この世の全部を敵に回して (小学館文庫)

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著者 : 白石一文
  • 小学館 (2012年4月6日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (157ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784094087079

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この世の全部を敵に回して (小学館文庫)の感想・レビュー・書評

  • オチそのものは読めなかったけど、最後にこういうところへ降り立つだろうことは読めてしまったので、最後の数ページでワクワク感が削ぎ落とされてしまった。
    でも、本人(語り部)にとって切実であればこそ、愛すべき考え方だということも出来る。
    若い人に読んで欲しいと思って書いたそうだけど、若い人にこれは無理だろうと思う。たぶん、彼らはそれどころじゃない(笑)

  • 戦争、テロ、狂信、犯罪、飢餓、貧困、人種差別、拷問、幼児虐待、
    人身売買、売買春、兵器製造、兵器売買、動物虐待、環境破壊。

    私たち人間は歴史の中でこれらのうちの
    たった一つでも克服できただろうか。
    答えは否だ。

    これは著者である白石氏が、友人Kの死後、見つかった彼の手記を紹介したという体裁をとっており、
    ある意味でノンフィクション作品のようです。

    冒頭から読む人間を辟易させてしまう内容でありながら、
    その実は「死を否定するな、愛を過大評価するな」という強いメッセージを秘めている。
    すべての人間がこんなふうに物事を考えられはしないだろうし
    (また、この考え方を支持することはなぜか逆に俗な人間っぽくないけれど)、
    途中の例えなんかは、上手くはぐらかされているようにも思えたが、
    一応の結論を持って完成されている作品であることが強く印象に残った。
    (このテのものって結論が出されないようなことが多いように思うからだ)

  • 感想を書く事をずっと悩んでいた一冊。
    今まで読んだ作者の中でも毛並みが異なっているからだと思う。小説よりも、思想の本を読んだ方が的確な気がする。

    人間というものは、連続する選択肢が続く中、その時に選んだ答えが結果的に間違いだったと自覚した場合(あるいは最低の状況を想像した上で油断した結果)、世の中には意外とそういう可能性が潜んでいる(例えば恋愛の駆け引きであったり、仕事に生じる不具合)。本書は主人公の友人の死後に見つかった手記を頼りに繰り広げられる。

     例えば、イジメられている人物の妹が殺人にあい、イジメていた人間が”「おれ、アイツのことイジメるのやめる」”と言い、それを肯定することは、殺人を結果的に肯定することになる。幼き者、あるいは自身の尊厳を保つための延長でイジメを行っていた者を肯定するという一文には驚かされた。人間という存在は、それほど大した大義名分も無くイジメを行うという解説の様な、主人公の意識を投影したり、もしくは戦争や、それによって引き起こされる被害、可能性、光と影を連想させるような物事。他にも車による事故によって生じる死と意図的に行った殺人とその違いや、行動には結論を見据えた動きが大抵あるはずだが、その逆を描いた、行動するための理由作り(大義名分)によって、これは許される、自分はこうなったのだから、仕方ないだろうという、そういった物語になっているが、あくまで本書は小説という括りで始まり締められている。

    しかし、大義名分というのは恐ろしいと個人的には思わされた。例えば、ことわざでもあるが”人のふり見て我がふり直せ”とは、特に民族性から見れば村社会とされ、集団心理に左右されやすい日本人こそ自覚するべき、多数決や場の空気といった物事に合わせやすく。赤信号でも集団でもあれば大丈夫だろう、と思ってしまう思考停止が「それってどうなの?」という問いを場面や状況で考えてよ! と作者が訴えている様にも感じてしまう。一冊だった。

  • )死とはどういうものか。本来の愛とはどういうものかを説いた思想書のような感じ。理解する為には、全て読まないとわからない。地球上の全ての人を思える小説でした。自分が躓いたり、悲しい事があったらまた読みたいです。

  • 白石文学の最高到達点

  • 生きるとは、死とは何か。
    死があるから全てに意味がある。
    私という存在は、限定された人生の中でこそ私でいられる。
    私たちには平和で静かな美しい世界を心から受け入れる能力が備わってないのだ。

