ネグレクト 育児放棄―真奈ちゃんはなぜ死んだか

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著者 : 杉山春
  • 小学館 (2004年11月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (253ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784093895842

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ネグレクト 育児放棄―真奈ちゃんはなぜ死んだかの感想・レビュー・書評

  • 2000年に愛知県で起きた、3歳の少女が段ボールに入れられ遺体で見つかったという虐待事件のルポ。

    現在でこそ、児童虐待は大きく取り上げられ世間の注目も集まり、病院や学校のみならず、一般人でも自分の周りでその疑いを感じられる案件を見かけたら通報しようという気運が高まっているが、この事件が起きるまでは、そもそも児童虐待という言葉もそれほど知られていなかったという。
    このセンセーショナルな事件をきっかけに大きく注目を集めるようになったわけだが、確かに、冒頭で描かれている発見時の遺体の悲惨さは、およそ現実のこととは信じられない、信じたくない、こんな非道な仕打ちを実の子供にできる親が、この世に存在するものなのだろうかと恐ろしくなるほどである。

    そこだけに目を向ければ当然、加害者となった保護者への憤りは誰しもが強く感じるだろうし、厳罰を求めたくなるのも無理はない。
    ただ、このような虐待事件の難しいところは、加害者を厳罰に処すれば解決するという類のものではないというところだ。

    多くの場合、その加害者自身が被虐待児であったなど生育環境に問題を抱えており、そしてそれは世代を跨いで連鎖していることがほとんどだ。さらに悪いことに、数十年前に比べ、核家族化、プライバシー偏重主義などで家庭が社会から孤立しているという状態は顕著であり、そのことが虐待の増加、潜在化を促進してしまっている。

    加害者の処罰を叫ぶのは簡単だ。だが本当に虐待を無くしたいなら、今もその負の連鎖の中で苦しむ人への、ループを断ち切って抜け出させる支援が絶対不可欠なのだ。
    不幸な生育環境にあっても適切な援助を受けることができたおかげで、その虐待のループから抜け出せている人も少なからずいるのだ。

    家庭が孤立しがちな現代、子育てが孤立しない、社会で手を差し伸べることができる仕組みを作って、虐待で命を落とす子供を減らしていかなければ。

  • 「ゆさぶられっこ症候群」によりしょうがいが残った疑いのある娘を どうしても愛することができなくなった両親。
    ほどなく授かった息子が順調に育つのを見るにつけ、娘のありのままの 姿を受け入れることができず、次第に育児放棄へと陥っていく様子を 時系列を追って生々しく描いている。
    実際に起こった事件に基づくノンフィクション。
    どうしてこのような事件が起こってしまうのだろう、という やりきれない気持ちと同時に 「自分も本質的にはこの母親と大して変わらないのではないか」と思ったのを覚えている。
    「子どもは社会が育てるもの」という認識が広く一般的になって欲しいと思うのは過度な期待なのだろうか。

  • 支援側の仕事をしている身としては、こういう家庭にどう関わりを持っていけばよかったのか、どんな支援があればこの子は死なずにすんだのか、読んでいる間ずっと身につまされる思いでした。子どもを愛情を持って育てることがどんなに大切か、その子の子ども、そのまた子どもにまでずっと連鎖していく親子関係を思うと気が遠くなります。他人事じゃないです。

  • 再読ですが引きこまれて読んだ。

  • よく報道される虐待について、その後の報道や
    その経緯についてなかなか知る機会がなく興味もあったので読んでみた本

    この本を読んでみて・・・
    最後に残ったのは怒り、と言うかやるせない気持ち。

    無残な死に方をしていった真奈ちゃんの死を両親が
    確認した場面では切なすぎて涙が出た。
    気付かないならまだしも最後の力を振り絞って泣いていた子供を放置した親って・・・

    両親ともの生育環境要因も理解できなくはないが
    控訴理由した事で身勝手な印象が残り
    数年後にまた子供と暮らすのかと思うと更生を願うしかない。

    出来れば一生こどもを養育できない刑にしたい、が本心。 やった事の責任をまったく理解できていない印象の残る事件でした。

  • 毎日のようにニュースになる幼児虐待。
    何故そこまで?
    と思うけど、
    実際自分が子育てしていた頃を思い出すと、
    たしかに日々思い通りにならなくて
    イライラしたり、時にはどなったり、
    叱る、じゃなくて怒りを覚えることも確かにあって…
    だけど、普通は可愛さが上回り、愛情があり、
    夫婦の助け合いがあり、日々の成長に救われるはず。
    その普通からちょっとずつ離れて、
    気づいたらだいぶ普通じゃなくなってた感じかなぁ。
    ネグレクトは特に、悪意のない悪意というか、
    子育てはひとりではできない。

