それから (新潮文庫)

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著者 : 夏目漱石
  • 新潮社 (1985年9月15日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (302ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101010052

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それから (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  •  千年読書会、今月の課題本でした。学生の時に読んだ記憶があったので、手元にあるかと思ったのですがなかったため新潮文庫版を購入。他の漱石の蔵書と比べて大分新しい見た目となってしまいました。。

     さて、本編の主人公は「代助」、とある資産家の次男坊で、大学は出たものの、30歳をこえても定職に就かず、フラフラと気ままな日々を送っています。当然結婚もしておらず、学生時代の友人「平岡」の妻「三千代」にほのかな憧れを抱いているものの、二人の幸せを祈ってる状況だったのですが、、その夫妻が仕事で失敗して東京に戻ってくるところから物語が動き始めます。

     代助はいわゆる“穀潰し”なわけですが、家族には愛されているし、期待もされている。今でいう、ニートや引きこもり、、ってほどにネガティブでは無く、当時の高等遊民との言葉がまさしく言い得て妙です。ただ、危機感のなさからくる“社会”との乖離は共通しているのかな、、

     背景となる時代は、日糖事件のころですから、1910年前後でしょうか。一等国ぶっていても、借金で首が回っていないとか、日露戦争後の日本社会状況を冷静に見通している、知識階層の感覚もなんとなく垣間見えて面白いです。

     そんな中での“金は心配しなくてよいから、国や社会のためになにかしなよ”との、父や兄の言葉はなかなかに象徴的だな、とも。次男・三男に、金銭よりも公共性の高い事業へのケアを求める。そういった観点からの社会への還元は、ある種の分業とも取れて意外とありだなぁと、そして、今でも結構あるよなぁ、と。

     さて、仕事にしくじって戻ってきた平岡夫妻、なかなか思ったような再就職もできず手元不如意に。そんな夫妻の危機に対し、金銭的には力になれない代助は、自身の無力さを感じるものの、社会に対してはまだどこか他人事のように接しています。

     そのまま十年一日のように過ぎていくのかと思いきや、夫婦間の根底の問題に触れ始めたころから、他人事ではなく“我が事”としてのめりこんでいくことに。。

     単純な愛情だけではなく、二人の不遇が故の同情もない交ぜになったその様子が、どこかアンニュイに世界と関わっていた代助が変わるきっかけに。その三千代への狂おしいほどの想いとしては、どこから来ているのか、そんな心の機微が濃やかに描かれています。

     並行して進められている、いわゆる“いいところの御嬢さん”との縁談の話との対比も象徴的で、価値観の合わない女性との結婚に、イマイチ前向きになれない代助ののらりくらりとかわそうとする煮え切らなさも面白く、、どこか微笑ましく見ていました。

     そして興味深かったのは代助と平岡の仕事に対する意識の違いでしょうか。代助は「食う為めの職業は、誠実にゃ出来悪い」、平岡は「食う為めだから、猛烈に働らく気になる」と、これは今でも同じかなと。どちらも“あり”だと思いますが、個人的には代助に共感を覚えます。

     終盤、代助は勘当された状態となり「職業を探してくる」なんて風になるわけですが、代助が「自分のこころに対して愚直なまでに誠実」であることは、物語の最初から一貫していると思います。表面的には、坊ちゃん然とした甘ったれにも見えますが、当時の家族とのしがらみや金銭的な問題をも飛び越えての、代助の在り様と、それを受け入れようとする三千代は、なるほどなぁ、と。

     「仕事は“何のため”にするのですか?」

     こんな問いかけをされているように、思いました。「家族を養うためにきつくても嫌でも我慢して、働いてやっている」なんて風潮に疑問を投げかけながらも、かといって、霞を喰って生きていくわけにもいかないとの現実的な問題も対比させて。劇中の代助の選択肢はいくつもあり、自分だったらこうするのにとの投影も可能だと思います。

