硝子戸の中 (新潮文庫)

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著者 : 夏目漱石
  • 新潮社 (1952年7月22日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (120ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101010151

硝子戸の中 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • なんとも優しい気持ちになれる漱石最晩年のエッセイ。こんなのがあるなんて寡聞にして知らなかったなぁ。

     死の前年の1月から2月にかけて朝日新聞に連載したものをまとめたもの。
    ”則天去私”の心境に達していたという晩年、負惜しみ好きの変わり者(漱石)の面影はない。大病を経て、胃潰瘍で自宅療養が長引く頃のエッセイなだけに、穏やかな、少しとぼけた老人然たる趣がある。
     原稿を読んで欲しいという依頼に応じて時間の許す限り読む漱石。でも実は読んで欲しいだけでなく相手はそれを新聞や雑誌に推薦してほしい、あわよくば金になればと持ち込んでくる。それを好意的に読んでやったのになんということだと疲れ果てていく様は、ホントか嘘か実にお茶目でおかしい。
     世間ずれしていない老人っぽい趣がある・・・が、享年が49歳なのだから、まだ47,8の頃の話だ。昔の人はよほど老成していたとも思わせるが、時々のぞく負けん気や大人げない意地っ張り具合も微笑ましい。

     依頼された講演を済ませたら、後日謝礼が届く。それをどうしても受け取れないと来客相手にゴネているのだ(送りつけた相手にではないあたりが可愛い)。 本業(原稿を書くこと)以外のことは好意でやったに過ぎない、相手にその気持ちが通じればそれがなによりの報酬だと。
    ”「もし岩崎とか三井とかいふ大富豪に講演を頼むとした場合に、後から十円の御礼を持つて行くでせうか」”
    と、もはやほとんど屁理屈のような理屈をこねくり回す。聞く方の相手も半ば冗談と思って聞いているのか、
    ”「よく考へて見ませう」と云ったK君はにやにや笑ひながら帰つて行つた。”
     と、ユーモラスに締めくくる。清廉潔白とまでは言わないが、誠実で徳に篤い漱石の人柄が偲ばれるストーリーだ。

     特に、原稿を見て欲しいと訪ねてくる女性客とのやり取りは、まるで見事な短編を読むかの如し。原稿を見て欲しいというのは方便で実は身の上相談。しかもそうとう思い詰めていると察した漱石は、登場人物の去就になぞらえて自分の将来を問うていると察して、その結末について「何方(どちら)にでも書けると答へ」るあたり、なんだろうこの心の機微の微妙やり取りは!と唸らされる。
     そればかりか、、、うーん、この後は是非本書を読んで確かめて欲しい。こんなに心温まる話はちょっとないぞ。

     美しい心や、人への優しさがここまで表れているエッセイにはお目にかかったことがない。しかも新聞に連載したひと月余の日々の中で起きているというのだから、人生を通じどれほどの人に生きる希望を与えたことだろうか。
     時代は第一次世界大戦の頃。日本がおかしな方向へと舵を切っていく(既に切り始めている)頃だ。

    「日本でも其戦争の一小部分を引受けた。それが済むと今度は議会が解散になった。来たるべき総選挙は政治界の人々にとっても大切な問題になってゐる。米が安くなり過ぎた結果農家に金が入らないので、何処でも不景気だ不景気だと零してゐる。」

     その戦争の一部分を引き受ける???‐集団的自衛権発動か?  来たるべき総選挙??? -まさに今年だ。 米が安くなり過ぎ? -TPPのせい? 時代は巡るようで空恐ろしい。

     最後の一文はこう締めくくられる:

    「家も心もひつそりとしたうちに、私は硝子戸を開け放つて、静かな春の光に包まれながら、恍惚(うっとり)と此稿を書き終わるのである。さうした後で、私は一寸(ちょっと)肱(ひじ)を曲げて、此縁側に一眠り眠る積りである。」

     ちょっと肱を曲げて、というのは有名な肖像写真のあのポーズのようではないか。 日本はまた太平の眠りを覚まされることになるのか。漱石のポーズをとりながら案じてみる。

  • 脳科学者・茂木健一郎さんが、著書『頭は「本の読み方」で磨かれる』の中で、大きく推薦していた夏目漱石の随筆集。淡々と日常が語られるなかに明治の東京の町が自然に浮かんでくる。 中でも、入院中に亡くなってしまった楠緒さんとのエピソードは、「一期一会」という言葉が浮かび考えされられた。

