考えない練習 (小学館文庫)

著者 :
  • 小学館
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  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784094087000

作品紹介・あらすじ

「イライラ」「不安」は、練習で直せる。考えすぎて、悩みがつきない私たちに必要なものは、もっと「五感」を大切にする生活。それは決して難しいことではなく、ちょっとしたコツの習得で可能になる。ここではその方法(練習)を気鋭の僧侶が余すことなく語りかける。極めて実践的と評判の心のトレーニングで、不安のない日常を手にしよう。さらに、脳研究者・池谷裕二さんとの「脳と心の不思議な関係」と題した対談も収録。単行本は発売と同時に、新聞、雑誌、テレビなど数々のメディアで絶賛され、累計三十万部を突破する。ついに待望の文庫化で、完全保存版誕生。

感想・レビュー・書評

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  • ついつい考え込んでしまう性格。
    いったんギアが入ると、なかなかニュートラルにできない。
    あ~ぁ、疲れる!
    と、自分でも思うことが(笑)

    「考えない」ことが練習でできるの?
    なんて魅力的な!!
    思わず手に取った本です。

    が…
    ”考えない”ためには五感をとぎすませなければならず…
    ”考えない”ために、”考えなければならない”?

    思っていたのと違う。
    これが正直な感想です。

    • 杜のうさこさん
      azumyさん、こんばんは~♪

      お久しぶりです!お元気ですか?
      私も体調や、その他もろもろ、へなちょこなりになんとか頑張ってます。
      ...
      azumyさん、こんばんは~♪

      お久しぶりです!お元気ですか?
      私も体調や、その他もろもろ、へなちょこなりになんとか頑張ってます。

      先日のアドラー『嫌われる勇気』
      >人を傷つけないように、嫌われないように。
      と書かれていた時も感じたんですが、
      今日、この冒頭からの3行を読んで確信しました。
      私たち、似てるかも…(#^^#)
      ずうずうしくてごめんなさい。

      傷つけないように、嫌われないように。
      それは、お互い転校の繰り返しで身についた処世術の部分もあるかも…とか。

      気を遣いすぎて疲れちゃったり、
      どうしたら一晩寝たらケロッとできるんだろう…
      そのためにはどうしたら…とまた悩む(笑)
      でも周りからは”天然”と言われる。なぜだ…(笑)

      それと 『あきない世傳 金と銀(四) 』積読状態です。
      ネタバレになっていたのに、うっかり読んでしまった!
      やっぱり天然?あはは。
      2017/11/11
    • azu-azumyさん
      うさこさん、こんばんは~♪

      コメントをいただいていたのに、お返事が遅くなってしまってごめんなさいね~!!
      私もなんとか元気にやってい...
      うさこさん、こんばんは~♪

      コメントをいただいていたのに、お返事が遅くなってしまってごめんなさいね~!!
      私もなんとか元気にやっています(^_-)-☆

      >私たち、似てるかも…
      うん、うん!
      私もそう思うよ~(^^♪

      そして、私も何を隠そう、天然です(笑)
      2017/11/20
  • 『怒りは力ではなく、弱さのしるしなのです。
    ゆるしとは「相手を無罪放免にする手段」ではなく、「自分を自由にする手段」です。』
    
    ダライ・ラマの『ゆるす言葉』という本に紹介されている一節です。
    昔は仕事でイライラすることがあるたびに読み返していました。
    
    最近はストレスのない生活をしていることもあってそれほど頭にくることもなかったのですが(できた人間ではないのでイラっとかキィーとかは日常茶飯事ですが)、久しぶりにひどい言葉を投げつけられてびっくりしたことがありました。
    頭にくるというより呆れてしまったのですが、思い出すと心がザワザワする。ザワザワするのに何度も思い出してしまう。そういえばそんな本があったなと手にとってみました。
    
    2010年のベストセラー。
    当時は表紙や著者のルックスなどでチャラいイメージがありましたが、仏教の考え方がわかりやすく書いてあって良い入門書だと思います。
    
