人間失格【新潮文庫】 (新潮文庫 (た-2-5))

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著者 : 太宰治
  • 新潮社 (2006年1月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (185ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101006055

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人間失格【新潮文庫】 (新潮文庫 (た-2-5))の感想・レビュー・書評

  • 太宰の思想と人生、祈りが色濃く反映された
    自伝的小説「人間失格」。

    「恥の多い生涯を送って来ました。」
    あまりに力強いこの一文だけで圧倒される。

    人生の本質や普遍的な人間の罪、弱さ、
    愚かしさ、美しさ、愛情、恐怖を
    すさまじいまでの集中力で落とし込み
    苦悩と解放の間でもがき書ききった太宰。

    根拠のない自己肯定のできる人間たちに戦慄し、
    傲慢の醜悪さに苦い思いを抱く。

    苦しみから逃れ、享楽的に生きることの
    愚かしさを人生を持ってして示し、
    暴力的な時代への嫌悪を嘆き、
    実体のない世間へと祈りを込めて矢を放つ。

    麗しくも恐ろしきは浮世なれ。
    人の世を憂い、時代に絶望しながらも
    それでも生涯求めてならなかった人間への
    長い長いラブレターに思えた。

  • この男はヒドイね、ほんとダメだね。
    超ネガティブ、超後ろ向き。
    でも、超純粋で超ナイーブなんだなぁ、きっと。
    女性にもてるのは解る気がします。
    放っておけず、あなたを解かってあげられるのはわたしだけ、と錯覚させてしまう魅力はあるよね、なんか。

    太宰の自叙伝といわれる遺作、底知れぬものを感じます。
    巻末の解説がまたすごい。
    他の太宰作品未読のわたしには深すぎる・・・
    確か高校のときに読もうとしてあまりの暗さにやめてしまった気がするけど、あの頃のわたしにはこれは読めないわと思うのであります。

    何で突然太宰治なのかというと、今年の読書目標として
    「月にひとつ、文豪の作品を読む」と決めたからです。
    今まで気になりつつも、なかなか手を出せなかった領域に踏み込んでみようと。
    そして、誰のどの作品を読もうかいろいろピックアップしているうちに今月も終わりに近づき、いちばんメジャー感のある「人間失格」を手にしたという次第です。

    文豪(あくまでわたしの考える)って、誰を読んだっけ?と考えると
    芥川龍之介や宮沢賢治は児童文学で数作品読んで、あとは夏目漱石を読書感想文の課題で読まされたくらいか。
    吉行淳之介はあんまり文豪ぽくないけどけっこう好きで何冊か持ってます。
    あとは現代の文豪村上春樹とかね。
    外国文学となると、ミステリーか児童文学ばかりだしな。

    そんなこんなで読んでみたい文豪作品リストがずいぶん長くなったので、数年かけてぼちぼち読んでいけたらいいなぁと思います。


    「人間失格」ハマリはしないがおもしろかったです。
    一度で理解できたとは到底思えないけど、読み終わって改めてこうして感想を書いていると何かがじわじわ来る。

    “ただ一さいは過ぎて行きます。 
    自分がいままで阿鼻叫喚で生きて来た所謂「人間」の世界に於いて、たった一つ、真理らしく思われたのは、それだけでした。”

    ラストの無常観はすごい。

  • 人間失格、読んでいなかったのである。
    ひねくれ者の私は、あまりにも有名な「恥の多い人生を送ってきました」を読む機会を逸して、今の今まで読めずにいたのである。

    しかし、読んでみて「ああ、やっぱり凄いなぁ」と思った。
    もしこれを私が高校生のときに読んでいたら、間違いなく今よりずっと太宰ファンになっていただろうと思う。
    逆に言えば、今の私はこれを、一歩引いて読んだのかもしれない。

    この本の感想を一言で言うと、「憐憫」。物語として、お話としてのきれいな哀れみ。
    途中途中で心臓をぎゅっと締め付けられるような描写や気持ちは、たくさんあった。「ああ、自分と同じことを思って生きている人がいる・・・」というような。
    しかし、それ以上に、太宰は悲しいくらい芯から道化だったのだな、という思いのほうが全てを読み終えた今では強い。
    それは物語の冒頭の「恥の多い人生を送ってきました」よりも、最後の最後、「神さまみたいないい子でした」に、よく表れていると思う。これを読んだとき、私は、あ、このお話は一種のファンタジーだったんだ、と思った。太宰もそれを痛いくらいわかっていて、だからこそ主人公の手記が、他の誰かの手に渡ったという形にしたんだ・・・と。

