グッド・バイ (新潮文庫)

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著者 : 太宰治
  • 新潮社 (2008年9月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (397ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101006086

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グッド・バイ (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 戦後、幼子ふたりと妻と共に疎開し、苦労する太宰の苦悩や戸惑いを生々しく感じられる薄明、苦悩の年鑑から始まり、非常に読みやすい文体にどんどん引き込まれました。
    時に大真面目に書いてあることが可笑しくてたまらなくクスリとさせられたり、なんとも遣る瀬無い気持ちに地団駄踏みたい気持ちにさせられたり、身につまされたり、一冊を読み終わる頃には実に自分の中を様々な感情が自分の中を往来したことにびっくりしました。
    表題作グッド・バイに関しては、いよいよ面白くなる矢先にストーリーが途絶え、続きが読みたくてなんともたまらない気持ちになりました。
    傑作になるに違いなかった本作が未完の絶筆となったことが心から残念でなりません。

  • 太宰治の未完の遺作。
    「10人の女と不倫している男が、妻子を東京に呼び寄せるため、絶世の美女を“妻役”に雇い、10人の女とグッドバイしようとする」話。

    とんでもないストーリーだが、「魅力的なダメ男」を書かせると右に出るものはいない太宰である。
    完成していたら、さぞ読者は主役に(見下げ果てつつも)感情移入できる作品になったろうと想像を膨らませている。

    さて、東京で公演中の舞台『グッドバイ』は、太宰の未完品に、脚本演出のケラリーノ・サンドロヴィッチ氏が続きを足した脚本が土台。

    主役には仲村トオル。小池栄子や水野美紀、緒川たまき、萩原聖人、池谷のぶえなど魅力的な俳優がそろう。

    ドタバタのコメディで、切ないラブストーリーで、あたたかな人情劇。とても素敵な舞台だった。何度でも観たくなる。

  • フォスフォレッセンスが特に気に入った。

  • 妻子連れて4人戦火を逃れ、三鷹から甲府、故郷津軽へと疎開した太宰であるが、戦時中の疎開生活から日本の無条件降伏によって幕が降りた大戦後の日本、そこに生きる人々、男女、そういったものが、そのままそっくり、描かれている。
    そのままそっくり、というのは、当時の表現者たちといえば「偽善的」で「サロン派」な平和主義者ばかり、しかし太宰というひとはそうではなかった。
    家族との乞食同然の生活の惨めさ、日本敗戦の口惜しさ、情けなさ、今後への展望、ユートピア信奉、田舎出身の自虐的態度、都会の不変さ。
    全てが気取らず(仮に気取って書かれていても、気取り自体をまた如実に告白するのが太宰という男かと)、残酷な程に生々しく投影されている。

    グッド・バイは未完のままであったが、他作品に比べ、皮肉的ではあるがユーモアがある。コメディがある。
    解説にもあったが、太宰の第四期は花開き掛けていたのであろう。

  • 戦争という時代にあっても、この太宰という人間はやっぱり太宰という人間なんだと思ってほっとする。戦争だろうと、貧しかろうと、家が焼けようと、やっぱりこの人間はものを考えている。そんなところとは関係なく、考え続けている。仮に徴兵されたとしても、やっぱり酒を呑んで考え続けていたんだと思う。それが、この太宰という人間なのである。
    彼にとって、別にそんな些末なことはどうでもいいのである。なのに、かえってそういうことをとやかく言われるからうんざりして逃げ出したくなってしまう。確かに彼と生活を共にする人間からすればたまったものではない。彼は生活しないように生活しているのだという二重性を、誰が生活している人間の中で理解できようか。もともと世を拗ねた人間が、どういうわけか世の中で生きてしまっているのである。これが彼にとっては屈辱的なことであった。生きるというのはこういうことなのか、彼は津軽で生まれ育った時にはもうそう感じていた。早く生き過ぎたと言ってもいい。彼にとっては、もう十分生きたからさっさと死にたいくらいのことなんだったと思う。
    だが、死ねばすべて解放されるというのがわからない。死の魅力というのは、あくまでことばの上に過ぎない。だって、誰も死んだことがないから。じゃあ死んでみようということになるが、死んだその時、死んだと感じるその存在はいるのか。そんなものいないのである。死に対してなぜそんなに魅力を感じるのか。別に善く生きられないのに生きろとは言わない。だが、死ねば終りだと思うことだって、彼が厭わしく感じてやまない生活と何ら違いはないのである。その辺、「反抗だ」と言ってのけたカミュの方が断然上である。

