三四郎 (新潮文庫)

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著者 : 夏目漱石
  • 新潮社 (1948年10月27日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (354ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101010045

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三四郎 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 明治も最終盤の頃、大学に入るために上京してきた小川三四郎の、学業は兎も角も、次第に広がる交友関係に、そこはかとない片想いもあって、まさに学生生活を謳歌するちょっぴりほろ苦い青春物語!
    その後の漱石の小説では、狂おしいばかりの主人公の懊悩と葛藤が描かれるようになりますが、この『三四郎』はどちらかというと、田舎から上京して右も左もわからずに、人並みに悩みはするけれど(笑)、ぼぅ~と流されてあまり深く物事を考えていない、いらいらさせられる系の主体性の無い青年のようですね。(笑)
    物語の進行は流石にドラマ仕立ての場面構成になっていて面白いです。それに三四郎の周りを彩る個性的な面々もなかなか魅力的です。「明治」というと欠かせない広田先生や野々宮のような学究肌の人物や、三四郎も惚れた「明治」の女らしい美禰子、そして、学生時代に必ずいるがさらにそのおっちょこちょいぶりに「明治」の拍車が掛かるかき回し屋の与次郎など、三四郎を取り巻く登場人物が魅力的すぎたが故に、逆に三四郎の影が薄くなっているほどです。(笑)あと、「偉大なる暗闇」とか「迷羊(ストレイシープ)」とか物語の要所を締めるキーワードが、持って回った言い方となっていて、これも「明治」のインテリ層の雰囲気が味わえるなかなか楽しい趣向でした。(笑)
    交友関係の展開はいいとして、三四郎の片想いの行方が気になるところですが、相手の言動の三四郎なりの解釈や、すれ違いぶりが、どうしても三四郎のぼぅ~とした性格ぶりと重ね合わさって、描写が不十分と思えてしまうのはその後の作品群と対比してしまうからなのでしょうね。
    ところで、この作品ではさかんにイプセンのことが語られていますが、「明治」の新しい青年像への漱石なりの指針のひとつだったのでしょうかね?

  • 2015年最初の1冊。
    毎年、干支にまつわるものを読むことにしているのですが、未年の今年はこの1冊。
    Stray Sheep, Stray Sheep…。

    地方から上京した青年が都会でさまざまな人に出会い、自由な女性に心惹かれるも、結局彼女は他の男性と結婚してしまう…。
    ストーリーを楽しむというよりも、主人公や周囲の人々とのやり取りに引き込まれる小説だと思います。

    敬愛する先生のために独自の運動に奔走する友人、自由奔放な美しい女性、哲学の煙を吐きつつ学問の世界を遊歩する先生…。
    そんな都会の人々に囲まれた毎日を過ごしつつ、田舎からの手紙への返信に「東京はあまり面白いところではない」と書く三四郎に、切なさと少しのおかしみを感じるのでした。

    描かれている当時の大学の雰囲気が好きだなぁと改めて思いました。
    いろいろな人がいろいろな思いを抱えて日々を送るキャンパスを上から覗き込むような楽しさを感じました。

  • 授業で取り扱った作品。

    『三四郎』は高校性の時に担任に薦められて読んだけど当時は全く理解できなかったし、つまらないと思った。正直表紙絵も好みじゃなくてもし買うとしても新潮社のこれだけは選ぶまいと決めてた。
    『三四郎』は私が近代文学を苦手にした原因の一つだった。
    結局大学の授業で必要になってこれを買い、数年ぶりに再読。

    んで感想。

    「え、なにこれ面白いんだけど…」
     
    高校の時と違ってストーリーがわかる!三四郎の言っている意味が分かる!
    やっぱり読書のタイミングってあるんだなってすごく実感した。去年一年通して近代文学を克服しようとたくさん読んで近代文学に慣れてきたせいもあると思うんやけど、私の中で夏目漱石が広がってきた。今『こころ』を読んだらまた何か違うかな。

