運命の子 トリソミー: 短命という定めの男の子を授かった家族の物語

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著者 : 松永正訓
  • 小学館 (2013年12月20日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784093965279

運命の子 トリソミー: 短命という定めの男の子を授かった家族の物語の感想・レビュー・書評

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  • まさに副題そのもの。
    染色体異常のなかでも「13トリソミー」の赤ちゃんは、心臓の奇形や脳の発達障害があるため、半数が1か月ほどで、ほとんどが1歳までに死亡してしまうとのこと。

    「13トリソミー」として生まれた朝陽(あさひ)くんの両親は、目も見えず、耳も聞こえず、ミルクを飲むこともできない、見た目にもはっきりとした障害のある我が子を受け容れ、自宅へ連れて帰り愛情を注ぎます。

    そんな短命という定めを負って生まれた朝陽くんの生命力に、多くのことを考えさせられます。

    そして、朝陽くんの両親の凄さ・・・自然さが凄いです。

    出生前診断なんて、うちの子のときにもあったんだっけ?
    ってくらい、記憶が希薄ですが「命を選ぼうとする考え方」に通じるわけで・・・考えさせられちゃいます。

  • 朝陽くんのお祖母様の言葉、有希枝ちゃんをカンガルーケアしたお母さんのシーン…涙が止まらなかった。生命の尊さ、有り難さを、感じさせてもらいました。
    人間には、いろんな人がいます。発達障害の人、身体的障害のある人、トリソミーで産まれてくる子、みんな、同じ生命。みんな、尊い存在。神様の采配ってすごい。むしろ、トリソミーで産まれてくれたからこそ、周りにはたくさんの学びがあります。ほんとにステキな本でした。ありがとう。

  • 短命の運命を背負って生まれた子とその家族のお話しです。
    家族はトリソミーという運命をいかに受容したのか、家族にとっての幸せとはなんだろうか・・・
    すごく考えさせられる内容です。
    自宅介護は想像以上に大変そう。でもその中には確かに愛情や絆、希望がある。
    障害があるから不幸ではないし、長生きだけが幸せというわけではない。
    家族が揃って普通に笑って暮らせることが一番幸せ、という言葉が印象的だった。
    たとえ脆くて危ういものだとしても、この家族は毎日に感謝をし普通に笑って暮らしている。

  • 読んでよかった。
    前半、電車でうるうるしそうになりながら読んだ。

    知識があるにこしたことはないから、命を消してしまう為ではなく、出生前診断もありなのかなと思っていたけど
    やっぱりしないほうがいいのかな。
    自然の摂理、という夫と私の共通認識&色々問題が山積みの時期だったので話し合うタイミングを逸したため、
    なんとなーく受けずにここまできてるけど、難しい問題。
    途中で出てきた妊婦さんは、事前に知っていたからこそより良い病院、より良い治療法に出会えたんだろうし。

    自然の摂理、という夫の言葉も、現代を生きる私たちにどこまであてはめてよいのか、時々難しくなる。

    読んでよかった一冊。

    ***

    お母さんを選んでくる、ってよく聞くけど
    なかなかぴんとこない。

    確かに、人は人だと思っているし、皆に羨まれるような人でも悩みはあるんだから
    自分には自分に課された苦難なり慶びなりがあるとは思っている。
    だけど、もしも、おなかのこが自分と同じような五体満足の健康優良児じゃなかったときに、
    他のことのようにすんなり受け入れられるのかっていうと
    自信は全然ない

    そんなに人間できてない。今までふたをしてきた自分の嫌なところが露呈してきそうで怖い。
    結局わたしは人を妬むどす黒い感情に覆われた人間なんだっていうのが、ごまかしきれなくなるのではないか…

    身近に健康な人しかいないから、どうしても
    かわいそうと考えてしまうところから脱せないのかな。

    わたしのアトピーだって、見る人が見れば十二分にかわいそうなんだろうけどね!

