東京奇譚集 (新潮文庫)

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著者 : 村上春樹
  • 新潮社 (2007年11月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (246ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101001562

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東京奇譚集 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 絵本は読んだことあるけど、小説は初読みです。
    何となく自分には合わないと思っていたのですが、
    読書家のブロガーさんからのお勧めで、本書を手に取りました。
    実に読みやすい!そして面白い。好みです!
    本当に身近にありそうな話で、不可思議な話もあるけれど、
    主人公達がそれぞれ本当の自分と向き合い、
    気付いていたけど見ようとしてこなかった自分を
    受け入れ、1歩前進するっていう感じかなぁ~。
    それが淡々と日々のリアルな現状を踏まえながら語られているから、
    奇妙さが気にならない。
    最後の「品川猿」が奇妙と言えば奇妙だけど、
    こういう表現は好きです。

  • 初!!村上春樹。
    何となく読まず嫌いをしていたけど、古本屋で見つけて表紙に惹かれたので読んでみようかなと。
    思っていたよりも分かりやすい文章で、読み易かったです♪
    中でも『どこであれそれが見つかりそうな場所で』と『日々移動する腎臓のかたちをした石』の不思議な感じが面白かったです。
    これを機会に長編にも挑戦してみようかしら

  • 読みかけて止まっていた洋書を久しぶりに読み進めていたのだけど、途中で疲れてやっぱり日本語に戻ってきてしまった(´・ω・`)世にも奇妙な物語っぽいまさしく奇譚集であるが、がっつり村上春樹ワールド。踊り場から消えた男性を探す“どこであれそれが見つかりそうな場所で”が好きかな。

  • 最近貪るように読んでる村上春樹、初めて薦められた以外のものを読んでみました。
    これがもうストライク!
    タイトルに惹かれたという単純な理由でしたが、自分の嗅覚さすがだなと(笑)

    「偶然の旅人」から始まるこの短編集では、冒頭にもあるように、とるに足りない些細な、けれど不思議な出来事が描かれています。
    他人からしたら「なんだそんなこと?」と理解されにくいようなことも、その人にとっては衝撃的で、ずっと忘れられなかったりするんですよね。
    私もそういうこと結構あります。
    まさに偶然、としか言いようが無いんだけれど…奇跡とも思いたい、そんな些細なこと。

    「どこであれそれが見つかりそうな場所で」
    シドニーのグリーンストリートの探偵を彷彿させるような、私。
    この軽快なテンポの文体好き。
    印象に残ってるのは私と少女のやりとりです。
    雨傘とドアでは何もかもちがうけれど、でも確かにきっと一目で分かるんだろうな。
    読み終えた後の余韻がしばらく尾を引いてました。

    「日々移動する腎臓のかたちをした石」
    本当に意味を持つ女は三人しかいない。
    あぁーここに出てきたのか…と。
    つい先日この俗説を聞いたことがあって、それでもう完全にそれを話してくれた人物で再生されました(こういうエピソードも偶然でびっくり)。
    ここに出てくる彼が書いた小説がとにかく興味深かった。
    彼の身におこった話と、腎臓石を拾った女医の話がとてもしっくりと対比していました。

    それらをあるがままに受け入れて、そしてごく普通に生きていく。
    でもしっかり自分のなかに降り積もっていくのが分かる。
    それだけで十分な気がします。

  • P246
    やはり、この作者が人気があるのが理解出来ませんでした。これで当分読みません。

  • 村上春樹の短編を読み返している。
    (読んでいなかったかもしれない。僕にとって村上春樹は内容を覚えているのが難しい作家なのだ)

    彼の作品にはたいてい「この世のものではない邪悪なもの」が現れ、主人公の平凡な日常を損う事件が起きる。そんな「日常の中に介入してくる奇妙なできごと」にフォーカスした短編集である。

    どの作品も主人公が出会った人物(あるいはかえるくん)によって主人公やあるいは世界が抱える問題を探り当て、立ち向かう。そしてそれが終わると、主人公は何か大切なものを得て、もとの日常に帰って行く。そんな共通した構造がある。

