千羽鶴 (新潮文庫)

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著者 : 川端康成
  • 新潮社 (1989年11月17日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (292ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101001234

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千羽鶴 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 父子、母娘、因果応報。
    太田夫人を抱いていたときが、菊治が菊治であった時だったのかも…と読み終えて、しばらく物語を反芻していて思い当たりました。菊治だけでなく、太田夫人も文子もまた、欲に身を任せてしまったその時だけが自分でいられた時。全編に渡り誰もが惑い、躊躇し、懺悔している。菊治がゆき子と結びきれないでいたのは、その行為を経ることで、太田夫人や文子のように、ゆき子を失ってしまうのではという恐怖のためではなかったのか。
    艶めかしいお話でした。川端康成の小説からは、匂いがします。

  • 菊治の父親の不倫相手の未亡人と一夜を過ごしてしまったことが後をひいている。そして、娘の文子につながっていく。

  • 男女の仲ってこんなに自由でこんなにやるせないんだ。

  • 川端康成が1949年から1951年に発表した断章をまとめた"千羽鶴"と、1953年から1954年に発表した断章をまとめた"波千鳥"を収録。"波千鳥"は、取材ノートが盗難にあったため、執筆が断念されてます。主人公の菊治を中心に、色々な因縁の深い女性との関係を描いた作品ですが、心の動きやちょっとした変化を茶器や風呂敷、匂いや光などで表現していて、直接的な表現じゃないのが、逆に官能的な感じで、日本語の力をあらためて感じました。あの後、菊治とゆき子は離婚、最後は菊治が文子を見つけて心中する予定だったとか…。

  • 様々な振る舞いをする女性、それは嫉妬であり、または無垢であり、そして情念。
    自分には、母のために許せない菊治の想いが裏にはあったように見えて、結局菊治は、生きている人を限定すれば誰も憎んでなどおらず、太田夫人のくだりにも通ずるところがあると感じました。
    全体を通して、菊治の感情がさして揺れていないことからも、意識自体は全く登場してこない"菊治の母"に向いていたのではないかと(ただ川端康成氏が器のことを書きたかったという気持ちも大変わかりますし、正直そっちのほうが合点がつきやすいです)。

    どう解釈しても、実に耽美で素晴らしいと思います。
    今まで川端康成というと敷居が高いかなと感じ、敬遠しておりまして…、本書が初めてになり他のはわかりませんが、本書、千羽鶴については大変とっつきやすく、また読みたいと思わせてくれる、そんな一冊になりました。

  • 艶っぽいあれこれが目にはつくけれどそこじゃない。目と耳と肌、自分自身で感じた事・確かめた事以外決して信じてはならない、と改めて教えられるお話し。

  • 茶器を媒介にして情人の触感と匂いを思い出すというストーリー。
    死んだ元不倫相手のその息子と茶会で偶然出会い関係をもつ中年未亡人女性を志野茶碗を媒介にして背徳感と死の予感を描く。おそらく志野茶碗の"名器"は未亡人のそれに掛けてるよね。

    昼ドラのようようなドロドロの展開があるのかと思いきやそうでもなく、あるいは淫靡さや嫌らしさもなく、ただただ世俗を超えた美しさ(妖美?)を表現したところが川端康成だな、といったところ。

  • 母から娘へ、つながってゆく女というものを考えさせられます

  • 傑作だと思います。著者が現実を大きく超えた異世界、白昼夢を漂うような女性の姿を描きながら、あくまで現実との対比として描くことで異常性を際立たせている。ごく日本的な世界観のなかで清と濁、美と醜の表現がすばらしいです。

  • 志野の茶碗という一貫したアナロジーが作品全体を貫く。

    菊治の父親の浮気相手であった太田夫人と一夜を共にしてしまったことがトリガーになり、太田夫人の一人娘の文子には終始、母に対してほとんどモノマニアックな固執をさせることになった。それはまた、菊治も同じだった。太田夫人や文子に対するわだかまりが、ゆき子と作品の最後まで「夫婦になりきれないでい」させさえする[p264]。

    たった一度のことが、ここまで長く尾を引くなどというのはあまりにも大袈裟で非現実的であり、小説的な創作として恣意的でもあり、時代の違いも感じる。ここまで極端ではなくても、誰にでもこういったことは少なからずあるので、ある程度の年齢層は共感するであろう。

