逆説の日本史 (3) (小学館文庫)

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著者 : 井沢元彦
  • 小学館 (1998年4月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (439ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784094020038

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逆説の日本史 (3) (小学館文庫)の感想・レビュー・書評

  • ・孝謙女帝被性醜聞醜化完全是因為儒教男尊女卑的概念,以及敘史為藤原家所把持。仲麻呂的權勢是從皇后宮官職開始,其實是母親藤三娘光明皇后在撐腰。大炊王淳仁天皇其實是仲麻呂效法呂不韋事的傀儡。光明皇后死後,仲麻呂當時正著手要出兵新羅(唐因安祿山之亂分身乏術),孝謙(和道鏡以及吉備真備)就發動政變回鍋。
    ・孝謙自稱皇帝,也很嚮往武氏並哈中,真正想做的其實是中華理想的禪讓
    ・墾田永年私財法(聖武朝,聖武本人則是太太的傀儡)執行者正是仲麻呂。破壞律令制的公地公民政策的第一步。之後的莊園制度更進一步,大家只要向貴族交名義登記保護費就可不用繳稅,導致國家漸無歲入,藤原氏越來越有錢。孝謙女帝和道鏡頒布禁止再繼續開發墾田就是對藤原氏的一大挑戰但人亡政息
    ・日本史原理:「藤原氏は日本の寄生虫である」。あくまでも天皇家に対する寄生虫の立場を守る→藤の花(在國外通常會篡位變寄主)。
    ・桓武天皇遷都是因為易姓革命和逃離怨靈建造一個新強大防備裝置,畢竟奈良大佛這個當時最新最科學鎮護裝置完全沒用,天武家都滅亡了。另外征蝦夷是因為東北而他認為非人不會有怨靈。
    ・日本引進其他宗教其實轉而用來鎮魂針對怨靈使用
    ・桓武天皇居然下詔廢除(除邊境以外的→後來也倒了)國家軍隊!
    ・言霊:「言えば実現する」「発言者はその意見のな内容が実現することを望んでいると多くの人に受け取られることになる」,只要還存有這個迷信,就不可能有真正的言論自由。婚禮誓詞只能有吉祥的(縁起在佛教原意為因果關係),不能像西洋那一種的;提出意見或者想到最糟情況的人都會被排擠因為認為很不吉祥,契約不規定違約只規定雙方依誠意解決的誠意條項!!!!沒辦法自由地提出意見,因為提出意見就被當作真的是這樣想,所以無法進行{有事立法}(發生意外時被攻擊時軍隊應如何行動完全無規定,軍隊根本就不在憲法規定之中更危險)
    ・和平憲法變成新的祝詞(のりと)。戰前就算覺得會輸也絕對不能說(會被當作故意烏鴉嘴和這樣希望的國賊),所以這跟戰前期望勝利的口號沒兩樣,以為一直念就會實現,這就是言霊。甚至誤以為現在的和平是這部憲法帶來的,他可沒有拘束外國的權力,一間銀行沒被搶也不是因為那間銀行一直主張非武裝,毋寧說是自衛隊的功勞,自己不保護自己誰來保護。
    ・古代時名字是禁忌,要求知道女性的名字已經等於求婚。因為名字等於這個人的靈魂,日本至今還有這個風俗,也不能直呼名字,名字盡量獨特,因此不太容易會產生像歐美那樣的POPULAR NAME。
    ・万葉集有許多犯罪人的歌,還有柿本人麻呂水死般的鴨山五首,但是根據言霊的概念,應該就是鎮魂,也不可能因為近代文人感覺死於非命比較瀟灑就這樣寫,言霊也不允許。梅原猛首倡歌聖柿本人麻呂→水底之歌。
    ・「聖」不只需要出色,還需要死於非命,之後變成好的御靈才可以叫做聖。(歌聖柿本人麻呂)
    ・「日本人は、ありのままの真実を正確に記録することが、極めて不得意な民族である」→言霊、怨霊信仰、ケガレのため。所以無法完全採用中國的史料至上主義或者西歐的史料實證及批判主義。
    --
    雖然中文也有類似言霊的概念,不過作者在這一卷提出的關於契約書的誠意條項(逆說世界史也有提到類似)、把第九條當作祝詞和那種絕對不能說的概念,最離譜的是不准討論有事立法,看來這個概念的驚人統治力遠超我的想像(這本書快問世二十年了,有自覺的人有變多否?)。雖然中國史也有恐怖的春秋筆法為賢者諱,後世作史與其說為了正確性不如說為了正當性(日本不行,因為這樣等於詛咒王朝會結束)和為新權力者抹一下脂粉,但是作者這句「日本人は、ありのままの真実を正確に記録することが、極めて不得意な民族である」可是讓我冷汗直流,他實在太戳重要害了。言霊、怨霊信仰、ケガレ等等的想法,到現在還是讓紀錄本身很含蓄、委婉,而我在想最徹底合理主義的西方法例如訴訟、判決一定也逃... 続きを読む