  • 太宰の晩年の短編集。遺作となった「グッドバイ」など、意外にもコメディタッチの作品が多い。戦中の経験を書いた作品も面白く、太宰の面白さを堪能できる一冊。

  • 太宰の遺作でもあり、タイトルからしてものすごく悲惨なメンヘラ小説を想像していたのだが、読んでみたら明るいコメディ小説で引き込まれた。これはめちゃおもしろい。軽妙で気楽に読めるし、太宰のMCぶりとやらが存分に発揮されていると思う。太宰はこういうふざけたところも持ち味だと思うし、初めて人間失格を読んで引いた私が再読しようと思ったのは太宰の全力でふざけているところに気づいたからだ。かなり続きが気になる。何故最後まで書かないで死んだんだ!ちゃんと書き終わっといてくれ!と言いたくなった。死人に口無し。悲しい。

    再読。後期の太宰からは触れれば切れるような鋭さを感じる。「眉山」「男女同権」は人間失格にも通ずる虚無的な暗さがある。「冬の花火」が好き。戯曲を書いていたことに驚かされた。「饗応夫人」はなんだか悲しい。「グッドバイ」は笑えるが中期太宰ののびやかなユーモアより引きつった捨て身の笑いを感じた。返す返すも未完が惜しい。全体的に荒廃的で捨て鉢な雰囲気が漂っていて、太宰は新しい段階に進もうとしていたのかそれとも破れかぶれになり死を決意していたのか。凡才の私にはわかりかねる。

  • 確認したい事があって再読。十貫を楽に背負うかつぎ屋は永井キヌ子、二十五、六。ほっそりして、手足が可憐に小さく、顔は愁いを含んで、梨の花の如く幽かに青く、まさしく高貴、すごい美人。そして鴉声。トンカツ屋でキヌ子が食べたのは、トンカツ、鶏のコロッケ、マグロの刺身、イカの刺身、支那そば、ウナギ、よせなべ、牛の串焼き、にぎりずしの盛合せ、海老サラダ、イチゴミルク。その上キントンを所望していたからそれも食べているだろう。大食いでも十貫背負って歩けば太らないらしい。
    それにしても最後の原稿が『グッド・バイ』とは偶然か狙ったのか。

  • 「春の枯葉」より

    (雪がとけて、その下から去年の秋に積もった枯葉が出てきたシーンで、主人公の男性のセリフ)
    永い冬の間、昼も夜も、雪の下積になって我慢して、いったい何を待っていたのだろう。ぞっとするね。雪が消えて、こんなきたならしい姿を現したところで、生きかえるわけはないんだし、これはこのまま腐っていくだけなんだーーーー

  • 2015/08/08読了

    今回、伊坂幸太郎の「バイバイ・ブラックバード」がグッド・バイに影響されたと言うことで、まず読んでみようと思い手に取った。太宰治の本は有名な作品しか読んだことがなかったが、社会等に対する皮肉、ユーモアや会話のやり取り、文章の構成など、現代の作家が大きく影響を受けたことが伝わってきてどの作品も楽しく読めた。

  • 表題作「グッド・バイ」が良かった。
    ただし、未完…。

  • 定番の私小説は相変わらずだが、純粋な創作が実に面白く、作家として熟成していく時期なのに遺作集になってしまったのが何とももったいない。皮肉たっぷりで痛快な「男女同権」、チェホフ風戯曲形式の「冬の花火」は最後にキレまくる女性主人公、遺作となった未完の「グッド・バイ」の怪力美女など逞しい女性達が面白い。逆に「饗応夫人」のような哀しい女性を描いた作品も。そして「眉山」は太宰の短編で最高傑作。ユーモア小説として書いたかもしれないが、トシちゃんの人柄と生き様を思うとせつない思いが溢れる。

