逆説の日本史〈2〉古代怨霊編 (小学館文庫)

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著者 : 井沢元彦
  • 小学館 (1998年3月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (525ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784094020021

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逆説の日本史〈2〉古代怨霊編 (小学館文庫)の感想・レビュー・書評

  • ・怨靈信仰在大陸原始是沒有子孫祭祀而會產生,合理推測這種想法當然也傳到日本,所以絕後的聖德太子變成怨靈,才會有那個諡。後來聖武朝長屋王事件發生,冤死之後發生許多災難疾病,藤原四兄弟同時領便當,加上聖武夫妻生不出小孩,當時的人自然推測是長屋王的祟り,因此日本怨靈獨特的發動條件在此時產生了,也就是從沒有子孫祭祀,轉變成無実。
    ・死於非命者的殯(もがり)期間異樣地短,由於古人認為可能是有怨靈或什麼的影響,必須用一些方式趕快鎮魂以免出來作祟。因為很短沒時間造墓所以先用合葬。
    ・徳と言う字を含む諡号は、「不幸な生涯を送り無念の死を遂げた人に贈るもの」。中国から来た概念でありながら、やはり「プリズム」を通って意味が異なった字になった。變成鎮魂專用字!(中國:天命降於有德者,天子必須有德,產生孟子革命概念。有德將可預防天災疾病和戰爭。「雇われ皇帝」。日本血統主義→天災異變是因為怨霊,怨霊の鎮魂こそ政治の最重要課題だった。日本では怨霊の鎮魂さえうまくいけば世の中は丸く納まる。大嘗祭によって父祖から霊力を継承。日本の政治とはつきつめると怨霊と鎮魂することになる。怨霊鎮魂の最も有効な方法は祀るということだ/政と書いてまつりごとと読む)。
    ・諡有德字的天皇都生涯幾乎是怨靈等級,而明治天皇踐祚之後一年多才即位,時辰表配合去祭拜崇德天皇和迎靈才即位與改元,並非巧合,白峯神宮由緒書上也提到御聖德,就像溺水的人慣例稱為美人。至於此鎮魂法在順德天皇之後就不用了,因為被流放的父親後鳥羽原稱顯德,但史書明記因為有災異諸如彗星,之後就改諡,此後就不用這種鎮魂方式了。
    ・聖德太子三人合葬,並且殯的時間異常短。之並非善終,可能是自殺殉教或者傳染病?法隆寺與玉虫厨子屋簷的相似處
    ・鎮魂之後將怨靈變成御霊(よい霊),其轉化者稱為聖。
    ・「日本に入ってくる文化・芸能は必ず怨霊信仰という"プリズム"を通って屈折するのだ。これは日本史の根本原理の一つである」
    ・日本の歴史は、少なくとも中世までの日本の歴史は、怨霊を如何に鎮魂するかという方法を模索する歴史であったと言ってもいい。仏教にせよ、儒教にせよ、日本は結局怨霊鎮魂の手段として受け入れている。(當然之後產生德特的新佛教,但是在之前引入應該也是因為相信作為鎮魂手段是有用的)
    ・天智(中大兄皇子,遷都近江,也出兵朝鮮在白村江大敗的天皇)其實可能被失蹤,陵墓在(失蹤處、掉鞋處)山科(以前屬宇治)這件事足資證明,但是日本書紀不能寫,就編出我一直覺得很奇怪的那個病塌前拒絕繼位-到吉野隱居-天智駕崩後被攻擊-壬申之亂-勝利登基的怪故事。天武天皇(曰大海人皇子)其實非書紀所稱天智弟。日本書紀是在天武孫子代完成,光天武內容占一成,諒必為之隱晦秘密,首先是扣掉死於非命的崇峻天皇,是唯一天皇中年齡(絕對故意忽略!)不詳者。再者泉涌寺完全缺乏天武系牌位(站看之下似乎有說服力,不過沒有天武還可理解,但是天智女系跟綜合血統還再脈脈相傳到孝謙阿?),直接從天智跳光仁桓武,平安朝的神式祭典也都不拜天武系;而天武本人也意識到漢高祖的赤色易姓革命,桓武郊祀宣布即位正當性來自天智也是易姓革命的儀式。參考周書,天智的諡是紂王自焚之寶玉,武是安定亂世的諡(周武王)。
    ・天智被殺的原因,外交政策親百濟派反對新羅(因為最弱和唐結盟,反而統一半。隋時中國出征朝鮮屢敗,唐奉行遠交近攻和新羅結盟)而戰,大興土木蓋巨城水城還為了戰爭遷都,重用百濟人。天武(娶了天智四個女兒,不太可能是弟弟,比較像鑲金箔)上台後政策一轉對新羅友好(新羅也為避免日本成為唐遠交對象刻意交好),一掃親百濟派,停止遣唐使並拒絕唐軍事同盟要求(唐使來一個月後天智就被暗殺故書紀沒寫唐使來的理由,因為太敏感)感想:新王朝開始編篡史書是中國的常識,因為要賦予自己正當性,天武既然意識到(而且是易姓革命這種大事)高組劉邦和紅衣,顯... 続きを読む