    読んでる間ずっと美禰子さんとよし子さんのキャラデザが波津彬子の絵だった。多分二人ともミステリアスな雰囲気の女性やからかな。
    本文読んでるだけだと美禰子さんって電波で不思議ちゃんでこの人何考えてんねんって感じなんやけど、授業を聞いてると美禰子さんの一つ一つの行動にちゃんと意味があって、そういう見方もできるのかと感動。
    というより現代小説ってきっとキャラクターの心情とかを文章で説明しすぎなんかも。

    面白かったのは4章で与次郎が丸行燈とかを旧式って言ってる場面が笑える。だって私からみたらあなたたちも昔の古い人間だから。

    そしてこの『三四郎』の中で一番私の心を持って行ったのは広田先生!!
    特に11章で持っていかれました!
    後半の三四郎との結婚話!
    あのたとえ話の男ってきっと広田先生だよね!そうに違いない!←
    11章の夢の話からの演出が素敵すぎてもう!
    さんざん匂わせといて「僕の母は憲法発布の翌年に死んだ」で11章をバン!と終わらせるなんて。
    演出が漫画みたいでカッコいい。

    広田先生は確かに母が理由で結婚に信仰を置かなくなったんだろうけど母のことはもう許していると思う。
    ひたすら広田先生のことを考えると切なくて(笑)でも広田先生はこんな考えを言ったら「浪漫的」って言うんやろうな。
    このことを念頭に置きながら『三四郎』を読み返したら彼の言葉の端々から広田先生の人物像がもっとちゃんとしてくんやろうな。

    本当は星五つでもええんやけどなんか悔しいから四つ。
    そして与次郎は早く金返しなよ(笑)

  • 中学生にも意外と読みやすかった覚えがある。
    三四郎がかわいく思える不思議。
    大人になった今読み直すと、またちがって感じるのかも。
    漱石の描く、明治のこの時代の雰囲気が好き。

  • めっちゃおもしろい、、
    なんか、こんなに昔の話だけど、
    おしゃれやなぁって思った
    文明開化って感じ
    めっちゃいい
    与次郎が憎めなくてツボ
    森見登美彦の小説に出てくる、
    人を面白おかしく批判するけど
    憎めないやつみたいな、、
    いいねえ
    文章も好き

  • 大きな事件や変化があるわけじゃなく淡々としてるけど、その淡々とした中に面白さがある。
    時代こそ明治だけど、学生たちの生活は現代とほとんど変わらない。恋をするのも、恋が叶わないのもいつの時代だって同じ。
    与次郎はなんとなく、よく言う意識高い系の学生に見えてしまった(笑)

  • こんなにダサい男の話だとは思わなかった。
    引くほどダサかった。
    20歳くらいのときに読めばよかった。すっかり大人になってから読むとつっこみどころが多く、「若いってこうだよね」「田舎者だから仕方ないよね」という共感や理解をもって楽しむのもいいが、だんだんなんでこんな寒い若造の話をよまないかんのだ、という気持ちになってくる。

    夏目漱石は「それから」で未来の三四郎に容赦ない仕打ちをしているので、夏目漱石の評価はもちろん下がらない。
    そして三四郎がこんなにダサい奴だってこと、なんで今まで誰も教えてくれなかったんだ。

  • 九州生まれの若者が東京帝国大学の入学を機に上京し、上京を機にどうやら都会というところの仕組みを理解し、そこに生息する知識人なる人種たちの生態を知り、そこから逆説的に、どうやら自分が生まれ育った「田舎」というコミュニティーを再発見し、そうなると殆ど当然にそこにルーツを持つ「田舎者」としての自身のアイデンティティも発見し、そうして新たな認識を迫られた「自分」と「世間」というものとの間の微妙な緊張感に戸惑いながらも順応し、そしてそんな自分と世間との距離感や居心地の悪さは表面的には三四郎の目の前に現れる様々な女たちとの出会いに表象されており、そんなこんなの人間関係やら状況に絡め取られているうちに、この若者はどうやら最終的に僅かながらも自分の立場を見つけ出し、自分と違う人間達の迷い羊たる姿を理解する。
    すなわち学生が色々とイタい経験をして、どうにか少しだけ大人になるのである。

