世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫)

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著者 : 村上春樹
  • 新潮社 (1988年10月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (347ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101001357

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世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 再読です。
    うむむ、こんな結末だったっけ…。
    映画を1本がっつり見終わったときのような、充足感と疲労感がある読後です。

    あと数時間で世界が終わる。
    そんなときに、「世界を構成しているいろんな細かいことが目につく」というのが真に迫っているように感じました。
    主人公と図書館員の女性がかたつむりのことについて会話をする一場面、何気ない場面なのですが妙に印象に残っています。

    猛烈にボブ・ディランが聴きたくなります。
    そして、猛烈にお酒が飲みたくなります。
    村上作品読後に聴覚と味覚の欲求が高まるのは、私だけではないはず…

  •  しかしもう一度、私が私の人生をやり直せるとしても、私はやはり同じような人生を辿るだろうという気がした。何故ならそれが――その失いつづける人生が――私自身だからだ。

     「世界の終り」で人々は、自分の「影」を死なせることにより、感情を消滅させ、喜びもないかわりに苦しみもない、穏やかな世界に暮らしている。そこには義務も寿命も時間もなく、存在することはとても楽だ。しかし、心はどこへ行くのだろう。心を失って生きることが、果たして生きることになるのだろうか。
     村上春樹はあまり好きでないのですが、この作品だけは宝石箱のようにすばらしいと思います。どのページを開いても、その言葉や文章のひとつひとつに、啓示のようなものを感じます。主人公の男性はある理由から、自分の意識の中に閉じ込められることになりました。そこは「世界の終り」であり、心を捨てた人々が、苦しみも悲しみも争いもなく、穏やかに暮らしています。しかし彼は気付きます。人々が捨てた自我は、「獣(一角獣)」が引き受けていることを、そして彼らが人々の代わりに苦しみ、やがて自我の重みで死んでゆくということを。
     生きることは心を持つこと。苦しみ、悲しみ、あるいは喜ぶこと。ユートピアなんてない、幸せにはなれないかもしれない、それでも心をもつことだけが、ただ唯一生きている証である。大学生のときにこの本に出会い、私は自分の心が救われるような気がしました。
     一番好きな一節を冒頭に引用しました。確かに人生とは失うことのような気がします。それでも自分は自分にしかなれないと、村上春樹は言いますが、それは決して絶望するようなことではなく、逆に希望や安心なのだと思います。自分が自分であることが生きる価値であり、自分は自分以外にならなくて良いからです。
     すべての感情は心の作用(あるいは脳の電気信号)なので、あまりに大きな苦しみ・悲しみに直面した際、いっそ心を捨ててしまえたらと思うかもしれません。しかし、心を捨ててしまえば、生きることも死ぬこともできなくなってしまいます。不条理な世の中で、辛いことのほうが多いくらいですが、それでも、心をもって生きて行かねばなりません。それが生きることの価値だから。人間にとって最も大切な真実が、この作品の中にあります。

  • その世界が終って欲しくなくて、ひさびさに読むのがとても遅くなった本。

    友人が『映画を一本観終わったくらい』と表現してたけど、まさに。
    読んでいてとっても楽しかった。

    まるで、村上さんの意識の中を旅しているような物語。
    人間失格など、近代文学でも多くテーマにされる、
    自己と他者、内面と外面、個人と社会、といったような色んな事象を投影できる。

    『僕には心を捨てることはできないのだ、と僕は思った。
    それがどのように重く、時には暗いものであれ、ある時にはそれは鳥のように風の中を舞い、永遠を見わたすこともできるのだ。』

    私たちは日々雑多な生活を暮らしていて、無益なこともしなければならないし、細かな刃で傷ついたり、疲れたりし、
    それこそ壁に囲まれた静かで安定した世界にもぐりこみたくなる時もあるけど、
    この重くて生温かい心を手に提げたまま、人生を生きていかなければならないのだなぁ、と、
    改めて思った。



    恋人と上手くいかなくなった時にやたらとカップルに目がいくように、
    心が今欲している言葉を与えてくれるところが、
    読書やめられない理由かもしれないな。

