永遠の詩(8) 八木重吉 (永遠の詩 8)

  • 小学館
4.18
  • (16)
  • (20)
  • (8)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 119
感想 : 19
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (125ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784096772188

作品紹介・あらすじ

詩をよんでいるうち、しぜんとこころに涙が流れてくる。それが八木重吉の詩だ。夭折した詩人の"奇蹟"の詩を現代仮名遣い、鑑賞解説付きで収録。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • フォロワーさんのレビューで知った詩集。

    うつくしいことばと、純粋さに、わたしの忘れかけていた何かが共鳴した、ような気がした。
    重吉の詩のことばを借りれば、「ほそいがらすがびいん」と鳴って、壊れるように。
    壊れた「がらす」は粉々になって、光にきらきらと反射してプリズムとなる。

    重吉の詩を読んで「びいん」と鳴ったひとは皆、そのうつくしさに惹かれるのだろう。

    重吉はずっと、かなしさを抱えてた。
    愛する妻と愛らしい子たちはいても。
    平安な日々を送っていたときも、詩では「はらにたまっていくかなしみ」と書いていたことを知って、後に妻の富美子さんは、『八木をひたしていた【かなしみ】とはなんだったのだろう、としきりにおもわずにはいられない』と、回顧している。

    人間の抱える深いかなしさって、結局、ひとりで生まれて、ひとりで生きて、ひとりで死んでいくってことに尽きるのではないだろうか。

    でも、重吉の【かなしさ】は、わからない。

    重吉は29歳のとき結核で幼い子と妻を残し夭折している。
    最期は妻の名を呼びながら亡くなったそうだ。

    好きな詩。

    [草に すわる]

    わたしのまちがいだった
    わたしの まちがいだった
    こうして 草にすわれば それがわかる


    [ああちゃん!]

    ああちゃん!
    むやみと
    はらっぱをあるきながら
    ああちゃん! と
    よんでみた
    こいびとの名でもない
    ははの名でもない
    だれのでもない


    [あかつちの]

    あかつちの
    くずれた土手をみれば
    たくさんに
    木の根っこがさがってた
    いきをのんでとおった


    短詩が好きだな、と思う。
    短詩ではないけれど、「この世の中から活動写真と芝居と写真道楽と別荘をなくしてしまえ」
    と息巻く[なんというわからぬやつらだろう]、宮沢賢治の[雨ニモマケズ]を思い出した[こういうくらしができたなら]も、いい。





    • 傍らに珈琲を。さん
      おお、八木重吉!
      この詩集いいですよね、私も好きです♪
      表題作にうち抜かれて購入したんです。
      ひらがなが優しくて哀しくて、気付けば心の強張り...
      おお、八木重吉!
      この詩集いいですよね、私も好きです♪
      表題作にうち抜かれて購入したんです。
      ひらがなが優しくて哀しくて、気付けば心の強張りがほどけているような、そんな詩集だったと記憶しています。
      2023/10/22
    • 5552さん
      傍らに珈琲を。さんのコメントきっかけで図書館から取り寄せてもらって読みました!
      純粋でうつくしく、心の海にさざ波が起こるような詩。
      でも、「...
      傍らに珈琲を。さんのコメントきっかけで図書館から取り寄せてもらって読みました!
      純粋でうつくしく、心の海にさざ波が起こるような詩。
      でも、「ひとを刺してみたい」みたいな詩も書かれていて、一気に人間味を感じました。
      ひらがな使いが素敵ですよね。
      自分の短歌に応用したい、と、思いました。
      真似できるものでもないかもですが。
      2023/10/24
    • 傍らに珈琲を。さん
      こんばんは~☆ミ
      そうだったのですね、嬉しいです!

      "心の海にさざ波が"←あぁまた名言。
      5552さん名言集、出版された方がいいですって。...
      こんばんは~☆ミ
      そうだったのですね、嬉しいです!