    怒りというのは強い刺激なので人はそれが不快なものであってもそれを求めてしまう。それをシャットアウトするための「考えない」。
    
    頭にきたら「あー、今、私は頭にきてるな」とただその感情を受け入れるというのはその場で冷静になれるのでお勧めです。
    
    『考えない練習』というわかりやすいタイトルはついてますが、ようは自分の心を見つめる修行みたいなもの。海外のマインドフルネスと似てますが、瞑想が集中力を高めたり、心を穏やかにする理由がよくわかります。
    
    簡単に悟りは開けませんが、仏教っておもしろい考え方をするなあと思える本でした。
    
    以下、引用。
    
    仏道的にお勧めする方法は、抑圧と発散という道は避け、第三の道、つまり「見つめる」ということです。見つめるものは己の感情です。
    
    もし、ムカつく!と思ったら、すぐにこの「ムカつく!」をカギカッコでくくってしまうのです。自分はいま、「ムカつく!」ことが真実だと思っている。それが究極の真理であり、正しいことだと思っています。
    それをカギカッコでくくって、《私は「ムカつく!」……と思っている》《私は「ムカつく!」……と思っている》と繰り返し念じてみるのです。
    
    あくまでも、ひとつの見方や意見として、いまこの「ムカつく!」が持ち上がってきているだけなのだなと自己認識することです。そしてそんな己の感情を見つめて、それをそのまま受け入れる。第三者の視点で切り離したうえで、肯定も否定もせず受け入れるという離れ業を使って、反射反応を起こしてしまうのを食い止めるのです。
    
    意識していますと、イライラしている時や自慢話をしようとしている時、とても浅い呼吸になっていることに気がついて、こんな苦しいことはやってられない、とハッと気がつくのです。苦しさを感じると、心が自動的にきちんとした呼吸に補正してくれます。
    人は自分の姿を認知すると、変わらざるを得ません。
    話し方がおかしいことがわかると、話し方が変わります。
    自分の心の歪みがわかると、心の持ちようが変わります。
    浅い呼吸の違和感を認知することで、呼吸が変化してゆきます。
    きちんとした呼吸に戻ると、その状態に結びついていた嫌な感情や煩悩は流れ、自慢話がしたいという気持ちや、なじりたいという感情が薄まってきます。
    
    匿名性が強く、言いっ放しの掲示板は、「怒り」がけん引的な役割を果たしがちです。「誰かを攻撃したい」という怒りの煩悩に直結しやすいのです。
    その心理を分析してみますと、「これは本来の自分ではない」と思われる場所では、人は最も自分の本性をさらけ出す、という逆説的な理があります。
    
    なるべく相手の自我を刺激しないというのが、人間関係におけるたしなみです。
    メールでいきなり本題に入るのは無粋で、何かクッションが必要と感じられる時には、私はたいてい天候や周囲の状況について記すことにしています。
    それも、「雨が続いて、鬱陶しいですね」とか「寒くて嫌ですね」などの価値観や評価を入れるのではなく、事実のみを書くようにするのです。
    「雨が降って、少しずつ湿度が上がってきた部屋ではメールを書いています。そちらは快適にお過ごしでしょうか?」とか、「いま、時計の針がちょうど十二時をさしました」とか、「満月の晩に、失礼いたします」とか、まるで昔の小説に出てくる手紙のように、事実そのままを記します。
    あまり意味のない一文ですが、単なる挨拶なのですから、必要以上に相手の自我を刺激しないことも思いやりと言えるのではないでしょうか。
    
    すごく集中して気持ちよく仕事をしている時には、隣の人が喧嘩をしていても、その声に意識はいきませんけれど、落ち込んでいるような時は、そちらの音を捕捉してしまって、「ああ、うるさいな、イラつく!」と思ってしまいます。
    つまり、音があるからイラつくのではなくて、イラついているからその音がうるさく感じられるんです。
    

  • 考えない練習、という感覚はわかる。
    あ、今余計なことを考えているな、と自覚して、いったんそれをわきに置く、という訓練。
    自分の客観視。

    しかしマインドフルネスブームの中、仏教の原理をカジュアルな生き方術として扱うことには慎重であるべき、という気もする。
    数千年前のインド発祥の哲学が、今のストレス社会にそのまま適用できるかは簡単にはわからない。
    同時に数千年前から人間の悩みの本質は変わらないのだとも思えるし・・。

