海辺のカフカ (下) (新潮文庫)

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著者 : 村上春樹
  • 新潮社 (2005年2月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (528ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101001555

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村上 春樹
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海辺のカフカ (下) (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  •  村上春樹は読んだことがなかった。別に食わず嫌いだったわけでもなく、ただ何となく。そこへ、先日友人からのこの本を薦められ、読んでみた。初春樹だ。
     先が気になってやめられず、一気読みしてしまった。時間は計ってなかったけれど、ものすごく速かった。ストーリーが面白かったのもあるけれど、話の密度が低いのも速く読めた一因ではないか。一見深いことを言っているようなシーンも多いのだが、その背景にあるのは著者の感覚に過ぎないように思える。論理的な説得力が感じられず、全体的に話が軽い。なので、どんどん読み飛ばしてゆける。
     軽いと言えば、登場人物も軽い。性格が軽いのではなくて、存在感が軽い。まず人が存在して 彼らが動いてストーリーが生まれるのではなく、まずストーリーがあって それに基づいて人物が動かされている感じがする。それぞれ葛藤があり悩みがあって、その中でもがきながら動くのが人間だろう。しかし、この本では「あ、台本にこう書いてあるから次はこう動かなきゃ」みたいな感じで登場人物は行動する。だから、存在感が軽い。俳優が舞台の上で役を演じてはいるが、それはあくまで舞台上だけの役割で、舞台を降りたら別の生活がある。その、舞台の上の部分だけを描写しているような感じ、とでも言おうか。人物に厚みがなくて、こっち側から見えている面は人間だけれど、それは皮一枚で、裏に回れば空っぽではないかとさえ思う。これはぶっ飛んだストーリーのせいではなくて、著者の問題だと思う。もっとぶっ飛んだストーリーでも、実在感にあふれた作品を書く人もいるのだから。
     軽さに拍車をかけているのが、ブランド志向な描写だ。レヴォのサングラスとか、VWのゴルフとか、トミーヒルフィガーとか、クルマやガジェット・ファッション関係で妙にブランドにこだわった描写が目につく。それが、ブランド物ばかり置かれた住宅展示場の生活感のない空間のようなイメージで、作品全体の実在感をさらに希薄にしている。
     何だかボロクソに書いてしまった。まぁ、ストーリーはよく出来ていた。

  • 後半の物語の方が好き。 ナカタさんとホシノさんのストーリーがたまらなくいい。 二人の会話もそうだが、二人の信頼関係というか、友情がとてもいい。最後にホシノさんがナカタさんの為にしてあげた事、中々出来ないよね。この物語はカフカ中心の話なんだろうけど、ナカタさん、ホシノさんが素晴らしい脇役を演じていると思う。

  • 主人公の15歳の少年が、幼い頃、母親と姉に捨てられた記憶を辿り、繰り広げられる抽象的かつ象徴的なキーワードを並べつつ、村上春樹的非日常空間を描く。
    ここに描かれている人物像は性格的にも性的にもマジョリティではなく、一貫して陰鬱でもの悲しい雰囲気が漂う。
    人の内面の弱さを全面に出すことを意図しているんだろうと考える。きっと学生の頃に読んでいたとしても内容は理解出来なかったろうと思う。

  • 様々な古典文学を抽象化しエッセンスを複雑に混交させ具体化的物語へ昇華する、村上春樹氏の凄さが作品からは伝わってくる。が、読み終えてもこの物語が一体何であったかの総括は難しい。村上春樹氏の他作品と比べてより現代小説的であり、所々差し込まれる残酷的であり肉感的であり直接的な描写が不思議な感覚を与える。カフカ少年の新たな旅立ちを感じさせる終わり方も特徴的であろう。本作品はカフカ少年を軸とした並行世界のようでありながら、ひょっとすると全てカフカ少年の幻想もしくは可能性であった世界なのかもしれない。最終的には各自の喪失を持って大人へ脱皮したカフカ少年に収斂し現実社会へ復帰する形で幕を閉じる。

    但し本作品は現実と非現実との区切りが比較的はっきりかつ唐突なところがあり、村上作品の持つ浮遊感みたいなものは少なめであったように感じる。

  • 大変惹きつけられる内容だったが、レビューを書くとなると難しい。ただ村上春樹にとって、男女の性的な関係は生きて行く意味から切っても切れない関係なんだなと言う事は改めてわかった。

