吉野葛・盲目物語 (新潮文庫)

  • 364人登録
  • 3.45評価
    • (17)
    • (29)
    • (75)
    • (6)
    • (0)
  • 27レビュー
著者 : 谷崎潤一郎
  • 新潮社 (1951年8月14日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (184ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101005065

吉野葛・盲目物語 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 溢れる変態ぶりを、見事な筆の力を持ってして哀切匂い立つ美しい物語群へと化けさせている好例作品群の一つ。

    匂い立つような豊潤な文体で、ありありと瞼裏に浮かぶような精緻な情景と間接的な官能性をしみじみと読み手に感じさせる点においては抜群の安定感で右に出るものなしです。恐るべし、谷崎潤一郎。

    「盲目物語」
    盲目のあん摩師が、信長の妹にして浅井長政の妻であるお市の方とその娘お茶々の悲劇的な運命を語りながら、秘め続けた懸想を語る物語。
    盲目のあん摩師故に、お市の方の美や内面の苦悩を、彼女の変化する肉体への接触を通じて想像するところなんか、一歩間違えれば、ただの暗いエロ妄想告白に終わりそうなものなのに、それをいかにも切々と美しく書けてしまうところが谷崎。
    味方を裏切って秀吉側の間者と通じたのに、柴田勝家と運命を共にするお市の方を助けることに失敗。絶望にかられているところに、お茶々を背負わされ、その肉体の感触に、恋慕の対象をお市からお茶々に乗り換えて無我夢中で彼女を助けて生き延びちゃう軽薄ぶりが美しく思えるように書かれているところもさすが谷崎。

    「吉野葛」
    いい歳した男のマザーコンプレックスを、奈良吉野の謎多き浪漫溢れる様々な伝承と古典芸能に絡めて、美しく情感溢れる思慕の物語として描き逃げてしまうところが谷崎。変態芸術家ここに極まれり。

  • この本で谷崎潤一郎の良さがようやくわかった。日本語がとてもきれいだ。ふくらみがあって澄んでいる。谷崎から影響を受けたという作家たちの文章はにょろにょろしていることが多くて、じゃあ本家の文体も苦手に違いない、と思い込んでいたのだけれど、それを解くことができてうれしい。

    「吉野葛」は秋の吉野が舞台なので、秋に読むともっといい。まだ夏も来ていないのに、紅葉の山里の空気の匂いがしてくる。「盲目物語」は、お市の方の生涯が谷崎フレーバーで語られている。彼女が理由で事態が動きすぎでしょうと思いつつ、うつくしい物語を堪能した。

  • 谷崎潤一郎の中期の名作"吉野葛"と"盲目物語"を収録。"吉野葛"は谷崎らしい作品だと感じました。幼くして亡くした母への息子の追慕を扱う点で後期の"少将滋幹の母"を思い出した。本人ではなく、第三者の友人を主人公にしている点が面白かった。吉野の自然や人の暮らしの描写も紀行文的な雰囲気が良かった。一方、"盲目物語"は歴史小説です。織田信長の妹、お市の方の波乱の人生を仕えていためしいのあんまが感じたことや聞いたことを話すという形式で第三者を通して語らせています。やはり日本語の選び方が綺麗で、読んでて気持ちがいい。

  • 「吉野葛」は、なんということはないのに、なぜか読み返したり、内容を思い返したりしたくなるという、自分でも不思議な位置づけの小説。

  • あらすじは、お市の方に長年仕えた盲目の男の独白。浅井家に奉公し、お市の近くに仕え、やがて浅井が滅亡し、お市が柴田勝家に再縁して、その柴田も滅び、豊臣も滅び……といった歴史が男の視点から語られる。私の脳内では長政が完全に無双のサラサラ金髪でトンガリのアレなのでニヤニヤしながら楽しめた。

    「吉野葛」での時間遡行や追想が伝説や創作の域を出なかったのに対し、「盲目」は、作者(谷崎)が資料で知ったことが、作中では男の体験として語られる。「蘆刈」のようにある女性を貴びながら物語るのだけれど夢幻の彼方には行かず、男は現世にとどまり続ける。
    というよりは取り残される。

    男にとってはお市に仕えることが何よりの幸せだったのに、勝家とお市が自害する段になって欲を出してしまったために、お市には取り残され、第二のお市である茶々には遠ざけられ、俗世に埋もれることになる。「蘆刈」の男は夢幻に消えたが、「盲目」の男にそれは許されなかった。

    男は自分で「お市の方の傍にいられればそれでいい」と言っているけど、読めばわかるが男はお市を好きだったのよね。それはお市をどうにかしたいという愛情ではなくて、愛する貴人の傍にいつまでも仕えて、時に得意の唄や三味線で慰めて差し上げたい、という愛。