    というような話なのだと個人的には思っている。

    漱石の語り口はまさしく変幻自在、自由闊達の境地にあって、一人の若者の内面のありようを実に活き活きと描き出し、そこに次々とおこる事件を自在に絡め合わせ、つまり一定のテンションを保ったプロットを描くことで良くできた「フィクション」としての構成を築きつつ、その結果としては極めて「リアル」な人間を描くことに成功している。

    そういうわけなので、読んでいるこちらとしてはそのリアリティにどうしても自分のことを重ねることになり、だから学生のころは何だか自分を見せられているようでちょっと恥ずかしくて読んでいられるかと思ったりもしたのだが、それがこうして今読み返してみると、恥ずかしさや決まりの悪さ以上に、これがただただもう眩しく切ないのである。私も絵に描いたような三四郎症候群の若造だったことを思い出すと、何やら胸が熱くなり、何故に過ぎた日々ばかりが眩しく思い起こされるのかとつまらぬ感傷に浸りそうになる自分に気づかされるのである。

    いくつになっても、読む者の心の琴線に力強く訴えかけてくる、月並みな言い方だがやはりこれは傑作なのではないだろうか。

    これも今更なにをということだけど、やっぱり漱石は偉大なのである( ̄ー ̄)

  • 『こころ』に続き、『三四郎』も朝日新聞で再連載が始まつてゐます。これを機に久しぶりに読んでみました。
    最初に読んだのは中学生時代。三四郎といへば柔道の連想しかなかつたわたくしは、「中中柔道を始めないな」などと考へながら読んでゐましたが、無論最後まで柔術の話は出てきませんでした。
    さうか。小川三四郎であつて姿三四郎ではないのね、とわたくしは一人恥入り、このことは誰にも言ふまいと心に決めたのであります(今書いちやつたけど)。

    小川三四郎は熊本の高等学校を卒業して、東京帝国大学に入学するため上京します。当時のことですから当然汽車に乗る訳ですが、途中で早くも色色と印象深い人物と出会ひ、今後の東京生活を暗示するやうな出来事もありました。
    初対面の女性とイキナリ同じ宿に泊まるなどして、中中やるもんです。もつとも二人の間には何も起きず、女性からは「意気地のない人」呼ばはりされます。

    東京へ出ると、野々宮さんとか、広田先生とか、お調子者の佐々木与次郎といつた面面との交流が始まります。
    そして三四郎は里見美禰子といふ女性に心を奪はれて行くのであります。この女性は迷羊(ストレイ・シープ)などと意味深な言葉を発する、一風変つた人物に見えます。彼女は三四郎と相対する時には、何か謎めいた言辞や態度を示し、三四郎くんを翻弄するのでした。わたくしの経験上、かういふ女性は避けた方が良い。
    しかし三四郎は与次郎にも気取られるほど美禰子さんへの思ひを募らせる。さうかといつて、これといつた行動を取るわけでもない。さうかうしてゐるうちに、呆気ない展開を迎へるのであります...

    久しぶりに読むと、確かに面白い。瑞瑞しい。これが青春だ。夏木陽介。初期作品に見られる諧謔性も垣間見えて(実は暗い影も差してゐるのですが)、才気迸る文章であります。文学者が「国語の先生」だつた時代の、それこそ教科書みたいな作品であると申せませう。

    それでは、ご無礼します。

    http://genjigawa.blog.fc2.com/blog-entry-490.html

  • 初めて読んだ時はストレイシープが何かとても気になった本。
    戸惑う三四郎は初々しく、自我を持ちつつ結局は・・・な美穪子さんも魅力的。漱石の本に書かれている人の抱える矛盾や葛藤はしっくりきて好きです。ただ、弱くなっている時に読み続けるとハマり過ぎてしまう。

  • 三四郎が熊本から東京の大学に上京する所から話は始まるのだが、初っ端から三四郎の翻弄されっぷりが可愛い。

    そんな三四郎をこれでもかというほど、押し引きする翻弄女、美禰子。
    三四郎の自問自答なんてどこ吹く風で、ミステリアスないい女の香りをさせている。

    特に、三四郎が美禰子にお金を借りに行く場面。そのまま美禰子のペースに乗せられて、野々宮の気持ちを逆撫でる片棒を何故か担いでしまう件がぞくっとする。
    三四郎と美禰子、から、男と女、に変わるときのドキドキ感。漱石、やるなあ(笑)

    いやはや。
    これが無意識の偽善者だなんて。
    明らかに全てまるっと男心なんてお見通しの美禰子さんなのではありませんか。

    そうして、自分だけはくつくつと将来に向けて行ってしまって、ぽかーん、な三四郎。
    野々宮兄妹も、やや振り回された感あり。

    続く「それから」より、よほど強かな女だっただったと思います。
    とりあえず、ぞくっとした!