  • 深い。ブログで書評を書いている方の記事を読んで、ほーーと。この世界観深すぎます。そしてノルウェイの森を読みたくなりました。
    なんなんだ、読みおわったあとに考えさせられるこの感じ。村上春樹ワールドをもっと知りたくなりました。

  • 47章のところで涙腺が崩壊しました。

    号泣しました。本読んで涙がでることは今回が初めてです。
    カフカ少年の佐伯さんとの恋とナカタさんと星野青年による旅の話が交互に進んでいく話です。ちょっと物語として読むと「???」ってなったけど登場人物から哲学を教えてもらってるという感覚で読んでました。
    47章と48章の共通していたことは亡くなった人の記憶や一部は生きている人の中で生き続けることみたいなのが素敵だと思えた。
    死んだら終わりじゃなくて、誰かの中で生きているみたいな。

  • 村上さんワールド全開でしたね。音楽や哲学、歴史などといった知識は勿論、真似できない表現の数々、改めて小説家の並外れた能力を思い知らされました。私にとって村上さんの作品を読むのは二つ目となりますが、夢中になっちゃいましたよ(笑)。
    さて、内容は母親が姉を連れて家を出ていくことで、父と二人きりになった主人公の15歳の少年、カフカ。父は芸術にしか興味がなかった?ために出て行ったんではないかと思います。何の事情も知らされていないカフカは当然、心に深く傷を負ってしまいました。一見冷静でしっかり物事を考えるカフカですが、学校で暴れていたことからやはり荒んでいたのでしょう、まだ15歳のかわいい少年です。その少年が家出を決意し、旅に出ます。すべては定められた運命のように話は進んでいきます。
    実は私の家族も離婚しており、兄だけが父のもとに残りました。私は小さかったので分からなかったのですが、その時の兄は荒れていたそうです。優しい兄だからこそ、私にそういう姿を全く見せませんでした。そのためどうしてもカフカに兄を重ねてました。やはり、離婚というのはどんなやむを得ない状況でも子ども達にとって親の身勝手な行動なんだと思います。そんな理不尽なことに立ち向かって行くことができたカフカはとても格好良かったです。
    登場人物はみんな大好きですね。特に大島さん。どうしたらあんなに話が上手になるんでしょうか、羨ましい限りです。カラスと呼ばれる少年とは一体何者なのでしょう。カラスは戦争と死を司る神だったり、太陽の象徴だったりしますからね。
    ベートーヴェンのピアノ三重奏曲第7番「大公」、この作品で初めて聴いたという方は多いと思います。まだ聞いていない方は是非、聴いてください。泣くのは苦手という方は要注意ですよ(笑)。

  • ナカタさんが好き。ホシノさんも好き。2人の関係が徐々に変わっていく様子などがカフカの動きよりも気になりました。

  • <この世界に、確かな足場がなかったとしても>

    フランツ・カフカは1912年に『変身』という奇妙な小説を書いた。未完の長編『城』が書かれたのは、その10年後だという。表題作のレビューに、どうしてカフカ本人の著作が出てくるのか。でもこれはなかなか重要なことなんじゃないかとおもう。

    『変身』の主人公グレーゴル・ザムザは、絶命の直前も自身の生に執着することなく、自分のことを疎んじる家族への愛情すらにじませて息絶える。対して10年後に書かれた『城』の主人公Kはどうか。主人公が時折覗かせるのは、不条理を受け入れず居場所や権利に執着する強烈なエゴだ。

    カフカがどんなことを思って物語を書ていたかは知る由もない。
    だけど『城』は、カフカ自身がずっと抱えていた迷いに対するひとつの答えだったんじゃないか、という人がいる。僕もおおむねその意見に賛成している。(未完だから、答えと言い切ることはできないけれど)

    本作の主人公は「そこにいるとなんだか自分がそこなわれていくような気がして」、東京から遠く離れた高松の地に導かれるようにして旅をする。世界でいちばんタフな15歳になろうとする。

    しかし彼は、進むことも引くこともできない思いを抱えながら、世界の隅で彷徨い続ける。世界の暗黙の了解として「自分」と「他者」はあまりにも個別的で、互いに孤絶しているものだということを思い知らされる。そしてまた、誰もがその生を引き返せない。