  • 「短命の赤ちゃんに医療行為を行うことはいたづらに命を引き延ばすだけの過剰な医療であり、親にとって残酷なことだ」と考えられていた時代や病院があったということが少し信じられなかった
    親と病院の話し合いが大切だと思う

  • 8月新着

  • 薬剤師として働いていたとき患者さんに13トリソミーの子供さんがいた。
    小児医療センターの処方せんが来る薬局だから本当に重い病気の赤ちゃんが多かったしピリピリしてるお母さんが多くて薬の説明にもずいぶん気を使った覚えがある。
    でも13トリソミーの子供さんのお母さんはおおらかな感じで問診票にも堂々と?13トリソミーと病名を書いておられた。
    当時13トリソミーについて多少は調べたと思うけど今回この本を読んでそうかこういうことだったのかと改めて気がついた。
    こんど小学校に上がるので学校に持っていくラコールの味を毎日変えてあげたいと言われ、希望に答えるよう味の違うラコールを仕入れた。
    若い薬剤師は経管栄養なんだから味が変わってもわからないのにって言ったけど。
    障害を持った子供を育てる親がみんな強くなるわけではないし美談では決してないと思う。
    ただ障害があるから出生前に選別される世の中になるってことは高齢者になってからだが弱ったら選別されることになるのだろうなと思う。強者ばかりが生き残る世の中ってどうなんだろう

  • ブログ紹介済み。
    http://ameblo.jp/yokohiro1216/entry-11835135185.html

    この本は、染色体異常で生まれてきた子(誕生死も含む)のご家族へのレポが中心の本です。

    染色体が3本と通常より多い染色体異常は「トリソミー」と言い、生存することができないのですが、13トリソミー、18トリソミー、21トリソミー(ダウン症)は生きて生まれる子もいるそうです。

    しかしながら、重大な奇形や発達不全を伴うことが多く、生まれたとしても1年以内に90%の赤ちゃんが亡くなるとのこと。

    そんなことから、医学界の常識は、13トリソミー、18トリソミーの子に対してはその子やご家族のために積極的な治療をしないほうが良いとされていたそうです。

    障害児を生むとはどういうことか?
    障害児を育てるとはどういうことか?

    そんなことから始まり、出生前診断の話まで、考えさせられる話がたくさん出てきます。

    最近私がよく思うことは、普段人に見えるものごとの良し悪しって、ほんの一面しかないし、非常に短期的なことなのかもしれないな、ということ。

    例えばものすごく身近な例で言えば、

    時間の製薬があるからこそ逆にたくさんのことをこなせているだとか、

    いわゆる不遇な子供時代を経たからこそのハングリー精神で結果を出す大人になるだとか、

    逆に、子供のためをおもってやったことが、子供の成長を妨げたり、だとか…。。

    この本にも出てきますが、障害児を育てているからこそ、人とのつながりが増えたりそれがものすごく貴重に思うそうです。

    障害児に会えたからこそ教わることは、健常者の子供から学ぶこととはまた違うのでしょうね。

    普段の仕事でも、特に今は新人教育をしているので、こういうことを実感します。

    ある程度年数が経ってくると、正直上手い下手とか出来不出来というくくりで見てしまいがちですが、新人というある意味まっさらな状況だと、その子の強みや個性がよく見えます。

    ハッキリ言ってどんくさい子でも、そのおだやかさが有利になることもいくらでもあるし、

    きっちり丁寧に仕事をする子が、逆に融通きかなくてイライラすることもある。

    「人が人を選ぶ」ということに対する私の中での問題意識にもひとつの答えが見えたし、こうして日々の上司としての仕事にもすごく活きる本でした。お勧めです。

  • 4月初めに読んだ『誰も知らないわたしたちのこと』は、主人公の発言や訳者あとがきの内容などモヤモヤが残った。出生前診断によって「この子が生き延びることは不幸だ」と見なされた胎児が中絶される。

    染色体どころか遺伝子レベルでこまごまと調べることができるようになってきて、「この病気をもって生きるのは不幸だ」「この異常があると大変だ」という線引きの範囲は、じわじわ狭まってきてる気がする。ほんとに他人事ではないと思う。

    この『運命の子』は、13トリソミーの子をもった家族の話を主軸に、「「短命」と定まっている赤ちゃんを育てることで、家族はどのような形の幸せを手にすることができるのであろうか」(p.18)という、著者自身の疑問に取り組んでいる。幸せとはなにか、何をもって幸せといえるのか、この本に出てくる家族もまた考えている。

    発生の過程で、通常は女親と男親から23本ずつ受け継ぐ染色体がなにかの拍子で数の異常を起こした場合、多くは流産や死産となる。だが、13番染色体、18番染色体、21番染色体が3本ある(トリソミー)胎児は、必ずしも流産にならず、生を受ける。

    21トリソミー(ダウン症)は、およそ1000人に1人の割合で産まれてくる。医療レベルが上がって、ダウン症の人が大人になり、老いることは当たり前になっている。だが、13トリソミー(5000~11000人に1人の割合で産まれる)、18トリソミー(3500~8500人に1人の割合で産まれる)は、同じ染色体異常とはいってもダウン症とは異なり、複雑な奇形を多発することが多く、赤ちゃんの命は長くないことが多い(1歳を超えて生きる子は全体の10%という)。

