛利氏は思わず言う。
    「へぇ、そのころから弱者の立場から世界を見る視点は変わっていないんですねぇ?」
    白土氏は問われることが心外だという顔つきでこう答えたという。
    「だって、強い者から見る体験をしてないもの」

    社会への目覚めは早い。
    昭和21年(14歳)のころ、東京でアルバイトをしたりしているが、単独講和反対のデモに出かけたりもしている(19才のころ?)。

    そのころ、父・岡本唐貴もプロレタリア芸術運動の路線をめぐって仲間との乖離が進んでいたようだ。(「岡本唐貴自伝的回想画集」東峰書房1983)

    日本共産党へ入党申請をしてなぜか申請を受け付けてもらえなかったらしい。どのような事実関係があったのかは不明だ。今では調べようはないかもしれない。

    1952年、20歳の登青年は血のメーデー事件の現場に居た。まるで白兵戦のような現場で、人が撃たれた所も見たという。「これは「忍者武芸帳」や「カムイ伝」にとって役に立った」と白土氏は証言している。確かに絵を描く人間にとっては決定的な体験だったろう。そして、ここまでの人生経緯がまさに父岡本唐貴(本名は登)の人生と瓜二つだった。そういえば、白土三平の本名も「岡本登」である。そうやって、父から子へ「影丸」のように「サスケ」のように、「何か」が受け継がれていくことを「宿命」のように背負っていたのが、白土三平という人生だったのかもしれない。

    「ガロ」という雑誌名は白土作品の忍者名から取られたものであるが、我々の道という「我路」という意味合いがあった他、アメリカマフィアの名前も念頭にあった戸という。

    「カムイ伝」初期の小島剛夕との協力の仕方や、別れ方がこの本で初めて明かされていて、びっくりする。

    白土は岡本唐貴の血を受け継ぎ、長男家長の役割を生涯持った。その白土が今独りになっている。残念でならない。

    千葉の大多喜町に商人宿があり、白土がやがて「カムイ伝」の仕事場として使い、若きつげ義春が一人残されて大きく脱皮する舞台になったという。この商人宿がまだ残っているならば、せめて当時の風景が残っているならば、ぜひとも一度は尋ねて見たい場所になった。

    白土の「様々な人物やモチーフが重層的に描かれていく」長編小説の手法は、白土の口から出てきたこととして「戦争と平和」「静かなドン」を読んだ記憶から得ているという。

    「カムイ伝」第一部が終ったあとになかなか続きを書くことができなかった理由は度々証言しているが、今回一歩踏み込んだ発言があった。
    「情勢が変わってしまい物語を書きにくくなった。新左翼とかが出てきて状況が変わってきたし、共産国がうまくいっていないことがわかっていた。俺自身も、これ以上仕... 続きを読む

  • 「カムイ伝」や「忍者武芸帳」は大好きで、何度も読みました。ただ白土三平本人に思いを馳せたことはほとんどなく、本書を読むまで知らなかったことばかりでした。カムイ伝に見られる差別、権力との戦いといったテーマがなぜ育まれたか、ワタリやカムイ外伝といった漫画の誕生の背景など、白土漫画好きにはなるほどと思える話ばかりです。作品は作者自身であるというか、作品の器は作者の器でもあると痛感し、自分には何かあるかなあと、少し寂しくもなってしまう、よい本でした。

  • 「カムイ外伝」のテレビアニメは見ていた記憶があるが、子どもの僕にはちょっと生々しすぎる印象で熱心にはみていなかった。それにあまり、漫画を読まなたっかこともあって、白土三平さんのことはよく知らなかった。田中優子センセイの「カムイ伝講義」は江戸時代の暮らしを知る好著として興味深く読んだが、作者の白土さんもさらに興味深い。大著「カムイ伝」に挑んでみようかな、と思わせる好著だと思う。

  • 7月6日発売だから、画像もアップされないみたい。
    読後感…知らなかった白土三平のルーツがわかる本。

全12件中 1 - 12件を表示

白土三平伝-カムイ伝の真実を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

白土三平伝-カムイ伝の真実を本棚に「積読」で登録しているひと

白土三平伝-カムイ伝の真実の作品紹介

「謎」のマンガ家・白土三平79歳の素顔。

白土三平伝-カムイ伝の真実はこんな本です

ツイートする