  • 再読。この事件がネグレクトで子どもが死ぬこともあるということを世間に知らしめたものだそうだ。以後、結構多いもんな。子どもがいない私がいうのもなんだが、子どもを育てるというのは大変なのだ。この事件もいわゆる虐待の連鎖だ。雅美が母に見捨てられて育っているのに、まめにメールしたり、手紙を書いたりしてるのが解せない。今も親にすがる気持ちがあるのか。ある程度の知的能力があればこんなことにはならなかった。この親は中途半端だったのだ。多分もっとできない人はたくさんいて、そういう人は公的機関にも分かりやすい。近所の人にも。でもこういう中途半端にできちゃう人は大丈夫だろうと思われちゃうんだろうな。しかし餓死って。

  • 読売新聞書評で興味持ち読んだ。若い母親は20代~30代の母親がすごく大人に見えてしまう、子育てで悩んでいることをねぎらう、見下した態度をとらない、など今すんでいる場所の生活でも気をつけた方が良さそう。

  • なんと言うか。読んでいて吐き気を覚える本だった。ノンフィクション自体初めて読んだけど少し重すぎたかと思う。虐待は親から子へその子供からまた子へどんどん受け継がれるものらしい。そういう歪んだひとこそ多産な気がする。欲望を抑えられないのか。そういう人間が作られていく様子もそういう人間が子供を作る様子も虐待されて死んでしまった子供の様子も読んでいくうちに黒々とした気分になってすごく嫌だった。

  • 今や深刻な社会問題となっている児童虐待。2000年12月、愛知県で3歳女児が段ボールの中に入れられたまま、亡くなった。今や深刻な社会問題となっている児童虐待は、この事件が1つの契機となり、広く知られるようになった。この書を読むことで、虐待の原因は、単純な因果論によって説明できるものではなく、世代間連鎖、地域社会の崩壊、格差社会等々、様々な要因が背景に存在すること、その一端を理解することができる。客観的に事実を積み重ねた考察の説得力と、3年間、加害者との関係を構築し、共感的なまなざしを向けてきたことが透けて見える描写との絶妙なバランスも見事である。

    教育学部 M.O


    越谷OPAC : http://kopac.lib.bunkyo.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=1000506291

  • なくなってしまった少女が、最期に与えられていたパンが、スーパーなどで安売りしている、どちらかと言うとおやつに食べるようなもので…なんとも言えない気持ちになりました。
    ただ、だけど、育児放棄をしてしまった本人だけを責めるのでは何も問題は解決しないし、
    母親の立場のひとにとってみたら許せないし信じられない思いでしょうし、
    未婚のわたしたちにとっては、明日は我が身かもしれない恐怖にとらわれる事件だったことが思い出されます。
    忘れてはいけない事件だから、多くのひとが、とくに女性が読んだ方がいい本だと思います。

  • 2012.08.22読み終わり。アマゾンで購入。

  • 読むに忍びない作品だった。
    激しい虐待が繰りかえされていたのでもなく、些細なすれ違いから徐々に育児放棄されていく過程。
    決して特別な親が殺したわけじゃないことが恐ろしかった。
    虐待は代々受け継がれていくという事実を思い知らされた。
    どこでその負の連鎖を止めることは出来るのか。
    保健師は非力なのか。
    表面からは分かりにくいネグレクトの現状を知って、恐ろしかった。

  • 幼児が両親に放置されて死亡した事件を軸にネグレクトを描く。
    幼すぎる親と、そこに手を差し伸べない社会のすきまで、子供たちはあっさり死んでしまう。

    死にそうな子供が怖くて見られず、目をそらすうちに死なせてしまうっていうのが、すごくわかる気がする。
    だって怖いもの。怖いものは見たくないもの。病院にいって怒られるのも怖いもの。
    それでもやらなきゃいけないし、できないなら助けてって言わなきゃいけないんだけど。
    どっちもできないなら子供なんかにかかわっちゃいけないんだけど。
    その幼稚さには覚えがある。

    この子たち(両親)がダメなのはもちろんダメなんだけどダメダメって非難するのも無意味でダメで、この子たちに気づけない社会のほうを変えるべきだろうと思う。

  • 自分の子育てを振り返ってみる。ちゃんと愛情はあるだろうか?意思の疎通はできているだろうか?
    もう小学生になってしまったわが子だけれど、これからでも遅くはないきちんと親子の気持ちを向き合わせなければ。と考えました。
    そして、私は親にどうやって育てられたのだろうか?
    ゆっくりゆっくり考え直すことができました。

  • 育児放棄で死に貶めた背景と経緯、ネグレクトは異次元の事件ではなくもっと身近で深刻な問題です。一歩間違えたら私も当事者になってたかも・・・。妊娠、中絶、出産、育児についてもっと沢山の人に読んで欲しい。

  • 三畳間の、わずかな空間に置かれたみかん箱大の段ボールの中に
    真奈ちゃんは両膝を曲げた形で入れられていた。


    直角に曲がった関節は固まっており、
    2、3週間は動かしていなかったことを物語っていた。



    死亡時の身長は三歳児女児として平均ほどだったが、
    体重はわずか5キロ。
    標準の13.6キロに4割に満たなかった。

    胃内容物は20ミリリットル。大さじ一杯ほどの
    茶褐色の粘液成分だけで固形物はなかった。



    虐待をする親は
    キレやすいとか、意地悪だとか、性格が悪いのかだとか
    体罰主義なのだとか、攻撃的なのだとか、
    そんな事じゃないのかなぁと思っていたのですが