  • 【K***氏の手記を通して伝えたかったことはなんだろう。】

    「小説」というよりは「独白」という感じで、最初から最後まで、難解で息苦しさを感じる内容だった。直後に「翼」を1日で読了し、内容がリンクする部分も多かったことから、理解が深まったように思うが、なんとなくこれで終わらせたくないという思いがあり、再度手にとってみた。

    すると、一回目にはスルーしていた部分が目に留まった。
    前置きの刊行者の言葉として書かれていた、
    「現代人がいかに神を安易に考えているか」
    「超自然的で優しげなものにすぐコロッといってしまう」
    「生まれてきたことの意気地」
    「簡単に霊の世界を解説したり救いを説いたりする人→人間本来の意気地を奪う人」
    という部分。

    特に「若い人に読ませたい」とも書かれていたが、ナイーブな若者へのメッセージというか、エールと思えば、人の世の真実を冷静に受け止めて、それこそ「意気地」を持って生きていこうと思わせてくれる。

    その気持ちを後押ししてくれるのが、さらに続く、最も印象に残ったこの一文。

    【孤独はなんら恥ずべきものではないこと
    人生を積極的に生きるだけが善でないこと
    「愛」は決して万能ではないこと】

    味わい深い人生を送ってきたであろう刊行者の、経験に基づく重みのあるアドバイスとして、自分自身も実感を持って受け止めた。
    若い人だけではない。老若男女を問わず思い悩む人々への力強いエールである。

  • ストーリーだとか背景だとかをすべて排除して
    われわれが生きていく中で当然のように意識し、
    解決に導かれることのない永遠の課題として
    残されているものについて書き連ねられている作品。

    一番心に響いたストーリーは、
    同級生の妹が誘拐されるということについて考えられている部分。
    「俺、もう二度とあいつのことからかわないことにする」
    犯人の行為を間接的に肯定してしまうからくりに
    簡単に世の善悪だなんて判断することなどできなくて
    価値観の違いだとか、環境の違いなど
    日常になんら影響を及ぼさない小さな衝突が、
    取り返しのつかない問題が起きない限り明るみに出ないところに問題があって
    それを解決することだなんて誰にもできなくて
    物事は表面的な問題以上に根幹をとらえて解決しなくては
    どんなものでもその場しのぎの正義感に過ぎないだなんてなんて残酷な仕組みなのだろうと思う。

    はっきりといえることは、誰にも嫌われない人生だなんてありえないことで、
    正しいだけの人生なんて絶対歩めないんだということだ。
    そのためには自分の正しくない部分を正しくないんだと自覚すること。見栄を捨てることそのくらいしか個人としてできることはないのだろうなと思った。

  • 多少の疑問点・矛盾点があるけれど、とても共感でき、考えさせられる内容だった。「こういう人は生きづらそうだ」という意見が多いだろうが、その台詞を言う人は生きづらい人がいる事を本当の意味で理解していないし、きっと自分自身の中で目を瞑り、考えを歪め、生きやすいようにできる人たちばかりなのだろう。どちらがいいかは別にして。
    私はこういう作品の最後がどうしても好きになれない。一つのものにするために必要なことなのだろうけれど、「〜なのである。」という決めつけるような表現はすべてを打ち壊すような気がする。しかし、この作品の「愛」を説明する最後の部分は「そうであれ」という作者の願望が垣間見えるようで屁理屈を言わずに読むことができた。

  • (所感)小説ではなく作者自身のエッセイかと思いきやフィクションだった。内容は深く、人の一生を糸の振動に例える点、生と死の捉え方、宗教感等、学ぶべき点が多い一冊だった。
    (読始)140902
    (読了)140910