    この「神さまみたいないい子でした」を読むまで、私は『人間失格』は太宰の叫びなのかな、と思っていた。
    しかし違ったのだ。確かに叫びでもあったけれど、それ以上にこれはおとぎ話だったのだ。少なくとも、太宰にとってはそうだったのではないかと思う。ちゃんちゃらおかしい話。どこかの誰かが残した、本当か嘘かもわからない、哀しくてきれいなお話。
    太宰の絶望は『人間失格』よりも、もっともっと深かったのではないかと思う。けれど彼は、その持ち前の「道化精神」から、どうしてもその絶望をありのままに書けなかったのではないか。ありのままに書きすぎたら、読者に申し訳ない。読者に気に入ってもらえない。それに、なんだか、一人でもうダメだダメだと言っているようで恥ずかしい(自分では、もう何もかもダメだとしか思えないんだけど)。
    だから、「人間、失格」ですら彼は「おとぎ話」にしてしまったのではないか、と私は思う。本当は太宰の絶望は、これ以上にずたずたに脆くて、打ちひしがれて、繊細だった。けれど、その繊細さが、彼は恥ずかしくて申し訳なくて、たまらなかった。だからより一層、辛かった。

    そういう意味で、『人間失格』は太宰の道化精神を痛いくらいに表した、とてもきれいな「おとぎ話」だと、私は思ったのだった。本当の絶望は、自分の気持ちすらフィクション(作り物)としてしか認められないこと、なのかもしれない。

  • 人間失格。
    人間に合格も失格もあるものだろうか。
    堕落し道化に成り果て、追従ばかりになり、生きるのが辛くなればなるほど、それこそが人間なのではないか。
    と、するなら、人間失格者はもっとも人間らしいのかも知れない。

  • 太宰治は色々な評価があり、色々と言われている作家ですが、結論を言えばわたしはこの人間失格という本に65%くらい共感して感銘を受けた。もうすごく言いたいことも分かるし、あなたの絶望も分かるし、あなたの明るさの陰に隠れた卑屈な臆病な心も分かると全肯定したくなる。わたしだけがあなたを分かると言いたくなる。そんな不思議な魅力を持った人物。残りの35%は、わたしはここまで行ききれないという気持ち。ここまでは、世を捨てられないし、ここまで絶望はしていない。レベルが違うと悲しくなる。隔たれている、と感じるのが35%だった。
    しかしどちらにしろ、ひどく魅力的な本。それよりも嬉しいのは、この本をすきと言う人が日本中にたくさんいること。わたしと同じように太宰治を捉えるひとがたくさんいるということ。それだけでよし生きてみようという気持ちになる。

  • もっと早く読んでおきたかった。ひとつ怠を覚えるとみるみる転げ落ちるのよ、と素直だった頃の自分に教えてあげたい。自分を好きになるためには服飾や仕事ではなく、結局は自分を好きになれる行動を積み重ねるしかないのだと感じた。

  • 初めてコレを読もうとしたのは、中学生の時。薄っぺらいから簡単に読めるだろうと思ってたのが間違いだった。意味分かんない、全く頭に入ってこず、速攻投げたのである。
    ところが、最近プライベートでうまくいかずモヤモヤして、人生もう嫌んになってきた時、ふとこの「人間失格」が思い浮かんだ。そして、再度、読んでみた。
    すると、今回はスラスラと読める。しかもそれは、その言葉1つ1つが胸に突き刺さってくるのだ。そして思わずページをめくる手が、何度も止まる部分があった。これは自分じゃないか、そんな錯覚に襲われて、衝撃を受けた。
    絶望、失望、苦悩、葛藤、罪、とにかく人間の奥底にあるであろう、人間の闇が詰まっている。それらを見てるうちにふと、これはこれは自分だ、と思うのではないだろうか。そのググッとエグられる場面は、読書の年齢や職業、現在の境遇などによっても変わるだろう。
    この小説は、最初と最後に登場する「私」と、手記を書いた「葉」の2つの視点で展開される。語りかけてくるような文体は、あたかも太宰が耳元で囁きかけてるような感覚に陥る。距離が近いのだ。これがより没入感を高めてくれる。
    わずか300円程度の文庫でまさか、こんなにも衝撃を受けるとは思わなんだ。その衝撃はあまりにも大きく、大げさにいえば人生を変えた、いや人生を見つめ直す機会をくれたと言った方がいいかもしれない。人生の節目節目で、何回も読んでみたいと思った。
    この本は「猛毒」である。この毒を少しでも心地良くいいなと思ってしまったら、それはもう太宰ワールドに引きずり込まれた証だろう。そんな奴がここにも1人居る。