  • 今回は前半部(称徳天皇と道鏡編)を読むのが疲れた。面白くなかったというよりも、心が日本史モードに入ってなかった感じ。
    しかしノッてくると面白かった。今回は特に日本における「コトダマ」の重視というのが印象的だった。なにしろ憲法九条の改正も必要かもしれないと初めて感じさせられたから。日本史じゃねえ!って感じもするけど。
    そして続く4巻の予告(?)は「『古今集』に出てくる六歌仙は歌の名人ではない」とな!気ーになるー!

  • 時々読んでみようと思うこのシリーズ、しかし20巻とか出てるし、まだまだ先は長い。言霊ってのはしかし割と分かる。日本あるある的な。でも海外ドラマとか、あれだ、ビリーダイエットだったか、ああいうので、俺はできる!とか言ってみる、というか言わされる、みたいな自己暗示みたいなイメージがあるんだけども、ああいうのと言霊っていのはきっと違うんだよな。うん、違うな。まぁでもなんつーか、言霊って言っても、良い事を言ったっていーじゃん、と思ったりする。あー、おっさんくさいな。

  • 藤原史観か、日本史はやはり藤原の歴史なんだな。藤原氏の名前の由来を知りたい人は読んでみよう。こんな逆説もある。


     孝謙天皇は前から胡散臭い感じはしていたんだ。あまりに浮いている存在。だからすごい納得いった。


     古代の文化は怨霊慰撫のためにあったというのが面白い。だからたくさん歌選集を作り、寺院を作り、怨霊にゴマ擦ってたんだな。

     国語の授業で和歌の味わいを習ったのが馬鹿らしく思えてすごい胸のすく思いだった。あんな日常の何でもないような共感もできないような歌で無理矢理感動しろなんて、土台無理だったんだ。

  • 道鏡と称徳天皇の関係、桓武天皇による平安遷都の謎、そして『万葉集』にひそむ謎が解き明かされます。

    著者は、道鏡と称徳天皇が男女の仲にあったという通説を退け、持統天皇と藤原不比等の結束によって受け継がれてきた政治体制を否定して、日本に「易姓革命」をもたらそうとするのが、称徳天皇の狙いだったという説が提示されます。

    また平安遷都の理由については、桓武天皇が早良親王の怨霊を恐れたためだという主張が展開され、風水に基づいて平安京の地理的性格を明らかにし、さらに東北の蝦夷征討も同様の理由によって説明しています。

    『万葉集』の謎については、梅原猛が『水底の歌』で論じた柿本人麿の怨霊史観が採用されています。ただし、当時水死刑というものはなかったという、梅原の著書に対して寄せられた批判を念頭に置いて、人麿の遺体が海に遺棄されたという見解が示されています。

    日本人が言霊の発想に今なお束縛されていると言い、平和憲法をめぐる左派の言説の虚妄を批判する議論に入り込んでいるところもあります。

  • 日本の歴史は、怨霊信仰と言霊によって語られる。桓武天皇が平安京に遷都したことは、当時の最先端科学である風水の考えによるものだし、日本古代文学の奇跡とも言うべき万葉集は言霊信仰の昇華である。怨霊と言霊、古代から現代にも続く日本人の本質を見事に語りつくしている。

  • 言霊信仰。あると思います。

    言われてみれば確かにそうだなと思える言霊信仰。仕事柄、外国人と接する機会が多いが、たしかに日本人程には言葉に対する配慮は(相手に対する配慮ともいえなくもないが・・・)少ないと思う。

    しかし、楽しみながら日本史を学べる本書は良書。ボリュームは大きいですが。

  • この巻では、「道鏡と称徳女帝」「桓武天皇と平安京」「万葉集と言霊」を扱っています。著者の見解と今の歴史の常識とは今回はかけ離れていません。ので、こう言う人はこう言う見方をすると思えます。