  • 癌細胞は要するに自殺細胞である 趣味嗜好で私を作ったにすぎない 人生とは生と死で成り立っている 知死こそが我々の知性の核心である 私たちは一本の振動する糸であり、人生はその糸の震えである 人間らしさとは、死を知っているということに尽きる 即身成仏行をやり遂げた 死の本体に肉薄 私たちの人生とは一瞬一瞬が死との闘争であり、死からの逃走なのである 成長仮説 輪廻転生のくびきから解放される 例外になりたい死恐怖症 何のことはない、私たちは何が何でも死にたくないというわけだ 残酷な事に私たちの愛も救済も時と共に消えていくからこそ愛であり救済であり得る。死を失った瞬間にそれらはまったくの無価値になってしまう。私たちはハチを殺して食べるのとまるきり同じことを、しかも飼い猫のハチだけは家族同然に可愛がるというグロテスクな偽善をつづけながら平気な顔で繰り返しているのだと 鳥インフルエンザの蔓延を防ぐ目的で、私たちは一体あとどれくらいの数のニワトリを虐殺しなければならないのだろうか? そんな倒錯した感傷でイジメを中止することに決め、あまつさえ自分たちのその決断を善意の発露だと思い込もうとしているのだった 人間が発揮する善意や優しさというものは、あの葬儀の時のクラスメートたちの態度のような欺瞞に満ちた代物以外にはあり得ないことに次第に気づかされていった 私たちには平和で静かな美しい世界を心から受け入れる能力が備わっていないのだと私は考えている 生き物が生き物を殺すことでしか生きられないこの世界の一体どこに、どんな調和や美しさ、真実の静寂があるというのだろうか 私たちが作り上げたこの地上のすべての事物、制度、法、倫理はあくまで、死という私たちの宿命の周辺に積み上げられた便宜的なものでしかない。要はそういうことなのだろう。 私たちは、この世界で相互に殺し合うことで何にもまして人生の醍醐味を感じ取れるように作られているのである。そのことは私たちの歴史上、ドラマと呼ばれるほとんどすべてのものが戦争や殺戮を素材としていることを考えれば充分頷けるはずだ。殺し合いが私たちの霊的成長にとって効率的かどうかだけが問題なのだ。 法のけっか、政治の無策、社会的セーフティーネットの不備などを息巻いて批判する人々がいるが、彼らはいずれ死すべき自分たちが一体何のためにこの世界に生まれさせられたのかを上手に考えられないのである。 政治権力の基本は当然ながら暴力である 軍事に長けていない人間が政治を司ること自体がそもそも無理なのである。私は政治的野心を燃やす有能な人物は誰でも軍人を目指すべきだと思う。下らない政治家たちと幾ら話し合っても意味などない。そういう連中は殺すか監獄に叩き込んでしまえばいい。私たちが望むのは戦争との間の一定の距離でしかない。自分が加担したり加担させられたりする戦争にはとりあえず反対する。そうやって直接には関係しない位置から人々の殺し合いを眺めるのは私たちにとってとてもワクワクすることなのだ。 私たちは可能性としての死の実現を待ち続けている。そして戦争や癌と巡り会い、ついにその実現のプロセスに足を踏み入れるのである。人間のセックスの大きな特徴は、生殖とが極端に乖離してしまっていることだろう。 生は決して死を凌ぐものではない。生はかりそめのものである。死んでない状態を生と呼びならわすだけだ。 死とは私という意識の死である 犀の角のようにただ独り歩め 民族の浄化といった大量虐殺へとつながる選民思想などはその種の優越意識の産物でもある 愛とは死すべき私たちへの小さな励ましなのだ 愛情とは憐憫であり哀れみである ニュークリア・エイジ アウシュビッツの強制収容所から生還したユダヤ人医師であるフランクル 美しい日没の光景

  • 確かに…と思う部分はあるけれども、今の私にはまだ早いかなぁ?
    他の白石さんの作品は好きなんだけど。
    また時間を置いて読み返したいと思う。

  • こういうのって嫌われるんだろうな、とおもいつつ、共感を禁じ得ない。生とは、徹底的に無意味で、そこを掘り下げれば死にたどりつくのは必然。しかし、残虐なプログラムを退けるための呼びかけとして、愛、哀れみが最後に語られたのは意外だった。