  • 読書録「考えない練習」4

    著者 小池龍之介
    出版 小学館

    P93より引用
    “それより良いのはもちろん、最初からまったく不愉快にならな
    いですますことです。それには、脳内における情報処理が勝手に
    進んでしまわぬよう、「情報を入り口で止める」訓練が必要にな
    ります。”

     目次から抜粋引用
    “思考という病
     身体と心の操り方
     話す
     聞く
     見る”

     僧侶である著者による、身体と心を穏やかにする為の方法を記
    した一冊。
     考えすぎる事による害についてから脳研究者との対談まで、仏
    道修行の手法をもとに書かれています。

     上記の引用は、心の情報操作について書かれた項での一文。
    色々な雑音が耳から入ってきているにも関わらず、それに心を動
    かされないという境地に至るのは、余程の修行が必要であるのだ
    ろうなと思います。
     とにかく情報が常に流れ込んで来る時代ですので、上手く調整
    するためにもこの本のような手法は役立つのではないかと思いま
    す。

    ーーーーー

  • 本屋さんで目にとまった本は、自分の求めていることが書かれているの法則!

    よくないことを永遠と考えてしまうことが悩みだった。考えても考えてもしょうがないのに。
    自分の性格のせいなのかなぁと思っていたけど、脳のヤクザ行為だったのね。ヤクザ怖い!

    よくないことを考えている、イライラしているといったときに、私は今こういう状態であるんだ、と客観視して、自分から離して脇に置くようなイメージ? これは繰り返してやらないとだな。

    イライラしているから周りが気になる、逆にペンを横にくわえると楽しいことを見つけ出す検出力が上がる。すべては自分次第なのだな、と思った。

    よくないことを永遠考えてしまうのは脳のヤクザ行為、良いも悪いも自分次第だと分かったら、少しポジティブになれそう。

  • 父からの課題図書。読了。読むのに約八ヵ月かかった。
    内容を理解するには何回も読むしかない。
    以上!

    2022年6月15日追記
    要するにマインドフルネスで解決しようっていうことなのではないか。

  • 「考える」ことにエネルギーを割かれないための方法を、仏教の手法をベースに具体的に書かれた本。

    情報を入り口で止めて自分の自我を刺激しない、自分の感情をぶつけて相手の自我を刺激しないというのは、練習が必要だけど、それができたら心が穏やかになるだろう。
    ささいなウソもつかない、というのもハッとする。

    考えない練習は、自分自身と他人の感情を、どちらも大切にすることにつながることだと感じた。

    ――――――――

    ・無意識下で「考える」ことに多くのエネルギーを割いている
    ・混乱しているときほど、考える量や時間が増える

    ・心の三つの毒は「欲」「怒り」「迷い」
    ・入ってくる情報に対して「受け入れたくない、見たくない、聞きたくない」と反発する心の衝動エネルギーが怒り。
     「やる気がしない」「妬む」後悔する」「寂しい」「緊張する」も“怒り”の煩悩エネルギー
    ・嘘をつくと、脳内の情報の連携がおかしくなる=迷い=「無知」の煩悩。その結果、混乱で記憶力や明晰さが衰え、自分の本心が分からなくなる。だから建前やごまかしなどささいなウソも積み重ねるのはやめたほうがいい。
    ・音の洗脳もある。音が入ったときに反応せず、音で止める。思考の流れを止める。
     人に悪い影響を与えないために、なるべく普段から「音を立てないで動作する」
    ・聴くー相手の苦を観察する がコミュニケーションの基礎
     相手を突き動かしているのは、苦しみ=ストレスなのではないか、という洞察。
    ・情報を入り口で止める。
    ・観察結果を自我にいちいちフィードバックしない
    ・なるべく相手の自我を刺激しない。
     メールの導入でも価値観や評価を入れず、「満月の晩に、失礼いたします」のように事実をそのまま記す。

