世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)

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著者 : 村上春樹
  • 新潮社 (1988年10月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (397ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101001340

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世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 職場の同期に感化され、村上春樹ブームが到来中。
    以前読んだ作品も、あまり内容を覚えていなかったので再読です。

    <ハードボイルド・ワンダーランド>と<世界の終わり>、交互に織りなす2つの物語。
    <ハードボイルド・ワンダーランド>が動ならば、<世界の終わり>は静。
    2つの世界はどこかで関連しているのであろうという予感と、物語の行きつく先を見たいという期待感で、先へ先へとページを繰る手が止まらないのです。

    リファレンス係の図書館員の女の子が登場するのですが、この方のコケティッシュな魅力にやられてしまいます。

  • これは面白いですね。会話文を中心にテンポ良く進む、いつもの展開とはちょっと違うのもポイントかも。世界の終わりの地図まで付いていて、情景描写が緻密なこともあり、この世界観への移入が比較的容易ってところもお気に入り。まだ謎は深まっていくばかりで、これからどういう結末に向かっていくのか、期待大です。

  • 何作目かのハルキ作品。
    ハルキ作品はどんな作品も文体ゆえかどこかファンタジーちっくに私は感じるんだけどこの作品は王道にファンタジーだと思う。
    地下のやみくろの世界、一角獣、計算士、シャフリング。組織(システム)といった存在。現実に存在するように緻密な描写でそれらのものが描かれる。
    「世界の終わり」というキーワードが何度もいろんな形で登場するのが良い。冒頭の引用もスキータ・デイヴィスの「end of the world」だし。「世界の終わり」って言葉にはどこか陶酔的というかうっとりする響きがある。終末感を感じさせるものって何故か魅力的に感じる。
    ハルキ作品にはいつも完全な闇が登場する。現代の普段の生活では体感することのなくなった完全な闇。闇の中で主人公が自分と向き合う時間があるのが印象的。自分の中に深く潜る行為をしたくなったときにハルキ作品を読みたくなるのかなとおもう。
    性的な描写が多いけど、この作品読んでて主人公が危機を迎えて(巻き込まれて)暗闇で勃起するときに目覚めの象徴なのかなとも思った。男性的、人間的、本能的な力を取り戻したことの象徴。
    続きが気になるので以降下巻にて。

  • 再読。
    7年ぶりくらいに読んだらおもしろかった。
    内容もすっかり忘れてて続きが楽しみ。
    やっぱり村上春樹は長編がすきー

  • 正直、感想というほどの感想を抱けなかったので、とりあえず春樹にまつわる個人的な思い出を。

    好きな人が好きな本を自分も読んでみたくなる、と云う甘酸っぱく且つ微妙にキモい乙女系中2病を長いこと患っており、たまたま付き合った相手が世に謂う「ハルキスト」だったため、それじゃあっつって手を出したのが『風の歌を聴け』。
    薄い本だったのですぐに読み終わったものの、本当にただ「読んだ」だけ、字面を目で追っただけで、びっくりするほど引っかかる所がなかった。もう1周しようにも主人公が好きになれない。いや、むしろ嫌いでその気が起きない。
    だから私は正直に言ったね。

    「読んだ後、なんにも残らない小説だったわ」

    そしたら彼はこう言うのさ。

    「僕は学生の頃から春樹作品を愛好してきたけれど、その魅力を端的に表す言葉を見つけられずにいた。けれどあなたと話していてそれが何なのかやっとわかったよ。つまり、『何も残らない』ということ。だから僕は春樹の書く小説が好きなんだ」

    【こんな調子で下巻のレビューに続く】

  • すごく好き。村上春樹、ってこの作品書いてる人だと思うと、やっぱり好きな作家だなあと思う。夢のなかにいるような読書体験ができる。しかも長いから長時間体験できる。すべてが不思議なので、読んでると何があっても驚かないような冷静な心になる。村上作品で一番好きなお話です。