  • 今回は聖徳太子と聖武天皇の時代。
    「徳」という称号のついた天皇はいづれも不幸な星の下にあったという説。ほほう、だよ。これまた面白い。
    そして天皇が二系統あったという説。天智系と天武系。実は血筋が全く違ったのではないかと。
    私はこの人の言うことを考察できるほど知識はないが、この人の言うことは面白い。

  • 飛鳥時代の日本すっげぇ面白い!偽りの歴史が剥がれ落ち、覆われていた史実が表出する感じがたまらん。嘘ばっかり!

     天智天皇とか天武天皇とか持統天皇とか日本史の授業でもしっくりこなくてなかなか覚えられなかったのは、論理的にストーリー性が無かったからだと思っていたんだけれど、ようやっと歴史物語として理解できた感じがある。
     やっぱ嘘ついてたんだな。そりゃそうだ。現代だって政治家はいっぱい嘘をついて、ぎりぎりの国際関係を維持したりしているんだ、古代にやってないわけがない。

     天智天皇と天武天皇のところがやっぱ面白かったな。天皇の謚号の由来から二人の関係性を明らかにしていくところはシビレタ。
     壬申の乱とかこの辺の時代の歴史書はいくつか読んだことがあるが、つまんないなーとしか思えなかったけれど、この本を読んだことでいろんな情報がつながって、最高に知的興奮を覚えている。

     この本を読んだら、八木荘司の『遥かなる大和』とか永井路子の『美貌の女帝』とかを読むことをお勧めする。なるほどってなる。知識が深まること間違いない。

  • 相変わらず歴史学者に喧嘩を売りまくりで、ここまで言ってしまうと、大丈夫なのか、と心配になるレベル。別に自分は歴史に詳しくもないので、この本を普通にふーんと言って読むわけで。でも、歴史書に書いてあることより、より当たり前と思われる方向、より蓋然性の高い方向に考えていく、というのは好きだし、そういう意味では好感が持てるんだけども、てか結局聖徳太子の謎はなんだったんだか、分かんなかったような気もするけど、結論出たのかな?

  • 聖徳太子編、天智天皇編、天武天皇編、平城京と奈良の大仏編を収録。日本の古代史を「怨霊」の視点からとらえなおす。子供を殺され滅亡させられた太子の怨霊を鎮める「聖徳」の名前の説明は興味深い。天智系と天武系の天皇の争いから長屋王の怨霊を封じ込めるために建立されたとする奈良の大仏、怨霊に負けた大仏と天智系である桓武が平城京を捨てた理由づけも面白い。

  • 聖徳太子の謎から、天智天皇と天武天皇の関係、東大寺の大仏建立に至るまでが扱われており、前巻以上に著者の独自の説が次々と展開されています。

    聖徳太子については、梅原猛の聖徳太子=怨霊説を踏襲していますが、それだけでなく、著者自身の見解が敷衍されています。著者は、藤ノ木古墳に埋葬されている2人の遺体が崇峻天皇と聖徳太子だと言い、さらに太子が不幸な死、おそらくは自殺を遂げたという説を示しています。

    天武天皇については、彼が新羅と密接な関係を持つ人物であること、そして、挑戦を統一した新羅を滅ぼそうとする唐の策略に応じて、唐との国交を開こうとした天智天皇を暗殺し、その事実を隠そうとして『日本書紀』の記述が生まれたとされます。