  • 出だし「???」と思いながら読んでいたけど、だんだん話の内容がつながってきて、夢中になり読了。
    でも、1回読み終えたときは、字とストーリーを追っていただけでした。
    その後、何度も何度も読み返し、あるときは内容について解釈しながら、あるときは、言葉の表現を楽しみながら、じっくり味わっています。
    定期的に読みたい本の1つです。
    ストーリーとは関係なく、食べ物を食べるシーンでは毎回おなかが減り、のどがかわいてきます…

    村上春樹の作品の中で一番好きかな。

  • 【上巻のレビューからの続き】

    ってまあ、さすがにこんな喋り方はしてなかったんですけど、春樹作品に出てくる人たちって皆もったいぶった話し方をするじゃないですか。だからボリュームはすごいあるんだけど、改めて振り返ってみると内容は特にないって云うか。大量のお麩を食べてる気持ちになると云うか。

    「たしかにそうかもしれない。春樹は書きたいから書く、好きだから書く。何かを啓蒙しようとか感動させてやろうとか、そんなことは多分考えていない。春樹の作品を深読みするのは読者の勝手だけど、深読みしない読者を否定したりもしない。物語が始まり、物語が終わり、本を閉じる。それだけだ。何も残らなくてもいいんだ。何かを残すために書かれた小説じゃないんだから」

    聞く人が聞けば挑発とも受け取られかねないような感想を述べたにも関わらず、逆にそれを肯定されてしまって、何だか肩透かしを食らった気分。
    でも「斯く読まねばならぬ」なんてアレコレを長々と解説されたりした日には、春樹どころか彼そのものと半永久的におさらばしていた可能性もあるので、つくづく本というのは恐ろしいものですね。

    『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』、上下巻ともに一気読みしましたが、読み終わった瞬間にどんな話だったかほぼ忘れました。
    下巻の裏表紙、「村上春樹のメッセージが、君に届くか!?」って煽り文句が一体何の事を言っているのかは解りませんが、こういう小説を書く作家さんってもしかしたら村上春樹氏しかいないんじゃないかなあ、とは思います。稀有な小説。

    ちなみに彼は現在の夫ですが、「マフィンだの小海老のサラダ苺ソースかけだの、こいつらの洒落臭い食生活がイライラする。黙って納豆ご飯食えや」と舌打ちする私に向かってニヤニヤしながら、「じゃあ僕は毎日眠る前にチョコレートを2欠け食べる事を日課にしようかな」とか意味不明の春樹言語を浴びせてくるのが憎らしかったです。

  • 幻想的でドラマチックで一種独特な世界観。作品の最後の方、主人公が残された僅かな人生の時間で街をさまよう時にボブ・ディランの曲が出てきます。
    そして終局の方では名曲『ダニーボーイ』も…
    今はYouTubeがあるので作中に出てくる曲をBGMとして聴きながら、ゆっくりとページをめくると物語の中に同化しそうな、そんな錯覚に陥ります。
    レンタカー店の知的な女性の店員さんとの会話で、同女がボブ・ディランの声を「まるで小さな子が窓に立って雨降りをじっと見つめているような声なんです」と表現するあたり、村上流の知的でお洒落な感じが出ててすごく良かったです。
    二つの異なる世界が交互に進行し、やがて混じり合い、そしてアウターワールド(外界)に脱出する。1Q84でも同じ様なテーマに沿って描かれていますよね。

    石田衣良の小説も古い洋楽やクラッシックの曲名がよく出てきますが、これらの曲をYouTubeで検索してBGMに、その世界観にどっぷりと浸かって読書を楽しむ。
    これが最近の私のお気に入りです(≧▽≦)ゞ

  • 上巻は、私に対する理不尽な出来事にやきもきしながらも、続きが気になってどんどん読み進みましたけど。
    下巻に入って、しょっぱなから、ちょっと気持ち悪かったり、ちょっと難しかったりする話にやや辟易し。
    まぁ、そうは言っても、この結末はどうなるのか? と、やはり気になるので、通勤のお供として、毎日読んでいた訳ですけれども(笑)。

    2つの世界に共通するような景観の描写があるので、どちらかが過去か未来?
    とか、なんとなーく思っていたんですけどね。

    結局、『世界の終わり』の僕(私の思考システムの第3回路)=『ハードボイルド・ワンダーランド』の私(現実/第1回路)。
    現実世界での私(体)は、意識を失って、博士の孫娘によって冷凍保存される事になるが、意識としては、自分が作り上げた壁に囲まれた世界で存在している。
    …という事でいいんでしょうか?
    うーん、何か難しいな、これ。
    独特な世界観で、解釈は読者次第? みたいなラスト。
    読み物としては面白かったけど、ちょっともやっとしますかね。

