ズームーデイズ〔小学館文庫〕 (小学館文庫 い 26-1)

著者 :
  • 小学館
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  • Amazon.co.jp ・本 (205ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784094083200

作品紹介・あらすじ

妻ある「恋人」カシキとつきあっていた小説家の私は、恋も仕事もうまくいかない日々から抜け出すため、テレビ局で知り合った八歳年下の学生アルバイト、ズームーと暮らし始める。服装やヘアスタイルに細やかに気を配る繊細な心の持ち主であるズームーは、カシキでは得られない大きな安らぎと平穏を私にもたらす。しかしひとたびカシキから電話で呼び出されると、真夜中でもタクシーを飛ばしてすぐに会いに行ってしまう私。新直木賞作家が、辛い恋と安らかな恋の間で、激しく揺れ動く「厄介な私」を描いた甘美で愚かで危険な恋愛小説。

感想・レビュー・書評

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  •  直木賞をとった後の談話として、癌だったと知って著者の作品を久しぶりに読んでみた。ほぼ実体験に近い話ではないかと思った。ここではだめな女が描かれている。しかし、だめな人間はすぐれた人より好感が持たれる。なぜなら安心できるからだ。ほとんどの人は、挫折感を抱えている。そうした女性に支持されそうな小説だ。男からは、この主人公は厄介な女として見られるだろう。「ズームー」に同情する男も多いのではないか。
     何もしないうちに、35歳から45歳になり、55歳になってなってしまうという感覚はよく分る。結婚して子どもや雑事に追われていることのほうが、案外幸せかもしれないと思わせる。そこには解決しなければならない課題がいつも発生しているからだ。悩ましいが充実感も、達成感もある。
     なによりも自由であるはずの主人公が、なぜか一番不幸を抱えているように見えるパラドックス。ここにこの小説の魅力がある。外見からは自由気ままに生きていても、充実感に餓えている。こんなところが、都会の女性に共感を呼ぶのかもしれない。
     1日300円以下で暮らしている人間が、地球上で半分以上いるなんてことはどうでもいいことであり、その人たちは必死に生きようとしている分だけ自分たちより幸せと「彼女たち」は感じるのかもしれない。精神的な豊かさとはなんなのだろうと、あらためて考えさせられる小説でもある。
     今度は、流行作家になってしまった不幸を書いてもらいたい。

  • ほのぼのかわいい

  • この本を読んでいたとき、私も同じような状況に置かれていたから胸が痛い程気持ちが解ってしまって切なかった。まるで私の事を書いているのではと思った。ダメダメなのは解ってる。でも気持ちがどうにも止められなくなって結局駆け出してしまう。このどうしようもない人間臭さを否定も肯定もしない淡々とした文章で表現している事によって慰められているようにさえ思ってしまう。淡々としながら少し気だるい文章が井上荒野さんだなぁとしみじみ。

  • アームーが年下の恋人ズームーと過ごした7年間のはなし。愚かで怠惰なアームーにイライラしながらも少なからず共感してしまう。何ひとつうまくいかないような、何をやっても間違えてしまうような、ほどほどにダメなところをグルグル回っているだけの時期、きっと誰しも感じるそんな時期が異常に長かっただけなのかも。

  • 自分の中で評価が分かれすぎるので読まなくなっていた荒野さんですが、積読山にあるのを見て久々に読んでみましたw

    結果・・・これは、なかなかよい。
    そうそう、なんで積読山にあったのかというと角田さんが解説を書いてるからなのだったわww

    不倫相手のカシキと同棲中の年下のズーム―との間でふらふらと生温い生活を送りつづけるダメダメな女の話ですw

    ほんっとにダメダメだし、アホだし、馬鹿だし、どうしようもないんだけど・・・気持ちはわからなくもないw
    真っ直ぐな恋愛しかしてない人には、まーったく共感できないと思うんだけど、本読みとしてはそれじゃあつまらないのよねーw

    恋をして充実してる、仕事をして忙しくしてる、友達とも会って仲良くしてる・・・でも本当に?

    さて、この主人公、結局どちらとも別れて別の人と結婚するのですが、そこ先がまた秀逸。

    人はいろんな思い出を抱えて、たくましく生きていくのですねー♪

  • ズームーとアームーの呼び方がかわいい。

  • 再読
    妻子あるカシキとつきあっていた小説家の私はテレビ局で知り合った八歳下の学生アルバイト、ズームーと暮らし始める…
    著者の自伝的小説ともとれる

  • 厄介で愚かではあったが危険なことは何もなく。

    しかしズームーっていう呼び名になる名前ってなんだ?

  • ダメダメな独身女が、
    2人の男の狭間でもがく様子が淡々と描かれているだけなんだけど、
    この作者の言い回しが好きで、読み進めることに苦労はない。
    主人公に感情移入はできないし、
    ドカーンて感じの大きな出来事もないんだけど、
    ズーンとしたヌルイ感情は理解できなくもない。

  • 女性にありがちなトラップにはまり続けるお話。自暴自棄、不倫、無気力、と言った感じ。求めるものは愛や尊敬を得る事なのだろうが、一つの失敗があり、その後の選択を誤り、を、繰り返してマイナスのスパイラルにはまる。
    読み手の年齢により感想が変わるだろうけど30台半ばのもう戻れない人たちには重すぎるかなぁ。小説はハッピーエンドだけど、現実はそんなハッピーエンドは期待薄だから、人によっては読み終わっての虚無感がひどいかも。

  • 何年か前に読んだきりですが、「がんばって読み終えた」という印象です。
    だらだらぐだぐだ…な雰囲気で続いて行くズームーと主人公。
    化粧品のくだり、ちょっぴり依存症?チックな主人公のイメージが強いです。