      "心の海にさざ波が"←あぁまた名言。
      5552さん名言集、出版された方がいいですって。

      ですよね、ひらがな使いが素敵なんです。
      最近詩集も読むようになってきているのですが、ひらがなの柔らかさ、漢字の持つ意味の力、オノマトペなど、日本語の深みみたいなものをとても感じてます。

      やわらかい印象の八木重吉だからこそ、死を感じさせる言葉にはドキリとさせられるし、そこに人間味も感じますよね。
      2023/10/24
  • 八木重吉さんの詩集ですね。
    「永遠の詩シリーズ」八巻目です。
    「永遠の詩シリーズ」はこの作品が最後です。思えば、詩へのいざないの出会いでした。
    全八巻、いずれも私には近しい詩人たちでした。詩集と言うとなんだか別の世界の言葉のように感じられていました。
    このシリーズの作品はわかりやすく、心に実にしみてきます。
    八木重吉さんの詩集は初めて読みましたが、軽やかでいて美しい響きがあります。
    短い言葉の中に、思いの丈をこめて解き放したかのようですね。自由律俳句のような簡略化の極みが感じられます。
    八木重吉さんの生涯が詩句の解説で寄せられていますが、小さな幸せをつかみながらも、若い身で病に倒れなければならなかった苦節の晩年が窺えます。基督教の信仰の支えと奥さんの愛情が、美しく詩編を導き出したようです。
    詩人の生来の優しさと愛情の深さがあふれでる詩編ですね。

      春

     春は かるくたたずむ
     さくらの みだれさく しずけさの あたりに
     十四の少女の
     ちさい おくれ毛の あたりに
     秋よりはひくい はなやかな そら
     ああ きょうにして 春のかなしさを あざやかにみる

    解説の井川博人さんは「日本人の心の中に、詩があるかぎり、八木重吉は生き続ける。」と断言されています。
    八十篇の詩には、八木重吉さんの思いが吐露されています。

    詩人の言葉
    『 私は、友が無くては、耐えられぬのです。しかし、私にはありません。この貧しい詩を、これを読んでくださる方の胸へ捧げます。そして、私を、あなたの共にしてください。』「秋の瞳」序

    余韻の残る詩篇が、なぜか物悲しく感じられるのは、私だけかもしれませんが、哀歌の響きを感じます。

  • 八木重吉の名前を知ったのは最近なのですが、どこで知ったか忘れましたが(アンソロジーかなにか?)とにかく、この人の詩集をもっと読んでみたいと思わされました。
    それで、探したらこの『永遠の詩』のシリーズが一番入手しやすいとわかり、このシリーズを集めだしました。はじめに八木重吉ありきでした。
    とても透明感があって、とってもピュアで美しい詩ばかりでした。
    私のレビューより、ご存知ない方の為に、短い詩が多いので何篇かまとめてご紹介します。


    「素朴な家」
    この明るさのなかへ
    ひとつの素朴な琴をおけば
    秋の美しさに耐えかねて
    琴はしずかに鳴りいだすだろう

    <解説より>
    八木重吉の詩で一番好きな詩に「素朴な琴」をあげる人が多い。言葉のリズム、選び方や配置、すべてが完璧。よぶんなものがまったくない、みごとな四行詩である。
    題名については諸説あるが、次の郷原宏の解釈が優れていると思う。
    「素朴な琴」は詩人その人の象徴であろう。自然の美しさに耐えかねて鳴るのは、詩人の心が美しいからである。
    なお<琴>といえば西洋楽器のリラ(竪琴)のようなものと思われがちだが、結婚前に夫人が習っていたという日本の琴から発想したのではないかと思う。この詩は現在、八木家の墓地の一画に建てられた重吉像の傍らにある詩碑に刻まれている。


    「花になりたい」
    えんぜるになりたい
    花になりたい


    「ほそい がらす」
    ほそい
    がらすが
    ぴいん と
    われました


    「虹」
    この虹をみる わたしと ちさい妻
    やすやすと この虹を讃めうる
    わたしら二人 きょうさいわいのおおいさ


    「花」
    おとなしくして居ると
    花花がさくのねって 桃子が言う


    他の詩にも好きなものがたくさんありすぎて困るのですが「おおぞらの こころ」「白い 雲」「春」「母をおもう」「涙」「光」などもよかったです。


    八木重吉(やぎ・じゅうきち)
    1898年(明治31)~1927(昭和2)
    東京都町田市相原の農家に生まれ、師範学校時代に、キリスト教の洗礼を受ける。その後、英語教師となってからは、最愛の夫人との暮らしの中で、人間存在のかなしみを問う、奇蹟の詩を生んだ。わずか29歳で夭折。没後、詩集が次々に出版され、そのピュアな精神に心うたれる読者は増え続けている。