  • 序盤はオシャレな電話帳を読んでいる気分だったが,慣れれば割とサクサク読める。
    後半に続く。

  • 村上春樹版不思議の国のアリスって、まさに。

    こんな突拍子もない世界を、本当にあるかのごとき細かな描写で描ける春樹さんに脱帽。
    現実逃避通り越して違う世界いっちゃった感がやばい。

    静と動、という感じで二つの物語が繰り返し紡がれていくのだけど、
    どちらの世界も好き。
    最初に読んだ時は、世界の終わりの方がなんというか退屈で途中であきらめてしまったのだけど、
    今は案外サクサクと読み進められています。

    太ったショッキングピンクのスーツの女の子の、メロンの匂いのする首すじが好き。

    博士がサンドウィッチを食べる時の描写が好き。

    世界の終わりの女の子のコートの色が好き。
    (ひきちぎられた空の切れはしが長い時間をかけてその本来の記憶を失くしてしまったようなくすんだ青)


    自分の備忘録的に、気になった個所をいくつか。


    世界とは凝縮された可能性でつくりあげられたコーヒー・テーブルなのだ。(ハードボイルド・ワンダーランド)
    ※この例えすばらしく最高!

    角笛の響きはほかのどのような音の響きとも違っていた。
    それはほのかな青味を帯びた透明な魚のように暮れなずむ街路をひっそりと通り抜け、
    舗道丸石や家々の石壁や川沿いの道に並んだ石垣をその響きでひたしていった。(世界の終わり)
    ※この描写が一番美しく、一番すんなりと想像できた。

    「いつもお母さんが言っていたわ。
    疲れは体を支配するかもしれないけれど、心は自分のものにしておきなさいってね。」(世界の終わり)
    ※しんどくなったらいつも心の中で唱えることば。

    人の性向というものはおおよそ二十五までに決まってしまい、そのあとはどれだけ努力したところでその本質を変更することはできない。
    問題は外的世界がその性向に対してどのように反応するかということにしぼられてくるのだ。(ハードボイルド・ワンダーランド)

    『心というのはもっと深く、もっと強いものだ。そしてもっと矛盾したものだ。』(世界の終わり)

    「最後には何もかもがよくわからなくなるのだ。
    いろんな色に塗りわけたコマをまわすのと同じことでね、
    回転が速くなればなるほど区分が不明確になって、結局は混沌に至る。」(ハードボイルド・ワンダーランド)

    人間のあるひとつの行為と、それとは逆の立場にある行為とのあいだには、
    本来ある種の有効的な差異が存在するのであり、その差異がなくなってしまえば、
    その行為Aと行為Bを隔てる壁も自動的に消滅してしまうのだ。(ハードボイルド・ワンダーランド)

  • 「心」は「不完全なもの」であるがゆえに人は悩み、惑い、失ってはならぬものまでも失い続ける。しかしその「不完全さ」は有限の生を生きる上でも、無限の時間を過ごす上でも必要なものなのだ。

    主人公(の一人)は人間の心の不完全さを、あるいは生そのものを肯定する。

    「(心は)跡を残すんだ。そしてその跡を我々はもう一度辿ることができるんだ。雪の上についた足跡を辿るようにね」

    だからこそ、自分自身を見失ってもなお人は過去と現在の同一性を信じることができる。同じ自分を生きることの不思議。過去・現在・未来において、連続した個人を生きることへの疑問。生きることは孤独への問いであり、答えそのものであるということ。

    *

    失ったもの、失いつつあるもののすべてはとりもどすことができる。なぜなら、失ったもののすべては各々の心の中にあるものだから。この物語の生の肯定の仕方が、非常に後ろ向きなものである理由はここにあると思う。個人という概念は結局すべてを自己完結にしてしまっているという、近代批判の物語なのだろうか?それとも失恋と、失恋を取り戻す再生の物語なのだろうか?
    村上春樹が描きたいものは高度すぎて、その文章の意味や意図、メタファーの投げかけているものの半分も理解できない。それでも読むたびに少しずつ謎が解けていくような気がする。作品の抱える静謐な悲しさと合わさって、ぶっちぎりに切ないロールプレイングゲームをやっているような気分にさせられる。
    いずれにしても、人間の心の機能についてこれほどまで迫った物語を他に知らない。