    さらに、怨霊史観に基づいて、奈良の大仏の建造と、それから30年あまりで桓武天皇が平安遷都をおこなった理由が探られます。

    前巻以上に大胆な仮説が多く、素人目には推測で補われている箇所が多すぎるようにも思われるのですが、推理小説のようなスリリングな読み物として、楽しんで読むことができました。

  • 逆説の日本史第2弾。聖徳太子は怨霊だったという説には説得力があり、まさに目から鱗である。また聖徳太子が編纂した17条憲法の第1章が「和」であることの意味も井沢氏の指摘で初めて理解できた。平城京と奈良の大仏の建立もその背景には日本人の怨霊信仰が存在している。
    日本の歴史を理解するうえで、最も大切なベースを得ることができる珠玉のシリーズである。

  • この巻では、「聖徳太子」「天智天皇」「天武天皇と持統女帝」「平城京と奈良の大仏」を扱っています。
    「聖徳太子」の章では、なぜ「聖徳」なのかを他の天皇と関連付けて説明してますし、太子の御陵などに関して論じています。
    「天智天皇」の章では、当時の国際情勢も踏まえています。
    「天武天皇と持統女帝」の章では、打って変って天武天皇による天智系の追放対策について解説しています。
    「平城京と奈良の大仏」の章では、印象に残ったのは「長屋王の変」について論じています。

  • 常識を以って定説を疑う。論証手法に些かの癖と難があるものの、目の付け所は面白い。本巻は建国から奈良時代あたりの、聖徳太子と天智天武天皇がメイン。テーマによって人それぞれ好き嫌いが分かれると思うが、本巻については私自身はあまり興味が持てなかった。この古代日本史に興味がある方にはおすすめだと思う。

  • 面白い!
    高校時代世界史を選択していたこともあり(逃げ)日本史にはとんと疎く、まったくすっからかんだったにもかかわらず、巻を進めるごとに楽しみながらしっかりと日本史の知識が身に付く(正しいかどうかはわかりませんが)これは20年前の本ながら良い本

  • 聖徳太子と天智 天武天皇について、驚愕の事実(´・Д・)」今まで、疑問にも思わなかった歴史の矛盾点ことに気づきます。正しいかどうかはわからないけど、歴史ロマンにはひたれます!楽しいです。
    シリーズ制覇したいな!

  • (「BOOK」データベースより)
    なぜ聖徳太子に「徳」という称号が贈られたのか?『日本書紀』は天武天皇の正体を隠すために編集された。奈良の大仏は怨霊鎮魂のためのハイテク装置だった…など日本人の「徳」の思想と怨霊信仰のメカニズムを解明する衝撃の推理。

  • 聖徳太子の称号の謎

  • 高橋克彦氏も解説で書いているが、桓武天皇の長岡京遷都のくだりなど、目の付け所というから、その切れ味がいい。

    眉唾の説もあるが、面白い。

  • 聖徳太子の贈名の謎、壬申の乱の背後にある天智天皇と天武天皇の謎、奈良東大寺の大仏の謎など、本当に歴史の授業では決して習うことのない本質に筆者が仮説と検証でせまる納得の一冊。

  • トンデモ歴史がお好きな方におすすめな本です。
    そうでなくても、歴史に対する見方やものの見方が変わることまちがいなし。

  • ご本人とその政治的主張は非常にクセがあり(マイルドに言って)、好き嫌いが別れそうですが、彼の通史は本当に面白い。「怨霊信仰+コトダマ+ケガレ忌避+和の精神」という日本人の宗教観をベースに古代史から現代までを新たな視点で考察しています。粗い・甘い箇所もあるけど掛け値なしに面白く、目から鱗。考えさせられます。

  • その論証はまさに推理小説。
    ほんとのところはどうなのかわからないために、より面白い。
    にしても聖徳太子ノイローゼ説は、どうなんだろうねえ。

  • 2012/9/9読了。

    何度読んでも、やはり面白い。文字史料が揃ってくる飛鳥時代、奈良時代に入り、著者の勢いはとどまる所を知らないようだ。もちろん、歴史学の専門家にいわせれば、信憑性の乏しい史料に基づく妄説、ということになるのかもしれないが、素人の読者にとっては、明快かつ説得的な内容だ。