  • 『グッド・バイ』が絶筆なのが残念。
    書き上がってたら、また新しい太宰が見られたのかなと思う。

  • 太宰治と同じ時代に生きてそばにいたら
    私が一緒に
    玉川上水で死にたかった。

    どんな美人をみようが私は諦めないと思うけど。

    あざとい太宰が大好き。

    グッドバイ

  • 太宰治の短編集。亡くなる直前の時期(1945-1948)に書かれた作品が収録されており、本書最後の「グッド・バイ」は未完となっています。

    終戦が太宰に与えた影響がさまざまなところで伺える作品群でした。初期のヤケクソ感溢れる独特の味わいは薄く、中期の完成された作品群ともやや異なるような、いささか虚しい感じの漂う作品が多かったように思います。

    いくつかの風景描写が印象に残っています。下記に引用した二つの文章は、一読して受ける印象はまるでちがうのですが、どちらもその場の情景、雰囲気を端的に伝える美文だと感じました。

    "(…)それから、五月、六月、そろそろ盆地特有のあの炎熱がやって来て、石榴の濃緑の葉が油光りして、そうしてその真紅の花が烈日を受けてかっと咲き、葡萄棚の青い小粒の実も、日ましにふくらみ、少しずつ重たげな長い総を形成しかけていた時に、にわかに甲府市中が騒然となった"「薄明」(P.12)

    "(…)その映画館にはいって、アメリカの写真を見て、そこから出たのは、もう午後の六時頃で、東京の街には夕霧が烟のように白く充満して、その霧のなかを黒衣の人々がいそがしそうに往来し、もう既にまったく師走の巷の気分であった。東京の生活は、やっぱり少しも変っていない"「メリイクリスマス」(P.233)

    正直に申し上げると、必読!と言いたくなるようなインパクトのある作品は、見当たらなかったように思われます。わたし自身、感受性が著しく落ちている時期に読んだため、作品の魅力をうまく吸い上げられなかったのかもしれません。

  • 丁度面白くなりそうな処で……。
    時代背景の知識は必要かも。

  • 「眉山」だけ、読む。

  • 饗応夫人が怖かった。我が身を犠牲にしてまで不作法で利己的な相手をもてなす、過剰なサービス精神。まだ夫人が幸せそうなら割り切れるのに、苦しみながら諦めて饗応するのが悲しい。優しさが食い物にされる社会てイヤだ。

    グッドバイは、キャラクターが面白かった。現代小説になりそうな雰囲気。

  • 全部おもしろかった。
    男女同権も演劇っぽいやつも。
    めりいくりすますも。他も。

    たまにぷっ。ってなるし。たまに暗いし。たのしかった。

    グッドバイの続きが読みたい。。

  • グッド・バイ、未完なのがもったいないです。

  • 太宰の後期作品16篇。
    サービス過剰な「饗応夫人」
    遣る瀬無くなる「眉山」
    が好き。
    「男女同権」は女性の優遇さを引き摺り下ろすことを喜ぶ老人の演説。
    太宰はあんなにもてたのに、こんなに女性が怖かったんだとびっくりした。

  • 伊坂幸太郎さんの「バイバイ、ブラックバード」の元になったのが太宰治の未完の絶筆「グッド・バイ」だと知り、読んでみることにしました。恥ずかしながら、太宰治の作品をきちんと読むのはこれが初めてです。これもひとつのご縁かな。

    本作に収められているのは、終戦直後に書かれたという太宰の後期作品16編。戦後の人々のなんとも言いようのない葛藤というか、やるせなさのようなものが伝わってくるものばかりでした。時代の変わり目というのは、さまざまな希望が生まれると同時に、こういう鬱屈した想いも抱いてしまうのが素直な人間の心なんだろうなと思います。なんだか、現代にも通じるものがあるのかなと思ったり。

    さて、「グッド・バイ」ですが、正直言って、未完であることがとても惜しい。田島はどんな女性たちと別れていくことになるのか、キヌ子との関係性は……。もし書きあげられていたら、とても興味深い作品になったのではと思います。他に収録されている15編に比べて、この最後の「グッド・バイ」はどこかユーモアの感じられる作品でした。太宰が何を書こうとしていたのか、最後まで読んでみたかった。もしかしたら、同じような想いを抱きながら、伊坂さんは「バイバイ、ブラックバード」を書いてくれたのかもしれない。せめてここにひとつの形を示そうと。まぁ、私の勝手な想像でしかありませんが。