    小説だけど、限りなく哲学書に近いエッセイとも受け止められる。ハイデガーを引用したくなる人もいるかもしれないけれど、存在論とはまた違う。どちらかといえばショーペンハウエルを想起させる結末だけど、大きな意志を想定することは、白石的ニヒリズムからは斥けられるのだろう。

    中二病的ともいえる極度の否定的思考は、世を上手に渡り歩けなくい人々の共感誘い、救いにも似た力を持つのではないか。少なくとも自分は心が震えた。

  • 友人の手記を著者が発表するという体裁をとっている小説である。そういった形を取らなくてはならないほど、その内容は直接的な主張となっている。私達が生まれた瞬間から付き合う死の運命。死の前では愛や優しさのようなモノは存在しない。だからこそ、死を貫徹した哀れみこそ、唯一、世界を平等に包み込める愛なのかもしれない。

  • 確かに読ませる力は感じさせる。だが、いくら独白体的に語られても、これは小説と言えるのか?という疑問がどうしても拭えない。哲学書としては特に新たな発見があるとは思えない。中途半端
    そしてなぜ二章仕立てにしたのか。個人的には、第二章はいざ自分が死の淵に立ったとき(無理はあるが、二度目の発作の前とか)に書き加えたものなのではないか、と感じた。K***氏は結局完全には愛を捨てきれなかったのではないだろうか

  • 久しぶりにここまでテーマを前面に押し出した小説を読んだ。
    正直、この内容に全面的に賛成できる人はほとんどいないと思う。ただ途中途中でハッとさせられることはある。望んでいた内容とは少しかけ離れてしまっていたが、読んで損はなかったかなと思う。ハイデッガーでも読まない限り、日常の生活でここまで「死」について考えることもなかなかないと思うので。

    また、独白だけで読者を引き込む白石氏の手腕は見事。ラストの数ページは何かに引き込まれるように読んでしまった。

    そして。余談だが、解説の川上弘美さんが素晴らしい解説文を寄せていた。この部分だけでも商業作品として成立する水準の名文だと思う。やはり作家は凄いと痛感した。

  • この刊行者が見てきた実際のK氏の姿と、手記の中で見せる内面のK氏の姿と大きく乖離していることにすぐ気が付く。
    K氏は家族を愛していたように見えたようだし、刊行者にも豊かな感情を持って接していた。どうしてだろう。

    K氏は実際に愛することができるからこそ手記を書いたのだと思う。
    愛さない人間にこの手記は書けない。
    特に親と娘と犯罪の下りなどは。
    その予感を持って読むと、一見あまりに後ろ向きな本文に対して巻末の解説のようにフランクルを持ち出し、一服の清涼剤を感じたくなる。
    しかし、決してK氏が世界をアウシュビッツとしていなかったことを思い出さなくてはならない。
    解説とK氏との間には、永遠に相互が理解できない溝が横たわっている。

    生まれる意味、生きる意味は究極的にはない。
    その事実から演繹される結論のひとつは、私は誰も愛することはない、だ。
    理由を持たない存在は、他者に対して理由を付与することはできない。
    無から有は生まれない。
    これはある意味ごまかしのない誠実な結論だ。
    文章の中で垣間見ることができないものの、しかしこの結論に達したときの苦悩はいかばかりであったか。
    だから「愛は憐憫であり哀れみである」のだと思う。

    意味の喪失の只中にいる者にとって、人生を肯定する文言は自らを脅かす凶器でしかない。
    直ちに残虐で憎むべきプログラムが発生させるという凶器だ。
    だからその正しい対処の方法として、人生をただ哀れむしかない。

    しかし意味の喪失は、自身を含むあらゆる前提条件を無効とするが故に、その結論を自由にしているはずだ。
    それは無から有が生まれる可能性。
    ご婦人がフロッピーを持ってきたことから、もしかしたらK氏は亡くなる前に
    本書とは違う結論に達していたのかもしれない。
    そして意外にも家族と仲良く最期まで過ごしていたのではないかと思ったりする。
    この世の全てを味方にして。

    最後に、ニーチェの破壊と創造、ハイデッガーの存在と時間の汎用性の高さを感じた。

  • ずっと独り言。
    もし途切れたらたぶんよめへんかったかもしれへん。
    なんというか、くどかった。
    結局どう?っていうのもつかめへんかった。