    内田樹がいうところの「ライ麦畑のキャッチャー」的な、この世界の秩序を人知れず守り続けている者たちの物語である。

    そこに通底している公正さ、正直さ、穏やかな強さ、というものに僕は惹かれるのだと思う。多くの村上ファンもきっとそうなのだろう。

    きちんとシャツにアイロンをかけたり、掃除をしたり、適切な堅さにパスタを茹でたりということを時として「村上のいつものアレね」と揶揄されたりもするけれども、日常のそうしたディテールを正しくこなすことが、とてつもない強さを持ちうることを彼は伝えたいのではないだろうか。

  • あぁ、久しぶりの村上さんだ。

    この人の作品は、時系列に読んでいこうと思っていたのだけれど、ちょっと長編に手を出すには心の準備ができておらず、今回はこの短編を手に取った次第。


    なんだろうなぁ、
    「これで、いいのだ。」という感想が、今私の頭をめぐる。(バカボンのパパではない。)

    どんな不条理も、丸ごと受け止めて、飲み込んでいけるように、日々に向き合って、生きていきたいのです。


    ただ、なんだろうなぁ、この4月から、職場が変わって、「そういうこともあるさ。」っていう呑気な構え方ができなくなっている状況に向き合わなくちゃならなくて、自分を見失っていた気がします。


    具体的に言ってみるのならば、
    今年から、中学校に勤めだしまして、何て言うんでしょうか、中学校と言うものは、不条理さというものをねじ伏せないといけない場所な気がします。

    「あいつが俺に、こんなこと言ってきたんだ!」
    「○○ちゃんが、わたしのこと悪く言うの!」
    「何で俺がこの仕事しなきゃなんないの?」


     大人になれば、ぐっと飲み込み、我慢したりうまく対処したりしていく事柄を、まだ納得できない段階にいる子どもをなだめすかしながら、前進させることを促す。


    そこには、「なぜ私は不条理さを受け入れなくちゃならないのか。」という疑問に対する思案の余地が残されていないというか。

    わたしはすでに「この世の中は不公平なのだ。不条理なものなのだ。そこに文句を言ったって、始まらないのだ。不条理さを受け入れて、自分の持ってるもの生かして、それでも前に進んでいかなきゃならんのだ。」と思っているのだということに今更気づく。

    中学生は、まだまだ「同じ」「平等」であることをベースに物事を考えていかなくちゃいけない段階で、

    あぁ、そうか。私はその違和感に、なかなか馴染めないでいるようだ。

    まるで、嘘を教えているようで。

    中学生には、必要なことなのだろう。守られなくてはならない身分なのだから。そこから学べることも、たくさんあるのだから。

    でも、その渦中にいると、自分が自分を忘れてしまう。「私」の日常にシフトしようとしても、ギアチェンジがうまくいかない感じをこの半年引きずり続けてきた。

    そんなわたしを、「私の現実」に、引き戻してくれた気がする。


    9月の終わり、美しい秋晴れ。
    道を歩けば、甘い金木犀の香り。
    空気は乾き始め、吹く風は心地よく。
    虫の声も賑やかさを失い、耳に優しい。

    これで、いいのだ。
    これで、いいのだ。

  • 普通に短編集。村上作品×短編集が好きだけど、可もなく不可もない感じ、まんなか。
    ハナレイ・ベイと品川猿、腎臓石が好き。嫌な部分を取り去らず、ありのままを受け入れていくことへの勇気と覚悟。

  • 村上春樹の短編を読むのは初めてだったけれど、長編のオチにいつもすっきりしていなかったのとは正反対に素直に面白いと思いました。
    品川猿がお気に入りです。

  • 5編の東京を舞台にした不思議な話。

    「偶然の旅人」がすごく良かった。
    こういう不思議な出来事は実際にあると思う。
    最後に話していたように、その出来事を繋げるかどうか、繋がりに気付くかどうかな気がします。

    後半に行くに従って、ファンタジー性が強まるけど、村上さんらしい文章だったり、話の展開で面白かったです。

    ただ、猿登場にはぎょっとした…

    そして、名前には良いことと悪いことも付随している、というところに共感。
    私も名前がコロコロ変わった時期があり、今自分が名乗るべき苗字が分からなくなったことがあり、「はて自分はいったい何者なのか?」とアイデンティティが揺らぐというか、ものすごい不安に襲われた事があります。
    でも結局は今の名前に落ち着き、「自分に名前が馴染んだ」と今は思えます。
    奇妙な体験といえば、これも奇妙な体験でしたね。