    その他の作品でいうと、「男女同権」はなんだか身につまされる思いが。今の世の中にも十分通用する風刺のように思います。男女平等を叫びながら、女性の権利ばかり主張して、ともすれば男性の権利をないがしろにしかねない人々に読んでもらいたいかも。皮肉ですけどね。あとは「メリイクリスマス」「眉山」も良かったです。

    初めて太宰の作品を読んでみて、彼の風刺が今でも十分通用すると思えることに驚きました。そこから学べることは少なくないのかもしれません。ちょっとずつ、他の作品も読んでいってみようかなと思いました。

  • 太宰治の後期の作品。
    日本人の心を、的確に、しかも平易な言葉で書き表しているのは凄い。
    でも、酔っ払いばかり出てくるので、途中で少し嫌になってしまいました。(笑)自虐なんだろうけど…。

  •  酒に逃げるし愚痴っぽいし同じ話ばかりだし、、、晩年の太宰治の作品を読むにはメンタルのタフさが要りますね。
     そんな作品群の中でも、絶筆未完のグッドバイは珍しく明るいコメディ、続きが読めないのがほんとうに残念。あと’’冬の花火’’’’春の枯葉’’という戯曲も意外といいなあ。
     グッドバイは小池栄子を主役にした舞台DVDが出てるらしい、たしかに小池栄子はピッタンコ♡

  • 表題作『グッド・バイ』を含む16編を収録。戦後に書かれた作品で、後期の最晩年の作品群なそうだ。とくに以下の諸編が心に残った。

    『薄明』。疎開先の甲府で空襲に見舞われ、妻と共に親子4人で逃げる。幼い子を背負って逃げる太宰の姿が意外に頼もしく、そしていじらしい。

    『男女同権』。講演記録という体裁。「私」を苦しめた3人の女房たちのことを熱く語る。その女たちに如何にひどいめに遭わされてきたか、恨みつらみを綿々と述べ、その語り口は次第に熱を帯びてゆく。

    『饗応夫人』は、夫が戦争から帰還せず、留守の家を守る夫人の、驚くべき生活の顛末。女中らしき女が物語る。夫の友人なる男が連日やってきて、夫人は愚かにもその男やその連れを饗応し続ける。愚かで哀しい女の姿。奇妙な後味の悪さが残る。

    『眉山』は、新宿の焼け跡のバラック街にあった飲み屋が舞台。文士らのたまり場となったその店。あだ名を『眉山』と名づけられた若い女中トシちゃんの思い出をつづる小品。気のイイ娘なのだが、少しずうずうしいところもあり、太宰らはトシちゃんを疎ましく感じたりする。その後、姿を消したトシちゃん。彼女の意外な事情を太宰は知らされる。もの悲しいお話。

    『グッド・バイ』 敗戦からほどない頃、三十半ばの編集者田島は、離れて暮らしていた妻と子を呼び戻し、所帯を立て直そうと考える。だが、さしあたって、独居の間に出来た愛人との関係を整理せねばならない。その数十人。田島は、女を一人づつを訪ね、上手にグッドバイを告げるしごとに取り掛かる。その助手として抜擢したのは闇屋あがりの超絶美人キヌ子。ニセの女房役として連れてゆくという作戦だ。奇想天外な面白さ。だが、物語が助走し始め、いよいよ面白くなり始めたところで、未完となってしまった。残念。惜しまれる作品である。

    その他『苦悩の年鑑』と『十五年間』。前者は、太宰が自身の思想的な履歴を独白。後者は、転居の履歴やこれまでの創作を回顧。太宰ヒストリーをコンパクトに読める。
    等々。

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グッド・バイ (新潮文庫)の作品紹介

被災・疎開の極限状況から敗戦という未曽有の経験の中で、我が身を燃焼させつつ書きのこした後期作品16編。太宰最後の境地をかいま見させる未完の絶筆『グッド・バイ』をはじめ、時代の転換に触発された痛切なる告白『苦悩の年鑑』『十五年間』、戦前戦中と毫も変らない戦後の現実、どうにもならぬ日本人への絶望を吐露した2戯曲『冬の花火』『春の枯葉』ほか『饗応夫人』『眉山』など。

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