    ... 続きを読む

  • この小説を読むと、恋の恐ろしさを痛感します。代助が実家から斡旋される結婚や、他の恋愛(社交界に出入りしていたのだから、それなりの出会いもあったはず)ではなく、なぜ、3年前に友人に斡旋した女性(三千代)への愛を貫き通したのでしょうか。実家や世間から断絶されてまでの愛とは一体・・・。しかしまあ、代助に三千代を上げる平岡も平岡かな。三千代を愛していないのなら、平岡も三千代も幸せにはなれないはずなのに。三千代を愛していないのに、世間体を保つため(?)、ちゃっかりと代助の実家に代助の奇行を報告している(新聞社勤めなのだから文章はうまかっただろう)のも抜け目がないというかなんというか。この小説で、幸せになった人はいたのでしょうか?代助も最後はどこまでも電車に乗って行こうとし(自分の選んだ選択の結果からの逃避?)、三千代もどうやら不治の病気だし、実家は代助と絶縁するし、平岡も妻を奪われるし。愛を貫くことで、これだけの代償が生じうるのだから、恋愛や結婚にはリスクがあるのかなあ。

  • 前半は途中飽きることがあったが、後半から一気に引きこまれた。主人公・代助の変化が面白い。三千代への愛が彼をこんなにも突き動かすのか、と圧倒された。最後の「赤」の描写が怖い。狂気を感じる。
    三千代と会った後、百合の花をまき散らした場面が綺麗だった。月の光で白く光る花弁や百合の匂いが映画のワンシーンのように脳裏に浮かんだ。
    明治時代の東京の風景がところどころに描かれていて興味深かった。資生堂や丸善って当時からあったんだなあ。

  • 働く者からしたらただの屁理屈にしか聞こえない「高尚な精神」を言い訳として悠々自適に暮らす、現代でいうニートの代助。授業のグループワークで友人が代助に「ひねくれクソニート」というあだ名を付けていた…
    それまで淡々と、飄々と生きていた代助だったが、三千代への愛を自覚してからは激しい苦悩に襲われる。その苦しい心理を非常に細かく丁寧に、言葉を尽くして書いている。色彩の描写が印象的で、特に最後の赤、赤、赤の所は読んでいるこちらも頭がぐるぐるしてくるようだった。また、所々に漱石自身を思わせる描写があった。
    物語というより、代助の思想や感情が大半を占める本。
    彼は「それから」どうなったのだろう。

  • 代助の親友への態度は、苦悩の末の誠実さを供えたものだったが、やはり現実社会の仕打ちは厳しかった。私も、代助ほどではないし性質も異なるが、社会から遠い生活をしているので、後半は特に彼
    に感情移入して辛かった。最後、代助はどんな気持ちで職を探しにいったのだろう。いっそすっきりした気持ちならいいのだが。三千代が、今後幸せなれるのかも気になる。代助と平岡の関係が変わった以上、三千代はこのまま涙を流し流し短い生涯を耐えなければいけないのかもしれない。代助は、様々な重たい運命を背負ってそれからを生きるのであろう。

  • 夏目漱石、第三段です。
    この作品は恥ずかしながらまったく予備知識がなかったのですが・・・こんなにときめく小説だったとは!びっくりしました。

    むせ返るような百合の香り、降りしきる雨、そんな雰囲気の中、代助が三千代に一大決心をして思いを打ち明ける。
    遅すぎる告白に三千代が「あんまりだわ」と泣いている情景が目に浮かび、この美しすぎるシーンに胸が高鳴りました!
    この慎ましやかな感じ、裏腹に内に秘める情熱が日本的で本当にステキなのです。

    (少ないですが)夏目漱石の作品の中で一番好きになりました。
    私ってこんなにロマンチックだったっけ?と思うほど感銘を受けてしまった(笑)

