舞姫 (新潮文庫)

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著者 : 川端康成
  • 新潮社 (1954年11月17日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (318ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101001074

舞姫 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • やっと読み終わりました。川端康成は本当に人間関係のリアルを描写するのがうまいなと感心いたします。
    この「舞姫」はバレリーナである波子とその愛人竹原の逢引シーンから始まりますが、そこで波子がお堀の中でじっとしてる白い鯉を見つめるシーンが危うげでとても象徴的です。そこで竹原は彼女に「およしなさい。あなたはそんなもの、目につくのが、いかん。」と言いますが、この言葉が波子の危うげかつ妖艶さを引き立てているなと感じました。
    この「舞姫」は波子とその愛人竹原、娘の品子と息子高男、そして波子の夫である八木を中心に話が展開しますが、決してドロドロした人間模様にはなりません。あくまで人間のリアリズムを川端独特の表現で追求した作品に仕上がっています。
    三島由紀夫が巻末の解説にも述べていますが、川端氏の「息切れの早い、ほっと息をつきながら、何度も足をとめるような文体」が波子とそれ以外の登場人物の繊細な心の機微を読者にリアルに伝えます。
    この小説は他の川端作品の中でも登場人物がとても多い作品です。中でも私がとても印象的に感じたのは波子の夫八木。妻の心が自分から離れてる事実を実はもっとも客観的に受け止めている人物。そんな彼はとても自虐的で辛辣な言葉を妻はもちろん娘や息子に対してまで放ちます。母と娘のバレエはセンチメンタリズムにすぎない、と言い放つ八木の言葉に人間の悲しさが表現されていると思いました。
    「魔界には、感傷がないのなら、僕は魔界をえらぶね」は作品の終盤での八木の言葉。これほどまでに人間の悲哀を表現した言葉があるでしょうか。
    それでも人間は感傷的にならざるをえない。それが川端が書き残した人間のリアリズムとはどんなものかという問に対する答えなのではないでしょうか。
    川端作品は古典とは思えないほどその表現が色褪せることがなく、現代のトレンディドラマを見ているかのような錯覚に陥りました。とにかくすごい作家だと思います。そして何がすごいのかってせつないストーリーなのに読後感がとても爽やかなんです。

  • 絶対に、川端康成は、マイナー作品の方が素敵だ!
    と、わたくしは思っておりますが(笑)
    個人的には、「雪国」よりこの作品が好きです。(「伊豆の踊り子」は別格)
    なぜなら、太宰の「斜陽」に似た、静かな崩壊系が大好きなテーマだからです。
    この作品は、静かに壊れていく様子を冷静につづっているのです。

    ストーリーは、戦後、お嬢様バレリーナだったお母さんと、バレリーナの夢を託される娘、お金ないダメな大学教授のだんなさん、間に挟まれる息子。
    お母さんは、つまり、精神的に浮気しております。
    でもそれは決定的でない。プラトニックだからね。
    だけど、周囲はだんだん気がつき始めます。
    でも別に、お母さんの恋が原因で、家族のなんとなーくの不協和がはじまったんでもないの。
    何が理由かみんなわからないのだけれど、違和感があるんですよ。
    どうしてかしらねえ、、、、、

    で、お話終わり、みたいな。

    恋愛も結婚生活の終わりも、なんだって、終わりは、なんとなくやってくると思うのです。
    そこに、理由なんて無い。
    ただ、崩壊に向かうだけ。
    淋しくも悲しくも無い。

    そんな感じ。「斜陽」よりもあっさりと、崩壊を描いていて、好きです。

  • 「結婚はみんな、一つ一つ非凡のようですわ。……平凡な人が二人寄っても、結婚は非凡なものになりますのよ。」

     戦後という価値観がひっくり返ったような世の中でも、離婚というのは簡単に許されない。愛情よりも嫌悪で結びつく家族は不気味でもあるけれど、いやにリアルだった。

  • 本作品のテーマを敢えて見い出せば、家族という緊結する者同士の無気力化や無関心化であり、在る面でこの後の高度経済成長期に迎える核家族化による関係性の変質を予見している。作中でも語られるように、バレエが西洋的な外の動きであるのに対し、日本舞踊が包み込むような内に向けた動作であり、日本女性へのバレエの流行は戦前戦後の女性像の変容ともいえよう。プリマドンナを「舞姫」と題した意図に川端康成氏の感性を感じさせる。

