海炭市叙景 (小学館文庫 さ 9-1)

著者 :
  • 小学館
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  • Amazon.co.jp ・本 (315ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784094085563

作品紹介・あらすじ

海に囲まれた地方都市「海炭市」に生きる「普通のひとびと」たちが織りなす十八の人生。炭鉱を解雇された青年とその妹、首都から故郷に戻った若夫婦、家庭に問題を抱えるガス店の若社長、あと二年で停年を迎える路面電車運転手、職業訓練校に通う中年男、競馬にいれこむサラリーマン、妻との不和に悩むプラネタリウム職員、海炭市の別荘に滞在する青年…。季節は冬、春、夏。北国の雪、風、淡い光、海の匂いと共に淡々と綴られる、ひとびとの悩み、苦しみ、悲しみ、喜び、絶望そして希望。才能を高く評価されながら自死を遂げた作家の幻の遺作が、待望の文庫化。

感想・レビュー・書評

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  • 佐藤泰志『海炭市叙景』小学館文庫。

    未完の遺作。海炭市という海に囲まれた北の地方都市に暮らす人びとの悲しみだけを切り取って集めたような連作短編集。幸せの欠片など一つも描かれず、人びとの悩み、苦しみ、悲しみ、喜び、絶望だけが淡々と綴られる。

    読んでいると暗澹たる気持ちになるのだが、人生など楽しいことよりも辛いことの方が記憶に残るのだから、これが真実なのかも知れないと何故か突然腑に落ちる。

    本体価格619円(古本100円)
    ★★★★

  • 日本のどこにでもありそうな、しかしそれは架空の街。そこに住んでいる人々の暮らしと人生を物語る。一筋縄ではいかぬ人間を見つめる作者の目は張りつめている。(41歳の若さで自殺してしまった作者を想うとなおさら)

    「まだ若い廃坑」「一滴のあこがれ」「夜の中の夜」など、ひとつひとつの短い物語のタイトルからして印象深い。(友人の書いた詩より拝借らしいが)何気ない普通の暮らし、あるいは切羽詰まった物語の淡々とした描写が光っている。

    バブルもはじてけない時代1980年代に書かれたので、予言的だと解説にもある。つまりうまくいかない人生模様や人間の心は、すっかり現代にも通じるのだということ。

    いえいえ、その前も後も世界情勢や景気や災害や疫病や、何もない時代なんてありはしない。

    そんなに突き詰めて苦しまなくてもいいじゃないか、人生いろいろあるけれど前向きに考えよう、いつかは・・・。

  •  この小説がとてもいい小説だと、上手に伝えられたらうれしいと思って書き始めました。ある作品がいい作品かどうかなんて、学校の国語の時間にはもっともらしく解説されるのですが、本当はそんなことは、読んだ人が決めればいいことであって、客観的にいい作品なんてものはあるんだろうか。国語の教員をしながらいつもそんなふうに感じてきました。
     
     ところで、人というものはどこからかはわからないけれども、この世に投げ出された存在であるという考え方があります。この小説は、人という生きものが、投げ出された存在である自分というものと格闘しつづける姿を書き綴った作品でした。

     「あやまらない。だれにもあやまらない。たとえ兄さんに最悪のことがあってもだ」とつぶやき続けて待合室のベンチから立ち上がれない妹の姿を思い浮かべながら、読者の僕にはとめどなく涙がわきあがってくるのです。そして「そうだよ、君がそのように、その場所に存在していることは、誰に対しても、あやまる必要なんかないよ。」と、うつむきながら呼びかけている自分を発見することになるのです。

    https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/201904300000/

      

  • やがて春となり夏の初めとなるわけだが冬から始まるためか、切々と暗く寒い。真夏から秋は作者がいなくなってしまうのでない。暗いが身近に感じ温かさもある18編。気づけば海炭市の地図が頭の中に出来上がり自分もその叙景の中にいる。一話目の妹が今どうしているだろうかと読み終わっても気になる。

  • 初めて読む佐藤泰志が、まさかの彼の遺作だった。
    函館市をモデルにした"海炭市"に暮らす人々の話。
    冷たくて灰色で、厳しい海炭市の冬。


    まだ若い廃墟について。

    「待った。ただひたすら兄の下山を待ち続けた。から始まる、冒頭のひと段落が、私は素晴らしいと思う。
    過去のことを話しているんだろうな、と思いつつも、そのまま物語の中に入り込んでしまった。
    もう全て決めてしまったから、あの態度だったのか。
    ねぇ、なんで?どうして?と思ったが、そんなことしか思えないのは、私が未熟だからだろう。