    だから男はお市を生きながらえさせようと間者の策に手を貸したわけだし、お市の死が定まって、それに従って果てようとしたその時、茶々の救出を任せられて、生きている第二のお市である茶々に仕えたいと願って生き延びてしまった。
    その時にお市と共に死んでいればあるいは死後も傍に仕えられたかもしれないが、逆臣の罪を背負って生き延びたために、今更死んでもお市の傍には寄れず、生きていても茶々ら娘たちに憎まれて居場所がない。

    そうして俗世を漂いながら年老いていく。豊臣も滅亡し、家康も死に、時代は徳川の世である。男と同じ時間を生きた人間は殆ど亡くなり、あるいは遠いところに行ってしまった。

    男は独り、在りし日を懐かしむのみである。

  • 「吉野葛」は大好きな作品です。主人公の男が吉野に旅をする、というだけの話なんですけど。「盲目物語」は少し読みにくい文章になっています。これは語り手の教養の低さを表すためにわざと平仮名を多用しているせいなのですが、漢字と平仮名が両方あっての日本語なんだなあ、と思わせてくれます。日本語の表記をローマ字だけにするなんて却下です!

  •  同じ時期に書かれているので文庫本ではドッキングされているが、片方は紀行随筆でもう片方は盲人による説話とまるでタッチが違います。井上靖の巻末解説のほうが出来が良かったように感じたというのがなんともはや。
     さいわい盲人物語は登場人物を官職名も含めてほとんど知っていたので不思議と私はつっかえなかった。吉野葛はあのあたりに住んでいる人にはピンとくるのかも。 ある程度谷崎潤一郎に慣れた中級者向け

  • 風景と古典を二重写しにして、現実と虚構のあわいたる「現実」を描写する紀行文的作品「吉野葛」。幻想文学。

  • 現代と戦国期を並べたのは、谷崎の意図だろうか?どちらも違った意味での郷愁を感じる。お市といえば、かつて光秀の娘・玉子が細川家に嫁ぐ際、戦国の世の女の定めを説いたと言われているが、その意味を深掘りしたくて、お市の生き様に興味を持っていた。それを盲目の尼僧が語るというのが斬新で、一層物悲しさを引き立てる。

  • エッセイ・吉野葛と歴史小説・盲目物語の二編。盲目物語はひらがなが多く凄く読みにくかった…。谷崎は言葉の選び方、表現が相変わらず綺麗だなと思う。2013/144

  • 久しぶりに谷崎を読みたかった。


    注釈がうざかった。

  • 久々に谷崎読みたくなって読んでみました。
    相変わらず文章が綺麗で世界には浸れますが、結構疲れました。
    「盲目物語」のほぼ平仮名文体は参りました……そりゃ、語り手の思考は平仮名なので当たり前なのでしょうが、これを読むとなると……

  • 先日『告白』を読んでソレについて色々見ていて、であの『沈黙』も同じく受賞していることを知った。
    『沈黙』は今年度最も大きな衝撃を私に与えた作品だ。
    そのすばらしい2作品に冠を与えたのが谷崎潤一郞賞。
    はっきり言って賞の善し悪しは私にはよくわからんが、気分的にその賞の名となっている谷崎を久しぶりに読みたくなった。
    大谷崎と言われる日本文学界の大御所、珍しく長生きな作家である。
    ほんと久しぶりに読んで改めて思ったが、耽美ここに花開く、である。
    ワイルドや三島のような陶酔はないが『陰翳礼讃』の作者らしい日本的でつつましい美観を描かせたらやはり最高峰だろうと思う。よく言うと谷崎とは他の作家とは一線を画するすばらしい熟成を持っているのだ。



    収められているのは2つ。そのうち昔どちらかを読んだのだが、残りの一篇が未読だったのでこの本棚には収めなかった。
    おそらくそのうちの未読の方『吉野葛』は谷崎の旅行記的な物語。大和の吉野を題材にしている。これはまた珍しい内容だなっと私個人の既読谷崎の系譜では感じる一篇だが、実際長い作家生活の中で谷崎はいろんな種類の文章を残しているので実際はそんなに物珍しいものではないようだ。ただの旅行記に耽美とはなんぞやってはなしだが、この物語には谷崎らしい母を慕う思いが練り込まれている。筆者の旅の案内人の友人:津村が若くして母を失っているのである。そしてその母が紆余曲折の人生を歩んでおり、その道をたどると本編の舞台である吉野にたどり着くってことが絡めてある。
    いやはや谷崎先生お得意の母に対する思いを題材にした物語。私個人は『少将滋幹の母』は世界的にも有数の母恋し物語だと思っている。それを踏まえての、らしい一文をとりあえず引用してみる。