  • はじめは二つの世界でそれぞれの話が繰り広げられていたのでよくわからなかったけど、読んでいるうちに馴染みました。影を取られた世界の寂しい感じ…読んでいてこっちも寂しくなりました。

  • わたしの中で、今回この本を読むにあたってのテーマは原点回帰。村上春樹の世界にどっぷり浸かって、自分を取り戻し、自分が本当にしたい読書をする。それだけ。
    村上春樹の2層構造の物語の始まりはこの本からですが、なんていうか、本当に、劇的な書き方だとやはり感じる。書きたいものを表現するにはこの形が一番良かったのだとは思うけれど、並々ならぬ小説だなあ、と。二層構造の小説なんて、書こうと思えば誰でも書けるし、現にそんな小説ごろごろ転がっているじゃないか、と言われるかもしれないが、この脈絡のなさと物語が秘めるパワーというか躍動感のようなもの(この辺は小説を読む勘、みたいなものの働きかもしれないけれど)は中々どこにでもあるような陳腐なものではないように感じます。この時期になると文章としてもだいぶ安定して、のびのびとした印象を受ける。現在近くのような洗練、とまではいかないけれど、書きたいことを十二分に書いているのびやかさ、ユーモアのセンス、”村上春樹の物語”をシンプルに分かりやすく表現するとこの本だな、と思う。どこから、どんなところから、この発想が生まれるのか、と聞きたくなるくらいの脈絡のなさだけれど、すべては井戸の奥深くに潜った結果なのだとおもうと、なにかしらの意味を追い求めたくなるけれど、この人の本を読むということはそういうことではないのかもしれない。
    形式的なことはこのくらいにします。内容については下巻まで読んでから一気に振り返る。

  • 私個人の大変勝手な感想ではあるが、やはりこの作品が氏の最高傑作であると、初読から20年以上経過した今現在も信じて疑わない。

  • 春樹作品で2番目に好きな本。
    不思議な、どこか遠く遥かな、でもすぐそばのリアル。
    こうしてる今も別の世界が同時進行している?

  • 自我の核というものはなんだろう。
    それは形に出来るものなのだろうか。
    それとも混沌として混濁した捉えようもない
    意識の塊のようなものなんだろうか。


    村上春樹「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」
    もう数え切れないほど読んだこの一冊を今日読み終えました。
    今年に入ってから村上作品を読むのは
    「海辺のカフカ」「ノルウェイの森」「ダンスダンスダンス」に続き
    4作品目です。村上春樹の長編小説の中でもこの
    「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」はあたしの中で
    ずっと1位をキープしている小説。
    小説の中では「2つの物語」が交互に展開していきます。
    小説のタイトルどおりなのですが・・

    「世界の終わり」と「ハードボイルドワンダーランド」

    村上小説の特徴は物語が一人称で語られて行くところにあります。
    「世界の終わり」では「僕」
    「ハードボイルドワンダーランド」では「私」
    「世界の終わり」が「静」ならば「ハードボイルドワンダーランド」は「動」とも
    言える、この全く違う世界で主人公たちは物語を展開して行きます。
    下巻のはじめくらいまで読むと、この二つの物語の関連性が分かって
    来るんだけど、最初は一体なんだろうと謎を残したまま読むことになる。
    最初は話が交互に語られるため戸惑うのですが、
    流れに乗れると読み進むのは早いです。

    個人的に言えば、あたしは「世界の終わり」という物語が好きです。
    極寒の地で、慎ましく静かに暮らす人々。愛や憎しみや哀しみを
    自ら放棄して平穏な暮らしを選んだ人々と、その代償として死んで
    行く一角獣。そして永遠に続く時間、不死。
    不死とはどのようにしてもたらされるものなのか。
    本編ではそれについてこんな風に記述している。