    彼だけでなく、一連の登場人物たちもまた「自分とはなんなのか」「どっちに行けばいいのか」という思いに悩みながら生きる。ホシノさんの「自分はからっぽなのかもしれない」という言葉や、佐伯さんの「何もかもを受け入れ、無感覚に世界をくぐりぬけても、すべては意味のないことだった」という言葉は、それを象徴しているような気がする。

    個別的な“傷痕”を抱えて、そのうえでどう進むか。あるいは、進まないのか。主人公は思い煩いながらも、多くの関係性のなかで「進む」ことを選択する。幕はそこで降りる。

    ここらへんに、僕はどうしてもフランツ・カフカの『変身』から『城』への歩みがダブる。自分を受け入れられなくても、自分が恥ずかしくても、あるいは世界のルールが受け入れられかったとしても、なんらかの形で折り合いをつけて、地に足をつけていく。個人的には、本作はそういうところがひとつ主題となっているんじゃないかなあと思った次第です。

    あまり関係ないけど、村上作品をいつ読んでも思うのは、
    登場人物が物語から退場するときの静けさの妙。
    いやはや、素晴らしい作品です。

  • この世界で生き続けるために必要な根をゆっくりと育ててくれる、自分にとってとても大切な小説。概ね内省的ではあるけれど、いくつかの地点でものすごく涙を流させる。結局のところわたしたちは、完全な円の中に生きることはできない。円を閉じてしまうということは決定的に損ない、損なわれることを意味する。そこには戻ることのできる場所も、記憶もない。

    「関係性」によって温かみを寄せ合うこと。強くあろうとする意志を持ちつづけること。

    実際に、あるいはメタファーとして、たくさんの血が流されるこの暴力的な世界にあって、わたしたちは深く傷つき損なわれるけれど、そこから回復することもきっと可能だ。そのことをこの小説は教えてくれる。
    村上春樹の言葉は静かに、とても現実的にわたしを励ましてくれる。『海辺のカフカ』に限らず、彼の作品をやはり読み返さないわけにはいかない。

  • 女性寄りの登場人物達は都合の良い「女神」という感じで本の外に引き戻されて集中し辛かったが、ナカタさんとホシノ君のパートは生き生きしていてとても面白かった。
    世界には実際の世界と、自分が自己のメタファーとして見ている世界(ただ存在するものを意味づけるのは自分なのだから、全てに自己は投影されている)、そして他者のメタファーとしての世界という何層にもなっていて、それが影響し合っている、そんなことを思った。
    思考の足がかりを与えてくれる小説はありがたく、今作はその点と、部分の物語の面白さが良かった。
    納得出来ない、好みでないところも多々あるが、それはそれで。

  • 最後まで楽しめた。
    2017.5.21

  • 田村カフカ、大島さん、佐伯さん、ナカタさん、ホシノさん‥個人的にはストレスを感じない人たちで、好きな人たち。でも、よく考えるとあまりリアリティが感じられない人たちだ。理路整然としていて人間っぽくない。無機質な感じ。オイラ自身がそういう人になりたいと潜在的に思っているのかもしれない。確かに〈うつろな人たち〉に関わるくらいならひとりのほうがいいと思っている、面倒なのが嫌だから。だから「海辺のカフカ」ワールドは居心地がよくて、逃げ込みたくなる。オイラの現実逃避にピッタリの本だってことだ。
    ところで、大島さんに緑のロードスターは似合っているよなぁ。車で四国を走りたくなった。

  • 読み終わってしまった。
    これは何の話だったんだろう。
    青春?冒険?恋愛?ミステリ?
    カフカが森に入り込んでからは特に、現実と夢の狭間をいったりきたり移ろいゆらめくようで、読んでいるうちに頭がくらくらしてほとんど酔いかけてすらいた。
    もちろんいい意味で。心地よかった。
    この小説すべてが何かしらのメタファーのような気がした。
    言葉、記憶、損なわれるもの。私が好きな、どうしようもなく惹かれてしまう要素がたくさん詰まっていた。
    15歳のときに読んでいたかった。15歳の、弱く痛々しい私が読んでいたら何かが変わっていたのだろうか。タフな少女になれたのだろうか。
    でも今の私にとってこれがかけがえのない小説であることには間違いない。

  • なんとも不思議な小説。
    闇を抱えた少年。
    不思議なおじさん。
    ネコたち
    唯一普通そうな青年
    などなど、登場人物が独特な人たちばかり。