  • 夫がいながらも心は昔の恋人にあり、また息子の魅力的な友人にも一瞬心を奪われる妻。夫への愛は冷めまた夫も密かに自分の富を増やしていた。バレーの先生という恵まれた才能を持ちながら、どこか満たされない心を感じた。一見幸せそうな4人の家族だが実際はいつ壊れてもおかしくないとてももろいものだった。家族とは何だろうと考えさせられる。

  • 波子は言う。
    「結婚はみんな、一つ一つ非凡のようですわ。・・・・平凡な人が二人寄っても、結婚は非凡なものになりますのよ」

    気怠く鬱々とした物語だった。
    戦争が終わった平和な世界で、一つの家庭がキシキシと音を立てながら崩れてゆく。

    波子も、娘の品子も、想う人がありながら踏み出せずにいる。無心に舞うことができない。
    矢木は不気味だ。妻のことも娘のことも見下している。プライドだけが無駄に高い生活力のない男。
    家族に毛嫌いされている沼田は、それほど嫌な人物だとは思えなかった。

    「雪国」や「古都」よりも、現実的で生々しい。
    生々しく、それでいて淡々としていて、心の奥底に沈殿していく。
    余韻が長引きそうだ。

  • 「雪国」を読んだ後は川端はもういいかと思ったのだけれど、リサイクル市でもらってきたのが本棚にあったのでちょっと手を出してみた。今度は妖しげな二人の関係にすぐに引き込まれた。舞踊についての記述もなかなかおもしろい。ニジンスキイの話題も興味がわく。もちろん、もっとも気になったのは矢木と波子-夫妻-の関係。・・・その夜、波子は夫をこばんだ。・・・「さわらないでください。」・・・「この女(妻のこと)は、しっとを知らずに来たろう。」「知ってますわ。」「だれに、しっとをしたの。」今は、竹原(不倫相手)の妻にしっとしているとも、波子は言えないが、「しっとをしない女は、ありませんわ。見えないものにだって、女はしっとしますわ。」だれに感情移入すべきか。矢木に同情する気にはなれないが、竹原は今後の行動しだいというところか。しかし胸がきゅうと痛む。

  • プリマドンナの夢を諦めた波子。
    その娘で未来のプリマドンナを目指す品子。
    波子にたかって生きる夫の矢木。
    父親派と公言しているわりには両親と距離を置く波子の息子・高男。
    これら家族がバラバラになり崩壊する過程を描いた話だが、誰一人として崩壊を食い止めようとしないところに登場人物たちの意思力のなさと家族の無力感が漂っている。

    特に夫の矢木。大学講師の卑屈な平和主義者なのだがこれがどうしょうもない男で、家族に内緒に貯金し、妻名義の家をこっそり自分の名に書き換えていた。妻にたかって浮気せず(できずに)生きてきた男だ。
    また波子の元カレ・竹原と妻の関係を疑いつつも何も出来ない、ことを起こす気もない矢木。
    矢木と波子の関係性を軸に家庭崩壊のストーリーは進む。


    解説を書いた三島由紀夫がこの小説はリアリズムがあると記している。が、60年前の小説だけあって、いま読むとセリフや物語設定が古く感じられる。

    ただ、家族の崩壊を誰も食い止めようとしない意思のなさと無力感は現代的である。なにより愛情よりも嫌悪で結びついてしまう家族の悲劇はいまでも十分リアルである。

  • この長編小説は、戦前戦後ある家族を通して、当時の家族と言うのはどういうものなのか、または一個人の人生観が語らっています。
    その家族は、舞姫浪子と未来の舞姫品子の母子とその家族の話です。また、この家族の目線で進んでいきます。

  • 「舞姫」は鷗外だけじゃないんだぞっ

  • 川端作品らしく艶っぽくもあり、むなしさもありという作品で、戦後の社会を実感できると思う。文章は会話が多くて読みやすく、「俳優なら誰かな?」と想定しても楽しめる。三島由紀夫が解説を書いているところもなかなか面白かった。

  • 戦後の雰囲気ゆえか、閉塞感や無力感が感じられる物語だった。
    読んでいて楽しくはないが、バレエの話や冷えた夫婦の心理描写がそれなりに興味深かった。
    夫婦についての「共倒れ」という表現や現実の捉え方など、登場人物のシニカルな感じがとても印象に残っている。