  • 何度も読みたくなる。

  • あると重宝するけど無くてもよいのがエンターテインメントだ。逆に存在は知っているけど頻繁に一般人は本物に直接触れる機会が少ないが、なくてはならないのがアートだ。エンターテインメントは自分で手に入れることができるが、アートは自分で作るか、オリジナルを眺めるしかできない。そう強引に定義するのであれば、この小説集はエンターテインメントに近いけど果てしなくアートだ。

    随分昔、僕は勝手に村上春樹の小説のテーマは「喪失と再生」だと言っていた。でもそれは違うことに気がついた。
    本当は、この世の中には入り口があれば出口があるし、あちらの世界があればこちらの世界もある。その境界「線」を「縁」とするならば、ちょっとした偶然であちら側とこちら側がその線(縁)に触れて、そして離れていく(手に入れたものと喪失する、もしくは喪失していたものを手に入れる)。そんなテーマというか世界観がベース(基礎)となって偶然的必然によって結ばれる人たちの、そんなに世間を驚かすことの無い日常の中の非日常をつづっているのだ。無駄なく、簡潔に。完璧に。美しく。陳腐な言葉でいうのなら「稀にある日常と非日常の重なりによって生み出された隙間の物語」だろか

    そして、その物語は口(音)では説明することが出来ず、文字という形を通してのみが唯一にして最大の他者へ伝える手段であり、最も効果的な手段なのである。音は発する先に消えていくだからこそに「勢い」という強力な能力があり、文字は積み重なって残っていく「重み」があり、著者の場合、後者がこのような話には適しているのだろう。もちろん、著者のスピーチにはスピーチならではの良さがあるのは理解している。

    最後の書き下ろしの「品川猿」以外の4編は新潮で4ヶ月連続で掲載された。この4編には「ピアノ」という言葉が必ず入っており、それは時にメインに、時にひっそりとピアノジャズのような旋律を文字という音符となり一つの物語を奏でる。
    人が音楽に耳を傾けるのと同じように、僕達はこの本にも目を向けるだけで良い。心地良いピアノのように文字が躍りだし、文字は文字として、単語は単語として、助詞は助詞として正確に機能し、目の前に情景が自然と浮かんでくる。ページを捲るスピードは物語の進むスピードと同調し始める。
    そしてピアノジャズの重要なところは、踊りだすピアノの音にしっかりしたリズムでと世界に厚みをだすベース(bass.)なのだ。そういう意味では二つの「ベース」がこの作品を読むのに当って重要なキーワードになる。

    本を閉じた時の感想は、僕の場合まさにピアノジャズの名盤を一枚聞いたときの感動と、もう少し聞いていたい・時間を過ごしたいというもの足りなさと若干の心地良い疲れが混ざり合っている。生演奏は、同じことは二度と繰り返されることは無い。そういうものなのだ。

    じゃぁ、ここで僕にあったそんな偶然を一つ。僕は高校のときバイトをしてなかったので全然お金が無かったのだけれど(今は働いているのにお金が無いけれど)、当時部活で着替えるとき、必ずズボンの左後のポケットに時計を入れていた。その日も多分部活があったはずだ。部活が終わった後、カラオケに友人に誘われたが、お金が無いから断った。(高校生なんてみんなそんなもんでしょう?)
    そんな折、ふとズボンの左後のポケットにあったはずの時計を探したけど見つからない。代わりに出てきたのは5,000円札だった。まぁ確かにそれ位の価格で親に買ってもらた時計だった。
    その時計はその後も出てこず、僕はその5,000円から1,000円を使って本屋で別の安い時計を買い、4,000円でカラオケとボーリングを楽しんだ。時計がお金にトランスフォームするわけは無いと思うのだけど、偶然的に必要になった際に等価交換が行われたような、そんなことが起こったの... 続きを読む