  • この小説が日本文学において果たした役割とか、よくわからないけれど、単純にすごく面白かった。文体は軽快にしてユーモラス、非常に読み易く、入り交じる古めかしい言葉が逆にアクセントになっている。三四郎、与次郎、「偉大なる暗闇」の広田先生、美穪子…人物描写もほんとうにすばらしい。三四郎の大学に対する戸惑い(授業、異性、活動的な友人、…etc)は大学入学当初わたしが感じていたことと近しく、ものすごいリアリティーがある。広田先生の薄暗さ、与次郎のインチキっぽいけど憎めない感じとか、ああわかるなあ。ほとんど100年前の小説が、現代においてもまったく問題なく通用している。時代性を感じるところはありますが、外界からの刺激に立ち向かう若者の姿は普遍的である。人間の普遍的なものを描きつつ、散りばめられた要素要素に、個人的な自我の問題が国家としての自我の問題と重なり合っていった(漱石がそれを望んでいたかどうかは別として)んだろうなあ、といったものが伺えて、途方もない気持ちになった。

  • たまには、近代文学を読みましょう。
    と思い、久しぶりに夏目漱石を。。。

    一人の大学生の青年の苦い初恋と、彼のまわりの人間模様をほんわかと書かれてる。
    昔も今の時代も、こういうストーリーって変わらないね~。
    田舎から出てきて、恋したり、でしゃばる友達にいいように振り回されたり(笑)、いい先生に出会ったり。。。
    淡々と話が展開するので、一気読みは出来なかったけど、でも今でも多くの人に読まれてる漱石の本ってすごいな~。って思う。

  • これといって重大な事件が起こるわけではない。でも登場人物が生き生きしている。特に女性が魅力的でした。
    心理描写は本当に凄い。ちょうど大学入学前の春に読んだので、三四郎に共感できた。

  • 東京にやって来た三四郎の恋愛を描いた物語、と一言で言えばいいか。悪友の与次郎に都会の過ごし方を教わり、恋に破れたような広田先生に人生の無情を教わる。それから、には高等遊民という言葉がでてきたけど、まだ三四郎はきちんと学生をやっている。でも、やっぱりふらふらと生きているようだ。遠くから憧れの女性を見つめ、借りた金を会う口実にしてみたりといじらしい。彼女が結婚すると知り、きっぱりと金を返すも、彼女が描かれ絵を直視することはできない。迷うのが青春だ、といわんばかりに。

  • 明治という時代は、人が新しい世界に目覚める時代だったのだと思う。現代の我々の方が、当時の日本の人々よりはるかに英米の文化に触れる機会が多いはずなのに、この精神の自由さはどうだ。
    僕は海を渡って旅行する時は、必ずこの本を鞄に忍ばせる。
    僕の心が、彼の時代の人々と同じ位自由に翔べるように。

  • 熊本という田舎の地から、学問のため上京してきた三四郎。
    その姿にどこか自分の姿を投影してしまう。
    現代に比べて、都会と田舎との様々な面における格差は遙かに大きかったものであろう。
    もう少し自分というものを相対化できた時に読むべき本。

  • 美禰子的な女は確かにいる。そしてそれにハマってしまった三四郎には激しく同情できる。刹那過ぎる恋である。

  • 言わずと知れた夏目漱石の青春小説。大学生、特に今年入学する方には是非とも読んで頂きたいです。面白いけど長すぎる「猫」を読破しようとしたり、最初から守勢に立とうと「坊っちゃん」を手にとったりするよりも順当なのではなかろうか。