    人間は時間を拡大して不死に至るのではなく、時間を分解して
    不死に至るのである、と。

    いつか、何かの本で読んだことがありますが、人の脳というものは
    実際に行動して体験した経験も、夢の中で見た場面や経験も、
    同じように処理をしていくと言う。だから、夢の中の出来事だって
    実際に自分の身に起こったことと考えても不思議ではない。
    私たちは現在生きているこの限られた時間が支配する場所に
    いる限り、永遠の生を得ることは出来ない。だけど
    意識の中では不死というものが存在する。
    肉体を持たないのだから、永遠に夢の中にいられるのならば
    人はそこで永遠という時間を生きることもできる。

    朝、あたしたちは目が覚めます。そこではじめて
    「ああ、夢だったんだ」と思う。現実と夢の世界。
    そこに違いを見出そうとしても、概ねあたしたちはうまく区別できません。
    目が覚めるから「夢」が存在する。でももし覚めなかったら・・・?
    「夢」はずっと「現実」のままなんです。

    この本はハードボイルド系要素も結構楽しめます。あたしは
    冒険物などは読まない方だけど、こういう設定は悪くない。
    機密情報を守ろうとする者とそれを奪おうとする組織。
    主人公の「私」ががその陰謀に巻き込まれていくわけだけど、
    そこには私たちが普段日常で感じている概念では
    ちょっと考えられないようなエピソードが出てきたりする。
    人が闇の中に見る得体の知れない恐ろしいものの形を
    一つの象徴的なものとしてうまく表現していると思う。
    Tカポーティ「夜の樹」のように”とらえどころのない闇”
    というものはあたしたちの周りにあるのではなく、恐らく
    自分自身の中にあるものが具象化したものなのだろうと思う。
    それがどんなに混沌として醜いものでも、ほんとうは
    目をそむけてはならないのだ。それは確かに自分自身の一部で
    あることは間違いないのだから。

  • 幸せの集結地点は「限定」の中にあるのか、あるいは「自由」の中にあるのか。「限定」と「自由」中間地点・・・「リアリティー」と「ファンタジー」の間とも言い換えられるだろうか。で選択を迫られる主人公。

    村上春樹氏に「君の幸せはどっちにある??」と問われているような小説!!

  • 夢中で読んでしまった。初めて本で徹夜してしまった思い入れ深い作品。

    内容も非常に面白く、メッセージもストレートに伝わってきた。
    村上春樹曰く、いい小説とは、読んだ人の心を深く広くさせてくれるとのことだが、この小説は正に「いい小説」であった。しばらくこの小説の雰囲気に圧倒され、五感が支配されるほど。
    そう。この小説で一番好きだったのが、言葉で伝わる世界観だった。
    なんていうか、早朝みたいなイメージ。ちょっと小雨が降っていても良い。凄い静かで、透明感がある。だけど何か起こりそうな不安と期待を与える静けさ。現実なんだけど、どこからか別の世界に繋がってそうな雰囲気。
    あんな風に文書から、その世界感を感じ、溢れ出るほど妄想したのは初めてだった。

  • 静寂な幻想世界と波瀾万丈の冒険活劇の二つの物語が同時進行。

  • 詳細な感想は下巻の方に。
    しかし村上春樹はそんなに好きではなかったけれど、この作品は面白かった。
    歳をとることで、自分の趣味的な部分が、村上春樹の描く主人公に近づいてきた、ということなんですかね。

  • 16.7/20
    世界観がすごくすき

  • レビューは下巻

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世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)の作品紹介

高い壁に囲まれ、外界との接触がまるでない街で、そこに住む一角獣たちの頭骨から夢を読んで暮らすの物語、〔世界の終り〕。老科学者により意識の核に或る思考回路を組み込まれたが、その回路に隠された秘密を巡って活躍する〔ハードボイルド・ワンダーランド〕。静寂な幻想世界と波瀾万丈の冒険活劇の二つの物語が同時進行して織りなす、村上春樹の不思議の国。

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