    「あやまらない。誰にもあやまらない。」と出てくるが、そこはもうロープウェイの待合室で1人待つ妹の姿を想像するだけで、何とも言い難い辛さが、少しずつ少しずつ近付いてくる。
    ある時点で、もうとっくに妹も薄らではあるが、気付いていただろう。
    そして兄も、そのことに気付いていただろう。
    だけど、お互いに普段通りに振る舞うことの辛さよ。
    そんな兄妹がとても悲しい。

    その次の話で「あぁ、もう本当やめて」と思った。


  • 寂れゆく北国で、自らの境遇にじっと耐える人びとの18話。灰色の空気を吸い込むように読みました。芥川賞候補に5度なりながら自死した、佐藤泰志の遺作。

  • うーん、『きみの鳥はうたえる』や『草の葉』でかんじた瑞々しさみたいなのがあまり感じられず、ただただすべてがぽっかりとあいた深淵に(=山に)すいこまれているみたいで、なんだか読んでいると口の中がパサパサしてくる…。一筋の光、とか希望とかがもうかんじられない。山で起きた死を中心に絶望、諦観がまとわりついてはなれない。この街のじめじめとした不幸な雰囲気がもうずっとすごくつらかった…冬から始まって秋で終わる予定だったという全部は完成しなかったので、もし完成していたらもっと明るい雰囲気もたのしめたかもしれないけど、それに至れなかったということなのだね。

  • 著者の未完の遺作となった連作短編。ついこないだ同じ著者の『そこにみにて光輝く』を読み、すくいようがないくらい閉塞感がありながらもその眼差し=筆致のやさしさに引かれて2作目を読んでみた。やさしさに引かれてと前述したけれど、多分に著者が自死した人であることを意識しているであろう自分。自死してしまうほど考えてしまうとともにやさし過ぎる人だったのだろうと思っている。
    『海炭市情景』も閉塞感が関係している。地方の斜陽化しつつある街の市井の人々それぞれが1編ごとに描かれる。ヤクザのやさしさを見たりシレっと児童虐待があったり、小説だから当然といえば当然なんだけど一辺倒でない人の姿が描かれる。
    といいつつ、とりわけ普通で何も起こらない「週末」という1編がよかった。路面電車のロートル運転手が、孫を生まんとしている娘のことを思い、きょうは事故など起こしたくないと思う話。こんな何気ないことが心をつかむストーリーになる。

  • 人々がITの世界に新たなそれを見いだすまで
    現代とはフロンティアの失われた時代だと
    思われていたかもしれない
    しかし実際のところ、必ずしもそうではなかった
    人々はノスタルジーの世界を破壊して、フロンティアの土台を作った
    かつて人々の暮らしと男たちの誇りを支えていた炭鉱は閉鎖され
    畜糞まみれの農村風景も潰されて、やがて郊外のそれへと変わっていった
    しかしそんな都市の清潔さとひきかえに
    人心はじわじわ荒廃していった
    いかに都市化したとて東京にかなうわけではない
    雪ばかり多くて、海炭市には夢がない
    人々は…特に若いものたちは、幻想のなかの東京に憧れて
    うわついていた
    最初は、海炭市という架空の街を
    変化する一つの生命体のように書こうとしていたのだろう
    脳髄は物を思うに非ず
    街が、一種の神なのである
    しかしその試みは
    作者の自殺によって中断されたのだった
    ラストの一行が死のすべてを象徴しているようにも思えなくはない
    つまり
    ある絶望を隠そうとするなら死ぬしかないのだ、という…

    佐藤泰志が死んだのは平成2年のこと
    バブル真っ只中ではあったが

  • 続編ありと予告されていながら、作者の自殺によって本前編だけしか読めなくなってしまった訳ですね。この中でも前半と後半で若干色合いが異なっていて、前半はゆるい繋がりのある連作短編で、後半はほぼ独立した短編たち。どこかに憂いを抱いた人たちがそれぞれの主人公で、結末までは語られないこともあり、読者の想像如何で、物語が多彩な色合いを呈する仕様になっている。来ない荷物を寒い港で待つ話とか、子供と合える直前にガスボンベで怪我する話とか、休日の帰途に追い禁でつかまる話とか、そのあたりが印象に残りました。

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著者プロフィール

1949-1990。北海道・函館生まれ。高校時代より小説を書き始める。81年、「きみの鳥はうたえる」で芥川賞候補になり、以降三回、同賞候補に。89年、『そこのみにて光輝く』で三島賞候補になる。90年、自死。

「2011年 『大きなハードルと小さなハードル』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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