  • 太宰治がツイッターやってたら絶対フォローする

  • 新年最初に読むのはこの本しかない。
    何度読んでも、色褪せない。

    今年は堀木に注目して読んだ。


    10代の頃は、読めば泣いたり暗くなったりしていたこの本も、いつの頃からか、もう、太宰ったら、かわいいやつめ、という気になるのだから。

  • 一見世の中の全ての事象についてどこからか冷めた目で俯瞰しているようにも見えるが、
    そればただ自分自身を偽り悟られたくなく、それらを意識していたのだが、欺瞞していく中身で自分の脳さえも欺き、
    およそ世界に興味のあるが無くなってしまったかのように主人公が見えた。

    自分が傷付きたくない、傷つけられたくないという思いに駆られ、一見楽な道をを歩んでいるかのように見え、
    じつは凄絶な人生の中を歩んでしまっていた。

    節目節目で転換期となり得る場面があったのだが、持ち前の皮肉さとそれにつられたウンメイとで、
    やはりとも云うべきか、逃してしまう。

    自分の内面が外界に与える影響、外界が内面に試練を与え、それにどう反応するかで、
    人生というものが決まっていく。

    そこには深い因果関係があるようで非常に揺蕩たっている。
    そんな感想をもった。

    他、こんな比喩もあるんだと感心した。

    「牛が草原でおっとりした形で寝ていて、突如、尻尾でピシッと腹の虻を打ち殺すみたいに、
    不意に人間のおそろしい正体を、怒りに依って…」


    あとは「レギンス」という名称は最近出来たものばかりと思っていたが、まさか「人間失格」に出ていたとは思わなかった。
    http://profile.livedoor.com/book_dokushonikki/

  • 刀の切っ先が
    自分にぴたっと向けられているようで
    どうも落ち着かない。

    これから逃れるために
    できるだけ沢山の人に
    同じ思いを味わってもらいたいと思います。

    誰かにおすすめの本はと聞かれたら、
    本書を推そう。
    戦略的に★五つです。

  • 人間は表と裏があり、その恐ろしさはひどいものであるという主人公の見方には共感できる。主人公について考えてみると、やはり、彼自身も人間を恐れながらもどこかで見下している。ニーチェっぽい考え方から、こいつには道化程度で充分だという他人の見方こそが、他の数多の愚行以上の人間失格にふさわしいものだと思う。人は自分が思っている以上に自分の素が出たりするし、それに他人は気づいている。悲しい事に、この様に彼を必死になって批判しないと気が済まないのはやはり、読者である自分にも彼の様な部分があるからだと思うし、この作品の主人公をむきになってこきおろしたり嘲笑ったりする人には彼との何かしらの共通点を持っているはずだ。
    一つ面白いのは、彼の世間についての見方だと思う。世間とは個人であり、いかなる心配も過剰に過ぎないという彼の吹っ切れは辛い時に読むと元気が出るに違いない。

  • 好きか嫌いか言えば、小説「人間失格」は好きで「葉蔵」は嫌い嫌いだいっきらい。葉蔵のその先へ踏み出したように思われる太宰治が書いた人間失格だから、好きになれるんだと思う。きっとどんな悩みを持ったとしても、葉蔵からは自己愛しか感じなかったかもしれない。幼少期からずっと、分かる(と思っている)気持ちが多すぎるが故に、気持ち悪いの!あー、駄文!(この感想が。)

  • 「人間失格を読んで自殺した人がたくさんいる」と本当かどうか知りませんが聞いたことがあって、人生に絶望するような内容が描かれているのか、と思うとそうでもなく、「自殺も悪くないな」と読む人に思わせるような本だと思いました。
    美化されているのではなく、主人公かただただ純粋に描かれているという印象。
    さすがは太宰、という感じで、文面からして面白く楽しく読めました。