    まあこの作品は恋愛小説の側面もありますが、その他にも、格差の問題など当時の世相にも触れバッサリ。そのあたりも楽しめました。
    例えば。
    「平岡の家はこの数十年来の物価高騰に伴って中流社会が次第々々に切り詰められていく有様を、住宅の上に善く代表した、尤も粗悪な見苦しき構えであった。
    ~東京市の貧弱なる膨張に付け込んで、最低度の資本家が、なけなしの元手を小売りに廻そうと目論んで、あたじけなくこしらえ上げた生存競争の記念であった。」
    などど鋭く切り込む感じが面白い。

    また、代助のニートぶりにも閉口しますが、それも当時では珍しくないんですよね。
    高等遊民も分かった気分♪
    理想と現実のバランスをとること、人間のプライドの奥深さ、など、いろいろと考えさせるポイントがあり、そういう意味でも素晴らしい作品でした。

  • こんなことを言うのははばかられるようですが、主人公の生い立ちと思想には、かなり共鳴できるところがあります。


    ことをしなくとも、手に入るものがあって、それで満足できるのなら、なにも汗をかくことはないではないか。

    自然とそうなるべきものは、そうしておけばよいのではないか。

    流れに身を委ねながら、ときに僅かに舵を切りさえすれば、のらりくらりとそれなりの岸にたどり着けるのではないか。


    そういう態度が、いつの間にか希望と違う不可逆な状況に至らしむるものであります。

    そんな態度の集積が、彼の思想を腐敗さたとも言えます。

    そしてその思想が、破滅的な情動となって、ある狂気に帰結する。


    自身の経験と重ねあわせながら、じっくりと味わいました。

  • 初期三部作の『三四郎』に続く作品。
    続編ではありませんが、三四郎のその後のような物語をほうふつさせます。
    それまでの生活を続けるか、はたまた恋を貫くか。
    自分の本当の気持ちに気づいた今、どうしたら良いかと苦悩する主人公。
    それからどうなるかが気になる結末です。

  • レフ・トルストイ『コサック』の解説に触発され久しぶりに読んだ日本文学。遊民代助が、友人平岡の妻・美千代と共に堕ちる物語。その過程の美しさ、やるせなさ、凄まじさは、頁を繰る度心に一歩一歩近づいてくる。迫ってくる。最後は代助と併走する自分に気づく。

    ハイライトは百合の中での告白と「赤」。
    にしても、我々はどうしてこうも「『趣味の審判者』的ニート」に憧れるのだろう?

  • あなたが学生の頃に、大好きだった兄と、東京で同居していたとします。
    兄の友人の長井と言う男が居て、仲良く三人で遊んだりします。
    あなたはこの長井に惚れてしまいます。でも秘めています。
    秘めているんだけど、内実、この長井も自分のことが好きだろう、と感じています。
    兄もそんなことを薄々気づいている様子です。

    そしてもう一人、ここに平岡という男が居て、これも兄の友人。長井の友人でもあります。詰まり、三人組です。
    この平岡も、どうも自分の事が好きなようだ、と感じます。モテ期ですね。
    でも、あなたは、長井の方が全然好きなんです。

    あなたは、将来、長井と結婚することになるのでは、と期待をしていました。

    ところが。

    まず、兄が早世、若死してしまうんです。
    実は親元もちょっと困窮しています。たちまち、あなたは大東京で寄る辺ない立場になってしまいました。
    そこに、期待の長井さんがやってきて。
    言うことには。
    「平岡と結婚したら良いのではないでしょうか。是非そうしなさい」

    それでまあ、とにかく結果として、平岡と結婚します。
    平岡は銀行員になる。そして関西の支店に行く。当然あなたも行きます。長井さんは東京に残ります。
    長井さんは、大金持ちの次男坊です。文化芸術にいそしむだけで、働きません。働かずに親から毎月、莫大な仕送りを貰っています。優雅に趣味良く暮らしています。何せ親と兄が経営者です。ぶらぶらしてても、働く気になれば、学歴も教養も人間性も申し分ないので、いつでも重役クラスで働けます。人も羨む立場です。