    特に、巨大な唐帝国の興隆と新羅による朝鮮半島統一という国際情勢の激変が、天智から天武への政権交代を促したというストーリーには、古代日本政治のダイナミックな国際性を感じて、思わず興奮させられた。それにしても、優れた功績を残した天皇に追贈されたと思っていた「天智」の名が、「天智玉」=殷の紂王を意味し、「天武」=周の武王と対をなしていたとは・・・。本書でもっとも衝撃を受けた部分である。

  • 日本史の知識がだいぶ危うい私でも
    一応、天智天皇と天武天皇(大海人)が兄弟くらいは
    憶えていたのだが、
    著者によると「年齢でいうと天武が兄」に当たるという。

    この主張にはびっくりした。

    でも確かに、我々のフツーの想像力の範疇では
    「長兄相続が当たり前でしょ」
    となってしまうが、
    歴史の中の権力者たちは一夫多妻が当たり前であり、
    となると妻の出自、家柄が非常に差別化要因になってくるわけである。
    格の低い家の母を持っていては、年齢に関わらず、
    すなおに相続できるケースはほとんどないということだ。

    天武の父親が著者の推論するとおりに外国人であるなら、
    日本の歴代天皇史は「男系の相続」でもなんでもないじゃん、
    というところか。

    万世一系自体も、著者は1巻で否定している(3系統あった、と)。

    マルクス主義的な「歴史法則思想」に手厳しい著者であるが、
    皇国史観についてもガッツリと否定して、
    とにかく「真実は何か」を推論で追求していく著者の書きぶりは
    心地よいと共に、
    歴史というのは、どろどろしたリアルな人間の相互作用なのだということを
    よくよく考えさせられる。
    「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」
    という名言はあるが、ここでいう歴史が日本歴史学会のお題目のような
    「史料至上主義」ではまったく意味はない。
    人間の相互関係のリアルさのストーリーを想像する、という意味ならば、
    これ以上ない学びであろう。


    日本書紀にしても、「勝ったほうの大本営発表」という説明は
    明快かつ、真実味がある。
    その大本営資料に天武の年齢が載っていないとなると、
    これはもう、怪しいを通り越して、「天智より年下じゃないだろ」という
    ところに大いにうなずくばかりだ。


    「勝てば官軍」とは言いえて名言であり、
    だいたい負けたほうの言い分なんてものは抹消される。
    中国の易姓革命もそういうことで、徳がない王だから討たれました、と
    あとの「大本営発表」には書かれる。
    現代のように、自由民主主義なんてものがない時代なんだから、
    権力者に逆らうような「真実の史家」なんて、その時代にはほとんど
    表に出られなかったというのは想像してみれば当たり前だ。

    だが、その「当たり前」にたどり着けないのは、
    結局私たちは現在を軸足に脳を無意識に働かせる性質を持つからだろう。

    しかし本書で述べるように、おもしろいのは、
    日本の場合だと、敗れたほうの「痕跡も全部消す」なんてことはなくて、
    勝った方もせっせと祀ることである。

    やっぱり、全知全能の「天」があって、その下に統治者たる皇帝がくる中国と、
    そういう単一の「神」というべきものがない日本だと、祟りの恐れ方に
    まるで差が出るのだろうかと思う。

    2巻はいろいろ盛りだくさんだが、
    「奈良の大仏は子どもが生まれない天皇の願掛け/祟り排除装置」
    という説はとくにおもしろい。
    たしかに、あれだけのものプラス国分寺なんて日本中に作ったら
    庶民の負担は尋常ではないだろう。
    それでも実行しようとするあたり、「度が過ぎて」いろいろ恐れていたのだろうなと思う。

    私はいままで、どうして古代の都はしょっちゅう捨てられて
    あっちゃっこっちゃ行くのか不思議だったのだが、
    本書を読んで「前統治者が権力闘争の中で恨みを残して死ぬと場所自体がケガレるから」
    という分かりやすいロジックで理解できた。

    武士の活躍以降、天皇は「武力、権力」としてはどんどん小さくなるわけだが、
    言い換えるとそれまでの時代の天皇(家)というのは
    日本最強最大唯一の超権力一族で、骨肉の争いを繰り返していたということなのだろう。