  • 【読み終わりの勢いで戯言】
    特に「ハナレイ・ベイ」は、オカルト的要素とハワイという特異な土地が舞台であることが原因してか、よしもとばなな的な何かを感じずにはいられなかった。短編であることも関係して、大抵の村上作品よりもテンポよく、さくさく読めて、これまたよしもとばなな的な何かだった。
    「品川猿」もどちらかといえば、彼女の作品を読んでいるときと同じような、浮遊感を覚えた。自分の名前を忘れがちになってしまう主人公の心の奥底にある、自分でほぼ完全に閉じ込めてしまった「家族からの愛の欠如」という孤独。それをこじ開けられて、何か救われるわけでもない、それどころか、小説が閉じようとするところから戦い始めなければならない、という強烈さ。ああ、でも、この、結末に救いが無くて、「ここからが主人公の勝負どころなんだ」っていうのは、よしもとさん流の穏やかな救済で終わるってやつとは違うし、典型的な村上春樹流だな。新潮文庫の年譜的には直前の「海辺のカフカ」の少年の旅の終わり方も、東京に戻ってからが本来はドラマチックなのだ。出来事のドラマ性より、心情のドラマ性を浮き上がらせて頭の中で映像化出来るレベルまで持って行ってしまう、それが小説として究極なんじゃないかな、と考えたりするたちなので(簡単に映像化出来るものなら、すぐにドラマや映画の監督さんに持って行かれちゃうじゃないですか、読者的に質が下がろうが上がろうが、とりあえずは。そうしたら、頭の中で物語の描写を想像して自分なりに造り上げていくというプロセスが要らなくなってしまうわけで。それは寂しいし。本を読まない人間は楽して、仮とはいえど完成した世界を見ることが出来てしまうわけで。逆にいえば、もしも映像というエンターテインメントに完全に代替出来てしまうような作品だったとしたら、簡単に活字よりも映像の方が優れている!ってことになってしまうっていうか、、、ああ、混沌としてきた、めちゃくちゃになってしまうから、閉じておきます)兎に角村上春樹作品によく見られる結末、大好きなんです。
    さて、そうだ、具体的なエピソードが類似しているわけではないにしても、全体的によしもとばななさんの短編集「デッドエンドの思い出」と同じ雰囲気があるんだなあ。勿論「東京忌憚集」は村上節全開なわけで、彼の文章・世界観なのは間違いないわけで。だけど、何らかの「喪失」とそこから生まれる思いがけない「感動」だとか「慟哭」といったものが描かれていること、その温度感、何かあるのですよ。村上作品というと、主人公が何でもかんでも、四六時中哲学的に考えている、性格こそふわふわ「やれやれ」系でも、強烈に頭の切れる野郎さんばかり、という印象があったので、新鮮でした。そうそう、これが言いたかっただけなのです。いつもの「やれやれ」「メタファー」の世界と逸するものがあったので、新鮮だったのです。それだけの話だったのです。
    そんなわけで、随筆を除くと新潮文庫の既刊は残すところ、最新刊の1Q84のみとなりました。
    超長編であること、恐らく久しぶりの「THE村上ワールド」ど真ん中であること、からして、受験を全て終えて肩の荷がおりて、時間が有り余るようになってから読み始めた方が良さそうだな。村上さん、暫しのお別れです。

  • 彼の作品は夢みたいだなー、と思う。
    夢の中では色んな現実的ではないこともたくさん起きるけど、いざ夢の中に入り込むと、何の違和感もなくそれが理路整然としているように思える。私がこの本を読んだときの感覚はそれと似てる。

    文章が美しく、それでいて抜け目なく、その完璧な世界観に吸い込まれてしまう。
    手に取るようにそこを感じられ、欠落や落ち度によってその世界から抜け出す隙を与えない、美しくて綿密な文章。
    彼の文章は危なっかしさがまるでなく、その世界を居心地良く堪能できる。
    また彼の世界観に一足踏み入れると、そこにあるべきものがすっとあるように感じてしまう。ストーリー展開は全く読めないのに、そうだと言われれば、もともとそこにはその展開以外は有り得ないように感じてしまうほど、すっと入ってくる。