  • 三浦しをんの「しをんのしおり」を読んでいました。
    どうもついていけません、途中で投げ出しました(⌒-⌒;)
    彼女ってこんなに飛んでいましたっけ!?
    随筆なんですが話題が私にはナウイ過ぎて、どうも~

    じゃあ、同じ本の厚さということで、
    夏目漱石の随筆「硝子戸の中」を引っ張りだしました。
    こんなにも違うものでしょうか!
    この両書の時代差は100年ぐらいあるのでしょうか?
    執筆時の年齢差もあるかもしれません、

    漱石のこの本には「死」という言葉がやたらと出てまいります。
    学生時代に読んだ時はなんと陰気臭い本だなという感想がありましたが、
    今の私にはなにかしっくりきます。私も年取ったんですね~


    『「じゃ絶交しよう」などと酔った男が仕舞に云い出した。
    私は「絶交するなら外で遣ってくれ、此処では迷惑だから」と注意した。
    「じゃあ外へ出て絶交しようか」と酔った男が相手に相談持ちかけたが、
    相手が動かないので、とうとうそれぎりになってしまった。』

    もう一つ
    『次の曲り角へ来たとき女は
    「先生に送って頂くのは光栄で御座います」と又云った。
    私は「本当に光栄とおもいますか」と真面目にに尋ねた。
    女は簡単に「思います」とはっきり答えた。
    私は「そんなら死なずに生きていらっしゃい」と云った。


    さすがですね~、『生きていらっしゃい』
    これからは、「さすが」という漢字は「漱石」にして、
    「流石」という漢字はローリングストーンズにあてたら如何でしょう(笑)

  • 夏目漱石の随筆集。今で言うエッセイ。
    夏目漱石の人柄がわかり、面白かった。
    兎に角、真面目なのでストレスで胃が悪くなったんじゃないかと思う。

    飼い犬の死、飼い猫の死、知人の死…。
    生と死について、多く語られている。
    以下、一部要約して引用↓
    ○「死は生よりも尊とい」
    然し現在の私は今まのあたりに生きている。私は依然としてこの生に執着しているのである。(P23ー24)
    ○「他の死ぬのは当たり前のように見えますが、自分が死ぬという事だけは到底考えられません」私も恐らくこういう人の気分で、比較的平気にしていられるのだろう。それもその筈である。死ぬまでは誰しも生きているのだから。(P64ー65)
    漱石の生死の哲学を知り、理解した上で作品を読むとまた感じ方が変わるかもしれない。

    私はまともに読んだのは『こころ』だけなので、まずは再読をしようかな。
    本当は何作品か読んでから、『硝子戸の中』を読む方がよかったかも。作品傾向を分かってから読む方がエッセイって面白いような気がする。理解していない私は、ちょっとおいてかれてる感じがあった(笑)

    ☆あらすじ☆
    硝子戸の中から外を見渡しても、霜除けをした芭蕉だの、直立した電信柱だののほか、これといって数えたてるほどのものはほとんど視野に入ってこない ――。宿痾の胃潰瘍に悩みつつ次々と名作を世に送りだしていた漱石が、終日書斎の硝子戸の中に坐し、頭の動くまま気分の変るまま、静かに人生と社会を語った随想集。著者の哲学と人格が深く織りこまれている。

  • 夏目漱石の、エッセイみたいな本です。
    漱石は、心配性で『こころ』みたいな本も書いていたり、自分の中で生きることについていろいろ考えるところもあったと思うのに、「生きてらっしゃい」と思い切りのよいことを言っていて、漱石の中にはいろいろ葛藤があったのだろうな、と思いました。
    やっぱり、生きていてほしいな、という気持ちが、漱石の背中を押したのだと思います。

    漱石は、ところどころに人間的な優しさとか悩みとかがあって、そこがいいところだと思います。全体的に。

  • 漱石が死の約一年前に綴った随筆集。

    朝日新聞に、一ヶ月と少しの期間連載されたらしく、
    「私のどうでもよい話が、
    今、この国で起こっている重大なニュースと
    肩をならべるなんてとてもとても・・・。」と
    最初に一応謙遜してみせているが、
    いやいやさすが漱石先生、
    一つ一つの文にきちんと彼しか出せない味わいがある。
    短い文にもプロの「文章家」の仕事が光ってる。