  • 今のあなたに、と言って貸してもらった本。

  • 引き込まれてどんどん読んだ。
    面白かったけれど、それは作者の自伝的なものだと読む前から知っていたからかもしれない。
    小説というよりは、面白い人の恋愛遍歴と人生経験を面白く聞いたという感じ。

  • ズームーカッコイイです。
    でもなんか淡々とした本、ってかんじがしてしまった。

  • 「枠組み」のない不安

  • 「ズームーデイズ」は主人公が8歳年下のテレビマン、ズームーと同棲していた30歳からの7年間の様子を振り返る形で描いたものである。
    恋愛渦中にいる間もどことなく冷めているのだが、さらに冷めた視線で当時の出来事を描いている。
    過去に新人賞受賞しデビューしたものの、最近では小説を書けないでいる女性作家が主人公である。
    妻子ある男性カシキとの恋愛を続けながらも、テレビの司会に起用された時に知り合ったアシスタントディレクターのアルバイト、ズームーと同棲する。
    主人公はズームーを「愛そうとしてみる」のだが・・・。

    やがて彼女は父親(全身小説家・井上光晴氏)と同じくがんの宣告を受ける。
    父親は宣告を受けて1年後に再発、3年後に亡くなった。
    自分の命もたぶん、父親と同じくらいだろう。
    宣告を受けて悲嘆にくれるかと思えば、かえって「生きる価値のない人間から先に死ぬ」のだから、死んでも別に構わないと諦観している。
    2人の男と恋愛しながらも、どこか自分を掴めないでいて「暴走」したり「突然、何かを始めたり」する様が切ない。
    また、亡くなった父親を「父神様」とし、父神様の思し召しでこうなった・・・などと随所に描かれるところを読むと、「ああ、父親が死んでも二世の軛から逃れられないんだなあ」と二世作家の悲哀を感じさせる。

  • 感情を制御できないくらいののめり込む恋愛をしない(したことない)あたしは、主人公のアームー(30代前半♀不倫+同棲中)はどうしようもないアホ女としか思えません。何がしたいのか分からん。自分自身は何もしないくせに、周りの男に求めてばっかり。
    ただ、「恋人」とか「愛」とか、「目に見えないモノ」に名前を付けて安心したがるのは人間の性(現に主人公は、ズームーと暮らした7年間という時間に「ズームーデイズ」という名前をつけていつくしんでいる)で、そんなことにこだわる必要は必ずしもないんだな、と思った。

  • 井上荒野さんの直木賞作品「切羽へ」を読んだあと、他の作品が読みたくなり、検索して興味を持ち、訪れた地域の図書館で返却されたばかりだったこの作品を借りて一気に読みました。

    主人公の「アームー」が30歳から37歳まで7年間暮らした「ズームー」との物語です。
    ズームーはアームーより8歳年下です。
    「7年間私は何もしなかった。ただズームーと暮らしていた」と語られます。

    「父は小説家だった。私自身も小説を書いている」とあるところから、井上荒野さんの自伝的な要素もあると思われます。
    自伝として読むと、9月の「週刊ブックレビュー」でのインタビューが違った視点から見えてきます。

    主人公は「恋人と会った翌日、精神的疲労のために一日寝込んでしまう」ような恋に疲れていて、恋していないズームーと同居生活をします。

    二人は何度も引っ越しをしますが、汚い部屋の描写、例えば「天井から乾燥したヤモリの死骸が落ちてくる」など、虫が苦手な都会人の発想だと思いました。

    主人公はズームーと暮らしながらも妻子あるカシキとの関係も続けます。
    主人公はズームーもカシキも愛してはいません。

    主人公はズームーと岩手県に旅行します。
    「倦怠期の夫婦」のような旅行です。
    宮沢賢治ゆかりのイギリス海岸を散歩し、花巻温泉の近くに泊まりますが、我が家も1997年夏にこのあたりに出かけています。
    花巻温泉に泊まり、宮沢賢治記念館、イギリス海岸、小岩井農場など行きましたが、子供はまだ7歳と5歳くらいで豚に真珠でした。

    「星飛雄馬の大リーグボール養成ギブス」という言葉が出てきて、井上荒野さんは世代的に私に近いのだなあと実感しました。

    「出会い系サイト」のことが話題に上ります。
    初期の頃の話でしょうが、こういうものだということが分かります。

    「このころダイアナ妃が死んだ」と書かれていますので、時代との関わりが分かります。
    ダイアナ妃が亡くなったのは1996年でした。
    このころ、主人公とズームーとの同居生活は終わっているようですから、井上荒野さんとアームーはほぼ年齢も一致します。

    ズームーと別れたあと、主人公は結婚します。
    いまの夫に恋をしたと言います。
    小説も本格的に書くようになります。
    この辺も井上荒野さんの自伝のようです。
    でも本当に自伝なら夫は嫌でしょうね。
    私なら辛いです。

    「切羽へ」もそうですが、評価が分かれています。
    共感する人とそうでない人とが分かれているというのは、文学作品にとっては良いことだろうと思われます。
    私は面白く読みました。

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著者プロフィール

井上荒野
一九六一年東京生まれ。成蹊大学文学部卒。八九年「わたしのヌレエフ」で第一回フェミナ賞受賞。二〇〇四年『潤一』で第一一回島清恋愛文学賞、〇八年『切羽へ』で第一三九回直木賞、一一年『そこへ行くな』で第六回中央公論文芸賞、一六年『赤へ』で第二九回柴田錬三郎賞を受賞。その他の著書に『もう切るわ』『誰よりも美しい妻』『キャベツ炒めに捧ぐ』『結婚』『それを愛とまちがえるから』『悪い恋人』『ママがやった』『あちらにいる鬼』『よその島』など多数。

「2023年 『よその島』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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