    いつもの2本立て構成で、少年が思いを巡らすところは
    読み進めるのが遅くなることもあったけど、
    それも1つの世界。

    話の中にも出てきたオイディプス王。
    まさにそう思わせるストーリー。
    現代のイソップ童話のような。

    おもしろいけど怖くて、たくさんの謎が心に引っ掛かって、
    印象的な作品になってる。
    心に残る言葉もたくさん。

    ロードムービーのようなナカタさんと星野君を読みながら応援していた。
    支離滅裂風な映画にしたらおもしろそう。

  • 今まで自分が読んだ小説の中ではベスト3に入るとても面白い小説。最初に読んだのは去年の夏で最近また読み返しました。不思議な世界観と予想できない話の進行がとても良かったです。特にホシノさんとナカタさんの掛け合いが素晴らしい。カフカ少年パートも面白かったですが、15歳にしては天才過ぎかと思いました。まあそんなことはどうでもいいのですが。

  • 登場人物達のそれぞれの物語が繋がっているようでバチッと繋がってはいなくて、でも結果的にその物語はそちら側にも意味があるという、想像の斜め上をいく展開で面白いというか感心しました。

  • ズバリ「父親殺し」の物語です。子にとって親は大切だと言われるけれど、親がクソ過ぎたらどうすればいいのだ。ネグレクト、虐待、はたまた子殺し。そうだ親を殺すしかない。実に合理的でありながら、狂気の沙汰ではありません。しかも親を殺しても問題は解決ではない。トラウマや愛着障害やPTSDなどの目に見えない心の闇が境涯つきまといます。刑法でも裁かれます。親を殺して何とも思わないのなら異常者、思い悩んでも結果は異常者です。親本人よりもタチの悪い一種の呪い。そういう抽象的な観念を明確な比喩に置き換えて、ストーリーを仕上げていると思います。同時に「母親赦し」という光のある展開でもあると思います。誰がなんと言おうが村上春樹は凄い。考え方云々以上につまらないのはちゃんと読んでないだけだと思う。

  • 村上春樹さんはあまり読んでこなかった。若い頃から何回かチャレンジしたが、世界観がよくわからず、フィーリングが合わないと思い込んでいたのかもしれない。この作品は好きだ。愛するということ、愛されるということ、愛されなかったということの間にあったものはなにか、読みながら、考えさせられ続けたし、いろいろなことがセリフの中に語られている。知りたくても届かなくて、後戻りできないことと同時に先に進みたくても進めないという時、忘れられないもの、忘れて進んではいけないもの…僕の中にもある。小説としては僕にわかったかといえばわからい事ばかりが残った気がする。それでも面白かったと言わざるを得ない。少し時間を空けてもう一度読んでみたいと思った

  • 中学生の時に図書室で借りて読んだが、何が面白いのかわからず、途中で断念した記憶があった。
    (記憶に残っていたのは空から魚が降ってくるシーンで、そのせいか読み直すまでファンタジー系の小説だと思っていた)
    今、10年以上経って村上春樹も何冊か読んで、面白いと思えるようになったので、再チャレンジしてみた。