  • 皇居の堀に見る一匹の鯉
    狭い浴室での裸踊り
    部屋から漏れ出るガスストーブの臭気

    本作登場人物はみな無力だと解説されているが、一般的にはその逆
    ぼんぼんの坊ちゃん嬢ちゃんですきに

  • 「舞姫」とはいえ、波子の浮気がメインテーマのような川端康成らしい作品。同名の作品が別の多くの作家にみられるのは、何か伝統であろうか。

    作品全体に、戦後まもない状態の日本が横たわっている。戦争に影響を受けた人々の悲劇でもある。妻の波子に頼って生きてきたらしい夫の矢木(本当にそうなのだろうか?)は、戦前と戦後の暮らしぶりの変化でより一層魔界の住人のようになって波子の魂を喰らう。それは波子や品子の描写の影で間接的に示されるか示されないか程度で忘れるぐらいだろう。波子は浮気相手であり真の愛情を抱く竹原になびくわけだが、それへの矢木の嫉妬も静かに醸成されていて、最後には一家四人である種の修羅場を迎える。その夜に、20数年の夫婦生活ではじめて波子は夫を拒むのだが、矢木はよくもまああそこまで言っておきながら誘えたものである。

    川端康成でなければ、普通のドラマなら、波子と引退して廃人のようになった香山とが再び舞台で共演するようなエンディングまで描くだろう。そこには、香山(※男らしい)への品子の淡い憧れがかげって微妙な味わいになるかもしれない。また、そこまで想像してはじめてこの「舞姫」というタイトルの妥当性も感じられるのかもしれない。そうでなければ、ただたまたまバレーをやっている母子のいる浮気のドロドロした物語のようにしかならなそうだ。「舞姫」が完結するのは、かかれなかった結末まで射程に含まなければならない。しかし、川端康成がそこまで書いたとしても、香山と波子が舞台で共演するようにはならないだろう。野津と品子の線を追うかもしれない。あるいは、妻子がいる男のためにストリップ劇場でお金を稼ぐ友子の線を追うのか。

    バレー、踊りがメインテーマではないので、それを期待すると、あまりに川端康成的なドロドロした人間関係が描かれているという作品。別にバレーではなくても良かったかもしれない。

    ところで、始まりから竹原と波子の会話から始まる。何の説明もないままなので二人がなんのことを言っているのかわからない。何となく想像できるところとできないところがあるが、その隙間は読み進むうちにだんだん埋まっていく。このような会話表現にしてもそれ以外にしても、簡潔でくどくどしていない。重々しいことを描いているのに、質量が感じられない。幽霊なのかもしれないという印象は全作品を貫くらしい。

  • 配置場所:摂枚文庫本
    請求記号:913.6||K
    資料ID:58500634

  • ただの陳腐な不倫ものだな。「みずうみ」以来のハズレ。全部が波子につごうよく動きすぎてる。

  • 全編を通して暗い。
    1951年、
    戦後間も無い時代が舞台で朝鮮戦争が進行中。
    波子は竹原とW不倫中、娘品子も昔の
    教師だった香山に思いを寄せて、夫矢木は屁理屈教師で息子高男もなんか屈折してる。
    と、現代では考えられない家族関係てまそれが少しずつ壊れていく過程が描かれてます。

    なんだか川端康成は重たいなぁ、という印象が拭えない。
    やたら句点読点が多用されていて読みにかったけど、これも美しい文章と称される一因なんでしょうか??
    もしそうなら理解できない。。

    解説は三島由紀夫。とても豪華。

  • 前半は退屈に感じたが、波子の中で「恐怖の発作が愛情の発作であると云々」あたりからなにやら我が家と重なる部分があって一気に読んでしまった

    八木にしろ高男にしろ、裏表紙のあらすじから想像するものとは異なっていた。特に八木の「夫婦共倒れ理論」は納得した。
    八木と高男視点で話を追いかけるとまた違う印象を受けるのだろう

  • 不朽の名作、と言われているかもしれないけどそこまででもなかった

  • なんとなく引き込まれるストーリーではある。
    けど、ただそれだけ、な、感じ。
    無気力、倦怠感が全編にわたって支配していて、
    読んでいてげんなりする。
    登場人物に共感できないのは時代のせいだけではないと思う。
    美しいといわれる文章だけど、読んでいてイライラした。
    単にスキ、キライの問題だと思うんだけど。

  • 難しいですが、美しい文章ですね。
    登場人物の科白や挙動に表れる、現代人にはない、謙虚さや薄暗さが、そこはかとなく美しいのです。

  • 何も解決できないし、解決しようともしてない人たちの話。
    文中にもあるけど、「魔界」に入ることにこそエネルギーを必要とする。
    まさに無気力。

  • 読み終わったけど、もう、難しすぎる、よーわからん\(^o^)/
    檸檬の上を行く判らなさだった。
    大人になったら、何か感じることがあるんだろうか。

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