  • 毎回テンポよく読み終わる。話の内容から重たい作品などと言われることが多く敬遠されがちのようだけれど、この作品にも主人公の人生にも嫌なかんじをうけない。そして確かにじっとりとした感じはあるけれど気にならない。主人公の人生は本当に恥の多い人生だったかと考える。わたしはそうでもないのではないかと思ってしまう。少なからず誰もが自分の人生を振り返ったとき恥の多い人生だったと思うのではないかと。それでも主人公の人生は激しいものであったとは思うけれど。大好きな作品です。

  • ああ。読んでしまった。


    表紙カバー裏に太宰の略歴が書かれていて、「戦後、『斜陽』などで流行作家となるが、『人間失格』を残し山崎富栄と玉川上水で入水自殺。」と締めくくられ、文字通りの遺作は、その次のページから、あまりにも有名な一文目に始まり、自己への反省、批判、嫌悪、羞恥、後悔、あらゆる否定に満ち満ちた文章を連ねていく。やっぱり新潮文庫はオシャレだ。

    僕は、不思議なことだけれど、この、行間から漂う絶望、「人間」として生きることに対する諦観のようなものたちに対して、居心地の良さのようなものを感じてしまっていた。それはやはり、表面的に「道化」を演じ続ける一方で、内なる空虚を抱える主人公に対し、どうしようもなくシンパシーを感じていたからじゃないかとおもう。それが、人間、なのかもね、みたいな。彼は「廃人」として自らに人間失格の刻印を押している(もしくは押されたと評している)が、酒や薬物の中毒に陥るまでか否かという「程度」の違いであって、根源的にはみな、人間は、「人間」失格なのではないか、とおもってしまう。

    読んでしまった、というのは、こうして自己を否定することで人間は純粋で、妥協せずに、「人間」らしくいられる印象を、自分が抱いてしまったからだ。自分の目を通せば、ヒラメや堀木と言ったような周囲の人々よりも、主人公が、よっぽど「人間的」に見えたからだ。こうなってしまっては、自分に自信を持っている人間や、現状に満足しているような人間を見たり、そういった人々の本を読もうとすれば、違和感や疎外感を覚えずにはいられない。おそらく僕は、彼に、感化されてしまったのだ。

    解説によれば、太宰をその人にとって特別な存在として位置づけ評価する人々もあれば、その文学を全否定し認めようとしない人々もいるのだそうだ。言うまでもなくそういう意味で自分は前者だろうが、後者のような人々が存在することも確かになあと思う。そういう人たちにとっては、むしろ太宰こそが傲慢な人間に思われるのかもしれない。たぶんだけど、そういう人たちが批判するよりも、太宰を愛読する人が彼の文学の「よさ」を表現するほうが、よっぽどむずかしいんじゃないかとおもう。少なくとも僕は。事実今このレビューでさえ不完全燃焼感でいっぱいだ。もうちょっとこの花火燃えるはずなのに!根っこのほう湿気ちゃってるよ!みたいな。何の話だ。

    いつかもう少し大人になったときに、また読み返そうとおもいます。

  • 自らをちゃんと見つめ、理解していた人の物語ではないだろうか。この人は自分自身にとって誠実であった。そして自分の罪から逃げるために酒・薬に走ったのではないか。
    あと罪のアントは死だと思った。

  • 【Memo】

    色々悩んだ時期に読んで自分はまだまだやっていけるなと、

    むしろ勇気をもらった一冊。

    「自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです…
    自分の幸福の観念と、世のすべての人たちの幸福の観念とが、まるで食い違っているような不安…自分ひとり全く変わっているような、不安と恐怖に襲われるばかりなのです…そこで考え出したのは道化でした。」

    幼い頃からこのようなことを考えて育った主人公。
    成長してからも、どんどん人生の暗闇から抜け出せなくなっていく。

    人間の精神的に極限の状況を太宰自身の経験から描いているため、
    人が何に悩み、何に苦しんだのかということが生々しくも克明に分かります。自分自身共感できるとこともあり、きっと誰もが考えることなのではないかと思います。しかし、あとはそれをどう捉えるかが問題のような気がします。