    感想としては、村上作品の中でもトップレベルに好きな作品だった。

    ギリシャ悲劇の『オイディプス王』になぞらえた筋書きもすごく面白いし、大島さん、ナカタさん、星野などの登場人物も魅力的。会話、文章も楽しめた。


    ---

    上巻
    110
    そうこなくっちゃ

    232
    『ある種の不完全さを持った作品は、不完全であるが故に人間の心を強く引きつけるーー少なくともある種の人間の心を強く引きつける』

    385
    想像力を欠いた狭量さ、非寛容さ。

    426
    「お前はいつかその手で父親を殺し、いつか母親と交わることになるって」その姉ともいつか交わることになるだろうと父は言った」

    ◆下巻
    127
    ロシアの作家アントン・チェーホフがうまいことを言っている。『もし物語の中に拳銃が出てきたら、それは発射されなくてはならない』

    467
    あなたに私のことを覚えていてほしいの。

    495
    圧倒的な偏見をもって強固に抹殺するんだ


    【あらすじ】
    カフカは家出をする。深夜バスの中でさくらに会う。四国の甲村記念図書館に行き、そこで受付の大島さん、館長の佐伯さんに出会う。
    ナカタは幼い頃、不思議な事故に合い、知恵を失い、影が薄くなった代わりに、猫と話せるようになる。
    カフカは血まみれの状態で目を覚ますが記憶はない。泊まる場所がなく、大島さんのロードスターに乗せられて、森の中の家に行く。
    猫探しをしていたナカタは猫とり男ジョニーウォーカーに出会い、そしてナイフでジョニーウォーカーを殺す。返り血もない状態で目を覚ます。
    カフカは大島さんが性同一障害の女性で、ゲイであることを知る。
    ナカタは西へ向かう。長距離トラック運転手の星野に乗せてもらい、道中を共にする。
    カフカは父親の死を知る。カフカはかつて父親から、いつか父親を殺し、母親と姉と交わると予言を受けていたことを大島さんに打ち明ける。
    カフカは佐伯さんが自分の実母ではないかと考える。
    カフカは15歳の佐伯さんと思われる幽霊を見る。カフカは幽霊または佐伯さんに恋をする。
    ナカタと星野は四国に入り、入り口の石を探す。
    星野はカーネル・サンダースに出会い、入り口の石を開ける。
    カフカは佐伯さんと交わる。警察から逃れるため、カフカは森の中の家へ移る。
    ナカタと星野は甲村記念図書館にたどり着き、佐伯さんと大島に会う。佐伯さんは自身の人生を書き記したファイルをナカタに燃やすよう預ける。そのあと佐伯さん亡くなる。ナカタも死ぬ。
    カフカは森の奥深くへ進む。さくらは実の姉ではないかと考える。夢の中でさくらと交わる。
    2人の歩兵が入り口へ案内する。町に着き、そこで佐伯さんと再会する。佐伯さんは自分のことを覚えていてほしいと伝え、カフカを元の世界に帰す。

  • 僕が求めている強さは、買ったり負けたりする強さじゃないんです。外からやってくる力を受けて、それに耐えるための強さです。不公平さや不運や悲しみや誤解や無理解に静かに耐えて行くための強さです。田村カフカ

    人ってのは生きるために生まれてくる。それなのに、生きれば生きるほど俺は中身を失っていって、ただの空っぽな人間になっていったみたいだ。そしてこの先さらに生きれば生きるほど俺はますます空っぽで無価値な人間になっていくのかもしれない。それは間違ったことだ。その流れをどこかで変えることはできるのだろうか。星野

    下巻もあっという間に読み終えた。
    下巻の方が上巻に比べ、頭を使いながら
    描写を浮かべながら、前後の話を
    思い出して繋げながら読んだ。
    最後、終わり方が期待していた
    ものではなかったが読み終えた達成感が
    満足させた。
    村上さんは、性や肉体そのもの、もちろん精神についても、に徹底的に自分の根本を見出して発信しているのだろうと思った。
    なぜ?
    そこをもっと知りたい。なぜそう考えるのか。
    蛇足であと一つ。
    ナカノさんが死んでしまってホシノくんが
    深く深く悲しむ場面が淋しかった。

    登場人物みんながなんか文化人みたいな哲学的?メタファーとかよくわからないが、大野さんの兄にしろ、そんな人ばかりじゃ疲れるよ。
    まあそうしなきゃ成り立たないのかもだが。

  • 入り口は、開けたら閉めないと。
    誰もが見つけられる、気づける場所ではない。

    自分を終わらせるのか、進むのか。
    自分に決められている、自分には分からない先への行動。

    正しい、正しくないは、誰にもわからない。

  • 下巻。
    上巻より面白かったですね。イッキに読み抜いてしまいました。

    「多崎つくる」も、読み始めるとアッと言う間に読んじゃったんですけど。
    あっちの方がなんだか、もやっ、・・・としました。
    「海辺のカフカ」、面白かったですね。ほんと。面白かったです。
    あまり文句ないっす。

    下巻は、トラック運転手の星野さんと、中野区から来たナカタさんが四国に渡るあたりからでしたね。

    なんとなく備忘録としておくと、

    ①中野区から家出してきた15歳の田村カフカ君(もちろん偽名)は、四国に来て高松周辺で、甲村図書館という素敵な私立図書館に出会う。
     そこで働く <女性だけど性同一障害で男性としての同性愛者である若い女性・大島さん> と、
     <かつて「海辺のカフカ」という歌謡曲を大ヒットさせた、恋人と死別した悲しい過去を持っている50代の女性・佐伯さん>
     の二人と仲良くなって、Hをしたりしなかったりする。
     カフカ君のお父さんは中野区で殺人事件にあって殺されてしまう。
     警察がカフカ君を探し始めて、カフカくんは高知の山奥に隠れる。
     そこで山奥の森の中で戦時中にその森で行方不明になった日本兵2名と出会って、導かれて、よく分からない死者の国っぽいところに行く。
     そこに佐伯さんがやってきて、この世の方に戻りなさいと言われて戻ってきた。
     戻ってくるとやっぱり佐伯さんは死んでいて、カフカくんは東京に戻って学校に行きなおす気になったので、新幹線に乗る。おしまい。