    【しかし自分が奇異に思うことは、そう云う風に常に恋い慕ったのは主として母の方であって、父に対しては左程でもなかった一事である。そのくせ父は母よりも前になくなっていたから、母の姿は万一にも記憶に存する可能性があっても、父のは全くない筈であった。そんな点から考えると、自分の母を恋うる気持ちは唯漠然たる「未知の女性」に対する憧憬、―――つめり少年期の恋愛の萌芽と関係がありはしないか。なぜなら自分の場合には、過去に母であった人も、将来妻になるべき人も、等しく「未知の女性」であって、それが目に見えぬ因縁の糸で自分を繋がっていることは、どちらも同じなのである。蓋しこういう心理は、自分のような境遇でなくとも、誰にも幾分潜んでいるだろう。(中略)だから自分の小さな胸の中にある母の姿は、年老いた夫人ではなく、永久に若く美しい女であった。】


    らしく、それでいて美しい考察がされている一文だ。この物語でこのレベルだ。『母を恋ふる記』ってどんなことが書いてあるのやら……。
    引用したとおりに今回は近代に置き換え、非常にすんなりと編んでいるが、それがまたすばらしく、こまやかな配慮が美しい。オチも非常にすんなりと描かれているし、おまけにユーモアまでしっかりと込められている。
    読み始めはなんだかめんどくさいな、なんて思っていたが、読み終わって、やっぱりすごいな、っと関心してしまった。
    やっぱり久しぶりに読むとこういう作家の実力ってひしひしと感じる。いや大先生になんたる口の利き方、って話だが。いやはや母を書かせたら絶品な谷崎先生。すばらしい。



    で、もう一つが『盲目物語』これは盲目の按摩が織田信長の妹であるお市の方に付いて私たちに語る口調で書かれている物語。
    口調が古めかしいので状況が多少、現代文よりは読み取りづらいのだが、どういう訳かするすると読める物語。まるで流れるような文章なのだ。
    お市の方の人生はなかなかの波乱に満ちており、その波乱の元となる戦国時代の人々の動きも思いの外細かく描かれている。
    茶々や最近の大河の主... 続きを読む

  • 「吉野葛」は深い歴史に包まれた吉野の旅を綴った随筆風小説。同行する友人、津村の生い立ちとそれにつながる恋の話を吉野の風景に重ねている。情緒を解する心が乏しい私には、前半はちょっとしんどかった。後半盛り上がってくる津村の話には、谷崎お得意の“母への思慕”がいい感じで醸し出されている。
    「盲目物語」は、織田信長の妹で浅井長政に嫁した戦国時代の女性お市の方の生涯を、彼女に仕える盲人の語りを通して描く。いわゆる美しい文体なのだろうけど、登場人物は多いし平仮名だらけだし読みにくいのは事実。雰囲気的には結構好きだ。
    「春琴抄」

  • 谷崎離婚後初めて書かれた吉野葛。私生活だけでなく作風も新境地開拓の一昨品。

  • 作者が必死に練りこんで書いたというよりも、長年温めてきた題材をたまたまこの時にふと思いついて作品にしてみたのでは、と思えるような、心にじんわりと刻み込まれるような2つの中編。『盲目物語』は織田信長の妹であり淀君と徳川秀忠御代所の母であるお市の方の半生を描いた作品です。

  • 美しく、艶めかしい描写。
    見えるということ、見えないということは表裏一体である。

  • 手元にあるのは古い装丁の方の新潮文庫。「吉野葛」は田舎の自然描写や熟柿の描写が印象的。

  • 12/9
    様々な手法を使い分け、作者の匿名性が高まる。

  • 盲目物語が面白かった。
    春琴抄はちょっとまた別だけれど、谷崎の時代物と言っていいのか分からないけれど、江戸以前を舞台にした小説が特に好き。

    2002年7月19日読了

  • た-1-5 2冊あり

  • 著者が追い求めた「母」を色濃くテーマにしたもの

  • 盲目物語を読んでみたくて借りた。4歳のときに両目の視力を失った語り手が、信長の妹で、浅井長政の妻お市の方の悲劇的生涯を中心に、戦国時代を生きた人間を書き出している。この文章はひらがなが多いが、それは語り手の教養の低さをあらわしているのかなと思う。だけど、ひらがなが多くて若干読みにくい。

全27件中 1 - 25件を表示

吉野葛・盲目物語 (新潮文庫)に関連するまとめ

吉野葛・盲目物語 (新潮文庫)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

吉野葛・盲目物語 (新潮文庫)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

吉野葛・盲目物語 (新潮文庫)のKindle版

ツイートする