  • 内容はともかくとして,独自のまわりくどい文章と終わり方は好き。
    作中のビールが美味しそうで,やたらビールが飲みたくなる。

  • とても壮大なストーリーだと思う。
    設定の複雑さゆえに大冒険。
    そのため、前半(上巻)が説明的な印象を持つが、このストーリーを頭の中で構想しきってしまうのは本当にすごいと思う。

    この壮大なストーリーはそれ自体楽しめばいいのかもしれないけれど、「心とは何か?」「世界の終りとは?」といった万人が漠然と持つ普遍的なテーマに言及しているため、何かそこから読み解けそうな心をくすぐられる思いがする。

    とてもおもしろかった。

  • まさか最後まで図書館の司書さんが絡んでくるとは。でもやみくろから逃れた後の日常(? に戻るまでの所が村上春樹作品っぽいオーラを出していました。

  • ロシア文学からジャズ、クラシック、洋楽まで精通していると思われる著者。
    2つの世界での物語がどのように折りなし、終結を迎えるのかとても楽しく読めた。
    多視点(同一人物)からの物語は、女性と老人とで話は展開され、ぐちゃぐちゃってしていたものがすっと腑に落ちる構成となっている。

  • 楽器。唄。発電所。手風琴。完全な世界。私の心をみつけて。影との脱出。南のたまり。

    穴。蛭。水。円筒。ダムの壁の影。祭壇。博士。やみくろの巣。地下鉄。コインランドリー。洋服にとって一番良いことは過度な運動と過度な飲食を避けることです。レンタカー。気の利いた女の子というのは三百種類くらいの返事のしかたを知っているのだ。イタリア料理。三回の性交。太った娘との電話。

  • 再読。初読2005

    ビールとサンドイッチがほしくなる。

    また出会うときのことを約束する別れ
    他人に祝福を与えること

    ○しかしもう一度私が私の人生をやりなおせるとしても、私はやはり同じような人生を辿るだろうという気がした。何故ならそれが―その失いつづける人生が―私自身だからだ。私には私自身になる以外に道はないのだ。どれだけ人々が私を見捨て、どれだけ私が人々を見捨て、様々な美しい感情やすぐれた資質や夢が消滅し制限されていったとしても、私は私自身以外のなにものかになることはできないのだ。(234頁)

    ○君を失うのはとてもつらい。しかし僕は君を愛しているし、大事なのはその気持ちのありようなんだ。それを不自然なものに変形させてまでして、君を手に入れたいとは思わない。それくらいならこの心を抱いたまま君を失う方がまだ絶えることができる(252頁)

    ○僕は自分のこれまでの生活を振りかえるとき、いつもそんな浜辺のがらくたのことを思い出す。僕の生活というのはいつもそんな具合だった。がらくたを集めて自分なりに清潔にして別の場所に放りだす―しかし使いみちはない。そこで朽ちはてるだけだ(298頁)

    ○私は声をあげて泣きたかったが、泣くわけにはいかなかった。涙を流すには私はもう年をとりすぎていたし、あまりに多くのことを経験しすぎていた。世界には涙を流すことのできない哀しみというのが存在するのだ。(332頁)

  • 私のハードボイルドとぼくの世界の終わりが並行世界として交互に描かれる。
    いかにも「洗練されてます」みたいなライフスタイルの嫌味っぽさがあいかわらず鼻についてすてき。それはいいんだけど、世界を巻き込むほどのハードボイルド世界での終焉が私個人の内面(世界の終わり)に収れんされる、てのが衝撃的に素晴らしいと思った。

    あり得たかもしれないけれど、実際にはありえなかった世界の行き着く先としての世界の終わり。けど、そこでも確かに「生」があるのかもしれない、という想像は美しい。

    筋とは関係ないけど・・・
    クリップを頻繁に見かけるようになって、千円分のクリップを買えば一生分のクリップがかえるだろうな、と考えて、実際に買ってしまうくだりが好き。そのクリップは後の展開には何の影響も与えないけど、そこがまたよかった。

  • ハードボイルドは終わり方微妙…
    でも楽しかった(・∀・)

    世界の終りは情景綺麗!最後られんが特に好き!