    日本の新生児医療のなかでも、13トリソミーや18トリソミーは積極的な治療はおこなわない疾患とされ、いわば見捨てられてきた病気だった。著者自身、治療をやめるどころか赤ちゃんの死に加担するようなことを1度だけやったことがある。「私の両手に罪悪感が貼り付いた」(p.16)と本の冒頭にある。

    大学病院を退職したときに、著者は大きな悔いを抱えていた。重い奇形や障害をもって産まれた赤ちゃんが、もし自分の子だったら…他人の家族には説得して命を長らえるための手術の同意を得る一方で、もし自分の子だったら障害児を引き受けるのを拒否するのではないか…そんな不安が漠と胸にはあったものの、結局その自分の心と正面から向き合うことはなかったと。

    ▼障害児を授かるとは一体どのようなことなのだろうか。その不条理な重みに人は耐えられるのか? 受け容れ、乗り越えることは、誰にでも可能なことなのだろうか?(p.19)

    この問いかけに答えるために、著者は、13トリソミーの赤ちゃんの家族の言葉に耳を傾けた。開業医となってから、自宅に帰る朝陽君(13トリソミー)の地元の主治医を頼まれた著者は、朝陽君の家族の歩みを中心に、様々な障害児の家族の話も交えて「命を巡る会話」を重ね、この本を書いた。

    産まれてきた子に障害があると知った親御さんやきょうだいの話、悩みや迷い、そこから考えなおすいのちのこと、障害のこと… 印象に残る箇所がいろいろあった中で、退院して1年経ったときの朝陽君のお父さんの話がいいなと思った。

    ▼展利[=朝陽君の父]はネットを介した情報は要らないと言う。朝陽君の誕生日に13トリソミーを検索して以来、彼は一度もネット検索をしていない。ネット情報に意味がないとは言わないが、自分には必要がないと考えている。なぜならば朝陽君は、知識としてでなく、実在する人間として目の前にいるからだ。
     ネットで知識を得るよりも、朝陽君のここを触れば足が動く、あそこを突けば表情が変わる、そういうことを発見していくことの方が、意味があると展利は考えている。(p.162)

    「知識としてでなく、実在する人間として目の前にいる」、それが親の目なのだろうと思う。(「知識として」目の前にいる人を見る医者は、おそらく多いのではないかと思う)。

    その時点では、口蓋裂の手術や人工呼吸器を望まないという父の展利に、著者は「意地悪な質問をする訳ではありませんが」と、ゴーシェ病の子のお母さんがしてきた選択(人工呼吸器をつけての在宅)を紹介して、「朝陽君が苦しい思いをしても、今の決意は変えませんか」(p.163)と訊いた。

    その問いかけに「変わっていくと思いますよ。あくまで今はそう思っているというだけであって、気持ちは変化しても当たり前だと思っています」(p.163)と答える姿勢も、いいなと思った。

    ゴーシェ病の子をもつ親御さんの話のところでは、「治らない病気」を持つ子の親の気持ちとは…というのがあった。13トリソミーや18トリソミーは「致死的な染色体異常」と言われることもあるようだが、ここを読んで私は(人間みんないずれは死んでいくし)と思い、しかし本のタイトルにもなっているように短命という「運命」で死に至るだろうという点では、「治らない病気」のままで生き延びることは難しいから「致死」といった言葉が使われるのだろうかと思った。

    母が神経難病だと診断されたとき、「この病気では死なないけれど、感染症などが命とり」と言われたことを思いだす。病気の進行の速さから、母には平均寿命は世界一というような長命は望めないのだろうと思ったことも。

    それでも、歳の順からいえば、子よりも親のほうが先に死ぬ。親は、親となった時点で子よりも長い人生をすでに生きている。「治らない病気」を持ち、短命という定めを持つ子の生涯を親御さんが見続けるのと、この先は短命であろうという親を見るのとは、やっぱり違うかなとも思う。

    『運命の子』は、著者が自身を振り返り、自分の心のうちをしっかりと掘り起こした率直な文章にいろどられている。この著者の姿勢があるから、私は『誰も知らないわたしたちのこと』を読んだときのようなモヤモヤした気持ちにならずに読めた気がする。「あとがき~何を感じながら執筆したか~」で、先を見通せなかった自分について、著者はこう書く。