    全然違って、
    真奈ちゃんを死なせてしまった父親も母親も、
    この本で見る限りそんな攻撃的な人柄ではなくむしろ内公的で、
    周りからの目を気にしていたり、繊細でデリケートな印象でした。

    真奈ちゃんが生まれた頃は、
    沢山写真をとって、とてもかわいがっていた。


    けど二人とも子供のころから、
    キツい家庭で育ってます。

    もの心ついた頃からせまい、汚い部屋。
    父から母への家庭内暴力、
    両親からの虐待、離婚、帰ってこない親、極度の貧乏、など。。




    その過酷さに圧倒されて正気を保ち生き延びるため、

    辛い現実には
    視覚や、感情にふたをすることを小さい頃に覚え
    シャットアウトして生きて来た
    真奈ちゃんの父親と母親。


    だから真奈ちゃんの発育が遅れてきて、
    どんどん体調がわるくなり、
    一生懸命世話をしても上手く行かない育児の問題に
    向き合って戦うことができずに


    真奈ちゃんを重荷に感じた時、その過酷さに
    シャットアウトすることを選んでしまったようでした。



    虐待というのは
    なんとなく手をあげちゃう、という問題ではなく

    その人の昔からの育った環境など
    深く深く深いところに原因があるのだなーと思いました。



    私子供とか育てれんのかな〜っという軽い気持ちで読み始めたんですが
    すごい記録書でした!

  • ネグレクト。
    無視。無関心。虐待。

    ちほが借りてた本。
    きちんと子どもを育てられない親。
    だってきちんとした家庭で育てられてこなかった。。。

    悲しい、考えさせられる、ちょっとブルーになる、記録書。

    2008年夏休み.帰省時

  • 今この瞬間にも、どこかであるかも知れない。
    そんな『親として成長出来ていない親』が起こした悲劇です。
    実際に発生した事件ですので、興味深かったです。

  • 悲しくなった。一部の情報だけの報道で、一方的に責められて、人間じゃない!くらいの言い方をされている加害者も、別の側面からは被害者でもあったという話。もちろんだからって許されることではないけど、そこまで精神的におかしくなってしまうこともあり得るだろう環境もそこにはあったんだ、ってそういう世界もあることを想像できない人はこれを読んでも「やっぱりどんな理由があっても子殺しは鬼畜だよねー」と言いきってしまうんだろうけど。父親の、父親としての自覚の足りなさにもイラッてきた。若い母親の小さい肩には重かったんだろうな。

  • この本を読んだら、外で小さな子どもを見ると「この子はちゃんと愛情を受けて育ってるんだなぁー」と思うようになった。
    このような親への援助を考え直していく必要があると思う。

  • これは読んだ後引きずりました。むごいです。読んでいる間も涙が止まらなくて読んだ後2週間くらい落ち込んでいました。3歳で愛情を知らず亡くなった真奈ちゃんの気持ちを考えるといたたまれない…

  • この本は、子ども・家族とは、子育てとはなにかを捉え直すことにもつながるかもしれません

  • 若い夫婦が3歳の娘をダンボールに入れて放置し、餓死させた事件を追ったドキュメント。いたたまれない、としか言いようがないです。
    育児放棄は犯罪である、しかし親を罰するだけでは問題は解決しない。
    問題を抱えた親に、いかにして心を開いてもらい、援助したら子どもにとっていちばんいいのか・・・

  • どんなかたちのものであれ、虐待を語るときには「親からの連鎖」を語られることがしばしばあり、そしてそれは、私も否定しません。<br>
    全てこの両親の生育環境に原因があるのかどうか、私は専門家ではないので判りません。<br>
    ただ、虐待の連鎖が原因の100%か、といえばそうではないだろう、と漠然と思っていた私に、この本は終盤で答えてくれました。<br>
    <br>
    真奈ちゃんは育児放棄の末に死んだ。<br>
    その事実の「本質」をこの本の読者ばかりでなく、当事者本人にも語りかける本になっていると思います。 <br>
    <br>
    <a href="http://blog.so-net.ne.jp/S-Sisters/2006-05-28" target="_blank">レビュー全文はココ</a>

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ネグレクト 育児放棄―真奈ちゃんはなぜ死んだかの作品紹介

3歳の女児は段ボール箱でミイラのように餓死していた。2000年12月10日、愛知県名古屋市近郊のベッドタウンで、3歳になったばかりの女の子が20日近くも段ボールの中に入れられたまま、ほとんど食事も与えられずにミイラのような状態で亡くなった。両親はともに21歳、十代で親になった茶髪の夫婦だった。なぜ、両親は女の子を死に至らしめたのか、女の子はなぜ救い出されなかったのか。3年半を超える取材を通じてその深層に迫った衝撃の事件のルポルタージュ。第11回小学館ノンフィクション大賞受賞。

ネグレクト 育児放棄―真奈ちゃんはなぜ死んだかはこんな本です

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