    • まことさん
      やまさん♪!!!
      きゃー!!!それ凄いです!!!
      図書館にもなかなかない本ですよ!
      家宝にしてください。
      羨ましいです(*^^*)
      ...
      やまさん♪!!!
      きゃー!!!それ凄いです!!!
      図書館にもなかなかない本ですよ!
      家宝にしてください。
      羨ましいです(*^^*)
      レビューしてくださったらなお嬉しいですけど…。
      2019/11/10
    • やまさん
      まことさん
      こんにちは。
      手元に有るもののタイトルを載せます。
      「定本 八木重吉詩集」
      初版発行 昭和33年4月15日
      17版発行...
      まことさん
      こんにちは。
      手元に有るもののタイトルを載せます。
      「定本 八木重吉詩集」
      初版発行 昭和33年4月15日
      17版発行 昭和47年12月25日
      著者 八木重吉
      発行所 (株)彌生書房
      定価 1500円
      箱入り

      「八木重吉ノート」
      ●死と永遠
      1977年6月10日発行
      著者 岡安恒武
      発行所 聖文社
      定価 980円
      ※これは、古本屋で600円で買ったようだ。

      詩集は、よく読みましたが残っているのは、この2冊のみ。
      やま
      2019/11/10
    • まことさん
      やまさん♪こんばんは!
      ご丁寧に、ありがとうございます<(_ _)>
      調べてみたら、「定本 八木重吉」の方は図書館の本館にあるようでした...
      やまさん♪こんばんは!
      ご丁寧に、ありがとうございます<(_ _)>
      調べてみたら、「定本 八木重吉」の方は図書館の本館にあるようでした。
      ありがとうございます。
      でも、今、もし買って手元に置こうとしたらすごい高価なものではないかと思います。
      やまさんは、詩もお好きなんですね(*^^*)
      もう、私のレビューなんて目じゃないですねぇ。
      大先輩ですね!!!
      私は八木重吉は最近知ったばかりです。
      他にもお好きな詩人はいらっしゃるのですか?
      2019/11/10
  • 書店で表題作に胸を突かれて購入した詩集。
    なんて美しくて悲しい詩なんだろう。
    それでも、日差しを受けてキラキラ光る雨粒や、降り注ぐ光、雲間からの青空が浮かび、光に満ちて神々しい。

    29歳でこの世を去った八木重吉。
    名前は重々しい響きだけれど、彼の紡ぎ出す言葉達は、コロコロと楽しげで、軽やかで、美しくも悲しい。
    可愛らしささえ感じる素直な目線と柔らかい文章、
    そして唯一無二の表現力に、貴方もきっと心打たれるはず。

    「果物」
    秋になると
    果物はなにもかも忘れてしまって
    うっとりと実ってゆくらしい

    うっとりと実るだなんて表現、他に誰が出来ようか。
    たっぷりと果汁を含んで甘く熟している様を思い浮かべ、口の中まできゅっとするほどだ。
    詩を読んだ私達までうっとりしてしまう。

    他にも「朝の あやうさ」や「草に すわる」、「涙」、「悲しみ」など、かけがえのない言葉達と共に、重吉の正直な心の内に触れることが出来る。
    きっと貴方の心のオアシスになるだろう。

  • 「かなしみ」というのは愛情に通じ、
    やさしさや美しさ、さみしさにも通じている。
    それを感じる1冊だった。

    作者は「かなしみ」を人間存在の原点としていた、
    と解説に書かれてあったけど、詩を書くってそういうことなのかもしれない。
    必ず死ぬことを義務づけられて生まれ、死ぬことを前提に生きる人間のかなしみ。
    自分も、大切な人も変わりゆくことを、いつか消えてなくなることをわきまえて、目の前のものを見つめている視線を感じた。

    「貫ぬく 光」と「虹」という詩がすき。

  • 完璧だ、と思わせる短詩。
    ---
    「えんぜるになりたい/花になりたい」(花になりたい)
    ---
    「こころよ/では いっておいで//しかし/また もどっておいでね//やっぱり/ここが いいのだに//こころよ/では 行っておいで」(心よ)
    ---
    「くものある日/くもは かなしい//くものない日/そらは さびしい」(雲)
    ---
    「わたしのまちがいだった/わたしの まちがいだった/こうして 草にすわれば それがわかる」(草に すわる)