    当時、様々な分野において日本は急激な変化が求められ、
    一般市民の大切な情報源であった
    新聞は、読者の熱狂や不安を煽ったり、
    時に緊張を強いるものだったに違いないが、
    そんな中で漱石先生の書いたエッセイは、
    「この先、わが国はどうなってしまうのか、
    不透明な状況は続き、不安にもなるが、
    このように大変なご時勢であっても、
    人付き合いにああだこうだ悩んだり、
    人間誰しもいつかはやってくる死について考えたり、
    日常生活で起きる雑事に目を留め、心を留め、
    一日一日をコツコツと生きている。
    そんな悪く言えば「ガンコ」、
    よく言えば「揺るがない」人間もいるのだ。」
    といった、ある意味安心感を与えていたのではないかと思う。

    当時の新聞の購読者達も
    「どうでもいい話なんだけど
    ついつい読んじゃうんだよなぁ。」とか
    「これを読まないと一日が終わらないんだよ。」なんて
    人もいたのでは。

  • 大学の講義で「八」を読み、気付けば夢中でノートに書き写していました。文庫を買った今も、その切れ端を捨てられずにいます。漱石の中で一番好きな作品。淡々とうつくしいです。

  • 2017.11

  • 知人などが死んでいく話も多いが淡々としている。
    自分の歴史を小説にしてほしいと言ってきた女とのやり取りが特に印象に残っている。流れに身を任せて、大切な記憶が薄れていっても平凡でも、生きるほうが適当としたその判断が心を打った。
    平凡でも生きている。悩み尽くし疑い尽くしたが故の平凡なのではないか。
    魂を自由に遊ばせるという表現が、軽やかで好きだ。
    最後、春の景色と心の状態が穏やかに描かれており読んでいて心地よい。満足感が見える。

  • 硝子戸の中(がらすどのうち)とは、漱石が読書したり執筆活動を行ふ書斎のことであります。漱石は次のやうに述べてゐます。



    「いくら狭い世界の中でも狭いなりに事件が起つて来る。それから小さい私と広い世の中とを隔離してゐるこの硝子戸の中へ、時々人が入つて来る。それが又私にとつて思ひ掛けない人で、私の思ひ掛けない事を云つたり為たりする。私は興味に充ちた眼をもつてそれ等の人を迎へたり送つたりした事さへある」「私はそんなものを少し書きつづけて見ようかと思ふ」

    漱石はこんなものは他人には関係なくつまらないだらうとか、ここで自分が書けばより他人が興味を持つ記事が押し退けられるとか、いささか自虐的に言ひ訳してゐますが、恐らく内心は「俺が書く以上、下らぬ物は書くまい。読者よ、まあ期待してくれ」くらゐの自信はあるのでせう。勝手に忖度してゐますが。
    掲載紙は『虞美人草』以降続いてゐる朝日新聞。順番で言ふと、『こころ』と『道草』の間に連載されたことになり、まあ晩年の作品の一つと申せませう。

    漱石には「小品」などと呼ばれる一ジャンルがありますが、この『硝子戸の中』は小品と随筆の中間でせうか。「思ひ出す事など」に比べて肩の力が抜けて、洒脱さが増し、仄かなユウモワさへ感じられるのであります。

    笑顔の写真を断る話、愛犬ヘクトーの話、相談に来た女に「それなら死なずに生きていらつしやい」と語る話、友人Oと再会した話、自分の書いたものを読んでほしいといふ女性に「正直にならなけば駄目ですよ」と諭す話(漱石はかういふ、見知らぬ人からの依頼になるたけ応へやうとしてゐます。真面目で律儀であります)、播州の岩崎なる困つた人の話(漱石は随分我慢をしてゐます)、若い女の珍妙な相談に乗る話、母の思ひ出話(漱石は実の父母を祖父母として育てられた)、「病気は継続中です」といふフレーズに欧州の戦争を想起する話、太田南畝の書物を25銭で買つたが、安すぎるから返してくれと頼まれる話(漱石は本のみ返して代金は受け取らなかつた)、世の中の人々との交渉について悩み考察する話、学生相手に講演した時の反応についての話(本当に漱石は誠実で真面目な人だなあと思ひます。かかる人だから胃弱になるのか)等等......漱石の筆にかかると、大して変哲のない硝子戸の中に於ける出来事も無限の広がりを見せます。

    かと言つて、無理矢理本作に寓意を求める必要もございますまい。野暮といふものです。何より文章そのものを味はふのが一番であります。(多分意図的に)平易な語や言ひ廻しを採用し、当時の新聞読者に対する配慮がなされてゐますので、現代人が読んでも難解な事は全くございません。わたくしのお気に入りの一冊と申せませう。

    http://genjigawa.blog.fc2.com/blog-entry-718.html

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