    ②なんだか良く分からないけど使命感に燃えて四国にやってきた、字の読めないナカタさんと、付き添いの星野さん。
     高松に入って、石を探す。カーネル・サンダースと名乗る男が現れて、おかげで石を発見。
     石をひっくり返すことで、何かの入口が開く。
     ナカタさん甲村図書館を見て、ここだ、と思う。入って佐伯さんと会う。なんだか意気投合して、佐伯さんが書いた原稿を燃やすように言われる。
     で、燃やす。燃やすと佐伯さんもナカタさんも、ぽっくり死んじゃう。
     星野くんはなぜだか猫と話せるようになり、石によって開いているらしい何かの入口に向かってくるよく分からないモノと戦った挙句に、
     もういちど石をひっくり返す。つまり閉じる。
     で、地元の名古屋に帰ることにする。

    というふたつのお話が交互に進行していきます。
    これだけ読んだら、何が面白いかサッパリ分かりませんよねえ。
    でも面白いんです。
    ある種のミステリーだし、冒険譚なんですよね。
    ただ、通常の、なんていうか新宿鮫みたいなモノのつもりで読んだら、腹が立つでしょうけど。

    で、カフカさんの小説がそうであるように、
    「ソレは何を表しているのか。何を隠喩してるのか」みたいなことを語りたくなるような小説ですね。
    なんだけど、そういうのはどうなんでしょう、と感じます。

    母親に捨てられた、と思っている15歳の少年。父親からまともに愛されなかった田村カフカ君。
    むしろ父親に、お前はいつか俺を殺す、と言われ続けた中学生。
    自信のなさと無謀さと理屈っぽさと愛情への飢えとハードボイルドでありたいプライドと、どうにもならない性欲に、
    なんだかんだ言いつつ七転八倒する主人公なんですね。
    それってやっぱり切ないし、過酷な運命だし、そんな彼が家出してローリング・ストーンなコトになる。

    そして、やっぱり世間の誰からも求められず愛されなかった、
    頭の弱いナカタさん。
    そのナカタさんが何か天啓を受けたかのように動き出す。
    それに付き合ってしまう、愉快な星野さん。

    このナカタ=星野コンビが探す、<石>。
    あるいは<入口>。
    あるいは、ナカタさんと、佐伯さんとの、なんだか意味深そうな会話。

    僕は正直、分かるのかと言われれば、サッパリ何がなんだかわかりません(笑)。というか、分かりたいとも思わない。
    だって、分かるために読んでるわけじゃないから。僕にとって面白いか面白くないかだから。
    (その面白さを言い表せるのかって言われるとそれは疑問ではあるけど。だからもし僕が職業的な評論家であるなら、僕の態度はちょっと問題かもしれないけれど。)

    そういうわけで、どうでもいいんです。僕にとっては。面白いから。
    ただきっと、春樹さんにとっては、ソウでなくてはならない何かがアッタんだろうなってだけですね。

    そんなこんなが描かれます。
    で、この小説の魅力は、そういう物語っていう入れ物が、ちゃんと入れ物として、面白い語り口を受け止めていられる強度がある、ということだと思います。
    あくなきレイモンド・チャンドラー風及びフィッツジェラルド風の、というかもう独特の引用とユーモアに満ちた村上春樹節、ハルキ節。と、でも言うべき文章。とにかく文章。語り口。その切れ味。
    微妙に現在形で押しちゃったりする、アノ感じ(笑)。まあ、読む人によっては、キザって言えばキザなのかもですけどね。
    でもねえ、あのキザさっていうの自体を、日本語という意味では、かなりこねくり作り上げたのが、70年代からの春樹さんの創作の足跡だったりしますからね。