  • この巻に関しては面白い部分が多々ありつつも、KiKi にとってはかなり不満な内容でした。  それは目次を見た段階でもある程度予想はついていたことだったんですけどね。  因みにこの巻の目次はざっと以下のような感じです。

    第1章:聖徳太子編 - 「徳」の諡号と怨霊信仰のメカニズム
    第2章:天智天皇編 - 暗殺説を裏付ける朝鮮半島への軍事介入
    第3章:天武天皇と持統女帝編 - 天皇家の血統と「日本書紀」の作為
    第4章:平城京と奈良の大仏編 - 聖武天皇の後継者問題と大仏建立

    あれ?  あれれ???  どうして「大化の改新」の章がないんだ???  あの権勢をふるった「蘇我氏」があれよあれよという間に歴史から姿を消していったあの一大事(乙巳の変)が抜けているというだけで、KiKi にとっては何となく中途半端感が漂っちゃったんですよね~。  特にそれまでの時代は天皇という存在が脈々と続いていたとは言えども、天皇を中心とした中央集権国家というよりは、飛鳥豪族を中心とした政治が行われていた(と学んできていた)だけに・・・・・。  

    そしてね、なおさら感じるのは怨霊になることができるのは「天孫」たる「皇室の人間だけ」だったという前提条件があるのかもしれないけれど、(そんなことないよね??  だって彼の「怨霊説」の中には菅原道真がしょっちゅう出てきているぐらいだから)井沢氏の説の骨格を成しているといっても過言ではない「怨霊」、しかもかなり「パワフルな怨霊」になりそうな存在として、蘇我氏を忘れちゃいけないように思うんだけど・・・・・。  まあ、飛鳥寺が存続しているうえにあそこに鎮座している飛鳥大仏は日本最古という有り難~い誉れで伝わる仏像ということなので、あれが蘇我氏の「怨霊封じ」の象徴なのかもしれませんが・・・・・・。

    「徳」という諡に秘められた考察にしろ、天智 vs. 天武の争い及び壬申の乱に関する考察にしろ、大仏開眼に秘められていたかもしれない聖武・光明夫妻の本当の狙い等々の話にしろ、一つ一つはそれなりに(と言うか、かなり)面白いと感じられたのですが、その話を語る上でそこかしこに挟まる学会批判が長い、長い、長い・・・・・・。  しかもいつも同じ文言なのでくどい、くどい、くどい・・・・・・。  これを「ここまでしなければ学会につぶされてしまうと感じている井沢氏の恐怖心」の為せる業と見るべきなのか、「彼固有のけんか腰(論調が議論調というより喧嘩調 ^^;)」と見るべきなのか??  古代黎明編であれだけ言い切っていた「和の精神」とやらはどこへいっちゃったんでしょうか??という感じです。

    それにね、そういう話が出てくると「またか・・・・」と思って流し読みモードに入ってしまうので「閑話休題」となった時に肝心なテーマに乗りきれずに読み飛ばしちゃっているところがあるんでしょうか?  時にその学会批判とそれにまつわる余計な話に振り回されているうちに、何が論じられていた文章だったのか、焦点がぼけてしまって、挙句、結論が変わってしまっているような印象を受けた箇所もなきにしもあらず・・・・・だったんですよね~。

    で、普通の本だったら「元い・・・」と読み返してみようと思うところが、ことこの本に関してはあのくどくて長い、それでなくても何度も同じような文章で繰り返されている学会批判を読み返すことにもつながると思うと、その意欲までなくなってしまうという負のスパイラルへ・・・・・。  結果、KiKi の印象としては「何となくご都合主義??」「論旨が一貫しているようで、意外と矛盾アリ??」となってしまい、「まあ、お説、承っておきましょう・・・・」でお茶を濁してしまう(苦笑)、そんな感じになってしまうんですよね~。