    数年が経ちます。
    新米銀行員である平岡と、優雅な高等遊民である長井さん。ふたりは親友だったんですけど、大阪と東京に離れ、暮らしぶりはもっと離れ、徐々に疎遠になってきます。

    あなたと平岡との間には赤ちゃんが産まれます。
    が、不幸にしてあっという間に病死してしまいます。
    その頃から、あなたはちょっと体調が悪くなります。
    医者に行くと心臓とかナントカと言われて、どうにも長生き出来ないのかな、と感じます。
    そして、もう子供は産めないだろう、ということです。

    その頃から、夫の平岡が不実になってきます。
    帰宅が遅くなります。
    もともと、長井さんに比べれば俗物なんですが、酒や女で金使いが荒くなります。
    夫婦でなごやかに、笑いながら心休まる時間。と、いうのが無くなります。
    悪いことは重なるものか、上司の不祥事に巻き込まれ、銀行を退職することになります。

    あれから数年。
    呑気な学生だったあなたは。
    結婚して、知らぬ街に引越して、主婦になって、子を産んで、子に死なれ、健康を損ないました。
    それから、夫と気まずくなり、小銭に不自由するようになりました。でもそれはみっともないし、誰にも言えません。

    そして、東京に帰ってきました。
    長井さんは大喜びで迎えてくれます。
    引っ越しのこととか、何くれと面倒見てくれます。心配してくれます。仕事してないし、お金あるし、暇ですから。
    夫の平岡と、旧交を温めます。
    でも、あなたが傍から見ていると。どこか、若い頃のように仲良くは無いんですね。仲良くしようとしてるんですけど。仕方ないですよね。

    あなたは、夫の平岡と、小狭な家に住み始めます。
    夫はあくせくと就職活動中です。上手くいかないのか、ちょっと荒れたりします。
    なんだかんだ、細かい借金が返せないまま、ストレスになってきます。
    あなたも体調がどうもすっきりしません。
    長井さんは、夫の平岡を心配してくれるけど、平岡はどうも長井さんに素直にならない。強がります。仕方ないですよね。
    家にいるしかないあなたは、夫の借金の対応に晒されます。困ります。でも平岡はあくせく出歩いて取り合っ... 続きを読む

  • 友情。むかしの恋心。職業。学問。健康と病。親と子。精神。金銭。結婚。すべてに結論を出すことなく日々を過ごすことは、彼のようにその経済的能力がある身にとっては自由に見える。時折アンニュイに陥ることも、何か為さねばならぬと発起することも。
    それでも本当の意味で、自分の意志で何かを得たいと思ったとき、その「自由」が幻だったことに、もしくはそれが、とてもあやういバランスの上に成り立っていたことに気づく。
    雨の降りしきる中、思い出の百合の香りにつつまれた部屋で告白をする場面はとてもロマンチックだが、同時に浮世離れした二人の様子を想像させる。
    意志の人になった彼は、かりそめの「自由」から新しい世界へと旅立っていく。最後くどいほどの「赤」の描写は、燃え盛る炎の中崩落する彼の《これまで》と、それをくぐり抜けて彼女と生きていく決意の《それから》であるように僕は思う。それはある意味で狂気と隣合わせにあるのかもしれない。

    学生時代ぶりに、本当に久しぶりに漱石を読んだ。描写や言葉選びのセンスが飛び抜けていて、村上春樹の変な夢から覚めたような心地がする。
    三千代の話しぶりが良い女過ぎてもう。川端康成も良いけどやっぱ漱石だな、と思った。しばらく夏目漱石しか読めない気がする。

    代助はつまりダメ男だけど、その迷子ぶりに親近感を覚えてつらい。平岡との議論は、どちらも不景気の迷羊たちの水掛け論にうつる。

    「こう西洋の圧迫を受けている国民は、頭に余裕がないから、碌な仕事は出来ない。悉く切り詰めた教育で、そうして目の廻る程こき使われるから、揃って神経衰弱になっちまう。話をして見給え大抵は馬鹿だから。自分の事と、自分の今日の、只今の事より外に、何も考えてやしない」(p.103)

