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この作品に関連する談話室の質問
この作品からのみんなの引用
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僕が求めている強さというのは、勝ったり負けたりする強さじゃないんです。外からの力をはねつけるための壁がほしいわけでもない。僕がほしいのは外からやってくる力を受けて、それに耐えるための強さです。不公平さや不運や悲しみや誤解や無理解ーーそういうものごとに静かに耐えていくための強さです。
― 193ページ -
もし本当に自由を与えたりしたら、たいていの人間は困り果ててしまうよ。覚えておくといい。人々は実際には不自由が好きなんだ。
― 190ページ -
人間にとってほんとうに大事なのは、ほんとうに重みを持つのは、きっと死に方のほうなんだな、と青年は考えた。死に方に比べたら、生き方なんてたいしたことじゃないのかもしれない。とはいえやはり、人の死に方を決めるのは人の生き方であるはずだ。
― 399ページ
みんなの感想・レビュー・書評
先を急ぎたいという気持ちを抑制し、時間をかけて、ゆっくりと味わいながら読み切る。
非現実的な世界にすっかり入り込んでしまう、メタファーとして。
この本を読み終わったあとで思うことは、ありきたりな言葉だけれど、少しだけ、自分の世界が広がったような気がするということ。
なんとなく、自分の存在に素直になれそうな気がする。
これから何度も読み返すことになるだろうと思う。
今まで読んだ本の中でも3本の指に入る、お気に入りとして、私の本棚に保管しようと思う。
自らの生きる意味、なすべき事とは?分からない。ただ、そこにいると損なわれ続けてしまうような。
流される事に逆らい、見つける。到達する結果は同じでも、たどり着く道筋自体に大きな価値がある。
遠い昔に無くしてしまった、片割れを見つける為に、長い長い旅をしたんだ。
時々僕は思うんだ。
僕らは生まれるずっと前
一つの命わけ合って
生きていたんじゃないかって
芥川は羅生門で境目を描いたことを思い出した 端役の面々が興味深い 春樹は非常にゲイフレンドリーな作家だと思う
しばらく小説を読むのはやめようと思いました。自分が弱いからなのか、ずいぶん辛くなってしまった。とはいえ、何かを失って、物事が少しだけわかるようになる。このことを成長というのかな、と思う。
読み始めると僕の章のほうがわくわくしているんだけれど、
いつのまにかそれが逆転している。ホシノくんが頑張るあたりからかな。
まだまだ読んでいない本がたくさんあるなぁと落胆……今より少し文学の知識を増やしてから再読したときにメタファをどう捉えられるか楽しみ。
【この世界に、確かな足場がなかったとしても】 フランツ・カフカは1912年に『変身』という奇妙な小説を書いた。未完の長編『城』が書かれたのは、その10年後だという。表題作のレビューに、どうしてカフカ本人の著作が出てくるのか。でもこれはなかなか重要なことなんじゃないかとおもう。 『変身』の主人公グレーゴル・ザムザは、絶命の直前も自身の生に執着することなく、自分のことを疎んじる家族への愛情... 続きを読む »
この世界で生き続けるために必要な根をゆっくりと育ててくれる、自分にとってとても大切な小説。概ね内省的ではあるけれど、いくつかの地点でものすごく涙を流させる。結局のところわたしたちは、完全な円の中に生きることはできない。円を閉じてしまうということは決定的に損ない、損なわれることを意味する。そこには戻ることのできる場所も、記憶もない。
「関係性」によって温かみを寄せ合うこと。強くあろうとする意志を持ちつづけること。
実際に、あるいはメタファーとして、たくさんの血が流されるこの暴力的な世界にあって、わたしたちは深く傷つき損なわれるけれど、そこから回復することもきっと可能だ。そのことをこの小説は教えてくれる。
村上春樹の言葉は静かに、とても現実的にわたしを励ましてくれる。『海辺のカフカ』に限らず、彼の作品をやはり読み返さないわけにはいかない。
わたしの短い読書歴において、暫定的一位の本がこれです。 そこにはもちろん、読んだ時期、読んだ環境、読んだ時のこころの在り方等、あらゆるファクターがうまいこと合わさったということも、大いにあります。 しかし、それらを抜きにしてたとしても、素晴らしい小説だと、個人的には胸を張って言うことができます。 この本をきっかけに、小説を読むことの醍醐味を再認識しました。 読者はカフカ少年と共に食べ、... 続きを読む »
下巻に入ってもやもやが一層加速した。これは、この世界に浸かれる人はいいけど、観念的なメタファー読みが苦手な人はとことん苦手だろうなあと思った。というか苦手だ。
こんなのどうやって舞台にするんだろう。観に行くのが楽しみな反面不安でもあります。
初めての村上作品。
読み終わっての感想は、「20年(以上?)前、学生の頃に読んでいたら面白いと思っただろうし、当時読んでいた人達(同級生達)ははまっただろうなぁ〜」です。
なんか、若い頃ってこうゆうの好きそう。
父を殺し、母と交わり、姉と交わる。
言葉はセンセーショナルだけれど、15歳という主人公とファンタジーのような展開はどこかリリカルにも感じられ。
私はカフカ少年よりも、ナカタさんとホシノくんのコンビを読んでいるほうが面白かった。
そして大島さんの生き方がいいなぁ、と思いました。
「僕は失われてしまった少女に恋をし、死んでしまった少年に嫉妬する」
伏線ブン投げにもほどがあるだろう。
物語の何一つとして解決がなされないというのは疑問が残る。
私の拙い想像力では補いきれない。
上巻がものすごく面白かっただけにこの作品は全体として本当に残念。
ミステリ:☆
ストーリー:☆
人物:☆☆☆☆
読みやすさ:☆☆☆
クライマックスに向けても、やはり相変わらず淡々と進行。それでも結末は気になって仕方ないし、実際の読後感も問題なし。
上下1000ページに及ぶ長編でしたが、一気に読み通せました。
いかにも村上春樹っぽい、浮き世離れしたカフカ少年サイドと
妙に俗っぽいナカタ老人とトラック運転手のふたり組サイド
そのとりあわせがおもしろくてどんどん読めちゃう。
交差するふたつのお話がきれいに収束して、不思議だけど後味のいい本でした。
人はもともと、男男と女女と男女の1対で、恋することで、欠けたもうひとりの自分を探してるんだって。
なんかすごく納得だ。
図書館、血、記憶、遺伝、メタファー、呪い、夢、入り口の石etc..
登場人物にはそれぞれ"役割"があり、それはオイディプスのように運命的なものによってあらかじめ決定されている。
"役割として必然なものは、そこに存在するべきだ。それがドラマツルギーだ"
そして、多くの謎を残しつつも、読者の"仮説は仮説として機能している"
考えても仕方のない作品。

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