  • 着眼点は面白いのだが回りくどい。この3つのテーマで400頁超も必要なのか?と思ってしまった。テーマの興味有り無が好き嫌いの分かれるところ。

    第1章 道鏡と称徳女帝編
    第2章 桓武天皇と平安京編
    第3章 『万葉集』と言霊編

  • (「MARC」データベースより)
    「軍隊と平和憲法」論争の原点は平安京にあった。武人であった天皇が帯剣することもやめて平安遷都をした古代日本の謎を、言霊信仰によって解いていく。

  • 平安建都と万葉集の謎

  • 今の平和憲法と言霊信仰を結びつけるのは、少し強引な気もする。

    ただ、怨霊封じとか、言霊信仰とかが、日本人の精神の通底にあるのは、否定できないと思う。

  • 何故、東大寺の大仏ができたのか?平安遷都の本当の由来は?怨霊信仰や言霊(ことだま)信仰を大事にしてきた背景を我々は気づかず、日本文化を語り、歴史を学んだりしてきたのではないだろうか?

  • トンデモ歴史がお好きな方におすすめな本です。
    そうでなくても、歴史に対する見方やものの見方が変わることまちがいなし。

  • 万葉集の辺りはちょっとこじつけ感があったような。
    でもあいかわらず、良質の推理小説のようなロジックの積み上げ方は引き込まれる。

  • 怨霊史観ていうのですかね。今までの歴史の概念を覆されます。

  • ご本人とその政治的主張は非常にクセがあり(マイルドに言って)、好き嫌いが別れそうですが、彼の通史は本当に面白い。「怨霊信仰+コトダマ+ケガレ忌避+和の精神」という日本人の宗教観をベースに古代史から現代までを新たな視点で考察しています。粗い・甘い箇所もあるけど掛け値なしに面白く、目から鱗。考えさせられます。

  • 日本史苦手で既存の日本史観に不勉強だったからか、言霊についての考え方や平安京遷都の理由については「そりゃそうでしょ」って思ったんだが、普通の考え方は違うのか。
    しかしちょっと冗長で読んでるうちにデジャブを感じる箇所も。
    道鏡や桓武天皇については面白く読めたかな。

  • 2012/9/30読了。

    本巻を読むのは2度目だが、やはり面白い!

    「皇位簒奪を狙った大悪人」とされてきた道鏡は何者だったのか、道鏡への譲位を画策した称徳女帝の隠された意図は何だったのか、藤原氏、そして天皇とはいったい何なのか。

    はたまた、桓武天皇が長岡京、そして平安京へ遷都したのはなぜか、常備軍を廃止した桓武が、蝦夷討伐を行った理由、そして、万葉集に秘められた謎・・・。

    「史料至上主義」を批判しつつも、大山誠一「天孫降臨の夢」などと比較すると、日本書紀に対する批判的な姿勢にはやや中途半端と思われるところもあるが、古代史を彩る数多の謎について、井沢は、「怨霊信仰」をキーワードに、極めて説得的で、豊かな解答を描き出していると言えるのではないか。

  • 第三巻。

    道教と称徳女帝。
    そして、平安建都と万葉集の謎に切り込んでいく。

    筆者の重視する「言霊」がとりわけ鋭く指摘されているのが
    万葉集の項である。
    当時の人々にとって、歌はまさにその人そのものの魂の
    ようなものであり、それをどう扱うかということが
    どれほど重要であったのか、ということがこれでもかと
    展開される。
    なるほどである。
    怨霊と言霊、まさに当時の人にとっては疑うまでもない真実だったのだろう。

    平安建都についても興味深い説が展開される。
    もちろん平安京が「鬼門」などなどに深く関係するというのは
    今誰でも知っているような話だが(夢枕獏の陰陽師の影響もあろう)
    そもそもなぜ遷都することにしたのかというところで、
    桓武天皇が早良皇太子の怨霊(無実で死んでいって祟りをなしている)を
    なんとかするためだった、というところから
    語られていることはほとんどないようだ。
    私もまったく考えたこともなかったけれど。

    船岡山から千本通りが伸び、
    東寺と西寺があって羅城門がある。
    そして、不吉な丑寅には比叡山があって、
    さらにその先の東北の蝦夷を非情なまでに討ち取ろうとしたのも、
    こういった「当時最先端の怨霊風水科学思想」なのだろうと思うと
    納得がいく。