    ▼それは、私が確固たる生命倫理観を自分自身の中に築いておらず、きちんとした準備もせずに、話を聞き始めたからだろう。そして朝陽君の両親の言葉を耳にしてすぐに、私は大変な不安感にとらわれた。それは朝陽君の周辺にいる人間の中で、13トリソミーという障害に対して最も偏見を抱いているのは、医者たる自分自身なのではないかと疑い始めたからである。(pp.216-217)

    「倫理は思弁ではない、行動である」(p.219)と著者は学んだ。時に親御さんの話を聞きながら涙を落としそうになり、家族が辛さに向き合って前へ進んでいくのを待ち続ける根気を医師は持たなければと、自らの学びを心をふるわせながら綴る。

    ▼誕生死した18トリソミーの赤ちゃんの物語は、両親に話を伺いながら落涙しそうになった。そんな自分を医者として甘い姿勢だと感じたが、澄んだ心で自分は患者家族に学べばいいと思い直した。…(略)…
     障害新生児を授かるというのは誰にとっても耐えがたい不条理な苦痛である。しかしだからと言って、子どもを手放したり家庭を捨ててしまう親はほとんどいない。逃げることは叶わずその辛さに向き合わざるを得ない。長い時間をかけて、受け容れたり反発したりしながら、徐々に前へ進んでいく。医療関係者はそのことを知らなければならない。建前けの倫理で家族を説得し従わせるのは実は倫理的ではない。時間はかかっても、両親はやがて新しい価値基準を構築し始めるはずだ。家族が悲哀のそこから立ちが[ママ]上がるのを、待ち続ける今期を医師は持たなければならない。(p.218)

    昨年春から実施されている新型出生前診断で、染色体異常が「陽性」と出れば現状ではほとんどが妊娠中絶を選んでいるという。調べるということ、科学技術が進むということ、病気を「治す、治療する」ということ、病気が治らないということ… この本を読みながらそういうことをまた考えて、「運命」に人間はどこまで手を加えることができるのか、「運命」をどう生きるのかと思った。私自身も。

    (4/28了)

    *4月初めにネットで掲載された著者インタビュー
    新型出生前診断で問われる"命の選別"
    「13トリソミーの子」と家族に寄り添う医師、松永正訓さんに聞く
    http://www.huffingtonpost.jp/2014/04/02/trisomy_n_5074329.html

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運命の子 トリソミー: 短命という定めの男の子を授かった家族の物語の作品紹介

出生前診断に一石を投じる小児外科医の記録

人間の生命は、両親から一本ずつ染色体を受け継ぎ誕生しますが、染色体が三本に増えている病気がトリソミーです。異常のある染色体の番号によって、「13トリソミー」「18トリソミー」「21トリソミー(別称・ダウン症)」などがあります。13トリソミーの赤ちゃんは、心臓の奇形や脳の発達障害があるため、半数が1か月ほどで、ほとんどが1歳までに死亡します。本書は、小児外科医である著者が「地元の主治医として13トリソミーの赤ちゃんの面倒をみてほしい」と近隣の総合病院から依頼され、朝陽(あさひ)君とその両親に出会うところから始まります。朝陽君の両親は我が子を受け容れ、自宅へ連れて帰り愛情を注ぎます。そして障害児を授かったことの意味を懸命に探ります。著者は朝陽君の自宅へ訪問をくり返し、家族と対話を重ねていきます。また、その他の重度障害児の家庭にも訪れて、「障害児を受容する」とはどういうことなのかを考えていきます。やがて朝陽君の母親は、朝陽君が「家族にとっての幸福の意味」を教えてくれる運命の子であることに気付きます。出生前診断の是非が問われる中、「命を選ぼうとする考え方」に本著は大きな一石を投じます。



【編集担当からのおすすめ情報】
2013年度 第20回小学館ノンフィクション大賞の大賞受賞作品です。
著者は現役小児外科医・松永正訓氏(52才)で、
開業医として小児クリニックで日常の診療活動を行うかたわら、命の尊厳や出生前診断等々をテーマとし、取材・執筆活動に取り組んでいます。
また、がんを克服した子どもたちの支援も行っています。
本書では、染色体の異常「トリソミー」の乳児及びその家族と松永医師の出会いから現在までが丁寧に描かれております。
生まれる前に劣ったと決めつけられた命を排除することは、果たして人を幸福にするでしょうか? 出生前診断の広まりにより、ともすれば「命を選ぶ」という考え方も生じます。本書はそうした考え方に、大きな一石を投じるものです。

運命の子 トリソミー: 短命という定めの男の子を授かった家族の物語はこんな本です

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