- Amazon.co.jp ・本 (185ページ)
- / ISBN・EAN: 9784094086966
作品紹介・あらすじ
ふつうの一日が愛おしくなるエッセイ集。
『博士の愛した数式』などで知られる作家・小川洋子さんのエッセイ集が待望の文庫化。新たに書き下ろしも収録、人気イラストレーター寺田順三さんによる愛らしい装画も文庫オリジナルです。
感想・レビュー・書評
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こんなにもあたたかな視線で世の中をみつめているひとがいるんだ、と思わず目頭が熱くなった。
消えてしまうもの、ささやかなものに対するきめ細やかな愛情が、小川さんの世界を作り上げているんだなあ。
って、よく考えたら小川さんの作品は『博士の愛した数式』しか読んでいなかったです。
なんだかすごく知っているような気がしていました。
小川さんの小説の力がすごいのか、私がいい加減なのか。 -
エッセイというのは、それぞれが本当にそれぞれらしくて楽しい。勿論、その人の本質など知らないのだが、限りなく近付ける場だと思うのだ。
小川さんのエッセイは優しく心地良い。さり気ない優しさに溢れていて、また等身大の姿が垣間見えて、読み終わった時にほっと満たされた気持ちになる。休憩中の午後の紅茶的エッセイとでも言おうか…。
ちなみにタイトルのカラーひよこ、私は知らなかった。モールで出来たひよこの事かと思いきや、生きたひよこだったとは。今では絶対売れないような物だね(^_^;) -
小川洋子さんのエッセイがとても好きだ。
なぜかとても心が穏やかになる。
例えば自分の失敗や周りの変化に落ち込んだり、慌てたりすることが少なくない毎日の中で、もう駄目だと見限って自分を遠ざけたくなる瞬間は訪れる。
そんな時に救いになる文章ってどんなものだろう?と考えると、それが小川洋子さんのエッセイなのではないかと思える。
すみません。こんなことを言うことでこのエッセイの価値が落ちないことを切に願います。
私にとって不思議なのは、小川さんがご自身の小説に全く自信がないことだ。
心の中の片隅に場所を見つけて、静かに、それでも確かに私を支えるように輝き続けてくれる、そんな物語なのに、なぜ?
私はあなたの小説が、エッセイが、とても好きです、好きです、と読んでいるといつの間にか自己嫌悪だとか不安だとかいった重くて冷たい感情が、さっきよりも小さくなっていることに気づく。
これが駄目だ、あれが嫌だと考えていてはいつまで経っても進む力にならない。
前を向く力はいつだって好きなことからしか得られないんだと思う。
菊池亜希子さんの解説もとても素敵。
ようこさんに宛てた心からのラブレターに私まで幸せな気持ちになる。
小川さんの返事も読みたくなってしまうけれど、それは菊池さんだけに届けられるべきだなとも思う。 -
エッセイ集。おすすめの本、飼い犬との最後の向き合い方、昭和の記憶、などなど。新しい楽しみや、犬との暮らしの発見、懐かしさなんかを控えめに書かれている。読み終えるとちょっとホッとするような、小さな幸せを感じられる。
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借りて読んだ単行本がとても良かったので、文庫で購入。何度読んでもいい。じーんとする。特に心に残ったところをいくつか。
「思い出からやって来る人」
小川さんが、明治生まれの二人の祖母のことを、「慎ましやかで、我慢強く、いつどんな時も感謝の心を忘れない、愛情深い人だった」と書いている。母方のお祖母さんは、晩年認知症が進んだが優しさは変わらず、成人式の日振り袖を着た小川さんを見て「きれいなお方が来てくださった。ありがたい、ありがたい」と泣きながら手を合わせてくれたそうだ。「祖母たちのことを思い出していると、愛され大事にされた記憶しかよみがえってこないのに、なぜか涙ぐんでしまう」とあるのを読んで、ああ、自分もそうだと胸をつかれる思いがした。あんなに大事にしてくれたのに、「ほんのささやかなことしかしてあげられなかった」という悔いも同じ。「苦しかったりつまずいたりした時、思いでの中からやって来て心をさすってくれる」そういう人がいることは本当に幸せだと思う。
「ただごとじゃない人生」
須賀敦子さんの本の一節にある、須賀さんの友人の言葉が紹介されていて、これには、はっとした。