    おそらく、川端康成はこうした極端で大袈裟で、病的に通底したものがないと人物造形ができなかったのではないか。あるいはそうでないなら書くべきだとも思わなかったか。しかし、そうしたモチーフに比べて描写はうっか読み落とすぐらい簡潔である。例えば、冒頭でちか子が胸をはだけてあざから出ていた毛をハサミで切っていたが、菊治と彼の父親来たのをわかっていて隠さなかったのは、父とちか子がそういう関係であることを示している。それに触れるのはたった2センテンスである(「父に驚いたのではなく、菊治を見て驚いたようである。女中が玄関へ出て取りついだから、ちか子は菊治の父が来たとは知っていたはずだ。」[p10])。不親切ではあるが、すべてを説明しない必要十分な簡潔な描写が川端康成の文体であろうし、日本的な"間"でもあろうか。

  • 「僕はね、不具じゃないよ。不具じゃない。しかしね、僕の汚辱と背徳の記憶、そいつが、まだ、僕をゆるさない。」

  • 何故か父親の妾が出しゃばる。

  • 川端康成のむっつり感がよく出てる。親子と男女と清純と汚濁がある。

  • だから何だっていうのかわからない。

  • 高校時代の愛読書を読み直してみた!

  • 川端康成の持つ淫靡な世界が堪能出来る作品の一つ。同時期に書かれた『山の音』の方が実は好みではあるが、今風に謂えば、キャラの立ち具合が絶妙で唸らせる。川端世界が苦手な人には、何と謂う事も無く通り過ぎてしまう作品なんだろうなぁ

  • 完結してほしかった!

    焼き物がエロく感じられて仕方なくなってきました。撫でてさすられて口をつけられて、回されて・・・
    もっと焼き物や茶道の作法に詳しければ面白かったのかもしれない。

    ちか子が、話のスパイスとして、世俗を象徴させるものとしてはこういう人物造形で仕方ないとわかっているんだけど、途中から嫌になって仕方なかったです

  • 鎌倉円覚寺を訪れた帰りの新幹線で読みました。美しく妖艶な太田婦人が門の陰に居るところがありありと浮かび、非常に生々しく感じました。

  • 山の音と同時期の作品。最初の50ページを読めば川端康成がいかに天才かが理解できる。

  • 語り手と女たちとの関係、そして茶器。その二つが絡まって何とも言えない官能を浮かび上がらせている。良い意味でいやらしい作品。

  •  菊治が憎んだり愛したりしているのが、結局のところちか子ではなくその背後の意識にある〈母〉であるところがおもしろい。季節の移り変わりや耽美的な文章という美と、あざや不貞といった醜が共存している感じ。冒頭はとても明るい感じだったのに、終盤に向けて救いのないバッド・エンドになっていくのが印象的だった。

  • 美しい日本語 端麗な文章 
    読んでいて本当に気持ちがいい。
    勿論、内容がそれに伴わなければいけないのだけれど。

    読後の心地よさは何物にも代えがたいです。
    これからの人生、あとどのくらいこのような時間を持つ事が出来るのだろう。

  • とても不思議な感じのする小説.簡単にいえば,主人公菊治が亡くなった自分の父親の愛人太田夫人とその娘と関係を持ち,それからなかなかそれから逃れられずに悩むという話しなのだが,この菊治の感情のゆれが奇妙に思えるほど少ない.太田夫人がほとんど自分のせいで死に至っても,さめているのではないのだけど,取り乱しもせず,感情が行動に現れてこない.自分の人生も外から完全に客観視しているような感じなのだが,それでいて悩みは深そうなのである.
    私は読んでいる途中で川端康成はこの男女のことを書きたかったのではなくて,茶器のことを書く口実にそれを使っているだけなのではと思うことしきりだった.(解説にも井伏鱒二が同じような解釈をいったことが出てくる.)
    続編にあたる「浜千鳥」は最初は少しおもむきが違う.新婚になって心機一転かと思ったら,どんどん鬱屈していくような展開で気がめいった.文子の手紙も久住連山の自然の描写はあるにせよ始終重苦しい.それでも最後にはまた茶碗の話しになってしまう.
    いつもながら一気に読ませる流麗な文章だが,茶器の感触を知らないと結局は理解できない本なのかもしれない.

  • ちか子がいないとあぶない 連れて行かれそう
    茶碗を割るシーンが強烈に印象に残る
    『春の目』『妻の思ひ』もいつか読もうと思う
    日本語の美しさを噛み締めました

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