  • どの作品もストーリーはもちろん秀逸なのだけれど、それよりもあるシーンのイメージが心の中に余韻を残し続ける。池に投げた石の波紋のように。
    例えば、1作目の「偶然の旅人」からは、静かなカフェで本を読むという風景が。
    それもただの穏やかな1シーンとしてでなく、何かの展開をはらんでいるかのように。
    そして、自分がカフェで本や雑誌を読みふけっている時に、ふと思い出すようになった。
    この何ということもない日常は、ある時、思わぬ方向に転がり始めない確率はゼロではない、と。
    http://big-river.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-bc05.html

  • どうしていいかわからなくなったときにしがみつくルール
    ・最後の話で、彼が「申し訳ありませんでした」と語るところで思わず笑う

  • 肉親の失踪、理不尽な死別、名前の忘却...。大切なものを突然に奪われた人々が、都会の片隅で迷い込んだのは、偶然と驚きにみちた世界だった。孤独なピアノ調律師の心に兆した微かな光の行方を追う「偶然の旅人」。サーファーの息子を喪くした母の人生を描く「ハナレイ・ベイ」など、見慣れた世界の一瞬の盲点にかき消えたものたちの不可思議な運命を辿る5つの物語。

  • はじめて村上春樹を読んだ。
    『東京奇譚集』という5編の短編を収めた本だ。

    奇譚と銘打っているが、そこまで変な話ではなかった。
    猿が喋るという話はかなり変なのかもしれないが。
    でも、幻想文学やファンタジーが好きな僕としてはやや期待はずれ。

    各話短くまとめてあるのでそんなに感動するものでもないし、面白くないわけではないが、すごく印象に残ったわけでもなかった。
    スマートな表現をする人だなぁとは感じたが、それが逆にクールな印象で、あ、クールと言っても「イケてる」じゃなくて「冷めてる」感じかな。
    読後感はあまりよくはなかった。
    もっと胸にじわりと染み込む話の方が好きかな。

    ノーベル文学賞の候補と言われている人の小説なので期待が大きすぎたのかもしれない。
    いや、僕の文学的センスが酷いのかもしれないな。
    彼の文章、世界観には特に惹かれるものはなかった。
    もっと酷く言うとツマラナかった。
    こう言うと自分が如何に文学がわかってないかを告白しているようで悲しくもある。
    でも、素直にそう感じた。

    彼のもっと評価されている小説を読んでみたいと思った。
    『ノルウェイの森』とか『海辺のカフカ』とか。
    そしたら何か感動を得られるのかもしれない。

  • 久々に村上春樹が読みたくなって、パラパラっとめくっていたら、読み出して止まらなくなった。
    ありそうで無いファンタジー…村上春樹ワールドじゃ~

  • 読んでてなんか不思議な感覚に包まれるような。目の付け所がどの作品も新鮮。おもしろかった!

  • 驚くべき完成度。
    村上 春樹は、初めて読んだがもっと早く知るべきだった。
    と思ったけれど、伊坂幸太郎を先に読んどいて良かったと思った。

    伊坂幸太郎は伊坂幸太郎でおもしろいのだけど、
    村上春樹には同じエンターテーメントにしては、
    腹の内をつく面白さがある。
    と思った。

  • この短編集不思議です。実際にあった話だというから驚きます。

    読み終わった後に震えがきました。

    “怖い”というのとは違って、“ほー”っという感動が沸き上がってくる短編集です。

    登場人物がピアノ調律師や音大出身とか音楽と関わってる人が多くて勝手に共感していました。

    一つ一つが深い内容です。

  • 090210 東京行きの新幹線の中で東京奇譚集を読む210の日のニート。これ面白かった!短編の一作一作が充実してた。

  • ハナレイ湾がお気に入りです。村上春樹作品にしては自分的にすごくあっさりと読めた短編集。
    やっぱ才能だなー

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肉親の失踪、理不尽な死別、名前の忘却…。大切なものを突然に奪われた人々が、都会の片隅で迷い込んだのは、偶然と驚きにみちた世界だった。孤独なピアノ調律師の心に兆した微かな光の行方を追う「偶然の旅人」。サーファーの息子を喪くした母の人生を描く「ハナレイ・ベイ」など、見慣れた世界の一瞬の盲点にかき消えたものたちの不可思議な運命を辿る5つの物語。

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