    落ち込んでるときにこそ読むと

    自分自身を客観視できて新たな発見があると思います。

  •  実を言うとそんなにグッとこなかったのだが、作者の気迫に負けて★5つ。
     自分なんてダメなヤツなんだ、と言うヒトは大概、他の人に「そんなことないよ!」と言ってもらいたいから言うのだと思う。自分を卑下しているようでいて、実のところ他の人に許してもらいたい、慰めてもらいたいというエゴが潜んでいる。
     この作品はその好例だと思う。主人公葉蔵=作者と置き換えてほぼ差し支えないだろうが、最後に、彼を「神様みたいないい子でした」と第三者に認めさせることで自ら救われようとしたのだと思う。と同時に、それは、程度の大小はあるとしても、主人公の苦悩に共感する読者を救うことになる。実際、私も「人生もっと気楽でも大丈夫な気がするぜ」と思ったのだ(笑)
     「あなたはひとりぼっちじゃないと伝えるため」に小説を書くのだと言ったのはスーザン・ヒルという作家さんなのだそうだが、この作品もまた、そのために生まれたような気さえする――作者の生命そのものを代償として。太宰にとって顔も名前も知らない誰かに救いの手を差し延べるために、未来永劫存在し続けるのだろうと思う。

  • 友達が「読むと引きずり込まれる感じがする」と言っていたからすこし警戒して読むタイミングを迷っていたけれども、読んでみたら太宰治はかわいいなあ、という感想ばかりだった。
    もちろん、主人公=作者ではないけれど。

    はじまりと終わりに主人公・葉蔵とは別の第三者視点の文章が入る。
    そして、物語のベースが太宰治の人生ということは明らか。
    徹底的に、自分の人生を客観視しているような作風だと思った。

  • 思わず、太宰治の友達や知り合いになりたくなる。 これだけ、心の純粋な人だと、 世間で生きるのは辛いだろうなと。 太宰治は心の弱ってる人の味方ですね。 上手く言えないけど、分からない人には分からない辛さを分かってくれるような唯一の存在な感じがしますね。 「君はひとりじゃないさ」 って言ってくれてるみたい。

  • 読了後静かに雪が胸の中に降り積もってゆくような寂寥感が残った。葉蔵に対する嫌悪感だけは拭い去れないものの、三十路を過ぎて再読してみると違う味わい深さがある。私なんかはバーのマダムに共感を覚えた。葉蔵の頭をヨシヨシと撫でてあげたい感じだ。初読時も思ったがヨシちゃんはやっぱり可哀相。堀木には半可通という言葉が似合う俗物だ。折に触れて読み返したいただ暗いだけで済ませてほしくない文学だと思う。あと葉蔵は萌えキャラ。反撥を覚えながらもどこか葉蔵に惹かれてしまうのは浮き世の垢を清濁合わせ飲むことを拒否した無垢さ故か。

  • 無言のひどい侘びしさを、からだの外 郭に、一寸くらいの幅の気流みたいに持っていて、そのひ とに寄り添うと、こちらのからだもその気流に包まれ、自 分の持っている多少トゲトゲした陰鬱の気流と程よく溶け 合い、「水底の岩に落ち附く枯葉」のように、わが身は、恐怖からも不安からも、離れる事が出来るのでした。

  • 相当もてたんだろうなぁ、と。ところどころ気持ちがわかるわ。手紙をわざと横で書いて、見せてみろって言ってあげるとあらいやよあらいやよって嬉しそうに言うのをみて鳥肌が立つみたいな表現、女の私でもすごく理解できると思った。

  • 最初、主人公はサイコパスなのかと思ったけど多分違った。人間の心理などが理解できなくて、人間世界を恐れ、ひたすら道化を演じて世の中を生きていく主人公のお話。共感はできないけれど、ぐいぐい読ませられる。前半はただひたすら人間を恐れ、自然な感情を持てない極めつけの道化師だった主人公が、だんだん少しずつ人間らしくなっていく様子を見てなんだかほっとした。最後のほうで、主人公が死にたがるところで感情移入した。あと、あとがきの最後に書かれていたバーのマダム(と思しき人)の一言が、多少人間不信のある私には、「他人はあなたが思っているほどにはあなたを酷く思っていないよ」と言っているように思えた。面白かった。

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