    いかに当時の人が信じていたことを想像できるかが、
    歴史の真実を見抜く根本の目であるか、ということを
    とりわけ昔の時代であればあるほど思わされる。

  • 和、怨霊、言霊…知られざる日本の宗教観を軸に歴史を読み解く。言霊の話は面白かったな。歴史学の中ではこの本、どう評価されてるのかなぁ。

  • 井沢氏の文体に慣れてきたせいか、はたまた先の2巻と比較すると「学会批判」の分量及び舌鋒が緩んできたせいか、この巻に関しては比較的楽しく読み進むことができました。  相変わらず話があっちへ飛んだりこっちへ飛んだりもするけれど、それも KiKi にとっては許容範囲と感じられる程度になってきたようにも感じます。  少なくともあっちこっちへ飛んでようやく本論に戻ってきたときに最初の2巻では時折感じた「矛盾のようなもの」がほとんどなく読了することができたと思うんですよね。

    それに今回のお話はテーマがなかなか良かったと思うんですよね。  称徳天皇 & 道鏡の名誉回復(?)の話も説得力があったし、平安京が怨霊からのシェルターとして建都されたという話(ついでに同時代に行われた蝦夷征伐を「鬼門」という考え方になぞらえる話)も「なるほど、言われてみれば確かにそうだったかもしれない」と思わせるものがあったし、そして何よりも説得力があったのは万葉集について書かれた部分でした。



    万葉集に関しては KiKi も常々疑問に思っていたのですよ。  「歴史というのは勝者が自己正当のために記録として残したものをベースとしている」というのは KiKi 自身の歴史認識とも合致していて、そうであるだけにあの万葉集というヤツが KiKi にとってはかなり特異な存在として映っていたんですよね。  あれやこれやとあった昔の権力闘争の双方の歌が載っているうえに、著者も言っているように「天下の罪人扱い」された人々の歌も載っている・・・・・。  そんなものがどうして残っていたのかなぁ・・・・と。

    その謎と「言霊」という思想をガッチャンコさせた著者の説はなかなか斬新だと思ったし、著者が歴史を語る上でキーワードとしている「和の精神」「怨霊信仰」「言霊信仰」という一つ一つは別物と捉えられる思想・哲学が少しずつ1本の筋道に沿ってくるあたり、なかなか説得力のある仮説だなぁと感じられるような気がしてきました。

    かなり共感したのが、現代日本人も「言霊信仰」に縛られているというくだり。  考えてみると「口は災いの元」という言葉があるけれど、あれも言ってみれば「言挙げ(ことさら言葉に出して言いたてること)」を戒めた伝承なのかもしれないと思っちゃったりもして・・・・。  現代ではこの「口」≒「失言」と読み換えられているけれど、本来の意味は違うものだったのかもしれません。

    もう一つこの巻を読んでいて感じたのは「宗教心に欠ける日本人」とはよく言われることだし、実際、KiKi 自身にもその自覚があったりもするわけだけど、よくよく考えてみると多神教というヤツはそもそもそういうものなんじゃないかな・・・・・ということです。  「絶対的な神様がいない」ということは、別の言い方をすれば「どんな神様でも(要するに八百万の神様を)受け入れる」ということで、これは許容範囲が広いとも言い換えられる代わりに、「愚直に1つのものを信じるわけではない」ということでもあり、それが現代のクリスマスを祝い、初詣に参り、数珠を片手に墓参りという日本人気質に繋がっているように、「怨霊」も「仏教」も「陰陽道」も「儒教」も「キリスト教」も、すべて「それはそれとして」受け入れるということと同義なのかもしれないなぁ・・・・・と。

    あ、これは「日本古来の神道」がそういうものだと言いたいわけでは決してなくて(だいたいそんな風に言い切れるほど神道に詳しくないし・・・・ ^^;)、長い時の流れの中でそんな風に変貌していくことを許容しちゃう部分があったのかもしれないなぁ・・・・というほどの意味なんですけどね。  で、そこであれもこれも受け入れるという精神の根底にあるものは何かと言えば、要するに「御利益を期待する」というある種の... 続きを読む

  • カテゴリーは作れない。トンでも本?でも面白い。大河ドラマ平家清盛がわかりやすくなったかも。いや、これを前提に理解しちゃ駄目かも、ということも楽しい。

  • 道鏡、桓武天皇、万葉集。当時の日本人の宗教観が当時の最新の科学であるというパラダイムで見ると素朴な疑問に対して腑に落ちる解答が見えてくる。

  • 平安建都と万葉集の謎

    ・道教と称徳女帝編―愛人騒動をデッチ上げた「藤原史観」
    ・桓武天皇と平安京編―遷都を決意させた真相と風水説
    ・『万葉集』と言霊編―誰が何の目的で編纂したのか

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