    両方、全体的に読みやすいし、独特な世界観も良い!
    結構好き\(^o^)/

  • 最近「長生きってそんなに良いものなのか」とか「無意味に時間を送るくらいなら短い間で燃え尽きたほうがキレイなんじゃないか」といったことをよく考えていた。その時は視覚的に美しいうちに消えてしまう方が良いのではないかと思ったのだけれど、「私」はそれとは正反対の結論を出していたので拍子抜けしたし、変に納得している自分に驚いた。
    特に宗教を信仰している訳ではないのだけれど、死んだ人間はずっと夢を見ているのではないかと考えていたのだけれど、それを否定する意見なんて初めて聞いた。

    話の構成が「海辺のカフカ」並に恐ろしく練られていて、凝っていて、絶対自分には考えつけないと圧巻するものだった。

    自分が言ってもらいたいなあとかこう思っていてもらいたいなあという言葉が散りばめられている。
    265ページから始まる「私」と図書館に勤める女性がイタリアンレストランで交わす会話が知的でインテリで気が利いていて読んでいて楽しかった。私にもいつかできるかしら。

    早急に上巻も読まねばならないし、何度か読み返さねばならない本だと思う。

  • 同時進行する二つの物語を結ぶ、意外な結末。

  • ゆったりとした物語。
    何年かぶりに読んだけれど、
    改めて思います。
    僕はこの小説が好きです。

  • 全体的な食事の描写とか生活の描写は好きやけどなんか盛り込みすぎでは感ある。あと最後がすっきりしないなー

  • 「世界の終わり」と「ハードボイルド・ワンダーランドという」二つの世界での二つのストーリーが進み、徐々に絡まっていく。
    僕らの意識の中に、世界はたくさんあって、パラレルどころじゃない、複雑な世界観を作っているのかも。
    極めてSF的で、主人公がいい男なのかそうじゃないのかもよくわからないけれど、なんとなくロマンチストで、少年向けと感じる。

    入り込んだ己の世界から、出て行こうとするのか、あるいはまたさらに奥に入ろうとするのか。「世界の終わり」の最後の問いは、極めて普遍的な迷いなのかも。

  • 裏表紙に「村上春樹のメッセージが、君に届くか⁉︎」とあったけど、…届かんかった。終わり方がわからん。

    綺麗にどんどん表と裏(?)の世界が近づいてきたのに最後に残っちゃったのはなぜ?影はどうなっちゃうの?

    すごくスラッと読み進めていけて、すごく楽しかったのに、最後でつまづいてしまったよ。振り返っても道はない。いつかわかる時がくるかしら?

  • なんともすっきりしない終わり方で、結局何が言いたいのかわからないままだった。

  • 2ヶ月程かけて、上下巻をちまちまと通勤のお供に。短編で慣らした後の、初の村上さん長編作品です。

    誰の名前もないことに、途中まで違和感なくて。それが逆にキャラクターを際立たせているのかなと。素晴らしいです。
    個人的には、この人の書く人物は日本人っぽくないイメージ。なのに日本の地名とか出てくるし、そもそも設定が非現実的だし、終始不思議な世界観でした。

    2つの世界がどう繋がるのか、回路云々の話まで全く分からず。でも徐々にリンクしていく感じが心地よくて、切なくも美しい。

    にしても、世界の終わりの図書館の女の子にあたるのはどっちだったんだろう。やっぱり同じ図書館の彼女?

    完全なハッピーエンドを書くイメージはなかったので、最後はやっぱりかという感じではありましたが、とても面白かったです。
    きっと村上さんが伝えたいことの半分も読み取れてない気はしますが、楽しめたので良し。

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世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫)の作品紹介

の意識の核に思考回路を組み込んだ老博士と再会したは、回路の秘密を聞いて愕然とする。私の知らない内に世界は始まり、知らない内に終わろうとしているのだ。残された時間はわずか。の行く先は永遠の生か、それとも死か?そして又、〔世界の終り〕の街からは脱出できるのか?同時進行する二つの物語を結ぶ、意外な結末。村上春樹のメッセージが、君に届くか?

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