ミラノの太陽、シチリアの月

著者 :
  • 小学館
4.13
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本棚登録 : 236
感想 : 25
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  • Amazon.co.jp ・本 (333ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784093882798

作品紹介・あらすじ

イタリアに生きる人々の「光と陰」を精緻な筆で描いたあまりにもドラマティックな10話。深い感動と読み応えの傑作随筆集。

感想・レビュー・書評

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  • 『カーブに気を取られていると、うっかり植木店を通り越してしまう。道幅は狭く脇道も少ないので、簡単には引き戻せない。臍をかむ思いで、曲がりくねる街道をそのまま走り続けたことが何度もあった。辿り着くのが難しいその家に、私は住んでいた』-『ブルーノが見た夢』

    『たった数十センチなのに、陸から船へ渡るとき、まったく違う世界へ乗り込むのだと感じた。船から陸へ渡しかけた板の下には、早朝の黒々とした海が見える』-『海の狼』

    待ちかねていた内田洋子の新しいエッセイが届く。はやる気持ちを押さえつつゆっくりと頁をめくる。一文字一文字、思いがけず発見した霜柱の上を踏みしめるような気持ちで読み進める。

    内田洋子のエッセイに須賀敦子を重ねる人もいると聞くが、自分にとって二人の文章は、長嶋茂雄と王貞治ほども違う。須賀敦子の言葉は研鑽の上に成り立つ、鋭利なところすら感じる言葉だと思うけれど、内田洋子の重ねる言葉には、人を近寄らせまいという雰囲気は微塵もなく、むしろしなやかな粘りのある人柄がにじみ出て親しさを覚えるくらいである。

    そんな違いは感じつつも、この二人を重ねあわせてみたくなる人の気持ちもまた、よく解る。二人の文章から常に立ち上ってくるものが共通しているようにも思えるからだ。それは常に何かを知りたいという気持ち、英語の"quest"という言葉がぴたりとくる心の動きが文章から伝わってくるからである。

    内田洋子の描くエピソードには、堅苦しい歴史的知識や文化的背景は表立っては出てこない。語り手が導いてくれるイタリアは、イタリアに馴染みのないものにも開かれた平易なイタリアだ。まるで日本のどこかの一地方のように、特段の知識がなくとも見たままを受け止めればそれでよいようにさえ感じることができるイタリアだ。その景色を前にして、身体が自然に反応する様子を内田洋子は描く。その様を語り手に付いて辿る内に、自然とその光景が目に浮かび、匂いや温度さえも読むものの身体の反応となって表れる。もちろん、それはそんなに単純なことではなく、語り手の中で充分に熟成されたイタリアに対する知識や経験が、その後ろを付いていくものの警戒心を払ってくれているのではある。そうであると理解しつつも、内田洋子の語る様が、まるで今初めてイタリアを見た人のようであるのも、また事実なのだ。その素直な好奇心に知らず知らずに引き込まれてゆく。

    初めての景色を前にして自然と湧く疑問。それはどういうことなのだろう、という気持ちは詠み手の側にまた自然と共感される。そして、謎は一つ一つ解き明かされる。それは図書館で難しい文献を調べた挙句に解るようなやり方で、ではなく、目の前にいる土地の人々に、どうしてなの、と聞いて知るやり方で。だからイタリアに馴染みのないものにも、その訳は容易に理解される。まるでちょっと馴染みのない日本の地方の風習を説明してもらって、ああなるほど、と思えるように。

    しかし、内田洋子のエピソードの中に流れる時間は、二泊三日で訪ねるイタリアでの時間とは訳が違う。何年も積み重ねた年月が、ほんの数行の内に流れているのである。簡単に解き明かされた風でありながら、そこへ至る道筋の長く入り組んでいたあろうことを想像した途端、一見したところ平易な内田洋子の言葉が急にずしりと中身が詰まり重たくなったような印象に変わる。そのクエストの深さにすうっと吸い寄せられるように引き込まれる。

    それにしてもイタリアはなんと色濃いのだろう。そしてそこに暮らす人々はなんて親しさを感じさせる人々なのだろう。歴史の中で揉まれ定着した文化が、考え方が、そして風習が、不合理なようでいて合理的というしなやかさでもって、体現されている様子が、内田洋子の言葉によって鮮やかに再現される。読み終えてしまうのが、とても惜しくなる。

  • 2021年1月期の展示本です。
    最新の所在はOPACを確認してください。

    TEA-OPACへのリンクはこちら↓
    https://opac.tenri-u.ac.jp/opac/opac_details/?bibid=BB00501410

  • イタリアは晴ればれとした刹那さに閉じ込められている...自分がいつからか抱いているそんなイメージがこの本には綴られている。甘く苦い砂糖をたっぷり入れたエスプレッソの味、容赦ない南部の太陽、冷たく湿った冬の空気...イタリアの光と陰に彩られていた思い出がよみがえる

  • 正直言って、あまり期待せずに買った本なんですが、読んでみると良かった。
    派手な話ではありませんが、イタリアの長い歴史の積み重ねの上で懸命に生きている人たちの、ジ〜ンと来るいい話が10本。たまにはこういう本も良いものです。

  • 読んでいて、「あれ?この人まえにも会った気がする」「この景色みたことある気がする」と思ったら、この本の2年弱まえにでた「ジーノの家」とつながっていることがわかりました。

    『リグリアで北斎に会う』と『鉄道員オズワルド』
    『僕とタンゴを踊ってくれたら』と『ヴェルディアーナが守りたかったもの』
    『黒猫クラブ』と『六階の足音』
    『犬の身代金』と『祝宴は田舎で』
    『サボテンに恋して』と『シチリアの月と花嫁』

    でもかならずしも「ジーノの家」のほうが古いというわけではないようです。

    『黒猫クラブ』は『六階の足音』よりあとだと思いました。

    ということは、やっと一緒になったあのふたりは別れてしまったのでしょうか。
    彼女があんなことになったのは、彼の奥さんのせいなのに。

  • ロマンチックでドラマチック。イタリア人の濃密な人生に思わず引きこまれた。一番好きなのは「鉄道員オズワルド」貧しく過酷な境遇にもかかわらず家族の幸せな様子に心が温まる。「六階の足音」「祝宴は田舎で」もよかった。

  • とてもとても素敵な本だった。
    心がじんわりと温まる優しいエピソードが詰まっています。
    内田さんの描写もすごくうまくて情景も目に浮かぶよう。
    心に効く本ですね。

  • 鉄道員オズワルド。これを読めただけでもこの本の価値はあった。

  • 内田さんの本でどんどんイタリアに興味がわいてきた。
    街の生活、田舎の景色、食べて飲んで、明るくておせっかいで気難しくておせっかいな人々。
    暮らすように旅してみたくなる。

  • 静かに、時に激しいイタリア人の人生を描いていてそれぞれが心に染み渡る。

    ひとの分だけ、物語があるんだなと思った。

    イタリアの本は、今は彼女が書くものが一番好きかも。須賀敦子さんの骨太で透明感があり、柔らかで強い感じとはまた違うけれど。

    それにしてもずいぶん引っ越す人だと思ったんだけど、そんなもんなのかな?

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著者プロフィール

ジャーナリスト

「2022年 『ベスト・エッセイ2022』 で使われていた紹介文から引用しています。」

内田洋子の作品

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