    閑話休題。文章が、素敵!っていうことですね。
    もう、そのキレキレで自由自在なボールさばき、疾風怒濤のドリブル突破を、受け止めて、ちゃんとプレイさせてあげられる、枠組みとしてのチーム。
    そのチームみたいなものなんですよね。物語って。あらすじっていうのは得点場面ダイジェストみたいなもので(笑)
    別に、チーム全体とか、あるいは試合結果、得点場面、で感動するんじゃないんですね。ちゃんと、生で観戦している人は。
    もう春樹さんの、キレキレのドリブル、絶妙なため息の出るトラップ、感性でしか有り得ないダイレクトパス、そういった一つ一つが、醍醐味なんですよね。
    うん、なんか自分で納得が行きました。
    ただ、この「海辺のカフカ」は、その春樹さんのプレイをがっちり受け止めることが出来るだけの、強度のある枠組みなんですね。
    あるいは、その枠組み、土台のお陰で、春樹さんの文章という一個一個のプレイが、切れ味が良くなってる。

    という訳で。
    この本は大好きでした。ひょっとして春樹さんの中で、「風の歌を聴け」を除けば、僕にとっていちばんかもです。
    (多分、あれだけは特別だと思います。自分の中で。どうしてかっていうと、新刊で読んだわけじゃないんですけど、僕にとっていちばんはじめの春樹さんの作品だったからでしょうね)
    なんだけど、別にこの小説のなんていうか・・・お話の扱っている事件や、「なんだか意味ありそうで感動そうな場面」が好きな訳じゃないんですよね。
    なんていうか、とにかく語り口が僕は好きです。たまに、「ちょっと嫌味じゃないかなあ」とか思ったりもしますけど。

    それから、ぽろっとまとまらない感想を言うと、
    ●猫としゃべれるナカタさんと猫たち、のあたり(上巻)
    ●ナカタさんと、付き合ってしまう星野さん、のあたり(下巻)
    が、いちばん好きでした。
    特に、トラック運転手の青年男性・星野さん、大好きでしたね。ナカタさんとふたり、春樹さんが創造したキャラクターで、いちばん好きです。
    とにかく、下巻のふたりのやりとりは、ホントに面白いんです。
    漫才より爆笑で、にやにやしっぱなしでした。
    コレだけでも読む価値ありますよ!

    それだけでも、「多崎つくる」より、正直ぜんぜん面白かったです(笑)。

    あと。
    上巻の自分メモにも書いたけど、日本の歴史、過去、といったところがちゃんと視野に入っている、そこと今がつながっているんだ、という世界観。
    繋がっていることを、どう感じていくのか、どう見ていくのか、という手探り感。
    それはちょっと新鮮です。
    正直、スリリングにわくわくします。
    そのあたりをめぐる冒険なら、共に読書という旅をしてみたいですね。
    それを春樹さんのワールドで見るとどうなるんだろうっていうのは、もっと見たい。もっと読みたい。

    と、思うと、「ノモンハン事件が出てくる」という噂を聞く、
    「ねじまき鳥クロニクル」も、読んでみたくなるんですけどね。

  • 15歳の少年田村カフカは世界一タフな15歳になるべく東京の中野区から家出し、香川県高松市に到着する。
    そして、ふらふらと「甲村私立図書館」という場所にたどり着く。
    そこで大島さんという司書に出会い、図書館を運営する佐伯さんという人に恋する。
    そして東京の中野区ではネコと話が出来る不思議な力を持った老人ナカタさんが一匹のネコ、ゴマを探している。そしてジョニー・ウォーカーという紳士に出会いその運命は変わっていく……。

    まぁ、多すぎてこんだけしか書けませんが、この小説はかなり読み応えがあります。
    1章ごとに田村カフカのお話、ナカタさんの話が交互に続いていきます。
    最初の400ページぐらいはただ淡々と話が進んでいきつまらない感じですが、ナカタさんと主人公との話が交わるくらいから話は面白くなっていきます。

    俺はナカタさんがホシノさんという青年と出会ってからの話が好きです。

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海辺のカフカ (下) (新潮文庫)の作品紹介

四国の図書館に着いたカフカ少年が出会ったのは、30年前のヒットソング、夏の海辺の少年の絵、15歳の美しい少女-。一方、猫と交流ができる老人ナカタさんも、ホシノ青年に助けられながら旅を続ける。"入り口の石"を見つけだし、世界と世界が結びあわされるはずの場所を探すために。謎のキーワードが二人を導く闇の世界に出口はあるのか?海外でも高い評価を受ける傑作長篇小説。

海辺のカフカ (下) (新潮文庫)の単行本

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