「ほんとうよねえ、人生って、ただごとじゃないのよねえ、それなのに、私たちは、あんなに大いばりで、生きてた」
まったく若い時を思い返すと、何も知らないがゆえに「大いばりで生きていた」という言葉がぴったりだったように思う。修道女であったこの方は、須賀さんとこの会話を交わしてまもなく亡くなられたそうだ。
「若いときは大いばりで生きていればいい」「何の前触れもなく、静かに試練はその人の背中に舞い降りてくる」「必ず救いの道は用意されていて、それを探すことこそが、生きることなのだから」という小川さんの言葉が胸にしみ通る。
「思い出のリサイクル」
ずいぶん前の、なんでもない思い出。お味噌汁のお豆腐をいつものように掌の上で切っていると、それを見ていた幼い息子さんが「ママー、おててが切れちゃうよ」と叫んで、足に抱きつき、ポロポロ涙を流したのだそうだ。今でもお豆腐を切っているとその声がよみがえると著者は書く。「自分には心の底から純粋に泣いてくれる人がいる」繰り返し思い出すかけがえのない記憶。本人はすっかり大人になり、そんなことなど少しも覚えていないのだろうけど、と続くのだが、その気持ちはよーくわかる。
「子離れダイエット」
「早起きしてお弁当を作ったり、晩ご飯の仕度のため転がるようにして外出先から帰宅したり、取材旅行の前にせっせとカレーを作って冷凍したりしていた頃の、あのドタバタとした時間が何と幸福であったことか。渦中にいたときにはイライラするばかりで、これが幸福だなどとは思いもしなかった」
まさに自分もそうだった。本当に「転がるようにして」家に帰り、そのまま台所に直行していた日々。あれっと気がつくとすべてが過ぎ去っていて、夢マボロシのようだ。 -
なんで、この本を読もうと思ったのかを、もはや忘れてしまった。
前半と後半で、テイストがやや違う。
前半では、小川洋子が観察する人の話が中心。
その人を観ている自分の話というより、その人をいかに浮かび上がらせるかという、なんだか黒子のような透明感があった。
ああ、この方は、こんな風に人を見つめているんだな、そして自分は無色透明の語り手なんだな、という感じが小説に繋がる気がして、腑に落ちた。
『博士を愛した数式』を読んでいる女性をクローズアップしたエピソードが、なんか好き。
後半は、本の紹介が多くなる。
ラジオのアナウンサー藤丸さんとの話が良かった。
本を介した話のなかで、相手を知ってゆくこと。
そういう会話が成り立つことは素敵だと思う。
『こころ』『錦繍』『枕草子』『夜と霧』。
自分も触れてきた作品を、こんなに愛おしく語る人に出会えるとは。
感銘を受けた映画の感想を「かなしかったね」で終わらせた相手に、幻滅するエピソードもあった。
自分は自分の感じ方を豊かに出来ているだろうか、急に恐ろしくもなった。 -
学生時代、ファッションに興味がなく、お化粧もせず
女子寮の台所で肉の入っていない肉じゃがを、
一人で食べていた小川さん。
そんな彼女はボーイフレンドに「君、明治生まれ?」と冷たく揶揄され振られたそうだ。
そこで思い出したのが、20代前半に職場の先輩に好きな雑誌を聞かれ、
「クロワッサン」と答えると、「それ40代以上の人向けやで。」と失笑されたこと。
私の頭の中はすでに若年寄なのか?とショックだった。
小川さんは初めてなのでエッセイを選んだが、どれももどかしいほど共感できた。
次は小説を読んでみよう。
久しぶりに本棚からこの本を取り出してみました。
数編再読してみたら、やはりウルウルとしてしまいま...
久しぶりに本棚からこの本を取り出してみました。
数編再読してみたら、やはりウルウルとしてしまいました。
小川さん、素敵な方ですよね。
この本がベルガモットさんに届いて良かったです。
5552さんのレビューにありますように、目頭が熱くなる、きめ細かい愛情が伝わってくる素敵な本で...
5552さんのレビューにありますように、目頭が熱くなる、きめ細かい愛情が伝わってくる素敵な本でした。
小川さん、あまり作品読んでいなかったので、今後チェックしようと思います。
私もエッセイを再読して、小川さんの作品にまた触れてみたくなりました。
小川さんは作品数も多いので迷いますよね。
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私もエッセイを再読して、小川さんの作品にまた触れてみたくなりました。
小川さんは作品数も多いので迷いますよね。
ブクログの小川作品のレビューも素敵なものが多くて…迷う愉しみを感じています。