梅原猛著作集〈10〉法然の哀しみ

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著者 : 梅原猛
  • 小学館 (2000年10月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (717ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784096771105

梅原猛著作集〈10〉法然の哀しみの感想・レビュー・書評

  • およそ700ページに及ぶ大きな本。口述筆記の形を取っているので、そうでない他の多くの本と文体や論理の進め方で違いがある。同じ論点が繰り返し出てきたり、話の脱線があったりするので人によっては読みにくさを覚えるかもしれない。

    鎌倉時代の仏教僧である法然房源空について書かれた本で、彼の伝記的事項から、浄土宗を生み出すきっかけとなった善導の『観経疏』読解の跡付け、主著『選択本願念仏集』について、法然の弟子たちについて、そして特に親鸞の思想について、最後は悪と二種廻向を巡って現代の浄土宗への批判をもって終わる。どれも口述筆記とは思えない濃密な議論だ。そして時には謎解きにも似た記述で事実審理をする箇所や通説に反する結論を導く。こうしたところはこの著者ならではだろう。

    鎌倉時代とは日本仏教の黄金期であり、この時期には既存の仏教界の権威が失墜していくなか、仏教典の原典に戻ろうとする動きが起こる。法然はその運動の主たる人物であり、いわばキリスト教の宗教改革におけるルターに相当する(p.30)。「法然は、日本の宗教的霊性が火のように燃えた時代である鎌倉時代に、最初の宗教改革の火の手をあげた仏教者」(p.33)なのだ。平安末期は戦乱、飢饉、地震などが頻発した。平家のような権力階級ですらどうなるか分からない。このなかでこの世に対する執着を捨て、もっばらあの世を頼む法然の教えが浸透していったのだ(p.176ff)。とはいえ同時期の仏教者というと、どちらかと言うと親鸞のほうが人気がある。これは煩悩が多く、性欲に翻弄され、人間くさい親鸞に比べて、法然は愛すべき欠点を持たない人格者ゆえ流行らない(p.37, 68-73)。しかしそうだとしても法然を仏教へ駆り立てものは何なのか。ここに本書のタイトル「法然の哀しみ」が意味を持つ。著者によれば、聖者・清僧としての法然の神格化が、彼が抱える哀しみを見えなくさせている(p.151)。

    本書に関する著者の大きな独創性はこの法然の哀しみの特定にある。四十八巻伝という書物に基づく通説では、法然の出家の動機は父親である時国を殺されたことへの弔いである。しかし著者は『醍醐本 法然上人伝記』に基づき、法然の出家を父親の死去より前に推定する。父・時国は押領使という令外の官であり、地方警察として一国の治安維持に当たっていた。律令制の崩壊期に当たる平安末期は、様々な勢力や権力抗争が多発し、押領使もそうした争いに巻き込まれる。律令制度崩壊の中で血で血を洗うようになった押領使という父の職業から逃れさせるため、法然を出家させたというのが著者の見立てである(p.124ff)。1147年、15歳の法然は父親はやがて権力抗争に巻き込まれ暗殺されるだろう、二度と会えないだろうという思いの中、比叡山へ向かった。

    比叡山で叡空の弟子となった法然は『往生要集』の研究から仏教に入るが、師と対立して比叡山を降りる。そして善導の『観経疏』の研究から専修念仏の思想を編み出していく。著者は善導の『観経疏』『無量寿経』『観無量寿経』とその法然の読解を比較しつつ、法然の読み替え作業を解きほぐしていく。ここは仏教典の細部に踏み込んだ議論となっているが、かなりスリリングである。法然は、善導の記述をあくまでまじめに解釈して、極楽往生の門は口称念仏に限られるという自己の思想を積みかねていく。詩人たる善導に対し、あくまで論理的な哲学者たる法然という対比は的確だ(p.256)。こうして形成される法然の思想は実に見事である。法然の著書といえば『選択本願念仏集』であるが、著者はここには女人往生、悪人往生、二種廻向などのテーマが落ちており、むしろ『無量寿経釈』を裏の主著と捉え(p.277)、以下のように述べる。
    「私はそれ【『無量寿経釈』】を読んで、法然独自の論理のみごとな展... 続きを読む

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梅原猛著作集〈10〉法然の哀しみはこんな本です

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