    『三四郎』は、東京に来て三つのことを知った。

    まずは「学問」。野々宮さん、広田先生、原田さんら個性的な識者が登場する。彼等の一風変わった行動や思考が、「学問」の面白さを教えてくれ。

    次に「東京」。都会っ子の与次郎に引っ張り回されて学生なりの遊び方を知ることになる。飲み会(ダーターファブラ)、講義のサボり方、芸術の堪能(三代目小さんを褒めるくだりは落語ファンのなかで有名)など。(なお、与次郎はただの遊び人ではない。例えば三四郎に図書館の使い方を教えてくれる。とりあえず、与次郎の名誉のための補足です。)

    そして「恋愛」。「彼女候補」の美禰子とよし子は魅力的な女性だ。三四郎くんは恋の病に悩まされる。周りの人に相談してみると、リア充っぽい与次郎も、超然としてる広田先生も、何らかのかたちで恋に悩むことがあることが分かる。嗚呼、佳き青春哉!

  • 40年以上ぶりに読んで、夏目漱石の文章の偉大さを改めて感じた。
    「三四郎」は「それから」、「門」と続く三部作の序章と捉えることもできるそうだけれど、もっと単純にいつの世にも変わらない若者の悩みと生活を描いた青春小説と捉えて楽しんでも良いのではないだろうか。
    当時の政治、社会批判や哲学的な内容をたくさん含んでいても私のような俗な読者には理解できないところが多すぎる。
    ならば、心に流れるように入り込んでくる文章を味わい、自分の青春時代を省みながら頭の中でフラッシュバックを起こしてみるのが楽しい。
    「三四郎」ではほとんど何ごとも起きない。事件はない。しかし三四郎を取り巻く人々は生き生きと忙しく、あるいはのんびりと我関せず、普通の生活をしているが、何も起きない彼らの生き様を描く漱石の文章が読むものを惹きつける。
    10代で読んだ三四郎で感じた部分、今50代で読んだ三四郎で感じた部分それぞれ貴重な感覚であり、10代でこの作品の何がわかるのだという批判は当たらない。それぞれの年代でしか感じ取れないものがあるはずなのだ。悔やまれるのは20代、30代、40代とそれぞれの年代の自分で味わっておきたかったということ。
    これから10年おきに読むとしてもあと何回読めるのか。歳をとってくると、もう若いときのように感覚が変わっていく速度が早くはないから、新しい感覚で読むにはどうしても10年は必要だろうがそれではもったいない。いつでも手元に置いて気がむいた時に読み、その時に今までになかったことを感じたのなら、自分の感覚が変わったのだと知る方が良いかもしれない。

  • ドラマで有名なので読んでみました。

    小説自体はすごく面白かった。短編だから読みやすいってのが大きいかな。

    この中で一番好きなのは第三章の壊死る。映像が頭に浮かんでくるようでよかったです。

    しかし… 佐野史郎が可哀想だと思った。 その理由は解説を読めばわかると思います。

  • 楽しみ方がよくわからなかった。

  • 今時の物語からすれば、いちいちそんな事気にしたり見たりしてんのか?と思えるほど、豊かに人の心情を綴った話

  • 熊本の高等学校を卒業して、東京の大学に入学した小川三四郎は、見る物聞く物の総てが目新しい世界の中で、自由気侭な都会の女性里見美禰子に出会い、彼女に強く惹かれてゆく…。青春の一時期において誰もが経験する、学問、友情、恋愛への不安や戸惑いを、三四郎の恋愛から失恋に至る過程の中に描いて「それから」「門」に続く三部作の序曲をなす作品である。

  • 読みやすくてするすると世界に入っていける。直接書かれていなくても登場人物の台詞やちょっとした行動で心持ちが伝わってくる。三四郎が察するシーンが何度かあってそれが好きだな。頭の中で急に繋がっていくところがよく分かる。
    ふとした時に美禰子の視線が遠くにあるのが、美しい人なのだなと思わせる何かがある。ちょっと小悪魔すぎるけど。気にしていた野々宮との間でなくまったく別の人にとられてしまってあっけなかった。
    恋の話もいいけど広田先生や原口氏の仰ることでハッとした部分がいくつかあった。

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