    「僕みた様に局部に当って、現実と悪闘しているものは、そんな事を考える余地がない。日本が貧弱だって、弱虫だって、働らいてるうちは、忘れているからね。世の中が堕落したって、世の中の堕落に気が付かないで、その中に活動するんだからね。君の様な暇人から見れば日本の貧乏や、僕等の堕落が気になるかも知れないが、それはこの社会に用のない傍観者にして始めて口にすべき事だ。つまり自分の顔を鏡で見る余裕があるから、そうなるんだ。忙がしい時は、自分の顔の事なんか、誰だって忘れているじゃないか」(p.105)

    迷羊、迷羊。とにかく恋は罪悪だな。

  • 朝日新聞では、昨日(3月23日)まで再連載してゐた『三四郎』の後を受けて、4月からは『それから』の再連載を開始するさうです。再連載シリーズも『こころ』から数えて三作目といふことになります。いつまでも漱石の名声に頼るのはいかがなものか、とも思ひますが、まあ良いでせう。しかし、折角再連載するならば、当時のやうに完全復刻していただきたいなあ。せめて新仮名に直さずに紙面に載せてほしいものであります。

    で、『三四郎』『それから』ときたら、次は『門』だなと想像がつきます。いはゆる三部作ですな。これらは「前期三部作」とも呼ばれ、対応する「後期三部作」は『彼岸過迄』『行人』『こころ』といふことになつてゐます。
    高校時代の国語の試験で、漱石の三部作を答へよ、といふ問題がありました。文学史の問題は国語と関係ないと存じますが、国語教師は文学カブレしてゐるので、しばしばかういふ出題もあつたのです。
    その問にわたくしは、ご親切にも前期と後期の三部作をそれぞれ記入したのでありますが、採点ではペケになりました。どうやら出題した先生は前期三部作しか認めない姿勢で、余計なものを書き込んだとして不正解にしたのでせう。以上は、どうでもいい思ひ出であります。

    この作品は、初読の前から、主人公が何やら親の脛を齧りながら仕事もせず、しかも口八丁で親族を馬鹿にしてゐるやうな人物らしい......といふ情報が入つてゐたので、「そんな奴が主人公なのか。長井代助だと? ケッ。何が高等遊民だよ。好い気なものだ。漱石ともあらう人がこれは設定ミスだな。どうも感情移入も出来さうもないぜ」と先入観を持つて読み始めた記憶があります。

    さはさりながら、つらつら考へるに、漱石作品の主人公は大概、読みながら苛々させられる奴ばかりではなかつたでせうか。
    『坊つちゃん』には「もつと世間を知れよ」と思ふし(まあ、だからこそ「坊つちゃん」なのだが)、『三四郎』に対しては「美禰子さんが好きなら態度をはつきりさせろよ、うぢうぢするな!」と云ひたくなるし、『こころ』の先生には「せつかくお嬢さんを妻に迎へながら、不幸にさせるとは怪しからんぞ」と、尻に敷かれつ放しのわたくしは慨嘆するのであります。

    はたせるかな、『それから』を一読して、やはり唸つてしまひました。うまい。何と言つても構成の妙ですね。まだ文学形式として未成熟だつた頃の「現代小説」としては、完成度が高過ぎると申せませう。ま、中には「こんなの名作でも何でもない。単なる手前勝手なニートの話ぢやないか」と斬り捨てる人もゐますがね。それはそれで分かる。

    しかしねえ、後半、代助が世俗的倫理を捨て、恋愛に走るあたりから終末にかけては、ほとんど神憑り的な展開ではないでせうか。
    周囲がすべて赤く染まつた中で、電車に乗り続ける代助。ああ、代助の「それから」が気になつて仕方がないのであります。
    万人受けはしないかも知れませんが、わたくしは『こころ』よりも好みの作品です。皆様も読みやあよ。

    http://genjigawa.blog.fc2.com/blog-entry-531.html

  • 主人公は30歳にもなって定職に就かずに親のすねをかじって、友人に職に就いたらどうかと言われれば「世間が悪い」だのよくわからない理屈をこねくり回すし、しまいには友人の奥さんに手を出す始末。こっちのほうがよっぽど「人間失格」だ