    ●脳研究者 池谷裕二さんとの対談
    身体性ストレスに関する実験。
    ペンタガストリン(身体性ストレスを引き起こす薬)を点滴する。
    被験者の手元に、いつでも点滴を止められるボタンを用意しておくとストレスホルモンの上昇量が1/5程度ですむ。

    つまり・・・
    いつでも逃げられると思うとストレス性ホルモンの上昇量が減る。
    =「こうすればストレスの元から逃げられる」という方法を持っているだけでストレスにならない。
    =身体性ストレスも結局、意識の問題

    ●人が幸せに生きていくために育てるべき感情 慈・悲・喜・捨
    「慈」人々を含めた他の生き物が平和で穏やかであることを願う感情。
    「悲」哀れみの感情や、悩みや苦しみがなくなることを願う同情心。
    「喜」他社が幸福になって喜んでいるとき、自分もそれを見てともに喜べる感情。
    「捨」怒りや迷いを持つクセをなくし平常心を保つ心の状態。

  • マインドフルネスに興味があり手に取る。
    タイトルに惹かれる。
    いろいろなことに神経質になる人にとって
    考えないことは難しいけれど、
    実行できれば気持ちは楽になれそう。

  • 妄想が爆発しすぎるので買ってみた本。
    いまブームのマインドフルネスと近いものあり。アドラーの本で読んだ内容とも繋がってる気がする。
    そう思うと全世界人類悩みごととその根本はきっと変わらないのだろう。

    この本の内容としては、無心になろー!といっても難しいので
    事実だけを述べ、感じ、考えることで頭の無駄なノイズをなくして時間を豊かにしようじゃあないかという本、だとおもう。ためになりました。いや充分トリプルルッツばりに難しいけどね。

    心に残った内容メモ。

    ・相手の反応に自分の感情(受け入れられたい、とか聞いてなくてむかつく、など)をのせてはいけない。観察して対応をかえてみることはよいが、自我にフィードバックしないこと。
    同じように批判されたときは相手になにか苦しみがあるのだろうと洞察する。思い込みではなく、音を聞くなどして分析する。
    アドラーの「他人のタスクは他人のもの」という考え方に近い気がする。

    ・仏教で育てるべき感情は慈・悲・喜・捨であり、たとえば、そこに感謝はないと。あれこれむやみに謝ったり感謝するよりは、嬉しかったことを伝えるほうがいいということがちょっと面白い視点。

    ・お経をきくのが何故良いのかわかる気がした。意味がどうより、あのリズム、音に集中するという行為がきっと無駄な思考を排除するのだろうな。

    ・捨てないと見なくてもメモリに残ったままだから、捨てる。わかっているが難しい…!とりあえずこの本も感想書いたら処分するつもりだから許して

    ・他人への同情や心配はほどほどに。

    ・恋人と無駄話するより、つないだ手の感触を感じよう的な話はなかなか素敵と思った。つなぐ手募集

    ・人間は激しい感情や刺激につい支配される。苦痛を快楽にするシステムがあるから、つい苦痛に手を伸ばす。だけどその反射に支配されないように否定することは訓練でできる、というのが仏教にも通じる部分、らしい(意訳ご容赦を)

    さて、まずはこの本を一旦捨ててメモリから消そう(理解が間違っている)

  • 一切皆苦についてよくわかる
    ようは考え過ぎないということだろう
    なぜ? 考えすぎても意味がない
    自然に流れることも大切か

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著者プロフィール

1978年生まれ。山口県出身。東京大学教養学部卒業。月読寺(神奈川県鎌倉市)住職、ウェブサイト「家出空間」主宰。僧名は龍照(のちに空朴に改名)。住職としての仕事と自身の修行のかたわら、一般向け坐禅指導も行う。執筆活動も手がけ、『考えない練習』(小学館文庫)、『しない生活』(幻冬舎新書)、『超訳 ブッダの言葉』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など、多くの著作を持つ。2018年9月に月読寺を引き払い、路上生活者に。11月には修行の旅に出る(現在は音信不通)。

「2019年 『やっかいな人を自分のお城に入れない方法』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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