    目の付け所は面白いと思うし、彼... 続きを読む

  •  この2巻は、逆説の日本史1巻と同様、かなり違和感がある。井沢氏の、怨霊信仰や、言霊という古代から日本人に深く信じられてきた、宗教的視点をもとに、証拠主義に固執する古い体質の専門家を批判するのは痛快だ。実際、3巻以降、大きな歴史の流れが、資料によって明らかになる時代は、氏の手法によって、歴史が、生き生きと蘇ってくる。一方、学者批判に酔いすぎて、井沢氏も同じ轍を踏んでいるように感じる。聖徳太子のことや、天智天皇と天武天皇の謎等を、新しい視点で分析するのは面白いが、氏の仮説には、この時代の流れを読むための納得感が全くないのである。
     日本書紀から知る6、7世紀の歴史の通説の一番の疑問は、なぜ、数世紀に渡って力を持った蘇我氏が、乙巳の変で一瞬にして滅亡し、影響力をなくしたのか。蘇我氏や他の豪族達の日本国創世期への貢献が、正史にほとんど書かれていないのはなぜなのかということ。小学校で初めて歴史を習って以来、無理やり流れる古代史に違和感を覚えて以来、この答えを探すのは、ライフワークでもある。歴史家の証拠主義批判もいいが、その違和感をぬぐい去る、井沢氏なりの筋の通った逆説の日本史を期待したが、それがないのである。
     この巻の一番の失敗は、日本書紀の編纂を命じたのは天武天皇であり、内容は全て天武側の大本営発表だという通説を、疑いなく前提として全ての謎に関する論議を行なっていることだ。通説を批判しておきながら、通説を前提に話を進めるから、結論がよくわらなくなる。正しい歴史は確かめようがないが、少なくとも、正史日本書記がどういう意図で書かれかのような、その後の議論に大きく影響する大前提については、もう少し慎重になるべきだったと思う。それによって、同じ証拠で仮説を論じるときの結論が180度変わってしまうからである。
     例えば、天智と天武が兄弟ではないこと、壬申の乱の意義、天武の死からその後の持統天皇までの一連の記述に関して、天武に不利なことが書かれてあると、天武の大本営発表なのに不思議だとしながらも、誰かが書き加えた可能性もある・・・と、無理やりこじつけて深堀しない。一方で、天智や中臣鎌足にあいまいなことがあると、天武が、正統な天智系を歴史から抹殺しようとしたからだと決めつけ、やはり対案を比較しない。
     天武崩御後、草壁皇子への皇位継承に固執して即位した持統天皇が、天武系を抹殺して文武へとつなぐわけだが、それに全面協力しているのは、藤原不比等である。彼は、天智とともに蘇我氏を滅ぼしたとされる中臣鎌足の子であり、日本書紀の編纂に深く関与していたと氏も認めている。普通に考えれば、それ以降力を持つ藤原不比等こそ、中臣鎌足に始まる藤原と、同士天智の正統性の根拠に、日本書記を利用したと考える方がよっぽど自然に思える。乙巳の変から大化の改新を経て、この国を作ったのは私達だと主張するため、むしろ天智側の大本営発表が日本書紀ではないのか。そう考えると、数々のあいまいな記述は、むしろ天智側が言えない事実や、都合の悪い話を隠匿するためと考えられる。
     彼らが、歴史から抹殺したかったのは、おそらく蘇我氏であり、藤原以外の全ての日本国創設の貢献者達である。特に蘇我氏は、日本創立の貢献どころか、律令制に反抗した、守旧派の悪徳一族というレッテルを貼られ、大化の改新で、後の天智となる中大兄皇子と、藤原の開祖中臣鎌足を歴史のヒーローにするのに一役買っている。そういう前提も考慮して、2巻のテーマである、聖徳太子の謎、乙巳の変、大化の改新、よくわらない白村江の戦い、壬申の乱でいとも簡単に天智を滅ぼした謎、長屋王の祟り等を、もう一度、検証してみてほしい。同じ証拠で、全く別の歴史が見えてくるはずである。

  • 飛鳥~奈良時代の聖徳太子、天智天皇、天武・持統天皇、東大寺・奈良大仏についての当時の考え方を元にした優れた推察。当時の人間的な歴史の流れが物凄く府の落ちる形で解説されてる。週刊連載だったせいか分かりやすくしようとし過ぎたせいかちょっとしつこい文章になってしまってるのが少し残念。

  • 聖徳太子から聖武天皇の時代に至るまで、史実から読み取る歴史と日本人の感覚から推測する歴史を対比しながら当時を考察する。歴代の天皇に送られた諡号が意味すること、特に無念の死を遂げたと思われる推察が興味深い。また、天皇家に入り込もうとした藤原家の策略も興味深い。

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