  • 自らの意思を持って生きることは、実際的には真っ赤だということ。
    代助は、三千代と向き合う前までは、基本的にはその場凌ぎで適当にやりすごし、それを得意としていた。また、生活のためではない自らの時間の消費の仕方は、崇高で神聖なものとしていた。一方で、生活のための時間の消費は、愚として多くを見下していた。
    思索家としての肩書きは、実際にはただの現実と向き合わないただの口だけの職であった。

    しかし、三千代を介してはじめて自分の意思を公言すようになってから、もはや思索家としては生きていけずに、それは泳ぐことができない人間がむりやりプールに蹴り飛ばされ、必死で犬かきして泳ぐように、現実社会で蹴り飛ばされた代助は必死になって生きなければならなくなった。

    その瞬間のおいて、世界は目まぐるしく急なもので、今までの実際の行動には移すことのない思索家は、実は何の役に立たないものであることを最終ページで晒す。

    オチが代助とだれかではなく、結局代助1人のみに集中するところが、最初からブレることのない物語として仕上がった。

  • 後半ところどころに登場する百合の花と、ラストの文章の対比がとても印象的でした。
    「夢十夜」好きとしては、「あの百合にはどんな意味があるのだろう?」と考えてみたくなる作品でもありました。

  • 30歳になって、定職に就かず結婚もせず親からの援助で暮らす明治時代の高等遊民・代助。
    代助は学生時代の友人である平岡と三千代の結婚を斡旋。しかし、実は代助は三千代に恋をしており、その事実に今さらながら気づく。また三千代も代助を愛していたのだった。
    この小説は明治時代を背景にしているという事を考えて読むべき。個人同士の恋愛というものが結婚の条件として現れ始めた頃だろうか。だから代助は親が薦める結婚の話はすべて断っていたのだ。
    時代の変遷を学ぶという意味でも面白い小説だった。

  • いつ読んでもあまり印象が変わらない「こころ」とは逆で、「それから」は読むタイミングによってだいぶひっかかりを感じる箇所が変わってきている。
    「明暗」の津田と清子を思い浮かべつつも三四郎を振って結婚した美禰子のそれからなんだよなぁとあの「三四郎」のさわやかな青春小説のような文章からは程遠い。最初はのらりくらりとした理屈っぽい今でいう金持ちの家のニートみたいな暮らしをしている代助の思索の歴史を読んでいれば済んでいたのに、ふと三千代を好きだったと天啓のように思い出してからは息が詰まるやりとりが続く。夏目漱石は好いた惚れたの話を書いても結局社会について書いている。冒頭の椿の描写とラストの「ああ動く、世の中が動く」から始まる赤い世界がお見事。
    いつ読んでも今読むべきと思わせる小説だと思いました。

  • 時代は違えど、現代人で共感できる人多いのではないかな。
    代助の神経症な部分、精神的潔癖、平岡との議論の言葉をはじめ、登場人物の心情の流れがすごくよく描けているなあと感心。終盤部の議論の数々は見事って思った。二人の関係を目の前にした時の、三千代の反応、代助の反応がとてもリアル。梅子も。
    あらためて漱石はおもしろい。
    代助の身体感覚、ナルシシズム等に着目して読むとより味わえるのかな。「それから」という題名が、物事を先延ばしする代助の性格をよく表していると感じる。作中にも不自然に「それから」ってでてきたな。
    門を先に読んでいたので、楽しくよめた。
    あとがきの代助は三四郎を放っておいた美禰子の報いを受けているみたいな解釈が今一つわからなかった。確か小宮さん。