    今までのやつやったら、この内容が行間に隠されてたけど、それが全部独り言みたいに書かれてた。

    読んで良かったと思ったけど、でもやっぱちょっとくどかった。

  • うーん(笑)
    まずずーっと誰かの独白を読んでいるようあまり入り込めず、
    口調も変わらないから平坦で少し読み終えるのに努力が必要でした(笑)

    でも言いたいことはわかる。
    気がする(笑)
    けど時折、いやそれはちょっと・・・とも思うし
    え、それさっき言ったことと矛盾してるよね
    って思うこともあるし。
    思考のきっかけになる一冊だなあと思いました。
    編集者の一言だかに、今の若者に読んで欲しいって書いてあったのは
    すごくよくわかる。
    もっと多感で頭の中がごちゃごちゃして
    いろんなことが整理のつかないままめぐっているような
    そんな時期に読んだらもう少しのめり込めたかなあって思う。

    でも白石さんの言いたいことは
    最後の数行にぐっと濃縮されているんだろう。
    100%納得できないけれど(笑)
    でもぐっとくる締めの言葉でした。

    読み進めるのに努力を要したし、子難しかったので評価は低めだけど
    やっぱり白石さんはこういう本のほうが好きです。

  • 柔らかい文体の哲学書というか、どろどろとした散文というか、何とも形容しがたい作品だった。きらびやかな「愛」を否定して、わかりやすい例を挙げつつ、社会の矛盾や法・宗教のおかしさやらをどんどん突いていく様は痛烈。頷きたくなる面も多々ありながら、特に政治の話では自分には無かった視点があって、考えさせられた。全て理解しきれたとはとても思えないが、ただ、憐れみ続けることで見える世界は酷く辛すぎるのではないかと感じた。

  • 白石一文「この世の全部を敵に回して」読了!いわゆる小説ではなく、独白型の白石版「坊ちゃん」という感じ。作者の生きる事に対しての想いが、ドロッとした原液のまま詰まった作品。ただ、これまで作品を読んだ作品から感じる、著者の想いとは意図的に微妙に少しズラしてる感じがする。
    白石一文をある程度読んで、好きな人が読む本かな。

  • 「私たちというかりそめの存在の最大の特徴は、死ぬということである。この死ぬという特質を付与された以上、私たちは様々な形で、この最大の特質を利用した生活を送らざるを得ない。個々人が望むと望まざるとにかかわらず、私たちは「死」を機軸として生きるしかない。そのように私たちは作られてしまっているのである。死は私たちにとって最大の不幸であると同時に最大の財産でもある。繰り返すが、そうした存在として私たちはこの現世に送り出されて来てしまったのである。」考察としては足りないが、表出としては十分である。『僕の中の壊れていない部分』の次に好きかな。次は『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』を読もうかな。

  • 生。死。愛。世の中で故意に難解にされている概念を、こんなにも解りやすく、あばき立ててしまって。全150頁、どこを開いても蒙を啓かれます。けれどこの一冊は、ゴールではなく。人生を新たに始めなおす、スタートライン。

  • ただの散文でした。

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戦争、テロ、狂信、犯罪、飢餓、貧困、人種差別、拷問、幼児虐待、人身売買、売買春、兵器製造、兵器売買、動物虐待、環境破壊--。私たち人間は歴史の中でこれらのうちのたった一つでも克服できただろうか。答えは否だ。

かくも、残酷で無慈悲な世界に生まれ、苦痛と恐怖に満ちた人生を歩まされる「死すべき存在」としての人間。だからこそ、人間には、「愛」が必要だ。ここで注意深く伝えたい「本当の愛」は、憐憫であり、哀れみである。その愛は、死に対して為す術もなく無力であるからこそ、差し述べることのできる遍く広いものである。身の回りの特別な相手だけの幸福を祈ることから離れることができてはじめて、ひとは、貧困、暴力、戦争、差別、迫害、狂信といった諸悪を無力化することに向けて船出をすることができるのである。

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