  • 以下引用

    このような詩が、萩原朔太郎や堀口大学のいる大正詩壇の外で、ひっそりと生れてゐた

    東京から離れたところで、たった一人で詩を書いていた。


    おおぞらのこころ

    わたしよ わたしよ
    白鳥となり
    らんらんと 透き通って
    おおぞらを かけり
    おおぞらの うるわしい こころにながれよう



    無造作な雲

    無造作なくも
    あのくものあたりへ 死にたい


    心よ

    こころよ
    では いっておいで

    しかし
    また もどっておいでね

    やっぱり
    ここが いいのだと

    こころよ 
    では 行っておいで


    ほそい
    がらすが
    ぴいんと
    われました


    すずめがとぶ
    いちじるしい あやうさ

    はれわたる 
    この あさの あやうさ


    わたしのまちがいだった
    わたしの まちがいだった
    こうして 草にすわれば それがわかる


    かなしみは しずかに たまってくる
    しみじみと そして なみなみと
    たまりたまってくる


    ひるひなか
    ひろい庭のまんなかに
    からからになって
    しかもまるくつるつるした
    いっぴきの蛙がひっくりかえってた


    ゆうぐれ
    真っ青なはらっぱで
    狂人がすわりこんで
    たばこをふかしていた
    空気までまっさおなはらっぱだった

    つまらないから
    あかるい陽のなかにたってなみだを
    ながしていた

    夜になると
    からだも心もしずまってくる
    はなのようなものをみつめて無造作にすわっている


    かなしみと
    わたしと
    足をからませて
    たどたどとゆく


    草をむしれば
    あたりが かるくなってくる
    わたしが
    草をむしっているだけになってくる


    自分が
    この着物さえ脱いで
    乞食のようになって
    神の道にしたがわなくてもよいのか
    かんがえの末は必ずここにくる

    黒い犬が
    のっそり縁側のとこへ来て私を見ている



    この明るさの中へ
    ひとつの素朴な琴をおけば
    秋の美しさに耐えかねて
    琴はしずかになりいだすだろう


    ゆう焼けをあび
    手をふり
    手をふり
    胸にはちさい夢をとぼし
    手をにぎりあわせてふりながら
    このゆうやけをあびていたいよ

    雨のおとがきこえる
    雨がふっていたのだ
    あのあめのようにそっと世のためにはたらいていよう
    雨があがるようにしずかに死んでゆこう

  • 男性詩人はなんとも儚げな印象の詩が多いですね。表紙の詩には思わずハッとするような透明感のある儚さがありました。冒頭に「こんな簡単な詩、自分にも書けると思った」みたいな前書きがありましたが、そういう前書きがあってなお、「なんでこれをもって詩としたんだろう?」と思うような短くてさらっと書いたようなサッパリした詩がたくさんありました。「えんぜるになりたい」という文句がありましたが、ほんとうに、「えんぜる」のように軽やかですね。わたしは宗教をもたないのですが、最後の詩には涙ぐんでしまいそうになりました。

  • かんたんなことばが、あればいい。

  • 【詩をたのしもう(日本編)】
    日本の近・現代詩史に燦然と輝く詩人たちの作品を選り抜きでご紹介します。
    新学期、新生活にお気に入りの詩人をみつけてみませんか?

    <閲覧係より>
    八木重吉(1898-1927)。
    みずみずしいばかりにシンプルで軽やか。
    悲しみを謳っていてもなお、その明るさに愛しさをおぼえてしまう稀有な詩人です。
    -------------------------------------
    所在番号:911.568||エイ||8
    資料番号:10205744
    -------------------------------------

全19件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1898年生まれ。1927年、肺結核により29歳にて妻、二人の子供を残して永眠。その二人の子供も間もなくして父と同じ病で世を去った。東京都南多摩郡の農家に生まれ、師範学校を卒業して教員となる。鎌倉メソジスト教会に出席。小石川福音教会のバイブルクラスで信仰を深め、駒込基督会にて21歳の時に洗礼を受ける。しかし、徐々に内村鑑三の影響を受けて無教会的な信仰へと成長していった。生前に刊行されたのは第一詩集の「秋の瞳」のみ、死後、第二詩集「貧しき信徒」が友人の手によって刊行された。残された作品群は3000あまり。ちくま文庫の全詩集に掲載されている。

「2018年 『うつくしいもの 八木重吉 信仰詩集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

八木重吉の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
三浦 しをん
村上 春樹
小川 洋子
川島小鳥
ヴィクトール・E...
村上 春樹
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×