  • 1910年の小説。
    今まで読んできた漱石作品中、最も共感してしまった。あらゆる欺瞞への嫌悪、無目的の道義を求めるところ、実生活と頭の中の乖離、恋愛への距離感、といった特徴とそのような特徴に決定づけられ得られる思考の結果に、代助と自分の共通点を多々見出してしまった。どちらの理もわかる、だから何もできない、みたいなのもすごいわかる。思考プロセスも現実でのあり方もすべてではないけれどかなりわたしと被っているとおもう。いやわたしはニートじゃないけど。でもどうしよう。わたしはいま21歳で大学3年生で代助は30歳でもしかしたら代助はある意味でわたしの未来の姿かもしれないし、わたしはいま代助はなんて身勝手で甘ったれだろうと思う部分もあってそれなりに自己批判、自分を客観視するよう努めているつもりだけれども、たぶん限界があるし、ほんとうにおそろしい。作中に表れる五感の異様な敏感さについての描写をみればわかる通り、おそらく代助は神経症の気があって最後は明らかに狂気に向かっていて、なんかわたしどうすればいいんだろう。「三四郎」を読んだとき、これは大学入学当初のわたしみたいだなあとおもったんだけれども、「それから」は大学3年生の今のわたしみたいだ。「ああ動く。世の中が動く」自己批判、内省の道標として中島敦「山月記」と共に大切にします。こわすぎる。

  •  代助はまったくだめなやつだ……と実感を持って思うのに、どうにも嫌いになれないのは、自分の考えに固執して他者を見下したり、あるがままであろうとして動くべき時に動けなかったり、そういう彼の生き様に、情けなくも共感してしまうからだと思う。
     麺麭のために生きるようになったら終わりだと思っていた。けれど彼はその道を選ぶしかなくなった。信念を折った彼は柔軟になっていけるのかな。
     個人的には、代助は宗助に直結しないと思う。自分で決断した彼はたぶん、あそこまで弱くない。そうであってほしいと願いたいだけかもしれない。

     告白のシーンが好きです。飾り気がないのが、ぐっときました。
     あと兄さんの啖呵が刺さりました。信じてくれていた人に、想像が及ばないほどに馬鹿だったのだと判じられた。兄さんもやるせなかっただろうな。

  • 青空文庫で読みました。なぜか三四郎は数回読んでいるのに、これは初めて。本当に切ない美しい本でした。感動です。

  • 課題図書として購入。
    『三四郎』からちゃんと読んでおくべきだった。

    「働らくのも可いが、働らくなら、生活以上の働でなくっちゃ名誉にならない。あらゆる神聖な労力は、みんな麺麭を離れている。」

    という代助の労働への説は、理想でしかない。だけれど、ふと立ち止まってしまうような魅力を持っている。

    食う為に働くか、働く為に働くか。

    しかし、そんな彼の持つ甘い魅力も最終的に恋の前には崩れてしまう。

    結局は無理解な父や兄から見放されて、社会のど真ん中に投げ出されてしまう代助に一体どんな『それから』が待っているのだろう。

    赤、白、黒。
    場面に応じた色のイメージも鮮やかだった。

  • 本心に従おうとしなかった昔の自分が、今の自分を苦しめていることにとても共感した。
    だれもが自分の中にそういう後悔があると思う。あの時勇気を出していればよかったとか、あの時こうしたかったとか。この本は恋愛の視点から書かれているが、人間の人生で普遍的な題材が書かれている。

  • 面白かったが、パンのために働くことを馬鹿にし親の臑をかじってぶらぶらしている序盤の代助には全く共感ができなかった。とはいえ少々耳が痛い部分もあった。これから先、彼は三千代を抱えてどう生きていくのだろう。

  • 生活をとるか、恋愛をとるか‥
    文字に起こすとなんとなく昼ドラみたいな展開だけど、実はとても高尚な問題提起だと思う。

    苦悩のすえ、物語の最後に代助がとった行動がとても心に残った。
    「三四郎」「門」と一緒に読んでほしい。

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